2ー068 ~ 魔力効率と杖の持ち出し許可
翌朝。
朝食の前はいつもなら適度に魔力か剣の鍛錬をするんだけど、橋を造ることにした。
昨夜シオリさんに言われた橋ね。
それで、『橋造ってきますね』って言ったら、見たいってまずネリさんが言い出して、結局全員でということに……、なったはいいけど、シオリさんは水上魔法かけても立てないんだよね。
「し、身体強化すれば立てますよ!、立てるかも知れませんよ…」
声がだんだん小さくなってたんで、まぁダメ元で試したら、やっぱりダメだった。
それでサクラさんとシオリさんは川の土手のところで見学、ということになった。
ネリさんとメルさんには水上魔法かけて、走って近くで見るらしい。
でも俺は時間節約のために、橋脚のところだけ水上で、移動は飛行魔法(笑)なんだけどね。
という説明などを土手のところで終えたところで、
「お願いしておいて何ですが、こんなに川幅があるとは思いませんでした…」
「つい気軽に言ってしまってすみません…」
シオリさんとサクラさんは申し訳なさそうに、
「大工事になりそうですね、どうやるんですか?」
「どんな橋になるのか楽しみー」
メルさんとネリさんは期待で目がきらきらして言った。
- あー、まぁこれも訓練だと思えば。なので気にしないで下さい。ついでみたいなもんですし。
と言うとシオリさんとサクラさんは驚いた表情を一瞬して、軽く溜息をついたように見えたんだけどどういう意味なんだろうね?
それでかるく探索魔法を使ってまず近くを走査し、羊皮紙に描いておく。
水面近くをびゅーっと飛んで水中を走査し、川の断面をまた別の羊皮紙に。
それを、シオリさんたちが居る土手に戻って、いつものようにテーブルを土魔法で作ってその上に広げ、橋脚の位置をだいたい決める。軽く説明しながらね。
でも、底の地盤とかどうなってるかわかんないとまずいよなぁ…。
元の世界だと川の断面図なんかあったりするけど、あれ底から下の地盤みたいなのまで描かれてたりするよね、どうやってるんだろう?
まぁ、そんなのもう調べようがないので、掘って実際に見るしかないんだけどさ。
というわけでやってみることにした。
川のこちら側半分を障壁で△に囲んで、風魔法や土魔法を駆使して穴を開け、断面は障壁(結界)で保護して中に入る。水を完全に排除してるわけじゃないので、結構どろどろだけど、見たいのは断面部分なので気にしない。
「ひゃー…、タケルさん無茶苦茶…」
「あれは何をしてるのです?」
「たぶん、地質調査じゃないかな?」
「あんなに掘るんですか…?」
「わかんないけど、調査だし…?」
障壁の外の水面で、ネリさんとメルさんが話してるのが聞こえる。
土手んとこでもたぶん何か言ってるんだろうなー…。
川小屋の東側が砂利河原だったので、ある程度予想はしていたけど川底は砂利が多い。でもあまり深くはなく5m程で粘土層が混じり、さらに掘り進んでいくと8mほどで岩石層になっていた。
地質学とかよくわからないけど、安定地盤という点では5mぐらいでいいのかな?、杭を岩石層まで届かせておけば安定するんだろうな、と思う。たぶん。
よし、まぁ何とかなるだろうと目処が立てられたので、穴の底から飛び上がって土魔法で穴の底から柱を立てておく。柱の隣にも同じように柱を立て、船型に水面の上1mぐらいまで川底から土台を作る。
もちろん穴をあけた側は掘った土砂を利用した土魔法で、もう片方は既存のまま円筒形に土魔法をかけて固めたものだ。
そういやこれって含まれてた水分とかどこに行ったんだろう?
足りない部分は魔力によって生み出された土で繋がってくっついて石みたいな硬さになるんだけどさ。いやそれも不思議だけど。考えてもわからんからいいけどさ。
水をよけた障壁をゆっくり解除、っと。
やっぱり鉄筋にしたいよなぁ、土魔法で作っただけだと、ただのコンクリートみたいなもんだから、ひっぱり強度?、って言うんだっけかな、それが弱いような気がする。
コンクリートよりは長持ちするかもしれないけどさ。土魔法で作った石は定着するとちゃんと石や岩になるし。
でも現状、金属が全然足りないからできないんだよなぁ…。
前もこんなこと考えてた気がするけど、何か建築するたびにこれ思うんだろうか。
てか俺、なんでこんな建築ばっかやってるんだろうね?、今更だけどさ。
土魔法って便利だね!、ははは…。
とにかく一旦土手のところに戻って、シオリさんに伝えることにした。
- だいたい何とかなりそうです。
「そ、そうですか、大変なお手数を掛けさせてすみません」
ものすごく丁寧なお辞儀をされてしまった。
ん?、何だろう?、為政者側だからかな?、よくわからん。
「(小声で)タケルさんが膨大な魔力で工事を始めたので驚いているんですよ」
ふむ。実は膨大って程でもなかったりするんだけどね。
加工するときだけ一瞬は大きく、あとは維持だから小さく節約できたりする。
感覚的なものだから説明しづらいんだけどねー、これも。
そうですか、と軽く頷いておくにとどめた。
それで、橋脚の位置をだいたい決めて地図に印を入れ、それを元に橋の外観を羊皮紙に描いておこう。
んー…、まぁこんなもんかな?
「案外普通の橋ですね」
「なるほど、アーチ状に複数…」
後ろでそれぞれ言ってるけどスルーして、橋脚の土台作りだ。
びゅっと飛んで水面に着地、着水か?
慌ててメルさんとネリさんが走って来るのが見える。
障壁で水を避けて土台をつくる。船型がいいんだっけね。
ぐいっと障壁結界を広げて水を押すんだけど、実はこれが妙に魔力を食ってたりする。
さっきのとき結構魔力食って表情には出してないけどこっそり驚いた。
まぁ皆は俺の後ろ側に居たから表情に出てても見られてないと思うけど。
あ、『膨大な魔力』って言われてたのはそれかもしれない。
でも『膨大』ってほどでもないんだけどなぁ…。
底は杭のようにするために穴を2つほど開けて川底から8m下の岩石層に届く柱を立て、船型の障壁結界の内側は粘土層のところまでを土魔法で固めて埋めた。
「早いですよタケル様…」
「わ、もうこんなのができてる…」
- 早くやらないと朝ごはんに間に合わないじゃないですか。
「あはは、朝飯前って言いたいんですかー?」
- 別にそういう意味では…。
「どういう意味なんです?」
- ネリさん説明してあげて。
と言い捨てて次の橋脚部へ。
「えー?、あっ!」
橋脚いくつも造るんだから、早くやんないと。
地図に印を入れた場所へ順番に移動してさくさく橋脚を作っていった。
そして34箇所の橋脚土台ができたところで今日は終了。
土手のところから見ると、橋脚と柱がずらーっと並んでいるのが見える。
うん、なかなかいい出来だと自画自賛したいところだ。
- さて、今日はここまでです。朝食に戻りましょう。
「「え?」」
「土台だけ?」
- そうですよ?
「完成までやるものだとばかり…」
「うんうん」
- だって今日は『裁きの杖』を試すんですから、魔力を温存しないと。
「「ああー…」」
「(あんなに使って温存…?)」
納得いったらしい。何かシオリさんだけ小声だ何か言ったようだけど。
だっていくら魔力量がたっぷりあっても、川幅3kmほどもあるところに橋を架けるんだから、土魔法でそれだけの量を生み出すのってものすごい魔力が必要なんだよ?
もちろん土台部分は掘った土砂などを流用して節約してるけどさ。上側は流用できる土砂を集めてこないと節約できないんだから、川幅が狭いならともかく、これだけの幅があるとね。
- 分かってもらったところで、帰りますよ。
「「「はい」」」 「はーい」
ネリさんは身体強化してたったったーと駆けていった。『あっさごっはんー♪』とか言ってるけど、今朝の献立は好きなものが出るのかな。
あ、一応対面キッチンの柱のところに献立の予定表が貼られてあるんだよ。
あくまで予定だけどね。
俺達は普通に歩いて川小屋へ戻ろう。いや、すぐそこだし。
と、歩き始めたんだけど、後ろでサクラさんが『シオリ姉さん、行きましょう』ってシオリさんの手を引いてる。何かシオリさんが青ざめた表情。どうしたんだろう?
一応尋ねてみるか。
- シオリさん、体調が悪いなら杖を取りに戻るのは明日にしましょうか?
「はい!?、え?、いえ、大丈夫です!」
- ならいいんですが…。
あ、もしかしたらカエデさんみたいに、飛んでいくのが怖いとかかな?
飛ぶだけなら手軽でいいんだけどなぁ、走るのはシオリさんまだそこまで強化できないだろうし…。持続はできるだろうけど速度が出せないなら時間が…、『スパイダー』で行くか…?
いや、あれはまだちょっとロスタニアに乗っていくのはなぁ…。
「あ、あのっ」
- はい?
「タケル様は一体どれほどの魔力があるんですか…?」
と言われてもね…、計ったことないし。多いらしいけどそれもリンちゃんたち光の精霊さんから聞いただけだからなんとも…。某漫画にあったようなスカウターみたいな計測器でもあれば数値で出るんだろうけどね、無いから。
- どれほどと言われても、答えようが無いんですよ。
でもたぶん、勇者ならだいたい同じじゃないかと思いますよ?、制御できるかできないかで。
「そ、そうなのですか?」
- いえ、すみません、確実にそうだと自信を持って言えるわけではありませんが、何となくハルトさんやサクラさんたちを見ていて思っただけなんです。
「え?、私もですか?」
- はい、サクラさんだって勇者ですし。素質的には同じようなものだと思いますよ。
「でも私、あんな風に魔法で橋脚なんて作れません…」
- 魔力の運用、つまり魔力操作の練習を積めばできますよ。
あとは月並みですが数をこなせばコツもつかめます。そうすれば魔力の運用効率が急激にあがるんですよ。
さっき僕がやってた魔法を見て『膨大な魔力』と感じたなら、おそらくご自分でその魔法を使った場合に消費するであろう魔力量に置き換えて感じている可能性があります。
「「……そ」」
「それは一体…?」
ホント、この2人はこういう時の反応がそっくりだな。
- たとえば、(とバレーボール大の水球を生み出して浮かべる)このように水を生み出すとしますね。
「はい」
- これ、以前教わった水属性の初級魔法を模倣しているんですが、あ、詠唱は覚えてません、すみません。
言うと2人は少し微笑んだ。
別に笑わせようと思って言ったわけじゃないんだけどね。結果オーライ。
- それと、水球の維持には結界と以前言った風魔法を応用していますが、わかりやすいように維持しているだけなので、別だと思ってください。
で、感覚的にこれと同じ魔力消費で、魔力の流れや効率を考えて水属性魔法を使うと、こうなります。
川の上を指差してそちらをみてもらう。
そこには直径20mほどの水球が生み出され、ゆっくりと川面におりて消えていった。
「「……え、ええええ!?」」
反応が同じで笑うね。
「あ、あれが初級魔法と同じだと仰るんですか!?」
- そ、そうですよ、もちろんゆっくり降ろしたのは別です、そうしないとすごい波がこっちまで…。
「そんなバカな話がありますか!、あ、あんなに大量の水が初級程度で生み出せるなら苦労しません!」
いや、実際そうなんだけど、あまり迫って来ないでくれないかな、怖いので。ほんとマジで。
「姉さん、タケルさんが困ってらっしゃいますよ、姉さんってば」
ほ…、よかった、サクラさんが引き止めてくれた。
- 正確に全く同じ魔力消費だとは言い切れませんが、だいたい同じなんですよ、あれでも。
シオリさんは言いたいことがたくさんあるけどまとまらないような目でこっちを睨んでる。
あまり睨まないでくれないかな…。
「タケルさんはこんなことでウソを言う人ではありませんよ、シオリ姉さん」
「じゃあ、今までやってきた魔法はどれだけムダが多いと言うの?」
「それは……」
言われてじろりとそっちをキツい目で見るシオリさん。サクラさんはずいっと詰め寄られて困ってる。助けないと…。
怖いけど頑張ろう。
- 多いんですよ。ムダが。
「な……!」
しまった、ストレートに言い過ぎた。
ムダになるならまだいい。それどころじゃなくマイナスになってる魔力がある。
それを説明しなくちゃならない。ここにメルさんが居たら少しは楽なんだけどなぁ。
でもどうせ説明するのなら全員に聞いてもらったほうがいいだろう。
シオリさんは言葉を忘れたのか俺をじっと睨んでる。魔法とか飛んで来そうで正直怖い。
障壁こっそり張ったらバレるだろうなぁ…。
サクラさんはしっかりとシオリさんを支えてくれてて助かる。
とりあえず謝っておこう。
- あ、すみません。ちゃんと理由を説明しますので。
それで、他の人にも聞いてもらったほうがいいので朝食に行きませんか?
シオリさんは数瞬こちらをじっと見ていたが、軽く溜息をついて「わかりました」と小さく言って歩き出した。
思えばシオリさんは何十年もずっと、魔法系勇者の第一人者として生きてきたんだった。
そんな人に、ぽっと出の俺みたいな新人勇者が、これまでの概念をぶち壊すような事を言ったわけだ。そりゃああいう反応にもなるよなぁ、我ながら恐ろしいことをしたもんだ。
シオリさんが大人でよかったよ…。
●○●○●○●
朝食はツナサンドだった。ツナじゃないか。川魚の燻製をほぐしてマヨと和えたやつ。
でもシオリさんから何やら魔力みたいなのが漂ってて、雰囲気良くなかったのであまり味がしなかった。急いで食べたよ…。
サクラさんもメルさんも、シオリさんと俺の雰囲気をちらちらと窺ってた。
あまり楽しい食卓じゃないね、申し訳ない。
約1名だけはそんなのどこ吹く風で、美味しそうに頬張っておかわりまでしてたけど。
- えー、少し魔力操作の話なんですが、いいですか?
まだ食べてる人も居るけど、耐え切れずに話を切り出した。
- 以前、メルさんには少しお話をしたんですが、属性魔法を使うとき、詠唱を使う場合は最初に属性を指定することで、その属性魔力を練りやすくするわけです。
それぞれ頷いてる。頷いてないひともいるけど。
- 無詠唱の場合も、ほぼそれをなぞっているわけですが、それを正しく意識して使いたい属性だけを使うようにしている人は少ないんです。
少ないというか、今まで精霊さん以外で見たことがない。
おそらく魔力感知や魔力操作の訓練をある程度以上やって、属性魔力を正しく分けて感知することができて、それから操作の訓練をしていかなくてはならないからだろう。
あのプラムさんですらできていなかったんだ。
「そのための詠唱では無いのですか?」
- 詠唱することで意識は向くでしょう。例えば水属性の魔法を使う場合に、『母なる水よ』と呼びかけるだけでは詠唱者が用意してる魔力のうちから、純粋な水属性魔力しか使われて無いんですよ。
「え?、それはどういうことです?」
図に書いたほうがわかりやすいかな。室内だけどまぁいいか。前んときに作った黒鉛あるし。
立ち上がって後ろに石壁を土魔法で作る。ちょっと石灰岩を意識して白っぽいのにしてみた。
案外できるもんだな。
- 魔力を使おうとする段階で、意識しなければだいたいその魔力は個人差もありますが、属性は全属性揃ってるんですよ。
「「ええっ?!」」
石壁の左側に円を描き、続けて説明することにする。
- 適性がなくても属性魔法が使えるのはそういう理由なんです。
「では適性とは…?」
- 適性についてはあとで。今は、まず用意する魔力は全属性だということで話を進めますね。
頷いているのを見て、話を続ける。
- そして詠唱開始をするか、無詠唱なら意識を始めることで、まず漉されるんです。
フィルタのようなものと考えてくださっていいと思います。
石壁の中央に縦に破線をひく。そして右側にも円を描いておく。
- ところが練度によってはそのフィルタがあまり機能しません。
すると、水属性魔法を詠唱しているのに、他の属性の魔力が混じっている状態となります。
右側の円を4分割、地水火風と書く。ちょっと水を多めの分割にしておいて、と。
- そうすると水属性魔法ですから、使いたい水属性の魔力はこれだけですが、属性の魔力干渉が起きます。
干渉によって打ち消すわけではありませんが、純粋な水属性魔力ではなくなります。
使いたい魔法に必要なのは、純粋な水属性魔力ですから、干渉されてしまった魔力はムダということになります。
右側の円から、干渉されたであろう部分を斜線で示し、水と描いた扇形の一部だけを取り出したように絵にする。
- まず最初に用意した分から、フィルタで漉された分が第一のムダです。
第二のムダは、フィルタを通ったあとの不要な他の属性分。
第三のムダが、それによって干渉を受けて使えなくなってしまった分です。
これが、魔力操作の鍛錬に、属性魔力を意識しているかどうかによって生じる差です。
「……そんなこと教本のどこにも…」
- はい、書かれてないと思います。
「そんな…!」
- 魔法について全てをそれ1冊にまとめることができないのは、シオリさんもよく分かってるんじゃありませんか?
「…そう、ですね…」
「タケル様、以前『サンダースピア』のことでお伺いしたときに、『個人差で属性成分が異なる』と仰っておられましたが、その、最初に用意する魔力が全属性であるというのと、『第一のムダ』の話が矛盾しませんか?」
いい質問だなぁ、優秀だ。
- その時に、『サンダースピア』に流そうとする属性魔力の配分について意識しましょうと話したと思います。
「はい」
- それで配分して槍に流し込んだあとは、残った魔力の属性配分はどうなっていると思います?
「え?、それは…、水と風を使って残ったものですから、火と土が多く残る…?」
- いいえ?、残った魔力の属性配分も、元あったまま維持されるんです。
つまり体内にある魔力の属性配分は個人差はありますが、一定で、全属性です。
「では『第一のムダ』も一定に…?」
- なりません。フィルタを通して漉されなければムダにはなりませんよね?、最初から動かす魔力の属性配分をきちんと制御しておけば、使おうとする属性配分に調整しなおす必要もなくなります。フィルタが不要になるんですよ。
詭弁を弄しているように聞こえるかもしれないが、効率よく魔法を使おうとすると、属性魔力を操作することが肝要だってことがわかってくる。
それがコツのひとつなんだよ。まずこれで効率が段違いによくなれば、扱える魔力も魔法も段違いに増えることになる。
「あっ、意識して属性配分をして流し込む訓練というのは、そういう意味だったんですね!」
- はい。って、もしかして伝わってなかったんですか…?
「あ…、『サンダースピア』だけの話だとばかり…、申し訳ありません…」
- あー、僕も言葉が足りなかったかも知れませんので。
「その、フィルタが不要になると仰いましたが、具体的にはどういうことなのですか?」
あ、そうだった、その説明をしないと。
- 詠唱にせよ無詠唱にせよ、最初に『水よ』で水属性魔力だけを動かせるなら、第二も第三もムダが無くなります。
ところがそう簡単には行かないので、不慣れだと体内の魔力を選ばずに動かすことになりますね。
そこで、その『水よ』のときに水属性だと意識することが、水属性魔力を抽出している動作にあたります。つまりそれがフィルタですね。
ん?、わかりにくいかな、やっぱり。
属性を意識して動かす訓練をしていくと、最初のうちは取捨選択作業みたいな感じになるわけで、それをフィルタって言ってるんだけど、やってみないとわかりにくいかもしれないな…。
- 属性を意識して魔力操作の訓練をやってみてください。
そうすれば、これらのことも感覚的につかめるようになってくるはずです。
「それが、今日お見せして頂いた効率の差なのですか…」
- はい、そうです。
「あっ、もしかして魔道具もそういう差があるのかな?」
- というと?
「ここの魔道具って、明かりとか、長持ちしてる気がする。明るいし」
「そう言われてみればそうですね」
ネリさんは聞いてないようで聞いてたのか。そしていいところに気がつくなぁ…。
- そうですね、ここの魔道具は光の精霊さんの里で作られたものですから、魔力のムダが少ないですね。
実は俺が属性魔力の効率化運用法を覚えたのは森の家にあった魔道具からだったりする。
それまではリンちゃんたちの魔法を模倣するだけで、あまり気にしてなかったんだよね。
だから結構ムダが多かった。
魔力感知を鍛えてて、ふと明かりの魔道具の差が気になったんだよ。
宿にあったものと森の家のものとで、あまりにも差があるので注意して魔力の流れとか見て気付いたってわけ。
「なるほど…、では『サンダースピア』も…」
- そうですよ、でもそれは人間には作れませんね。
「あ、そうでした」
- というわけでシオリさん、そろそろロスタニアへ行きましょうか。
「え?、あ、はい。そうですね、よろしくお願いします」
「あ、タケル様、私もご一緒していいでしょうか?」
「あ、だったらあたしも行きたいかも」
え?、メルさんはともかくネリさんは何しに行くのさ。
というか俺に言うなよ、シオリさんにきけよ…。
という意味で視線でシオリさんに伝える。
俺がシオリさんを見てるので、2人もシオリさんを見る。
「……はぁ、杖の持ち出し許可を得るために行くだけですので、ダメです」
「えー…」
「そうですか、仕方ありませんね」
ん?、えらくあっさり引いたね。何か考えがあったのかな。まぁいいか。
- んじゃさっと行きましょうか。
「はい」
と、シオリさんと2人で外にでたんだけど、みんな何でついてくんの?
見送りかな?、気にしないようにしよう。
あ、一応きいておこう。
- シオリさんは地面が見えないほうがいいんですか?
「え?、あ、そうですね、できればどこかつかまる場所も…」
- んじゃ、これでいいですか?
土魔法で板を作ってその上に椅子を作り、肘掛けに棒を立ててみた。
「え…?、これに座ればいいんですか?」
- はい。僕はその横に立ちますので。
恐る恐ると言った風情でその椅子に腰掛け、肘掛けのところの棒を握るシオリさん。
何だかなぁ、自分で作っておきながら何だけど、いいのか?、これで。
「わ、わかりました、どうぞ」
準備ができたようなのでそおっと浮き上がり、少し前傾になって加速した。
「ひぃぃぃぃあああああーー!」
え?、これでも悲鳴が!?、え?、ちょ、腕引っ張らないで!、取っ手作ったの握ってたんじゃないの!?、いつのまに俺の腕を!?
椅子の意味ねーじゃん!
●○●○●○●
到着した。
謎の飛行板がゆっくりと降りてきて、見ると椅子にシオリさんが座ってて、横に俺が腰をかがめて寄り添っていて、シオリさんが全力で俺の腕にしがみついているという、なんというか表現に困る体勢なわけで……。そりゃ物珍しかろうよ。
また周囲にロスタニアの兵士さんたちが集まってきて、いい見世物なんだが…、はぁ…。またか。
前と違うのは、シオリさんが抱きついているわけじゃないということと、椅子に座ってるってことと、あと、シオリさんが微妙に身体強化ON状態だってこと。
道理でシオリさんにしては力があったわけだよ。
「おお、これは勇者タケル様とシオリ様ではありませんか。どうされましたか?」
それと、ロスタニア王が出迎えにきたこと、かな。
王都に居なくていいのか?、ヒマなのか?、いや、訊いたりしないけどさ。
- あ、どうも、おはようございます。シオリさん、ロスタニア王が来られましたよ。
「え?、あ、はい。もう着いたんですか?」
とっくに着いてたんですよ。シオリさんが呼びかけても目を開けてくれなかっただけで。
とも言えず。
- 立てますか?
「…はい」
やっと腕から手を離してくれたよ…、あー腕が涼しい。なんか手首んとこ、袖がしっとり湿ってるんだけど、これシオリさんの手汗か…?
そんな手に汗握るほどの大冒険だったんだろうか…?
ロスタニア王にエスコートされて本営の入り口から入っていくシオリさんの背中を見ながら、俺もついてっていいんだろうか?、と少し考えて、ここに居ても何だなぁ、とついて入ることにした。
前回通された会議室?、なのかな、小部屋に通された。
ロスタニア王に手で示されたので俺も座る。
テーブルも氷の器もそのままじゃないか。氷はもう無いけど。
- 氷、出しましょうか?
「あ、できればお願いします」
うん。暑いもんな。それにこの部屋、何だか熱が篭ってるし。
- 何か形に注文あります?
「は?、と仰いますと?」
- 例えば、ロスタニア王の胸像ですとか、シオリさんの像ですとか、あと、もし絵画があるなら『氷の神殿』でも。
「またそのような魔力の無駄遣いを…」
- ただ円柱の氷だとつまらないでしょう?
「なるほど、ではお言葉に甘えまして、」
「水の精霊様の胸像はできますの?」
おお、ロスタニア王の発言に割り込むとはさすがシオリさん。
- できますけど…、お勧めはしません。
「どうしてです?、以前川小屋の前に作られたとお聞きしたのですが…」
本人が降臨するからだよ。言えないけど!
- あー、他のにしませんか?
「できないんですか?」
そういう言い方をされたらね。やりますよ、やりゃあいいんでしょう?
- 仕方ありませんね、こんな感じですが、どうでしょう?
前回作っておきっぱなし、でもないか、ちゃんと掃除はされてたっぽいが、その土魔法で作られ中央部には滑り止めの突起のある、側面には葉の模様が刻まれたタライの上に、ウィノアさんの上半身を氷で作り上げた。前回と同じく、祈ってるように手を組ませてみた。一応そっち向けて作ったよ。
「おおぉ…、何と素晴らしい…!」
「こ、このような…、森羅万象を司り万物の母たる精霊の…」
- あ、ストップストーップ、お祈りはやめましょうよ、『裁きの杖』の話ですよね?、ね?
「ですが、このように素晴らしいアクア様の像を前にしては…」
そうだよね、当人そっくりだもんね。シオリさんは見たことあるわけだし。
だからお勧めはしません、って言ったじゃん…。
『そうタケル様を煩わせるものではありません。水と氷の国の子らよ。我等精霊が認めた勇者タケル様の声を聞き、』
- ちょっとちょっとウィノアさんそういうのは止めてくださいってば。
『どうして途中で止めるのですかー、ここからがいいところなのに、タケル様ってばもう…』
だいたいどっから湧いたんですかアナタw
あーほら、2人とも椅子を降りて跪いちゃったよ。
だから他のにしませんかって言ったのに…。
挑発に乗って作っちゃった俺も悪いんだけどさ。
何となくこうなるって気がしたんだよなー、もうこれお約束だよな。はぁ…。
- とにかくお二人とも席に着いてください。話が進みませんから。
横を見るとちゃっかり俺の隣の席に着いてるウィノアさん。
氷の像をつつかないで、って何してるんですか。
- ウィノアさん、氷は溶けるものですから、こっそり溶けないように魔法かけないでください。
『だってせっかくタケル様がこんなにいい出来の像を作ってくださったのに…?』
- ウィノアさん。
『はぁい』
で、前見ると跪いたままの2人。テーブルがあるから背中の一部しか見えないんだけど。
もういいや、このまま話を進めよう。
- 今日はお願いがあって参上したんですよ。『裁きの杖』をお借りできないかと思いまして。
「我が国の国宝ではございますが、タケル様がご所望とあらば喜んで進呈致します!」
え?
- いえ、進呈じゃなくてですね、ちゃんとお返ししますので。
「ははぁっ!、タケル様のご自由になさって下さって結構でございます!」
うーん…、話は進んだけどこれってどうなんだ?、ウィノアさんの威光で脅迫したようなもんじゃないか?、いいのか?
『これがその『裁きの杖』ですか、これならタケル様がお使いになれば充分役立てることができるでしょう』
え?、え?
- ウィノアさんそれどこから出したんです?
『この裏手にある祠にありましたよ?』
「え?、あっ!、あれっ?」
ほら、シオリさんも驚いてる。結構でかいな、『裁きの杖』。
- そんな、勝手に持ってきちゃダメでしょ。
『許可なら今出たではありませんか。それに私の像と水の器の前に置いてあったのですもの、私が動かしてダメな理由はありませんよ?』
なんという理屈。
- 確かにそうかもしれないけど…。
「アクア様に触れて頂けるとは何と光栄なことでしょう!」
え?、シオリさん涙流してる!?、いいの?
もうほんと、段取りとか無茶苦茶じゃん、結果的には何の問題もなく借りられるんだけどさ。
でもこれはどうなんだよ!、もうやだ帰りたい…!
『タケル様ならこの力を存分に振るうことができるでしょう、はいどうぞ』
手渡された。
- あっはい、ほう、なるほど、水と火と風ですかこれ。3属性とはまたすごいですね。
「タケル様…?」
目を見開いてこちらを見るシオリさん。
ロスタニア王はずっと跪いて顔も伏せたままだ。いいんだろうか…?
まぁ気にしても仕方がないのでとりあえず放置で。
- ああ、適性ですよ。シオリさんはこれを使っていたということはその3属性に適性があるってことですね。
「そう、なのですか?」
- はい。適性がないと、おそらくまともに使えないでしょう、これはそういう杖です。
「ではタケル様にも…?」
- はい、あるようです。ちゃんと共鳴もしますし、使えますね。
隣でウィノアさんがにこにこしてるのがわかる。何でそんなゴキゲンなのさ。いいけど。
「あの、ダンジョンでお使いになるということでしょうか?」
シオリさんは少し不安そうに尋ねた。
- そうですね。まぁ一緒に来てください。ということでロスタニア王様、お借りします。
「ははぁっ!」
何と言うか、仕方ないよね、俺悪くないよね?、長居してもしょうがないし、目的は達せられたし、シオリさん連れて帰ろう。
と、立ち上がったとき、部屋の外から声がかけられた。
「国王様!、居られますか!、国王様!」
「何事だ!、騒々しい!、来客中だぞ!」
「お叱りはあとで!、失礼します!」
と言って入り口の分厚い布をめくって高そうな神官服を着た初老の男性が腰を屈めて入ろうとして、王様が跪いているのを見てぎょっとした表情に一瞬だけなった。
一瞬で元に戻ったのはすごいな。
そしてそのまましゃがみ姿勢で王様に擦り寄って耳打ちをした。
「祠から国宝の杖が消えました」
そうだろうね。ウィノアさんが持ってきて俺の手に今あるもんね。
彼は王様に反応がないので続けて言う。
「私も信じられないのですが、水の器から手が出てきまして、杖を掴むとそのまま器の中に沈んで入ったのです」
俺が言ったほうがいいのかな…?、どうしようかな。
ロスタニア王は、彼に目線と首というか顎をほんの少し動かして、俺のほうを見ろと指示したようだ。
「な、なんと!?」
「そういう事だ。何も問題ない」
「でありますか」
そのまま器用にしゃがみ後ずさりで退室して行った。
「誠にお騒がせしてお恥ずかしい」
いやいや、そちらは悪くないよね?
- こちらこそ申し訳ありません。
ウィノアさんは謝ってくれないだろうし、俺がいうしかないよなぁ…。
「勿体無いお言葉です」
- ではあらためて、『裁きの杖』をお借りします。ではシオリさん、帰りますよ。ウィノアさんはどうするんです?
『では私もご一緒に』
えー?、連れて帰れってこと?、一緒に飛べと?、しょうがないな…。
杖は腰のポーチにしまっておこう。
- あー、わかりました。ロスタニア王様、すみませんが先に外に出て人払いをお願いしていいでしょうか?
「ははぁっ!、お言葉のままに!」
しゃがんだまま後ずさりして出て行ったけど、器用だな、ロスタニアの人たち。
- ところでシオリさんもそろそろ立ってくださいよ。
「え?、でも…」
ちらっと隣に立ってるウィノアさんを見るシオリさん。
- でもそのままじゃ歩けないでしょ?
まさか歩けるのか?
「ええ。まぁ…、わかりました」
シオリさんが立ったタイミングで部屋の外から声がかかった。
「タケル様!、お待たせ致しました、どうぞ!」
出ていいってことかな?、んじゃ出るか。
分厚い布をめくって、おいおい、それはないわー、人払いって言ったじゃんよー…。
部屋の出口から外まで、両側にずらーっと跪いてる人が道作ってたよ…。
居心地悪いなぁ…、もうロスタニアに来るのやめたくなるな、これは。
しょうがないので歩いて出ると、土魔法で作った板の周りにも跪いた人がたくさん…。
人払い、って意味わかってんの?、これじゃ逆じゃん、人集めじゃん!
うへー、もう見なかったことにしたい。
ウィノアさんとシオリさんの手を引いて、土板の上に乗り、シオリさんを座らせた。
シオリさんは、ウィノアさんを立たせたまま自分だけが座るのに抵抗があるんだろう、椅子の横に跪いたので、ウィノアさんに座ってもらった。
もひとつ椅子を作ってもいいんだけどね、座ってくれそうにないし、俺もここはとても非常にめちゃくちゃ居心地が悪いので、さっさと飛び立つことにした。
シオリさんは跪いたまま不安定だけど椅子の脚にしがみついて、声にならない悲鳴を噛み殺しながら耐えてるっぽい。まぁほんの1分ほどだからもうちょっと我慢してね。
ウィノアさんは超嬉しそうだった。
『わぁぁ♪、とてもいい眺めですね!、あ、海のほうに寄ってください!、島があって塔が見えてなかなかいいんですよ!?』
- ダメです、もう到着するんですから。
『えー?、もう終わりなのですか?、この者を置いて少し空のデートをしませんか?』
- ダメですって、今日も予定があるんですから。
『では夜間飛行はどうです?、星空の下なんてロマンチックではないですか?』
- ウィノアさん、どうしたんですか。いつも首飾りで一緒に飛んでるじゃないですか。
『だって、それはそれ、これはこれですもの…』
- そんな上目遣いしたってダメです。ほらもう到着しますよ。
『タケル様は冷たいですよ…』
水の精霊に冷たいって言われるの何度目だろう、シャレが利いてると思えばいいんだろうか?
おっと、ゆっくり降りないと。
- はい、お疲れさま、到着しましたよ。ん?、シオリさん?、あれ?
『あら、気絶してますわね』
大人しいと思ったら、椅子の脚掴んだまま気を失ってたとは…。
空飛ぶのってそんなに怖いのかな…、いい加減慣れてくれないかなぁ…、無理なのかな。
とにかく部屋に連れてって寝かせておくか。
- しょうがないですね。部屋に寝かせてきます。
『あっ、その手が…』
- 何か言いました?
『いいえ別に?』
お姫様抱っこか?、ウィノアさん首飾りでずっと一緒じゃないか。あとお風呂とか。全く…。
川小屋に入るとサクラさんがお茶を飲んでた。
「あ、おかえりなさい、って、またですか…」
また、って何だよ…。
- シオリさんの部屋を開けてもらえます?
「はい。姉さんったらもう…」
ああ、サクラさんに渡せばよかった。ってか今渡そう。
ドアを開けてもらったサクラさんに、そのままシオリさんを渡した。
- お願いします。
「…はい、わかりました」
苦笑いしながらも受け取ってくれた。
サクラさんは身体強化ができるから、安心して渡せるね。
次話2-69は2018年10月24日(水)の予定です。
20181017:訂正。 納得行った⇒納得いった





