1ー006 ~ 地下池の主
岩陰からそおっと覗うと、前回の荷物や鍋おいた小さい竈がそのまんま残っているのが見えた。
よかった。あれを持って帰れば今回のミッション完了だ。
「タケルさま、精霊の気配がします」
小声で耳元にこそっと話しかけるリンちゃん。ちょっとこそばい。
- えっ?
ついそっち見ちゃったよ。顔がすごい近い。キス前秒読みみたいな距離だ。びっくりした。
「大丈夫です。危険な気配ではありません。出て行っても平気です」
リンちゃんも赤くなってた。照れた仕草が可愛い。
- そ、そっか。んじゃ行くか。
今、精霊って言ったよな?、まさか俺を池に引きずり込んだアレか?、アレが精霊なのか?、何だかわからないけどヤバくね?、何がって、SAN値とかさ。
恐る恐る荷物のほうへと歩いていくと、池のほとりというか、たぶんあそこが前回引きずりこまれた場所だろう、そこに2人?、うずくまっている。
あれが精霊か?、見て大丈夫か?、俺。
と、とりあえずあっちは大丈夫だってリンちゃんが言うんだから大丈夫だろう、とにかく荷物だ荷物、気分的には逃げたいが。
荷物は大丈夫っぽい、生ものなんて入れてないしな。ランプは燃え尽きただけか、まだ使える。おお、剣もOK。ナイフは池の底だろうな。また買うか。
よし、あとは帰るだけだぜ。
「タケルさま?、この者たちがお話をしたいと!」
おおぅ、リンちゃんそっち居たのね。ってか声結構響くなここ。
- えーっと、何かな?
もう帰りたいんだが。
●○●○●○●
『勇者様とはつゆ知らず、この愚か者が大変な粗相を致しまして、何とお詫びしてよいやら…』
- えっと、どちらさま?、そんでそちらの男性は何?、僕、何かされましたか?
『申し遅れました、わたくしは水を司る精霊、ウィノア=アクア#$%&でございます。こちらの者はこの池の管理を任せていたモノでございます。名はございますが人種であらせられる勇者様には聞き取ることも発音することもでき兼ねますれば、ご容赦頂きたく、ただヌシとでもお呼びくだされば幸いでございます』
見たまんま土下座状態の精霊と池のヌシ。
精霊さまのほうは、まさに水の精霊っていうような感じ。淡い水色の髪、周囲にほわほわ浮かぶ泡みたいな光、半透明の体、半透明の飾り気のない清楚なデザインのワンピース。
この容姿で水の精霊じゃなかったら何なんだっていうね。
ってかスタイルいいね。半透明だからよくわかんないけどさ。
ヌシのひとのほうは、土下座で下向いたまんまだから顔とかはわかんないけど、短髪でガタイのいい…、あれ?、腕何本あんの?、目がおかしくなったんじゃないなら8本ぐらいあるよね、全部手をついて土下座状態だけど。
そんで池の波打ち際?、でいいのかな、そんなところに土下座してるもんだから、精霊さまのほうは何ともなっていないが、ヌシのひとのほうは波でだんだん周囲が削られて不安定になってんのな。
実にシュールだ。
- あっはい。ウィノアさんね。タケル=ナカヤマです。よろしくお願いします。
『ご丁寧にありがとうございますタケル様。この度は誠に申し訳なく、この償いは如何様にも』
- つまりそちらのヌシさんに僕は池に引きずりこまれて、殺された、ということでしょうか。
『はい。ただ釈明させて頂けるのでしたら、このモノが申すには、ときどき池を穢すものが現れるので、それを排除しようとした、との事でございまして、決してタケル様に敵対しようとしたわけではございませんとの事で、その…、』
- 悪気があったわけじゃない、だからうっかり殺しちゃったけど、弱い僕が悪いんだから水に流せ、っていうことですか?
何か言い訳に少しムカついたけど、正直なところ俺としても無かったことにしたい。意趣返しってわけじゃないけど、ちょっとうまいこと言ったつもり。
『け、決してそのような、』
- あー、とにかく少し話しませんか?、んー、例えば、この場所について、とか。
『と仰いますと?』
- 今聞いた話だと、ここはこのダンジョンの一部というわけじゃなさそうですよね。
『はい、もともとここは、この地域全体の水脈を司る、精霊の聖域とも言える場所でした。現在もその役目は担っております。この先にございます、あ、リン様ありがとうございます、ご覧になれますか、あの岩がわたくしども水の精霊にとって重要な役割をもつものなのでございます。』
リンちゃんが気を利かせて、光の弾をシュッと投げたので、池の奥の方まで良く見えるようになった。水の中も明るくて、いやほんと透明度抜群だなこの池。
- なるほど、本来人や魔物が来れるような場所ではなかった、ということなんですね。
『はい、このダンジョンができてしばらくした頃に、偶然、裂け目ができてしまい、そちらに繋がってしまったのでございます。そして穢れをもつ魔物が時折、この池にまで来るようになってしまい、それらを排除するためにこのモノに番をさせておりました』
- そうでしたか。ところでこちらのヌシさんは喋れないんですか?
『姿はできるだけタケル様にお詫びするのに失礼の無いようにと、人種に似せておりますが、このモノにはそのような能力はございません。なので話すことはできても人語ではございませんので・・・、ご容赦頂きたく存じます』
- わかりました。ではこうしませんか?、ここから距離の近いダンジョンの小部屋まで、井戸のような、水が汲める小さなものでいいんですが、水道を通すことはできますか?
『はい、それぐらいでしたら問題ありません』
- それで、ダンジョンからこの池までの間は、リンちゃん、塞いだりってできる?
「はい、できます」
- ということでどうでしょう?
『そ、そんな簡単なことではこちらが恐縮致します!、ぜ、是非とも何か償いを!』
償いってったってなぁ…、なんかもう居た堪れないって言うか、殺されたって言ったって、実は死ぬ寸前に転移してるんだから、あのままじゃ死んでたにせよ、実際は死んでないわけだし、悪気はなかったらしいから、ん、一応そこんとこ確認すっか。
- えっと、さっき悪気はなかった、つい勇者と知らずにやっちゃった、って仰いましたよね?
『はい、誠に申し訳ありません、このモノにも重々、』
- そこで確認したいんですが、
『はい』
- そちらのヌシさん、相手が勇者だって知ったら途中で助けたりしようとしますか?
『それはもちろんでございます。末席とは言え番を任せられるモノでございますので、溺れた者を生かすぐらいのことは可能でございます。此度はタケル様が勇者様だと気付いたときにはすでに消えてしまわれたあとだった、とのことでございました』
悪かったね、すぐ溺れちゃってさ。
- んじゃもういいや。いえ、いいです。水道を引く件はよろしくお願いしますね。
『そんな!、お待ちくださいタケル様!』
- えっと、何でしょう?
正直もう疲れた。帰りたい。
『それではこちらの気が済みません。なので今後、タケル様には水の精霊からの最大の敬意と謝罪をどうしても受け取って頂きます。いつでも水のあるところでお呼びください。必ずお役に立てるよう全てに周知いたします』
- えー…、それってもう決定なの?、いや、決定なんですか?
「タケルさま、我々精霊にもいろいろあるのです。悪いようにはなりませんので、受け取ってあげてください」
- あっはい、わかりました、今後ともよろしくお願いします、ウィノアさん。
リンちゃんナイスフォロー。でももうちょっと早くフォローが欲しかったかも。
そうだよな、つい早く帰りたい気持ちから調子に乗りかけたけど、精霊には精霊の理屈ってもんがあんだよな、怒らせたりしたら大変だ。怖い怖い。
だいたいさ、半透明だし表情ないからわかりにくいんだよな、このひと。
『感謝します、タケル様、リン様。水道の件はすぐ処置いたします。では水の精霊ウィノア=アクア#$%&の名に於いてタケル様に旅の加護をお祈りいたします。では御前を失礼いたします』
と言うと池に溶けるように消えてったよ。ヌシのひとも。
ま、いいや、またリンちゃんの時みたいにヌシのひとを付けるとか言われるんじゃなくて良かったよ。あんな腕いっぱいのごついおっさん、顔は結局見えなかったけどさ、そんなの付けられたら怖いし。
あ、でもあの姿はウィノアさんがそう見せてるだけだってことだよな?、結局本来どんな姿なのか、ああ、気にしちゃだめだ。正気度ってのがピンチになりそうだし。
なんかどっと疲れたけど、リンちゃんにダンジョンからの通路を埋めてもらってさっさと帰ろう。
あ、近くの小部屋いくつかに、水道が設置されてたわ。仕事が早いな。ウィノアさん。
でもな、でっかいボタンをぐっと押したら戻る間だけ水がでる蛇口ってのは、ちょっとやりすぎじゃないかな?
なんか元の世界の銭湯とか温泉とか、あと公園とかにあったやつだこれ。