2ー064 ~ 厄介な3層
ほんの数分の飛行で、ダンジョン入り口の前に降り立った。
入り口を警戒していた兵士さんたちが我に返って、近寄って来るまでの間。
「どうしてあたしに抱きつくのよ!」
「違う!、支えてもらおうとしたら間にネリがいただけよ!」
「抱きついてたじゃん!」
「違うって言ってるでしょ!、私のほうが先輩なのに!」
「それ今関係ないでしょ!」
「クッキー禁止されたくせに!」
「それもっと関係ないじゃないの!」
「ネリのくせに!」
「むー!、抱きついてたくせに!」
「抱きついてない!」
「抱きついてた!」
「違う!」
「違わない!」
「っこのっ!、ネリのくせに!」
「カエデのくせに!」
何この漫才…、でも言い争いするなら俺の腕を離してくれないかな、ネリさん。
真横でやられると怖いんだけど…。
「あのぅ…、カエデ様ですよね?、そちらの方…」
兵士さん来ましたよ?、って、どうして俺を見て言うんだよこの人。
しかもわざわざ2人を回りこんで俺を挟む位置から呼びかけるし、俺より体格いいのに背中を丸めて、まるでカエデさんから見えないように俺の影に隠れるようにしてんの。
たぶんそれ隠れてないよ?、全く、何だよ、もう…。
しょうがないなぁ…。
- はい、カエデさんです。
カエデさん、こちらの兵士のかたが、カエデさん。
呼びかけつつ片手をひらひらと風を送るみたいにして注意を引き、それでやっと気付いてくれた。
「は、はい!、あ、ライナスさん、こんにちわ」
それでほんの少しだけ横にずれて、兵士さんを示した。
いや、まだネリさんが左腕を握ったまま横にいるんだよ。だからちょっとしか移動できないんだって。
そんでカエデさんは俺の横から覗き込むようにして兵士さんを見て挨拶をした。
「ど、どうも、こんにちわ。それでその、こちらにはどうして…」
俺を挟んで会話しないで頂きたい。
あ、ネリさんやっと離れて、ああ、メルさんに引っ張られたのか。助かる。
これで俺も離れ……。
「こちらの勇者タケルさんと一緒に調査に来ました」
させてもらえなかった。半歩ずれて2人と三角形の位置になるのがやっとだった。
「あ、勇者様でしたか、これはどうも失礼を致しました、前線基地隊長を拝命しております、ライナスと申します」
- あっはい、タケルです。よろしくお願いします。
「これはどうもご丁寧に、どうも。それで調査と仰いましたが、現在うちの調査隊が中に入っておりまして、どうも、その、よろしいのですか?」
あ、そか、ダンジョン内部の地図、渡した方がいいのか。
- はい、それで実は、先日こちらのダンジョンを少し調査しまして、地図を作成しておいたのです、こちらです。どうぞ。
と3層までの地図をポーチから取り出して渡す。
「なんと地図を!?、あ、どうも。これはどうも、助かります。
あっ!、するとうちの調査隊はどうもムダということに!、呼び戻さなくては!」
- あ、呼び戻さなくても問題ありませんよ。
後ろで待機してる隊員さんたちに指示を出そうとしたライナスさんを急いでとめた。
「そうなのですか?」
右手と右足を斜め後ろに開いた体勢のまま、首だけくりっとこっちに向けての返事。面白いなこの人。
- はい。調査隊の方々が地図を作られて気付いた点なども、それはそれで違う観点や意見があるでしょうし、その地図と照らし合わせればより詳細な情報になりますから。
「それもそうですね…、それで勇者様方もまた調査に入られるのですか?」
- はい、僕たちは3層で少し調べたいことがありまして。
「そうですか、ふーむ…」
ライナスさんは少し考えるようなそぶりを見せ、ここでやっと妙なポーズをといた。
「実はですね、今朝方最初の調査隊を出したのですが、すぐに1層目にはほとんど魔物が居ないとわかりまして、最奥を目指して15名を討伐チームとして送り出したのです。
それで1層最奥のジャイアントリザードを3体倒したと報告があり、彼らは2層へと進んだようでして、現在は1層と2層を詳しく調査する4名編成のチームと、その討伐チームの3チームが中に居るのです」
と何故か申し訳なさそうに言う。
- ほう、そこそこの人数が入ってるんですね。
思ったより展開が早いな…。
2層までなら魔物が発生する箇所はまだ復活していないだろうから比較的安全だと思うけど、ここ、1層も2層もそこそこの規模が…、あ、分岐は俺が埋めちゃってるんだった。
んじゃどっちも一本道じゃん。そりゃ展開も早くなるよなぁ…。
彼らが3層まで到達していたら危険かもしれないぞ?
でも3体をすぐに倒せるぐらいなら大丈夫かな。
3層にボスが上がってきたり、巣部屋で乱戦になっていない限りはね。
ぞろぞろでてくるし、退路を断たれたりする危険があるからね。
「はい、1層は一本道でそれほど規模もありませんでしたので」
あ、地図は処理前の分岐まで描かれてるやつだった。言っておかないと。
- お渡しした地図ですが、1層と2層の分岐は処理済でして、あっはいそれです、その、この部分ですね、分岐の通路は斜線でこういう風に本筋がわかるようになってまして、現在は分岐は埋めてあるので本筋しか残ってないんです。
「ほう、ほほう、なんと処理されて!?、処理!?」
あれ?、聞いてないのかな…?、説明しとくか。
- あっはい、最下層まで行く途中の層は、こうして分岐を潰してしまうんです、そういうのをまとめて処理って言ってます。
「なるほどそれで一本道になっていたのですか…。
いやはやどうも、1層目のときにですね、どうも通路の壁に一部不審な点があるとかで、どうも何か仕掛けがあるのではないかと、それで討伐隊とは別に調査をさせていたのですよ」
ふむ。その『不審な点』が、埋めた分岐部分のことだったらいいんだけどね。
あれからトカゲが何かやってなければだけどさ。
- それで援軍の要請があったりは…?
「今のところはどうも大丈夫なようですよ?」
ふむ、まぁ急いで追いかけるか…、もし3層分岐のところで退路を断たれ孤軍奮闘していたら援軍なんて呼べないだろうしな。
- そうですか、わかりました、ありがとうございます。では僕たちは中に入りますので。
「はい、ご武運を!」
隊長以下後ろの4名も揃って敬礼してくれた。
こちらも少しタイミングがずれたが、リンちゃん以外が返礼し、ダンジョンに入った。
「ハムラーデルの兵士は兜を脱がないんですね」
1層を駆けているとメルさんがカエデさんに話しかけていた。
「あ、そうですね、言われてみれば、脱ぎませんね、ホーラードでは、違うの、ですか?」
「はい、大抵の場合は上位者に対しては兜を脱ぎます」
「そういう、ところは、お国柄、かも知れませんね」
ふぅん、そういうもんか。
しかしカエデさんはこのペースに慣れてないからなのか、身体強化で駆け足中にしゃべるのが少し苦しそうだ。
もう少しペース落とすか…。
●○●○●○●
タケルたちがダンジョンに入ったのを見送ったライナス一行。
「俺、カエデ様ってもっと、何て言うかさ、」
「理想の女性?」
「そうそれ!、明るくてお淑やかで、いつも皆に笑顔で接してさ…、」
「わかるわかる!、うちのかかあと娘がカエデ様みたいだったらなぁ、っていつも思ってたよ…」
「ハハハ馬鹿だなぁお前ら、理想の女性なんて居るわけないだろ?」
「「「隊長!?」」」
「何々のくせに、ってどうして俺が言われたわけじゃないのに胸に刺さるんだろうな…」
「「「隊長……」」」
「何があったんですか、一体…」
ライナスの色彩が抜けてしまったかのように錯覚した隊員たち。
あまりの変化につい、尋ねてしまった。
「ほら、俺たち前回の連絡隊だったから、里帰り休暇の連中引き連れて王都に戻ったろ?」
「はい、うちの隊としてもデカい仕事でした」
「あれだけの里帰り連中を支障なく捌き切った隊長パネェっすよ」
「そ、それはまぁお前たちと文官連中の頑張りもあったからであって、俺の手柄ってわけじゃないだろう」
「隊長だけがそう思ってるだけで、みんな隊長のおかげだって思ってますって!」
「そうですよ!」
とにかく元気付けようとしたんだろう。
つい尋ねてしまったが、核心の内容を思い出させてはダメだ、という共通認識がライナス以外の4人に高々と聳え立ったかのようだった。
「そ、そうかな…?」
「「そうですよ!」」
「「うんうん!」」
少し照れたようなライナスの様子に安心した瞬間だった。
「前線基地の隊長に内定したんだ、って言ったんだ、そうしたら『へー、基地隊長?、薄毛のくせに?』って言われたんだ…」
「…っく…」
「ぐはっ…」
「…た、隊長…」
「……」
ライナスの声のトーンは落ちた。だが続く。
「それがどういう意味なのか確かめるのも怖くてさ、お偉いさんたちはみなハ○だから、まだ薄毛なのに隊長になれたのか、ということなら褒め言葉かもしれないよな?
でもそうじゃなかったら、って思うとさ、訊けなかったんだよ。
そうやって返答に困ってたら、娘がさ、」
隊員たちの心の声を代表するなら、『もうやめてくれ隊長!!』だろうか。
「『親父ってハ○のくせに出世しないなーって思ってたんだけど、良かったじゃん』って…」
「何というトドメ…orz」
「お察しします隊長…」
「これって喜んでいいのかなぁ、でも『何々のくせに』って本当に刺さるよな…」
「「「「隊長!!」」」」
ライナスにがしっと抱きつく4人の部下たち。
もう何についてだかわからないが、5人の連帯感は最高潮なのだろう。
奥さんも娘も、決して悪気があって言ったわけではなかったが、彼のデリケートな部分に直撃してしまっただけなのだ。
そしてカエデの話はどこかに消え去っていた。
ハムラーデルは武具がいい、と昔からよく言われている。
それは、他国に比べて国民の総数が少なめで、国土も半分以上が住むのに適さないような荒野であるが、武具を作る技術が優れており、それを継承、発展してきた歴史が現在のハムラーデル王国を作り上げてきたからだ。
そして大陸――と、この世界の住人は言っているが、実は大した大きさではない。どちらかというと島国レベルである。この世界の人間の版図はそれほど広くはないのだ――南部にあるハムラーデル王国は、魔力的な理由か地理的な影響かは判明していないが、気候的に暑いのだ。
さらに兵士たちは、武具の宣伝ということもあって王令によって定められているのだが、兜を被りっぱなしにすることが多い。
ここまで言えばもうだいたいのことは察せられるだろう。
そう、ハムラーデルの兵士たちの悩みランキングぶっちぎりの1位とは、『薄毛』なのである!!
王様はフサフサしているが、武力重視の歴史があるハムラーデルの役人は武人上がりのほうが多く、それらは皆ピカピカだし――開き直って剃っている者のほうが多いが――そういうのが出陣式だの任命式だの、式典には整列するのだから否が応にも目にしてしまう、いや、目にさせられてしまう。
そして、だんだん薄くなる頭髪を気にするようになると、それが特に目に付くようになってくる。
気にすれば気にするほど、そういう風になっていくものなのか、それとも他の原因があるからなのか、ハムラーデルの兵士にはそういう者が多いのも確かなのだ。
中には強靭な毛根をもつ猛者も存在するが、出世するに従って周囲の目もあるので剃る。いやそもそもハムラーデルの兵士は短髪が標準だ。
別に規則があるわけではなく、そういう習慣になってしまっただけなのだが。
余談の余談になるが、そういう悩みが多い地域には、それをカモ…ではなく目当てにした魔法薬やニセ薬などを売る者が集まるのも世の常である。
まず魔法薬に関してだが、少し前に話に出たように、回復魔法の薬なので地肌に働きかけて毛を伸ばしたり毛根を蘇らせるものである。当然、それぞれ個人によって効き目も違うし適量も異なるものだ。
ところが専門家ではない商人が儲け重視で軽々しく仕入れ、吹っかけて売るものであるのだから、適量なんてわからない。中には使えば使うほど生えるなどとその場しのぎで適当なことを言うものまでいた。
するとどうなるか。もうお分かりだろう。
ただでさえ地肌が痛めつけられる環境にあった者たちの地肌容量なんて高が知れているのに、適量を守らなければどうなるかなんて自明の理というやつである。売った側も買った側も、結果的には双方が不幸になってしまったのだ。
ニセ薬のほうはもう言うまでもないだろう。
効果が無いだけならまだしも、いい加減な成分で逆にダメージを与えるものも少なくないのだから。
これによってハムラーデルでは頭髪用薬品については厳しい審査と罰則ができた。
魔法薬も対象なのだから、当然、回復魔法も対象となった。
ハムラーデル国内の教会や冒険者、施療所での頭髪に対する回復魔法に審査が必要となったのだ。
そもそもそんな個人的な身体の悩みなど、審査にかけられ公にされるようなものでは決してないはずなのだ。
なのに一体どこでどう間違えたのだろうか、あろうことか毛髪調整で回復魔法を希望する者は審査にかけられ、公的に掲示板に貼り出されてしまうようになってしまった。
そんなもの誰が希望するというのか。
そうなると秘密裏に何とかしたいと思うのも人の常だ。
公にされず、薬品も入手が困難となると、他国から相当なリスクを背負って密売人や回復魔法の使い手がやってきたり、密輸してまで入手しようとする者が現れるのも世の常と言うものだ。
冒険者にこっそりと依頼する者もいた。
だが法の取り締まりはそういった者たちにも厳しく及んだ。
もう個人的なやっかみや僻みや嫉みが入っていないとは誰も思っていないだろうが、法は法なのだ。
取り締まりは苛烈を極め、そのためハムラーデルで頭髪に関して薬品や回復魔法を使用することはありえない、というところにまでなってしまったのだ。
そんな特殊な経緯があると言われることなんて決まっている。
ハムラーデルの兵はハ○ばかりだ。
これが元で起きた他国の兵との騒動など枚挙に暇がない。
いや、他国の兵との間に限ったことではないが。
だいたいからして頭髪の量で戦うわけじゃ無し、優劣が決まるわけではないはずなのに、どうしてそういう事になるのだろうか。
他から見ると実に馬鹿馬鹿しい。しかし世の中とはそういうものだとも言える。
●○●○●○●
1層最奥のところには1層を調査していたのだろう4名と、ちょうど定期連絡に戻る途中なのだろう1名が居た。
こちらを見たときは、ほんの一瞬だけ警戒が走ったが、焚き火の明かりに照らされてカエデさんが見えたのだろう、すぐに警戒を解いたようだ。
こちらは暗視魔法をかけてるので、誰も明かりを手にしてないからね。
「あ、カエデ様、ちょうど報告に戻るところでしたが、どうされたのです?」
やっぱりカエデさんが来るのが意外なんだろうな。
大岩の拠点に居ると思ってたんだろうし。
「少し内部の調査に向かうところなんです。報告は外のライナスさんにお願いします」
「そうですか、では私はこれで」
そう言うと松明を手にしてさっと敬礼し、ささっと早足で去って行った。
あまり緊迫感がないところを見ると、問題はなさそうだな。良かった。
「何か問題は?」
「今のところは何も。不審だった箇所も何もありませんでした」
「そうですか。私達は奥に進みます」
「我々は補給物資が届くまでここに待機する予定です」
「はい、では」
カエデさんが敬礼するのに合わせ、慌てて敬礼した。
する必要あるのかどうかは知らないけど、なんとなく。
そして2層に入った。
そういえば兜とらなかったなーって思ったけど、現場なんだから取らなくても普通かと思いなおした。
全く、メルさんのせいで余計なところに目が行ってしまったじゃないか。
1層でもそうしたが、この2層でも走り出す前に探索の魔法を使っておく。
あれ?
- 2層最奥のところに3名しか居ないってことは、討伐隊って3層か、大丈夫かな?
「え?、進むのが早くありませんか?」
あ、普通に声に出てた。
聞こえたカエデさんが驚いたように言う。
「分岐のない一本道ですからね…、途中に小部屋もありませんし」
「ああ、処理済の層でしたね、そういえば」
うん、だからトカゲが居ても最奥と、他にいるとしたら巡回してるものぐらいなので、討伐隊にとってもそれほど脅威じゃ無いのかもしれない。
- とにかく急ぎましょう。
とりあえず地図を羊皮紙に焼いておいてから皆を促した。
「「はい」」
と言ってもカエデさんの負担にならない程度の速度だけどね。
●○●○●○●
2層最奥のところには1層と同じように、2層を調査していたのだろう4名が居た。
こちらを見たときは、ほんの一瞬だけ警戒が走ったが、焚き火の明かりに照らされてカエデさんが見えたのだろう、すぐに警戒を解いたってのも全く同じだった。
カエデさんもさ、先に声をかけるなりしてくれないかな…?
抜き打ちテストみたいなもんなの?、そのいちいち警戒させて、警戒を解くまでを見て、それから向こうが話すのを待つのって。
「これはカエデ様、どうしてこちらに?」
「少し調査をする必要がありまして」
「しばらく前に討伐隊が3層に入りましたが…」
「そうですか、では私達も進みます」
「はい、お気をつけて」
敬礼し合ってるところに割り込むのイヤだけど仕方ない。
- ちょっとすみません、その討伐隊っていつごろ入りました?
「は?、はい、えー…、ランプの減りと焚き火の感じからして2時間ほど前でしょうか…」
そうだよね、時計とか持ってないもんね。
「1層ですれ違った報告の兵士は?」
「はっ、討伐隊が3層入りすると外に報告をするためのものです」
2時間かけて1本道の2層を通ったってこと?
ああ、俺たちは10分で走り抜けたから、10分引けばいいんだけどさ。
でも皆不思議そうにはしてないな。
もしかしてそういうもんなのか?
それはおいといて、討伐隊が入ってから2時間か…、巣部屋に到達してる可能性があるな。だったらまずいぞ?
- そうですか、ありがとうございます。じゃ、急ぎましょう。
と言うが早いか3層へ入って探知の魔法を使う。
急いで羊皮紙に焼いた。
感知でもおぼろげには判るが、こうして地図にして目で見るとはっきりする。
状況は最悪ではないけれど、確実に悪いほうへと向かっている。
皆も続いて3層に入ってきた。
「タケルさま?」
俺が焦っている様子を隠していないからだろうか、リンちゃんが心配そうな声で呼びかけてきた。
それがきっかけ、というわけではないと思うけど、元々多少不安には感じてたんだろうね、他の皆もそういう表情が混じっているように窺える。
以前の3層は、2層との境界から蛇行しながら小部屋がだいたい150mおきに3つあって、その先、3層全体から見ると中央に巣部屋があった。
そしてその巣部屋から4層へと向かう道、左右の3方向に分岐して、その先には中央ほどの規模ではないが、それぞれが巣部屋に繋がっていた。
現在は、中央付近からこちらが一度埋まってしまったのをボストカゲの破壊魔法でつなげただけで、中央の巣部屋は無くなっている。分岐があるだけだ。
その分岐までは、少し蛇行した元の通路があって、途中から分岐の奥まで直線的な通路になっている。
左右の分岐それぞれはボストカゲが掘ったのかどうかはわからない。
地図ではだいたい直線っぽいように見えるが、それは今はいい。
感知では討伐隊なのかトカゲなのかの区別がつかないのが痛い。戦闘中なのかどうかも、わかりにくいんだよなぁ。
魔法でも使ってくれるならわかりやすいんだけどね。
もうちょっと近づけば、とか言ってる場合じゃない。
焼いた地図を皆のほうに広げて見せながら急いで言った。
- 現在の3層です。討伐隊とトカゲの区別がつきません。最悪を覚悟してください。
皆が息を呑んだ。特にカエデさんが。
リンちゃんは無反応だった。まぁそうだよね。うん。知ってた。
「さ、最悪って…」
カエデさんが思わず呟いている。
「そうならないように急ぎましょう」
メルさんがカエデさんの肩に手を置いて言う。
けど、身長差があるから何だかおかしい。
どうして肩なんだよ。背中とか腕に触れる程度でいいじゃん?
いいけどさ…。
- 分岐のところまでは何も居ないようです、その手前で一旦様子を見ましょう。
両手で持ってた地図を片手で、ってこれ端っこが丸まってくるんだよなぁ、あ、リンちゃんありがとう。
地図を指差して言う。
皆を見まわして頷き、地図を丸めて走り出した。
蛇行している部分を過ぎると直線なので、分岐部分が見えた。
蛇行部分だとわかりにくかったけど、直線部分に入ると音の反響が少し減ったので、奥から聞こえる雑多な音が戦闘音だとわかるようになった。
壁がもろくなってる部分が音を吸収して反響しにくいのかな?、まぁどうでもいいけど。
3人の兵士さんが分岐のところに居るのが見えた。焚き火を置いているようだ。
確か討伐隊は15名って言ってたよな?
ってことはあと12名は?
と、考えながら走り、ある程度の距離まで近づいたとき、3人がこちらを見た。
「カエデです、討伐隊の方たちですね?」
カエデさんが今度は先に声をかけた。
大声でもないけど少し大きめという程度の声。
そうしないと、戦闘音らしい音などが反響してるから届かないと判断したんだろう。
話すのはカエデさんに任せて、分岐の壁を調べておく。
ふむ、左右の分岐側の壁はもろくなってないな。今まで見た洞窟型ダンジョンの壁とかわらないように思う。
奥からはそれぞれ戦闘音がする。
感知でも盾役がちゃんと前方からの攻撃を防いでいるし、状況は悪くないようだ。
トカゲの大きめのやつが出す警告音らしき音も聞こえてくる。
例の笑うみたいに見えたやつな。
超音波部分は聞こえないけど、笑ってるように聞こえた音は聞き覚えがあるからわかる。
どうやら3方向それぞれに4名編成で送り、残り3名を予備として分岐部で待機、って戦法を採ったようだ。
それで盾役がしっかり防ぎつつ、少しずつ引いてきてるのか、なるほど、それでもうあと100mも下がれば合流できる距離にいるのか。
何で通路の途中に集まってるのかって思ったらそういうことだったんだ。
「タケルさん、3方に4名ずつの編成で送って、少しずつ引いて2層側通路にまとめて戦う方針だそうで、そろそろ合流するとのことです」
カエデさんが兵士さんたちから聞いて、こっちに伝えた。
うん、状況からも納得したとこだからね。
- わかりました。んじゃこっちもそれをサポートしながら、あ!、4層側からでかいのが!、皆さんはここで兵士さんたちのサポートを!、本筋側に行ってきます!
「はい、え!?、タケルさん!?」
「タケルさま!?」
あ、そか、カエデさんが居ないと!
数歩走ったけど、戻って言う。
- リンちゃんついてきて!
「はい!」
- カエデさんちょっと失礼!
「え!?、え!?」
返事なんて待たずにささっとお姫様抱っこで持ち上げて走り出す。
何、ほんの100mちょいだ。
本筋側だけ少し遅れてるのは引くのが大変だからだろうな、やっぱり。
元は小部屋があった100m程先のところで少し膨らんでいてゆるいカーブになってるので、その部分を引いてくるのが大変なんだろうね。
思った通り、彼ら4人はその少し膨らんだ部分の奥側通路で、引く機会を図りながら戦っていた。
- カエデさん、名乗って『援軍です』って伝えてもらえます?
「は、はい、カエデです!、援軍にきました!」
「おお、ありがたい!」
最後尾で弓を持った兵士さんから応答があった。
こっちを向く余裕もなさそうだ。
一瞬の隙を見て、俺だけ盾の横に出る。
「おい!、出すぎだ!」
と言ってこっちに手を伸ばす槍のひと。
それには構わず、石弾をスパパパパと見えるトカゲ全部に撃った。
もう慣れたもんだね。
すぐ奥に見える空間は巣部屋で、そのさらに奥からまだまだトカゲたちが来るのが感知でわかる。
でかいのはおそらくボストカゲだろう、あれがこんな通路に来るとやばい。
普通の魔法ならお互いに射程距離が同じだからね。
一応石弾はそれよりも射程が長いけど、正面で撃ち合いをする気はない。
だって、怖ぇじゃん?
チキン?、いいんだよ、こういうのは臆病なほうが。
- さ、今のうちに!、引きますよ!
「え!?、あ、あれ?」
槍の人は俺の腕を掴んだまま、事態に付いて来れてない様子。
「おう、ほら、引くぞ」
盾役の2人は槍のひとを小突いて声をかけ、さっさと引き始めた。
槍のひとも俺の腕から手を離し、後ろに下がっていく。
巣部屋からこっちの通路に数匹が入って来たのでスパパっと撃って倒す。
巣部屋から4層への通路は少し斜めについてるし、通路自体も直線じゃないので石弾では倒せない。前に言ったかもだけど曲げて撃つと威力がガタ落ちだからね。
よし、ついでだからこっちのとこ分厚い土壁で塞いでやろう、ははは。
ニヤニヤしながら土壁作ってたら、ふと斜め後ろのリンちゃんが眉を顰めて小首を傾げているのがわかって我に返った。
分岐のところまでさっさと戻ってきた。
左右のほうはもう、分岐のところまで戻って来ていた。
あれ?、一応盾役のひとが警戒してるけど、トカゲが来てないな。
「あ、きたきた、これで全員?」
ネリさんが近くの兵士さんに確認してる。
- 左右のほう、トカゲは?
「あ、あたしがこっち側、メルさんあっちで石弾撃ったんです、えへへー」
ほう、頼もしくなったなぁ…。
という思いでうんうんと頷くと、頭を軽く下げるネリさん。
- じゃ、2層まで引きましょう!
「え?、途中で迎え撃つのでは?」
近くにいた年配の兵士さんが言う。
あれ?、ああ、説明してなかったっけ。
カエデさん……にもボストカゲのこと説明してなかったんだった。
- あー、説明はあとで。4層からでかいのが3層に来たんですよ、あれはかなりまずいんで2層に一旦引きましょう。
「タケルさん、今のはよしよし、って褒めるところですよね!?」
ちょw、今そんな場合じゃないんだってば!
「まずいというのはどの程度でしょうか?」
「タケルさんってば!」
ネリさんのせいで緊迫感がどっか行っちゃったよ…。
いやほんとマジでヤバいんだってば。
- とにかく説明はあとで!、ここに居たら全滅の危険があるんですって!
全滅と聞いた兵士さんたちは俄に緊張が走ったようで、撤収作業をしていた兵士さんも途中で置いて、撤退に行動が推移したようだ。
「わかりました!、2層まで引くぞ!」
「「はっ!」」
そう決まるとさすがは訓練の行き届いた兵士さんたちだ。行動が早い。
「ちぇー…」
ネリさんはそういいながら撤退する兵士さんたちの後ろを走っていく。
諦めたのかと思ったら、メルさんが引っ張ってってた。
メルさんはあれか?、お姉さんポジションになりつつある…、のか?
見た目は小さいからアレだけど。
俺もリンちゃんとカエデさんに合図して、2層に向けて駆け出す。
その前にちょっと3方向に壁作っておこう。
直線部分から蛇行部分に入って少しのところで、地鳴りのような音と振動が来た。
本筋のところに作った土壁が破壊されたんだろうなぁ、少しは時間稼ぎになったかな?
前を進む皆が振り返って不安そうな表情をしているのが見えたので、厚さ2mの土壁を作っておいたのが破壊されたようです、と説明しておいた。
兵士さんたちは信じてるのか信じてないのかわからない表情。小首を傾げてる人もいた。
そりゃそうだろうね。
土魔法でそんなの設置した場合、定着するまでは魔力が残ってるから、魔法じゃないと破壊が困難なんだよね。
それが破壊されたってことは、やっぱりボストカゲの破壊魔法は確実に魔法だってことだ。改めて実感したというか証明されたことになるね。
しかしどうしたもんだろうね、2層に戻ってすぐのところで待ち伏せすべきか、それとも外まで撤退するか。
そこらへん2層に入ったら話し合う必要があるな。
それぐらいの余裕はある…、のかな。
次話2-65は2018年09月26日(水)の予定です。
(2-64と書き間違えてました。何というミスを…orz)
20181002:誤字訂正。 前戦基地の隊長⇒前線基地の隊長