2ー067 ~ 明日の予定
「ひぃぃぃ!」
「あはははー!」
結果。
下が透明だろうが土の板だろうが無関係だった。
それとメルさんは飛び始めた瞬間に身体強化をONにすることがわかった。
ちょっと反応が遅れたせいで肘んとこが痛い。『ミシっ』とか言ったよ…。
俺も『うっ!』って声が出た。そのせいで集中が乱れて一瞬ふらついた。
約1名だけ喜んでたけど。
リンちゃんも後ろから腰にしがみついてた腕がぎゅっと締まった。
ダメージを食らったときに魔力操作が乱れるのはまずいよなぁ、やっぱり。
前もそんな事を考えた気がするんだけど、何かそういう訓練したほうがいいんじゃないかと思う。わざと怪我しておいて…、ってのはあまり気が進まないけどさ。
精霊さんたちの訓練にそういうのがないかちょっとあとでリンちゃんに訊いてみるか。
それはそうと、トカゲなどの死体をあんだけ並べたりしたあとだから少し汗もかいたし、俺汗臭くないのかな、でも『臭いけど』って言われたらそれはそれで微妙に精神ダメージありそうだから尋ねるのは止めておこう。
大岩拠点から川小屋まで1分少々。もうほとんど日が沈んでて、景色は急速に暗くなっていく。いい景色なんだけどねー、ネリさんだけが沈み行く陽をほけーっと眺めてた。
前も言ったけど、川面に夕焼け空が映るので結構いい眺めなんだよ、これ。
まぁ俺はメルさんのせいであまり余裕がないのだけど。
到着してから話してみた。
- 下が見えなくても同じじゃないですか…。
「や、やっぱり立ったままが不安定だから…」
「何かつかまるものがないと…」
- うーん、足の下に床の感触があってもですか?
「……すみません」
「タケルさまは自分で操作してるから…」
リンちゃんさっきもそれ言ってたよね。
あれか、クルマの運転者と同乗者みたいなもんか。まぁあれはハンドル握ってるけどさ。
ああ、俺は自分で操作してるから、気にしてなかったけど無意識的に体重移動してて、つかまるとそれが伝わるので安心?、なのか?
一応これでも床面だって加速に合わせて斜めにしたりと工夫してるんだけどなぁ…。
別に尻餅ついてもすっ転んでも大丈夫なんだよ?、言ってなかったっけ?、これ。
- 座っても転んでも大丈夫ですよ?、そもそも包み込んでるので。そのまま飛び続けます。
「そうなんですか?、でも怖いですよそれはそれで」
「あ、ちょっと寝転んで飛びたいかも!」
- んじゃちょっとネリさんこっちきて。
「はーい」
にこにこ笑顔ですたっと近寄ってきて飛びついてくるネリさん。
がしっと肩のところを支えて阻止。
「あれっ?」
- もう浮いてるのでそこに寝転んでいいですよ?
「え?、もうこれ飛んでるんですか?」
- はい。
数mmだけどね。
しゃがんで地面に触れる。地面じゃなく障壁があるのがわかる。
俺がそうやってるのをみて、マネして地面に手をあてるネリさん。
「わ、ほんとだつるつるの床がある!」
それをきいてメルさんもしゃがんで地面に触れて首を傾げてる。
- メルさんのほうは何もしてませんから。
「あ、そうですか…」
ちょっと残念そうにしてるけど、メルさんも一緒に飛ぶとまたあなた身体強化ONでタックルしてくるでしょ?、さっきは最初から腕につかまってスタートだったけど、動いたらONにしてぎゅっと握られたし。肘潰れるかと思ったよ…。
だから今回はネリさんだけ。言わないけど。
ネリさんを見るともう寝転がって両肘ついて俺を見上げてた。期待のまなざしだ。
- んじゃ少し飛びますよ。
「はーい。おー、浮いた浮いた」
今回はさっきと違ってまた床は透明だ。障壁が透明のままだからね。
そういえば障壁って色つけたことないな。つける意味ないだろうけど。
障壁って、光の屈折あるのかな…、いや、今考えることじゃないか。
- って、それ、何してるんです?
平泳ぎみたいなことしてるネリさん。
「なんとなく?」
- そうですか。
まぁ楽しそうだからいいか。
駆け足ぐらいの速度で川小屋上空をすいーっと飛んでるだけなんだけどね。
- そろそろ降りますよ?
「え?、もう?、あ、でもこれ風を感じないね」
- そりゃあ障壁で包み込んでますから…。
「風あったほうがいいかも」
- 今日飛んできたとき時速500kmぐらい出てたはずなんですが、そんな風受けたいんですか?
「それってどれぐらいなんです?」
- んー…秒速130m以上かな?
「え?」
- 台風の暴風域の基準が確か、秒速25m以上だったかな。秒速130mぐらいだと自動車や列車が空に舞い上がるんじゃないかな?、包み込まないとヤバいでしょ?
「う、うん…」
特撮ヒーローやアニメなどで飛行してるのあるけど、生身じゃあまり速度出せないんだよやっぱり。マントとかがはためいてたりするぐらいなら、自転車か原付バイクぐらいの速度だってことだと思う。…けどまあフィクションなんだし音速で飛ぼうが光速で飛ぼうが自由なんだけど。
- だからゆっくり飛ぶなら別だけど、ある程度以上の速度を出すならちゃんと障壁で包まないと大変なんですよ。
と、話してネリさんがこっち向いてる間に着地。
寝転んだままだと着地が怖いんだよね、下が見えてると特に。
でも下が見えていると微調整しやすいというメリットもある。
魔力感知で地面はわかるんだけど、目で見て調整するのとはまた違うんだよ。
視覚のほうがファジーだからね。なのでふわっと着地、みたいな感覚的なことをするのには適してるわけ。
「あ、終わってる…」
- 立ってくださいね、そのまま解除すると土つきますし。
「はぁい…」
到着して外でそんなこんなやってたら川小屋の中にいたサクラさんとシオリさんも出てきたようだ。
「おかえりなさい、なかなか中に来ないから…」
ああ、魔力感知で到着してるのがわかったのか。
「夕飯はどうすればいいのかって思ってました」
- あれ?、台所の冷蔵庫に用意してませんでした?
「お昼にそれを頂いたのですが…」
「温めかたがわからなくて…」
あらま。そういや俺やリンちゃんは火魔法でひょいっと温めて出してたっけ。
- んじゃ冷たいまま食べたんですか、すみません。
「あ、いえ、手鍋があったのでシチューは温めなおしました」
「でも揚げ物のあんかけは…」
実はあれ冷たいままでも食べれるメニューのつもりだったんだけど…。
シチューもあれ冷えても固まらない油を使って、冷めても美味しく食べれるようにと…、あまり火を通し過ぎると固くなる肉だし、って、まぁいいか。
「パンがあまり柔らかくなくて…」
できたてのパンに慣れてしまったんですね。
「贅沢を言ってすみません…」
自覚はあるんだ。なるほど。
- いえいえ。冷蔵庫に向かって右後ろにオーブンがありますよね?
「え?、あ、はい」
- それは窯と兼用なので火を入れないとだめなんですが、その上に電子レンジじゃなくて魔法レンジがあるんですが、もしかして知りませんでした?
「え?、電子レンジ?」
シオリさんがわからないのはしょうがないとしてもサクラさんも知らないのかな、そんなはずはないと思うんだけど。
- まぁ、一緒に行きましょうか。見てもらったほうが早いですし。
「今日、お昼ご飯食べた記憶がないんだけど…」
「そう言われてみればそうですね…」
メルさんとネリさんがじろっとこっちを見た。うん、俺もない。
あ、だからクッキー頬張ったりしてたのか?、関係ないか。
軽くささっと調査するだけのつもりだったんだよ。
ハムラーデルの兵士さんたちが入ってたからこうなっただけで…。
と、何か言うと言い訳くさくなるので、返事せずにスルーしてすたすたと歩くと、皆もついてきてぞろぞろと台所へ。
ちらっとリンちゃんを見たけど小首を傾げてにこっと微笑むだけだった。可愛いけどね。俺が説明しなくちゃか…。
夕食用に作って冷蔵庫に入れてあったシチュー1皿を手にしてから言う。
- ここを持って、フタを開いてですね、中に温めたい料理をいれます。
中に入れて、フタを閉じる。
- この右側で、温めに使う魔法を選択して、その下のダイアルで時間と温度を設定します。
火魔法で温める場合なら、中に入れたもの全体がその温度まで温められる。
土魔法で温める方式は、電子レンジと同じ原理になる。でも超音波を照射するのではなく、土魔法パルスで下のトレイが振動する、らしい。よくわからん。
光魔法を選択すると赤外線で温めるらしい。グリルみたいなもん?、よくわからん。
まぁ普段使うなら火魔法でいいと思う。
温度の単位はセ氏だ。光の精霊さんの里でもセ氏を使ってるらしい。
- センサーがついてるので温まったら残り時間が0じゃなくても止まります。
残り時間が0になると、設定温度になってなくても止まります。
わからなければ何も設定せずにスタートボタンを押せば自動でやってくれるらしいですよ。
そう。温めたいものを入れてスタートを押すだけで『おまかせ』モードになって、魔法から温度から勝手に判断してくれるらしい。ちょっと凄いんだけどね。
で、実際に温めてみる。スタート。数秒でチンと音がする。ここだけはアナログなんだよなー、これ。
「それで時々台所からこの音が聞こえてきていたのですね…」
- はい。よく使ってましたから。
作り置きで冷蔵庫に入れてたものを温めたりするのに大活躍だからね。
できたてをポーチに入れてたものはできたてのままだけどさ。
残り物は冷蔵庫に入れてるからね。
「それにしてもすごいですね、これ」
「電子レンジよりすごいかも…」
「すごいのはわかりますが…」
「その、電子レンジとは…?」
- 元の世界にあった調理器具ですよ
「「ほう…」」
- 手軽に料理などを温めたいときには便利なんで、使い方覚えてくださいね。
では夕食にしましょうか。
「「はい」」
俺とリンちゃんが残って仕度をする。
「あ、お手伝いします」
こういう時、サクラさんはよく手伝ってくれるんだよね。
他のひとたち?、まぁそこは言わぬが花ってやつだろうさ。
●○●○●○●
食事をしながら軽く、今日のダンジョンの話をした。
「では中央東8はまだ処理が終わってないんですか…」
いやいや、『調査に行く』って言ったよね?、俺。
- 調査だけのつもりだったんですけどね…。ハムラーデルの人たちがもう戦闘状態だったんですよ。
「それでこんな時間までかかったのですね」
- はい。それと、倒した魔物の在庫をハムラーデルで引き取ってもらったんです。
「なるほど…」
サクラさんはそれで納得したようだ。
ティルラ側に引き取ってもらった量を思い出したんだろう、渋い表情になった。
まぁ食事中にはあまり思い出したくないよな。
「在庫…?、と言いますと魔法の袋にですか?」
- はい。まるごと保管できるので、便利です。
「それは…、恐ろしく便利ですね、どれぐらい入るのですか?」
そういやシオリさんはまだ見てなかったんだっけ?
- 結構入りますよ。今回引き取ってもらったのは120体ぐらいだっけ?
「トカゲ以外も含めて124体でした」
リンちゃんを見るとすかさず補足してくれたので頷いておく。
「そんなに!?、かなりの大金になったのでは?」
- いえ、全部寄付ですので。
「な、なんですって!?」
そんな、立ち上がらなくても…。
- お、落ち着いてください。それには事情があって、最初のときにティルラ側で、倒したのを売らずに引き取ってもらったんですよ、あれはティルラ第一防衛拠点だったかな?、国境を割られてて負傷した兵士さんたちも多く、大変だったので慰労を兼ねて全部進呈したんですよ。
そう言うとシオリさんはサクラさんとネリさんをちらっと見て、自分もその当時の事情を聞いていたのだろうか、『なるほど…』と呟いて座りなおしてくれた。
- それでティルラ側には倒した魔物を持って行っては引き取ってもらっていたので、いまさらハムラーデル側にだけ売るというのは、やりづらいわけでして…。
「そういうことでしたか…、あ、ではロスタニア側のダンジョンを攻略…、ではなく処理でしたね、処理した際の魔物は…?」
あー、その分も今回ハムラーデルに渡しちゃったなぁ…。
でもロスタニアに行ったとき、渡す雰囲気じゃなかったしなぁ、そのへんはもうしょうがないと思うんだけど。最初あんなで印象よくなかったし。
- 今後ロスタニア側のダンジョンを処理したときに倒した分は、ロスタニアに寄付することにします。
ロスタニア側の2箇所を処理した分のことは言わないでおこう。
ハムラーデルに渡しちゃった、って言うと何かいわれそうだし。
「そ、そうですか、まあいいでしょう、よろしくお願いします」
察してくれたっぽいけど、お願いされてしまった。
まだあるもんね、川の北側のダンジョン。
「それでですね、お願いしたいことがあるのですが…」
- はい?
わかりました、って言おうとしたら続けて言われたんだけど何だろう?
「ロスタニア方面にも橋を架けて頂けないでしょうか?」
ふむ。まぁ、ごもっともではあるし、確かにロスタニア方面にだけ橋が無いのもね。
川の本流だからちょっと川幅があるので手間もかかるんだけどなー、今後どうするんだろう、水上交通とかがあるのならそれも考慮した構造を考えないといけないような気も…。
吊橋みたいなのがいいんだろうけど、そんな太いワイヤーなんてないし金属骨格ができないから、結局は眼鏡橋みたいに橋脚がいくつもあってアーチを幾つも連ねる形になるんだけどさ。
「あの、ご無理を申し上げてるのは承知なので、それと資材などの費用が掛かるのでしたらそれも仰って頂ければ何とかしますので…」
と、考えてたらシオリさんが不安そうな表情で言った。
- あ、いえ、川幅が結構あるのでどういう構造にすればいいか少し考えていただけです。
それに、確かにロスタニア方面にだけ橋が無いのもよくないでしょうね。
「でしたら…!」
ぱぁっと明るい表情になった。いいよねー、女性のこういう表情って。
ずっとロスタニアに居たってのもあるんだろうね、どちらかというと為政者側っぽいし。
- はい、でもそちら側って川の本流ですしできるかどうかわからないんですよ。なのであまり期待しないでもらえると…。
「やはり難しいのでしょうか…?」
うん、俺って別に土木の専門家でもそういう専攻してたわけでもないからね。
でも魔法でなんとかなるかも知れない、とは思ってる。
- 建設の専門家じゃないので、自信を持って『できます』と言えないのが心苦しいのですが、とりあえず調べてみて、できそうならやってみますよ。
「はあ…、わかりました、よろしくお願いします」
シオリさんは微妙に翳りを見せながらも、ぺこりとお辞儀をした。
- ところでどうして橋を?
「え?、あ、ここを出て右手に橋がありますが、それのことを今日サクラに尋ねたところ、『タケルさんが作ったらしい』と言うではありませんか」
- そうですね、はい。
まぁ俺が使うというか俺達が使うためだし…。
「でしたらこちら側にも橋があってもいいのではと…、それをサクラに言ったら『タケルさんにた…』」
「姉さんそれは!」
- まぁまぁ、だいたいわかりました。明日の朝にでも試してみますよ。
そういう流れだったわけか。
実はもう『スパイダー』が水上移動できるから橋を架ける必要性がないんだけどね。
あと、飛び越えればいいし。言えないけどさ。
もう皆食べ終えて食後のお茶になってる。なら4層の話をしてもいいかな。
ポーチから4層の地図を出して、片付いてる食卓の上に広げた。
- これが中央東8の4層なんですが…、どうしましょうね?、これ。
「この印が全部ボストカゲですか…」
- あ、『ボストカゲ』だとボスが紛らわしいので『竜族』って言うことにしたんですよ。
「そういえば『竜族』でしたね。ずっと『ボストカゲ』って呼んでたのはどうしてなんです?」
う…、俺のせいだよな、やっぱり。
- ボスっぽかったので…、すみませんでした。
素直に謝っておこう。
「タケルさんが謝ることでは…」
「え?、でもタケルさんが言い始めたんだよね?」
そうです。はい。
「それで通じてたのですから。でも今後は『竜族』ということでいいじゃないですか」
皆も頷いてる。
「じゃあホントのボスは、『ボス竜族』?、それとも『竜族ボス』?」
どっちでもいいよそれは。
「ダンジョンボスでいいのでは?」
「ダンジョンボスの竜族?」
- そのへんはまだ決まってませんし、伝わればどれでもいいのでは?
ということになった。
「それで、この4層、どうするんです?」
そりゃまぁ、退治しないといけないんだけどさ。
- どうしましょうね?
「タケルさんなら何か対策があるのかと思ってたのに…」
いやいやそう言われてもだねキミ。
口を尖らせて言うことなのか…?、今にも『ちぇー』とか言いそうだなオイ。
- 対策ってったって、あっちも魔法なんだし射程距離が変わらないからね。
「境界門でタケル様がやったように、一方的に攻撃できる方法で何とかなりませんか?」
メルさんが難しい顔をして言ったけど、門扉がないけど壁があるんだよね。
両側はダンジョンの壁にぴったりくっついてる。城壁の高さはだいたい5mぐらいだったと思う。その上は空いてるけどさ。
境界門からこの砦の壁までがだいたい200mほどで、林ぐらいの密度で木々が生えてる。
- 氷の刃だとたぶん200mなら有効ダメージが与えられるけど、それ以上だと分解すると思う。それぐらいの距離が、だいたい魔法の有効射程じゃないかな。
シオリさんが『裁きの杖』でしたっけ?、あれを使って広範囲雷撃をした場合だと、射程はもっと伸びるかも知れませんが、どうでした?
「そうですね、でも狙う範囲の中心部は300mぐらいですよ?、あれは横に攻撃範囲が広がるので、そうですね、扇の紙の部分のような感じでしょうか」
そういいながら両手の親指と人差し指をのばして、目の前から扇形に動かして表現してくれた。なるほど。
- シオリさんが最大で撃った場合、4層の境界門のところから、砦全体をカバーできますか?
「んー…」
地図を指で追いながら考えてらっしゃる。すこし待とう。
「壁に雷撃を落とすのはできるでしょうね。もしこの位置から見えている建物があればそこにも落とせますが…」
ああ、そうか。だからロスタニア防衛地のところに物見櫓があったのか。
- 敵の位置が見えないと狙えないんですね。
「はい…、すみません」
申し訳なさそうだけど、シオリさんは悪くないよ。
- いいえ、大丈夫ですよ。しかしそれだといまいち数を減らすことができませんね…。
「……そうですね」
「あの…、私の槍のように、その杖をタケル様が使ってみてはいかがでしょう?、タケル様であれば見えなくても狙えますし」
ああうん、それは俺もちょっと考えたけどね。
- いやそれはさすがに…。
「さすがに?」
じろっと見られた。でもふっと視線をシオリさんに移した。
「ロスタニアの国宝だからですか?」
ちょっと厳しい目でシオリさんを見るメルさん。
俺じゃなくてよかったとちょっぴり思ってしまった。
何ていうの?、王族の威厳みたいな?、じろっと見られたとき『うっ』って言葉に詰まっちゃったよ。弱いなー俺。はぁ…。
「私の『サンダースピア』もホーラードの国宝ですよ」
「何が仰りたいのでしょうか、ホーラードの姫君」
「タケル様が信用できませんか?、ロスタニアの勇者様」
「『裁きの杖』がタケル様に扱えるかどうかすらまだ判らないのですよ?、ホーラードの姫騎士様」
「では試しの機会すら与えることができないと?、ロスタニアの名誉司教様」
- ちょっとちょーっと、2人とも、冷静に話をしましょう、冷静に。
こえーとか思ってたらヤバい雰囲気になってきたのでなけなしの勇気をぎゅぅっと絞って割り込んだ。
最後にいちいち肩書きみたいな呼びかけをすると攻撃になんの?、こえーよ。
わけがわからないよ!
「「冷静ですよ?」」
そんなとこだけ声を揃えて返事しなくっても…。
- あの、シオリさん、僕からもお願いします。『裁きの杖』を試させてもらってもいいでしょうか?
「……わかりました、しかし持ってきてはいないので、取りに戻らねばなりません。その際、ロスタニア王にも承諾を頂かなくてはなりませんの」
シオリさんは俺の目をじっと見据えてから言った。
そりゃそうだよな。国宝だし、持ち出すのに王に黙ってってわけには行かないだろう。
- はい。
「では明日にでもロスタニアへ連れて行ってもらえますか?」
- はい、わかりました。
「それでは4層の対策はその杖次第というところですね。では私はお風呂に。ネリさん、今日は私達が最初ですよ?」
何故かメルさんが締めの言葉を。
「あ、終わり?、はーい」
さてはネリさん、あまり聞いてなかったな?、まぁいいけどさ。
杖のことは置いといて、シオリさんの昔話…ってほど昔じゃないか、昔話なんて言ったら叱られそうだ。
え?、シオリさんになら叱られたい?、ああ、そういうひとも居るだろうね。美人教師に叱られたくていたずらとか悪さする生徒とか、好きな女性にちょっかいかけて怒らせる小学生みたいなのがさ。
俺は違うけどね。前に言ったろ?、女性にそうやって迫られるのトラウマなんだってば。
じゃなくて、前にシオリさんから聞いた話で、この中央東8の位置から西って、これまでのよりも古いダンジョンなんだってことなんだよ。
…で、だよ。もしここから先がこんなに多くのボストカゲを相手にするのは命がいくつあっても足りないんじゃないか?、ってことだ。
光の精霊さんの超兵器って手もあるのか…、それってダンジョン内でぶっ放してもいいレベルなのかな…?
ぶっ放した本人も死ぬんじゃ割りに合わないぞ?
そこで『裁きの杖』が有効だったらまとめて倒せるかも知れず、今後のダンジョン処理が楽になるというわけだ。
使えたらいいな…。
「タケルさん、…タケルさん?」
- あっはい、何でしょう?
「そんなに脱衣所のほうが気になりますか?」
- え!?、あ、ぼーっとあっち見てたからですか!?、違いますよただ考え事をしてただけで!
サクラさんはくすっといたずらっぽく笑って、隣に座ってるシオリさんを手で示しながら、
「冗談です。そんなに慌てなくてもタケルさんがそういう人じゃ無いことはわかってますよ、シオリ姉さんが、その地図と魔力感知について聞いておきたいと」
ひー、そういう冗談やめてマジで。
それでなくてもここ女性ばっかでめちゃくちゃ気を遣ってるんだから。
- はぁ、何でしょう?
「サクラもある程度は魔力感知で人や魔物などの位置がわかるようになったと聞いているのですが、これほどの精度で位置が正確にわかるようになれるのでしょうか?」
地図を指差しながらそう尋ねるシオリさん。少し不安そう。
まぁね、俺と俺以外の差がすごいって思うんだろうね。
- ある程度のところでコツみたいなのをつかめると思うんですよ。そこまでは地味ですけど、そこからの伸びは早いと思いますよ。
俺がそうだったからね。
「では私も教本にある通りに魔力感知の訓練をすれば……?」
- はい。シオリさんは元々魔力の扱いについてはある程度できていますので、魔力感知や魔力操作のコツをつかめばかなりできるようになるかと。
あ、ある程度なんて言っちゃ失礼だったかな…?
- ある程度、なんて失礼でしたね、すみません。
「いえ、タケル様のほうが遥かに技量が上なのですもの。構いませんわ」
よかった、優しく微笑んでくれた。
ロスタニアで人気を維持し続けてるって誰か言ってたっけ。それがよくわかる微笑だ。
- ありがとうございます。それで、こういう地図のような広範囲ですと、実は元の世界の科学技術の応用だったりするんですよ。
「「え?」」
「そうなんですか?」
『え?』の部分だけハモってんの。
そんで一瞬だけ顔を見合わせて、シオリさんだけ返事した。
『シオリ姉さん』ってサクラさんは呼んでて、当然だけど血のつながりもないし、元の世界で生きてた時代も全然違う2人だけどさ、でもまるで姉妹みたいなところがあるね。
時々そういう、何ていうか、魔法系と剣道系で違うはずなのに、立ち居振る舞いとか、雰囲気とかが似てる部分があるんだよ。
お互いに影響し合った結果、似た要素を持つようになった、ってことなのかもしれないけどね。微笑ましいって思うわけよ。
- はい、でも僕もそのあたりの理論には疎くてですね、詳しく説明をすることができないんですよ、原理はだいたい説明できるんですが…。
「あ、それだと理解ができないから私たちでは再現ができないということですか?」
- サクラさんなら言葉や意味としてはご存知かも。電波レーダーってわかります?
「聞いたことはあります。船舶やテレビ番組にあったものですよね?」
- はい、それであってます。
「こう、円の中を緑色の光る棒がくるくる回って、敵の位置や方角を点で表示する……のでしたっけ?」
- はい、その通りです。それを魔法に応用したものなんですよ。
「はぁ……」
そりゃこれだけで伝わるなら俺も苦労しない。
- メルさんのものから書写したテキスト、えっと教本に探知魔法について書かれている箇所があると思うんですが…、あっはい、それです。
それは山彦の応用で、音波の反射を捉えて距離や形状を把握する魔法です。
まずそこを理解して使えるようになってもらわないと、この地図のような広範囲の探知魔法は使えないでしょう。
「ここの理論でも既に難解なのに…」
「これ以上の技術なのですか…」
んー、魔法ってのは、だいたいそうなるっていう感覚的理解が大事だと思うんだ。
あとは練習あるのみ、なんだよね…。
そうするとある時、ふと、まるでパズルのピースがピタっとハマるような、そういう時が来る。そうなればもうできたようなもんだったりする。
そうじゃなきゃ俺だって空間魔法とか重力魔法とか使えないって。
え?、空間魔法なんて使えたのかって?、ポーチんときにさんざん失敗したろ?、あれで覚えたんだよ。そんで範囲指定甘いから転移魔法禁止されてるだろ?、あれだよあれ。
でも他の人に教えるのに、適当でいいとか、フィーリングが大事だとかはちょっと言えない。そんなことしたらリンちゃんたち光の精霊さんから叱られるに決まってる。
叱られるだけならいいけどさ、もしそれで教えた人たちに何かあったら、って思うと怖くて言えないって。
それでなくても散々一歩間違えたらヤバかったことが何度もあったってのに。
自分のことながら笑えねー、とか言いつつ心の中では笑うしかないんだけども。
- あ、前に言ったかも知れませんけど、探知魔法と地図を描く魔法は別のものですよ?
「あ、はい、そうですね」
「え?」
「姉さん前に説明したじゃないですか」
「そうだっけ?」
「説明してますって、ほら、この教本にも書いてありますよ」
「あら、ほんと」
「これ姉さんの教本でしょ?、書写したのに…?」
「急いで書き写しただけで全部覚えられるわけがないでしょう?」
「でもだいたい覚えません?」
「サクラ?、今一瞬、年だから物覚えが悪いんじゃないかって思ったでしょ!」
「そ、そんなこと思いませんって!」
「ふん、どうだか…」
ほ、ただのじゃれあいだった。
地図を描く魔法は何気に便利なので是非覚えて活用してほしい。
あれはリンちゃんのお手本を模倣しただけなので、理論とかさっぱりわからん。
あ、そういえばそういう模倣して使えるようになったけど理論が理解できてない魔法いっぱいあるような気がする。
リンちゃんのだけじゃなく、メルさんの『サンダースピア』で覚えた雷撃もそのひとつだな。あれも、あ、火の精霊ウーミリスさんだっけ?、精錬のやつ、あれも理屈はわかったけど、理論はわからないな。
ってか魔法なんてどれも理屈は何となくわかったけど、理論わかってないや。
んじゃ全部か。ははは。
いいんだよ、使えてるんだから。
次話2-68は2018年10月17日(水)の予定です。
20200517:訂正。 名誉司祭 ⇒ 名誉司教