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2ー065 ~ トカゲ叩き

 「では説明をお願いします」


 2層に戻ってすぐ、3層との境界を警戒するように囲んだ盾役の兵士さんたちを横目に、さっき命令を出した年配の兵士さんが俺に向けて言った。

 どうやら討伐隊のまとめ役をしているようだ。

 ちらっと俺の隣にいるカエデさんを見てたけど、俺が説明していいらしい。カエデさんもその兵士さんに頷いてたし。


- はい、普段は4層に居ると思われる大型のトカゲ、僕たちは『ボストカゲ』って言ってますが、それが3層にも来るんです。

 その『ボストカゲ』は、破壊魔法が使えることが分かっていまして、口をあけてその正面方向に狭い範囲ですが突き進む威力があるんです。


 「それで狭い通路に我々が残っていたとすると…」


- そうですね、かなり危険でした。


 ここで3層の地図をとりだして広げる。カエデさんにも広げた端を支えてもらった。


- この部分の通路ですが、直線的なのはその『ボストカゲ』の破壊魔法による攻撃で、一度崩落した瓦礫に通路をあけたからだと思われます。

 通路の壁が、その部分だけ他と異なっていたのに気付かれましたか?


 「音の反響が違うなとは思いましたが…」


 兵士さんの表情が青ざめている。きっと実感したんだろう。

 ひとつ頷いて続ける。


- そうですね、破壊魔法に(さら)された部分はあのようにもろくなって崩れやすくなるようなんですよ。

 それで音の反響が違うんじゃないかと思われます。


 「なるほど…」

 「その破壊魔法ですが、どの位の間隔で撃てるものなんですか?」


 隣のカエデさんが尋ねた。

 そうだよね、倒すとなるとそこが気になるところだよね。


- わかりません。詠唱をするのではなく、息を吐くときに魔法発生器官を使って破壊魔法を撃つようなので、吸って吐く吸って吐く、ぐらいの間隔かもしれませんし、他に条件があるのかもしれません。


 「そうですか…、倒すことを考えるともの凄く危険ですね、それ…」

 「そうですね…、通路を作るぐらいの威力があるのなら盾など役に立ちませんし…」


 まぁそのへんは今考えなくてもいいかなと。


- ところでどうします?、このままここで待ち受けますか?、それとも外まで撤退します?


 「そのボスはここまで来れるのでしょうか…?」


- うーん、どうでしょう?、来れるのは来れると思いますけど、来るかどうかまではわかりませんよ…?


 「確かにそうでした。では来た場合には倒せるでしょうか?」


 来たとしてここで『もぐら叩き』みたいに倒していくだけなら、何とかなりそうではある。ボストカゲも、出てきてすぐに破壊魔法を撃つだろうけど、その前にスパッと倒せばいいし。


 いや、息を吸ってから境界を越えてきた場合、あっちもすぐ撃てるかもしれないな。

 こっちの魔法と発動勝負みたいなことになるのか、それはそれで怖いな。

 これは正直に言ったほうがよさそうだ。


- こちらに飛び込んできてすぐ破壊魔法を撃たれる方が早いか、それを阻止して攻撃するのが早いかの勝負ですね。


 「その場合ですと、盾を並べても邪魔なのでしょうね……」


 と、彼はが現在3層との境界から5mほどの距離で円形に展開している盾持ちの兵士たちを見た。その後ろに弓を持った人や槍を持ったひとが居る。

 この部屋は少し縦長の丸い形、んー、薬のカプセルみたいな形といえば判りやすいか、そんな形をしている。それの前後に3層との境界と通路がある。

 3層との境界から反対側の通路まではだいたい50m強ってところだろうか。横幅は20m前後、ってところか。


 俺達は2層の調査隊4人が作っていたテント前の焚き火のところでこうして話しているわけだ。

 メルさんはこの部屋に到着したときに、すぐ負傷した兵士さんたちに回復魔法をかけたりしていた。それを見てネリさんもやってた。

 そういえばプラムさんのテキストに回復魔法についてのページもあったっけ。


 負傷したといっても、打ち身や切り傷程度で、全員走ってここに来たんだしそんな大した怪我をした兵士さんは居なかった。

 それで治った人たちが前の方に行って、後方を固めたり篝火を設置したりしてる。


 あ、そうだ、兵士さんたちにも暗視魔法かけておくか。


- みなさんに暗視魔法をかけてもいいでしょうか?


 「暗視魔法…、ですか?」


- はい、少しの光でもよく見えるようになる魔法です。


 「それはありがたいのですが、魔力は温存したほうがよいのでは?」


- 大丈夫です、それぐらいなら。リンちゃん、頼んでいいかな?


 「はい、タケルさま」


 返事をしてすぐ、前の方の兵士さんたちが『おお!?』とか『おわっ!』とか言ってざわめいた。


 「落ち着け!、暗視魔法をかけて下さったのだ!、篝火を少し減らせ!」


 慌てて横の兵士さんが大声で知らせていた。

 声でっか!、いきなりでびっくりしたじゃないか。しかもここ反響するし。

 普段から命令やらで大声を出してるんだろうけど、その大声のほうが落ち着き無くすんじゃないのか?、とか頭の中で文句言いつつ軽く睨んだら、いきなりこっち向いてびっくりした。


 「ありがとうございます。とても助かります」


- い、いえいえ、これぐらいは。むしろ気付くのが遅くなってすみません。


 また考えてることが漏れたかバレたかと思ったじゃないか。

 なんか最近ちょっとビビリ傾向があるな、俺。しっかりせねば。


 とにかくこれで完全に暗闇じゃなければ兵士さんたちもよく見えるし動きやすくなるだろう。

 ダンジョンの壁や天井って、何かうすーく光る箇所がところどころあったりするんだよな、不思議。

 ヒマがあったら調べてみたいような気もするんだけど、今そんなこと気にしてる場合じゃないか。


 「それで、普通のジャイアントリザードなら我々でも対処ができますが…」


- そうですね……。


 言いづらそうな兵士さん。

 言葉を濁してるけど続きはわからんでもない。勇者である俺達に任せていいのか?、って話だろう。


 こっちも実は言いづらいんだよ。

 実は『ボストカゲ』ってそれほどでかいわけじゃ無い。普段は四足でだらけてる姿しか見てないけど、その姿勢だと盾の人が前に居たらほとんど隠れてしまう。だから邪魔だとはちょっと言いづらい。


 それで盾の人たちが少し引いて射線を通すようにしてくれるように頼むとしても、その(わず)かな時間で破壊魔法を撃たれてしまったら大惨事だ。


 前の方が(にわか)に慌しくなった。

 ジャイアントリザード(普通のトカゲ)が出てきたようだ。

 直接は見えないけど、感知では袋叩きみたいにして倒してるようだ。


 あまり時間の猶予もなさそうだし、撃ちやすいように壁で囲んでみるか。


- んじゃ前の兵士さんたちを、こっちまで引くようにしてもらえますか?


 「すると地上まで撤退を?」


 地上まで撤退して外で待つのも、大して変わらないような気がする。

 広さと明るさぐらいか。それでも大勢で戦う場合には利点なんだろうけども。


- いえ、少し工夫をしてみようかと。任せてくださいますか?


 彼は大きく息を吸う間だけ軽く目を閉じて考えたようだ。


 「わかりました。全体!、こちらまで引け!」

 「「「おう!!」」」


 この部屋全体が揺れるぐらいの命令声と応答声だった。

 そんな遠いわけじゃないんだから、音量を加減しろよ…。


 ふと見るとリンちゃんは両手で耳を塞いでいた。えー…。


 敏速に引いてくる兵士さんたちを見ながら部屋の中央ちょい手前ぐらいのところまで行き、境界門の――門でいいよな?、あれ――両側から手前のところまで土壁をにょきっと生やし、こちら側は胸の高さにする。『胸壁』って凸凹にするやつのことだっけ?、高さは関係ないんだっけ…、まぁいいか。

 それでリンちゃんに頼んで中に明かりの球を手前のほうに投げ入れてもらった。


 よし、これでこっちは眩しくないけどあっちからは眩しくて見えにくいだろう。


 とか準備してる間にも一匹入ってきたのでスパっと撃って倒した。


 兵士さんたちはポカーンと、壁やらが生えてきたのを見てたようだが、我に返ったんだろうさっきまで話をしてた兵士のおっちゃんが、たぶん討伐隊の隊長だろうけど、慌てて走ってきた。


 「勇者様!、こ、これでは我々が攻撃できません!」


- へ?、ああ、ですから、任せてくださいと。


 「え?、ボスだけでは無かったのですか…?」


- そのボスって、普段は這ってるんですよ。後ろ足で立つと3mぐらいあるんですけどね、這ってる状態だと盾でほとんど隠れちゃう高さなんです。


 「はぁ…」


 こうして説明してる間にもまた一匹、いや2匹出てきたのでスパスパと撃ち倒す。

 それが視界に入ってるからなのか、一瞬そっちを見て誰が撃ったのかときょろきょろする兵士のおっちゃん。

 そりゃそうだよね。俺は彼のほうに体ごと向いてるし、俺が撃ったとは思わないだろうね。


 ちなみにリンちゃんは壁の高さより身長が低いので、彼の脳内候補からは除外されてるようだった。リンちゃんだって目で見えてなくても撃てるんだよ?、ふふふ。


 で、きょろきょろしてるのに構わず話を続ける。


- 盾の人たちが一歩引いてこちらから撃てる状態になるまでに、『ボストカゲ』が破壊魔法を撃ってくるかもしれないんです。その一瞬が惜しいんですよ。


 「……そういえば先程『どちらが早いか』と仰っておられましたね、わかりました、お任せします」


 そう言うとさっと敬礼して焚き火のほうに駆け足で下がって行った。

 あっちで『小休止にする』と言っているのが聞こえた。


 彼と入れ替わりにメルさんとネリさんがやってきた。

 カエデさんはあっちに居たままのようだ。


 「何だか面白いことになっていますね、ふふ」


 天井近くまで(そび)える土壁――5mぐらいあるんだよ、この部屋の天井――を見ながら楽しそうに言うメルさん。


 「はい!、タケルさん!、あたしも撃ちたいです!」


 ああ、そっかもう2人とも、横幅3mの狭いシューティングレンジみたいなことになってて、境界門からトカゲがこっちに出てきたらスパスパ撃って倒す、ってのを感知でわかるようになってるのか。

 回復魔法も使えるようになってるみたいだし、俺もうかうかしてられないな。


- どうぞ?


 「やったー♪」


 何でそんな嬉しそうなんだ?、まぁいいけどさ。


- メルさんも?


 「いいのですか!?」


 ぱぁっと輝く笑顔。え?、撃ちたかったの?

 ちょ、近い近い、一瞬で(ふところ)に入られたよ。さすが達人。

 じゃなくて、身体強化ONなんだよ。


 俺も最近メルさんが近寄ると自然に警戒するようになってて、こっちも即時身体強化ONにできるようになったのは、喜んでいいのか何なのかわからんな。


 で、隣でリンちゃんがピク!、って反応してたけど、メルさんが俺の腹部に両手を添えてるだけで、抱きついてないからか反応しただけで何も言わなかった。


 両手を添えて、ってのは腕を畳んでる状態だから、俺を見上げてその輝く笑顔ってやつね。いわゆる上目遣いでいい笑顔、お願いされたら断れないパターンだ。


 槍もってなければね!!


 一応説明しとくと、メルさんの『サンダースピア』ってのはメルさんが扱いやすいサイズになってるわけなんだ。短槍に分類されるだろうそれが両手で取り回しのしやすいサイズってのは、身長よりすこし長いぐらいだそうだ。

 それで俺の腹んとこに両手を添えているんだから、槍は俺の体に沿ってるってことだ。

 つまり、目下俺の首の横にその『サンダースピア』の穂先があるってわけだよ。

 カバーはついてるけどね。


 いい笑顔で首の所に槍の穂先を添えて、いい笑顔。


 二重の意味で断れないパターンだってことがわかってもらえたと思う。


 リンちゃんが反応したのは槍が危なかったからだ、と信じたい。


 そおっと『サンダースピア』の太刀打ちのところに手を添えて軽く押した。

 頑張ったけど、俺の表情が引きつってたかも知れない。


- ど、どうぞ?


 「はい!」


 と、とてもいい返事をしてささっとネリさんの横に立ち、

 「む…、これでは見えません…」

 と呟いて土魔法で台を作り、その上に乗ってご満悦な様子で石弾を撃ち始めた。


 「あっ!、タケルさんでしょ今の!、むー」


 ふふふ、キミタチまだまだ構築も弾速も遅いんだよ。

 そうやってニヤリと笑みを(たた)えつつまた後ろからスパっと、入ってきたトカゲ3匹を撃ち抜いた。


 「あっ!、また!、何かズルい!、タケルさんは撃っちゃダメ!」


- え?


 「そうですよ、私たちの獲物ですよ?」


- え?


 膨れてる2人はなんか可愛いけど、俺撃っちゃダメなのか?

 まぁいいけどさ、このシューティングレンジ、25mぐらいあるし。

 こっちまで来るようならそれまでに倒せばいい。

 ジャイアントリザード(普通のトカゲ)ならね。


 しかし『獲物』って…、遊びじゃ……まぁいいか、遊びでも。

 そういえば調査ってことで来てるのに、どうしてこうなったんだろう。


 ああ、ハムラーデルの兵士さんたちが先に入ってたからか。

 何だかシオリさんが言ってた人海戦術みたいな感じで、3層の分岐から先を攻略しようとしてたわけだよな、討伐隊の兵士さんたちって。


 それもひとつの攻略法だから間違っちゃいない。


 もともとは中央に巣部屋があって、そこに行くまでに3つだったか小部屋があったけど、巣部屋までならあの人数でも到達はできたと思う。

 そこからが連戦で大変だったろうけど。


 「タケルさま、お茶です」


- ん?、あ、ありがとう。


 リンちゃんが立ってちょうどいい高さのテーブルを3歩ぐらいの距離のところに作ってお茶を用意してくれてた。

 ちょうど喉も渇いてたとこだったんだよ、ありがたく頂く。


 焚き火のとこで小休止してる兵士さんたちが、こっちを指差してカエデさんに何か言ってるけど気にしないでおく。そっちは任せたよ、カエデさん。


 「あっ!、ズルい!、あたしも何か飲みたいです!」


- そう?、んじゃ交代。


 「はーい」


 ささっとネリさんと交代する。


 「(小声で)タケル様が相手でも負けませんよ」


 ん?、メルさんがちらっとこっちを見て、また正面を向いてから呟いたようだ。

 負けませんとか聞こえたぞ?、そうか、そういうことなら真面目にやろうじゃないか。


 後ろでネリさんが『あ、タケル水だ、これ好きですありがとうございます』と言って、リンちゃんが『タケル水?、これはリムの実で香りをつけた水ですよ?』と返事してるのが聞こえたけど、メルさんと勝負なので、デコピンは勘弁しておいてやろう。






 「あっ…」

 「ああっ…」

 「…っく……」

 「くっ……またっ…あっ…」


 今のところ十数匹、全部俺が先に撃ち抜いて倒してる。

 メルさんが涙目になってきたのでこのへんにしとくかな?


- 撃つのが分かってるんですから、準備を先に済ませるんですよ。


 「あっ…、それはわかってるのです!、でも狙いを付けている間に先に!、あっ、また…」


- 出てくる場所がわかってるんですから、狙いだって先につけられません?


 「え!?、出てくる場所がわかる…?」


 ん?、何かおかしいな。


- あれ?、もしかして境界門の向こう側って見えません?


 「え!?、見えるのですか!?」


 メルさんは驚いたようにこっちを見て、手をとめた。

 ああそうそう、メルさんとネリさんはまだ不慣れだから、石弾撃つ時に、それぞれクセがあるんだよね。

 メルさんは構築時に腰溜めにした拳を握り締めて、体を撃つ方に向けて撃つ。石弾は目の前から発射してる。

 ネリさんは手をピストルみたいな形にして――親指を立てて人差し指を伸ばすやつね――その人差し指の前に石弾を作って、それで撃ってる。


 慣れてきたらそういう動作を無くせばいいので、今は自由にやってもらえばいいと思って放置してたけど、それも遅くなる理由のひとつなんだよね。


 でもどうやら俺のほうが格段に速かったのは、それだけが理由じゃないっぽいな。


- はい、はっきりとは見えませんが、ぼんやりゆらゆらとぼやけた感じで。


 メルさんはがっくりと肩を落として、

 「道理で勝てないわけですよ……」

 と言い、すかさずネリさんが、

 「やっぱりタケルさんズルい!」

 と便乗して言う。


- 別にズルをして見えているわけじゃないんだけど、何かごめんね。


 一応謝っておこう。

 そうやってる間にもトカゲは出てくるのでスパスパ倒してるわけなんだけどね。


- あ、目では見えるんですけど、感知はできないんですよ。


 「じゃ、タケルさんは後ろ向いて勝負!」

 「あ、それがいいですね!」


 いや、それだとボスが来たときに……、あ、一応リンちゃんにも確認しとこう。


- リンちゃんは境界の向こうって見えてる?


 「いいえ、表面がもやもやしているのはわかりますが、向こう側は一切見えません」


 ああ、それで前に『もやもやしてるけどこういうもん?』って訊いたとき、頷いてたのか。俺は『もやもやして向こうが見えるんだけど、こういうもん?』っていう意味で尋ねたつもりだった。言葉が足りなかったんだな。

 どうして俺だけには見えるのか、ってのは今は置いとくとして。


- 勝負はいいけど、『ボストカゲ』が迫ってくるのが見えないと危ないので、勝負は戻ってからにしませんか?


 「あ、そうでしたね。わかりました」

 「んじゃタケルさん交代~」

 「待ってください、私も何か飲みたいのですが」

 「んじゃメルさん交代~」


 暢気だなぁ…。

 しかしそろそろトカゲの死体をなんとかしないと、って、あれ?

 明らかに倒した数よりも今倒れてる数のほうが少ないよな?


 あの白いのは骨か?、それを足しても少ないような気が…。


 ちょっと注意して魔力感知の目でもよく見てみるか。


- ネリさん、境界から少し離れた位置で倒してもらえます?


 「へ?、はーい」


 境界から3mのところにトカゲの死体が3つ。変化なし、か。


- 次はできるだけ境界の近くで。あ、左のほう2匹来ますよ。


 「はーい」


 右のほうに1匹、合計3匹。

 境界から1mも離れていない場所に死体が3つ。

 その全部の死体が、溶けて…?、え!?


 ああもう、次が来た、また3匹。


- 3匹来ます。左、中央、右です。


 「はーい」


 うーん、やっぱり近くで見ないとよくわからないな。溶けてるというか溶けて消えてる感じだ。


 「どうしたんです?」


 水分補給を済ませたメルさんが隣に来て尋ねた。


- 倒した数と、あそこにある死体の数が合わないので、どういうことなのかと思って。


 「土魔法のようなものではないでしょうか?」


- え?


 どゆこと?


 「土魔法で作った壁などは、定着するまでは不安定な物質で、魔力を抜けば大半を消すことができますよね?」


- あっはい、そうですね。


 だからテーブルや椅子を作ったあと、用が済んだら消すんだけど、一部は定着してるから残骸が残る。砂みたいなもんだからあまり気にしてないんだけども。


 「あれらトカゲもダンジョンの『淀み』でしたっけ、タケル様が処理されている場所ですが、そこから生まれるのであれば、似たようなものではないかと」


- そうか、なるほど、そう考えると納得が行きますね。


 その説で全てに説明がつくわけじゃないだろうけど、大体それで合ってる気がしてきた。騎士団に持っていった死体のうち、いくつかがスカスカだったってのも、そのへんに理由がありそうだし。


- それにしても消えるのが早すぎるような…、あ、あの境界門、魔力を吸い取ってるのか…。


 だから魔力感知が通らないんだ、微弱だから。

 攻撃魔法も通さないんだろうな、さっきからずっと撃ってる石弾が境界の向こう側に届いてないんだから。

 弾自体の魔力が消えて形が崩れているのかもしれないな。

 弾を土魔法で作ってすぐだし…、残骸ってったって塵とかのレベルだろう。


 ん?、物体が超えられるんだから、既にある石とか金属の弾丸を撃ち出せばいいんじゃね?

 もしそれで境界越しに撃てるなら、一応ぼんやりだけど見えた敵に、一方的に攻撃できるってことになるな。


 試してみるか。


 ポーチからショートソードを出す。

 これももうポーチにあと2本しかないな。何気に便利だからまた仕入れてもらおう。


 そんでそれを境界の向こうに撃ち出した。


 「わ!」

 「ひゃ!」


- あ、ごめん。


 結構でかい音がした。2人ともびっくりしたらしい。


 「どこ狙ってるんですか!」

 「そうですよ、トカゲに当たってませんよ?」


- あ、いや、境界を越えて攻撃できないかなって。


 できたようだ。

 境界を越えてこっちに来ようとしていた向こう側のトカゲが1匹、頭にショートソードを食らって倒れたのが見えた。ぼんやりとだけど。


 「え?」

 「できるんですか?」


- できたっぽい。ちょっと2人にお任せします。ちらちらとボスが来るかどうかは見ますので!


 「はい!」

 「はーい!」


 少し離れ、急いでポーチからショートソード2本と、あまり使わない鍋とかを出して並べる。


- リンちゃん、急いで後ろの兵士さんたちから、予備の武器や傷んだ武器をもらってきて!


 「はい!」


 そして土魔法で分厚くてでっかい壷みたいな形と弾丸の型みたいなのを作る。石弾よりちょっとでかいが仕方ない、そこまで鋳造とか詳しくないので。

 壷の内側に魔法瓶結界を作って、でも熱いだろうなぁ、赤外線放射で。

 もうちょっと下がったほうがいいのかな、いや、でもあまり下がるとボスが来るのが見えにくくなるし…、まぁ短時間だから我慢してもらおう。俺もだけど。


 「タケルさま、分けてもらいましたが…、何をされるんです?」


 見ると、リンちゃんが剣2本、後ろの兵士さんがそれぞれ剣4本ずつ、鞘ごともってきてくれてた。

 そのままリンちゃんから1本受け取って鞘を払う。

 あ、なんか普通に使えそうな剣じゃないか?、これ。まさか全部か?、もったいない。


- 壊れかけとか、数打ちで質の悪いものでいいんですよ、溶かしちゃうので。


 「え、勇者様がお使いになるのだと…」


 ああ、それでいいのを選んできたのか。

 そうじゃなくて、あ、ボスっぽいのが!


- 皆下がって!


 叫びながら前に出る。

 いい剣っぽいけど仕方ない、もうこれでいいや。


 剣の柄が邪魔だからサイレンサーが上手く作れないが、もう境界のすぐ向こうにいるじゃないか!、ええい、撃ってしまえ!


 バン!!


 と言葉で言うと大したこと無いように感じるが、『サンダースピア』を使って雷魔法が土壁を撃ち抜いたような音に、ものっそい衝撃で部屋全体が揺れたように感じた。

 発射寸前に魔法瓶結界を前面に広く張ってこれだよ。

 結界の一部が壊れたよ。それと、土壁の手前の方が少し崩れたようだ。すげー威力。


 やっぱり無骨でしっかりとしたロングソードを超音速で撃ち出したのはちょっとやりすぎだったようだ。

 たぶん、狭い空間で衝撃波がどうにかなったんだろうね。理論とかよくわからんのでいい加減な推測だけどさ。


 俺も尻餅ついたけど、みんなひっくり返ってんのな。あはは。


 リンちゃんはちゃっかり多重障壁を張ってしゃがんでたっぽいな。さすが。

 ネリさんは俺以外では一番近いところにいたけど、あ、どっかすりむいたのかな?、回復魔法使ってるっぽい。

 メルさんは丸まって転がってったような…、あ、うん、身体強化ONだもんね、あれなら大丈夫。


 剣もってきた兵士さんは、大の字でひっくり返ってた。2人とも。


 まぁね、全面を(おお)って魔法瓶結界を張ったわけじゃないもんなぁ、音だって反響するし。まぁそれは今後の課題ということで。


 え?、ボス?、ああ、ちゃんと倒せたよ。境界門のぎりぎり向こうに頭部のない死体がぼんやりと見えるし。

 ジャイアントリザード(普通のトカゲ)は、死体以外は見えないな。


 「……やりすぎですタケルさま…」

 「ひどい目に遭いました…」


- ごめん…。


 リンちゃんとメルさんが別方向からジト目で言うのに謝っておく。


 「一体何が…」


 兵士さんの片方が呟いてる、2人とも地面に座ったまま。

 あ、カエデさんが走ってきた。


 「みなさん大丈夫ですか!?、さっきのは!?」

 「タケル様が剣を魔法で撃ち出したのです」


 どう答えたものかと思案しているとメルさんが代わりに答えてくれた。


 「撃ち出した?」

 「ええ。風魔法で」

 「それがあんなことに?」


 俺に視線が集まった。居心地悪いなぁ…。


- いやぁちょっと『ボストカゲ』を倒すのに力が入りすぎまして…。


 「力が入りすぎなんてもんじゃありませんでしたよね(ぼそっ)」


 ちょっとリンちゃん!?、最近キミ俺の味方じゃないこと多くねぇですかぃ?


 皆が俺を見て溜息をつく。

 え…?、どういう意味?


 「それでボスはどうなったんです?」


- それを今から確認しようと…。


 と言いつつ片側だけ壁を消した。

 するとまた皆がこっちを見て、溜息をひとつ。

 えー?、どういう意味だよ!?


 「はー、痛かった、もー、タケルさんやりすぎですよ、あちこち擦りむいてめちゃくちゃ痛かったよ!?」


 さすがはネリさん、このタイミングでこの雰囲気をぶち壊し。

 ありがたく便乗する。というか無視できないし、謝っておかないと。


- ごめんね、大丈夫じゃなかったみたいだけど。


 さっきまで、吹っ飛んで転んだ先で座って肘とか手とか膝とか、自分で回復魔法かけてたもんね。

 痛みで集中しにくいので、自力で回復魔法を使って治療するのって、何度かやって感覚を掴まないと難しいんだよ、実は。痛みの度合いにもよるけどさ。


 「傷跡とか残ってない?、頬とアゴのとこ、鏡もってきてないから見えなくて…」


 と、俺に近寄ってきて確認させようとするネリさん。

 ネリさんが俺に向けて見やすいように頬とアゴを上げた。


 いや、そこは女性同士でやるとこじゃないの?、俺なのか?、原因作ったのが俺だからか…。

 仕方がないので上から覗きこむようにして近くで確認する。

 何だ?、トカゲでもまだ残ってたのか?、リンちゃんとメルさんが妙に魔力を練ってるような…。

 ネリさんの顔は、どこを怪我したんだろう?、ってぐらいきれいに治ってる。


- んー、キレイに治ってますよ?


 「よかったぁ、傷跡になってたらタケルさんに責任とってもらわなくちゃって」


 ひっ!、メルさんとリンちゃんから射抜くような波動が一瞬!、撃たれたかと勘違いしそうになったよ…、そういう紛らわしいの怖いからヤメテ…。

 メルさんのほうから『その手が…』とか小さく聞こえたような気が…、しなかった!、俺は何も聞こえてない、聞こえた気すらしなかった!

 ので…


- ダイジョウブ、キレイに治ってますって。さ!、トカゲの確認しなくちゃね!


 急いで離れた。


 「あっ、逃げた!」

 「逃げましたね…」

 「……」


 ああ…背中に感じる視線が微妙につらいなぁ、ボス倒したのになぁ、どうしてボスを倒してもまともに褒められることが少ないんだろう…?






●○●○●○●






 タケルたちが奥に入っている間、死体処理をしている兵士たちの会話。


 「なぁ、この壷は動かしてもいいのか?」

 「勇者様が作った壷だってさっき班長が言ってたぞ?」

 「そんじゃ勝手に動かしちゃダメってことか」

 「勇者様がどういうおつもりで作ったのかわからねぇからなぁ」

 「しょうがねぇな」

 「おいそこ!、喋ってねぇで手ぇ動かせや!」

 「「はい!!」」






 そして撤退作業と運搬が終わり、残った監視要員も交代した後。


 「あそこにぽつんと置いてある壷、何だっけ?」

 「知らんぞ?、申し送りにも無かったしな。どんな壷だ?」

 「それが、さっき見たところしっかりした造りで表面に模様が彫られてる高そうな壷なんだよ…」

 「何でそんなもんがここにあんだよ」


 壷のところまで松明を持って歩いていく2人。


 「誰か忘れてったんじゃねぇか?」

 「わざわざこんなとこに持ってきてか?」


 近くでしゃがみ、壷を傾けたりして検分する。


 「彫刻は大したことは無いが、内も外もつるつるしているし、確かに高そうだな」

 「だろ?」

 「せっかくだし、飲み水用に使ってもいいんじゃないか?」

 「じゃあ申し送りに水も運ぶように書いとこうか」

 「そうだな」


 そしてタケルが作った壷は、中継地で飲み水を入れておくのに使われるようになった。


 さらに、落としても割れず、馬車で揺られて他の物に当たっても傷つかないのでハムラーデル兵の前線基地では重宝されるようになる。




次話2-66は2018年10月03日(水)の予定です。


20181119:まさかの衍字(余計な文字)が…。

 (訂正前)格段に速いかった

 (訂正後)格段に速かった


20191106:壷のその後を追記。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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