2ー059 ~ 水遊び?
夜、風呂に浸かりながら、ジャグジー風呂のことを考えて実現方法を考えてたら、声にでちゃったようでウィノアさんが興味持っちゃってさ、そんで仕方なく、『細かい泡が弾けるときにでる極小の衝撃や振動が身体にいいって説があって』と簡単に説明したんだよ。
そしたら『ちょっと試してみましょう』って言った瞬間、湯船全体から細かい泡がじゅわーっと炭酸水のようにでてきて、浸かったままだった俺は、なんかこんな入浴剤が元の世界にあったっけなーなんて泡の刺激の中、暢気に考えてた。
ウィノアさんが『いかがでしょう?、気持ちいいですか?』ってきいてきて、『全身がこそばいですが、元の…、』と言いかけたとき、パーティグッズにあるヘリウムを吸ったときのような声になってると気付いた。
それでウィノアさんに、この泡はどうやって作ったんです?、って尋ねたらやっぱり、水の分子を分解して酸素1:水素2の割合で、と。
この世界の人間語に、酸素や水素なんていう単語がないので、大きい粒、小さい粒って言ってやっと伝わったというやりとりがあったが、まぁそれはそれ。
それで声が変なことになったのかと納得したが、ここで引火したらえらいこっちゃどころじゃなく危険なのですぐやめてもらい、いそいで換気した。
風呂場の天窓の枠が金属製だったので、あける時結界を張ったりと緊張した。
天窓のフック鍵のとこがね。水滴がついてるし大丈夫だろうとは思いながらも、万が一を考えると怖かったよ。
引火濃度とかそういうのちゃんと覚えてないからね。
ウィノアさんに、少量なら問題ないんですが、こんな一度に大量の水を分解していくようなことをしたら、大変危険な混合気体ができるので、室内では絶対やめてくださいね、と念を押したんだけど、何かしょんぼりしてた。
まともにしょんぼりしてるウィノアさんを見たのは初めてだったので、ちょっと語調強く言いすぎたかなぁ、と反省。
そんで翌朝。
皆が表側で訓練してるとき、俺だけちょっと河原にきてウィノアさんに出てきてもらい、土魔法で中空のボールを作ってその中に水を少しだけいれ、彼女に分解してもらい、カルバス川の中ほどで、ボールの中に設置した火打石で火花を飛ばす実験をした。
すると結構な爆発が起きて川が爆ぜた。密閉してたってのもあるけどね。ボールの強度とかもさ。
でもそれを見て、俺の隣に立ってたウィノアさんも危険だってことに納得をしつつも、ちょっとショックを受けたような雰囲気だったので、『悪気がなかったことはわかってるんですよ、むしろ僕のためになると思って、考えてくれたんですよね』って言ったら、急にざぱーっと飛び掛られて超包まれた。
逃げるヒマなんてなかった。顔だけは息ができるようにあけててくれたけど、めっちゃビビった。
ウィノアさん的には抱きついてるんだろうか…、などと身動きしようのない身体でウィノアさんに包まれながら考えてたんだけど、感知した魔力からすると、『歓喜』と『哀しみ』っていうような混然としたもののようだった。
足も地面についてないし、息ができるからまぁいいか、って収まるまでそのままだらんと浮いてたというか包まれてたよ。無理やり出れないこともなかったけど、無粋かなーなんてね。
夏のプールで空を見ながらだらんと浮かんでるような感じ。今は早朝だけど。
そんでこれ、リンちゃんはしょうがないんだけど、ネリさんにも解除してもらう寸前に見られたっぽくてさ、『ひとりで水魔法で遊んでたんでしょ、ずるい!』とか言われたから、じゃあやってやろうじゃないかって、朝食のあと、河原に連れてって水球で包んで10分ほど放置してやった。
俺は川小屋に戻ってお茶飲んで、そろそろいいかなーなんて気楽に河原に戻ったら、さめざめと泣いてたらしく、俺をみるなり号泣になって焦った。
もう平謝り状態。
解除したら飛びついてこられて、まぁ悪いのは俺だし…、って為すがまま、胸元に涙と鼻水を擦り付けられるのに耐えてた。
しょうがないから落ち着くまで背中を軽く撫でてたんだけどね。
魔力感知でわかんなかったのかとか言われたけど、水球のループ制御――って呼んでるけど正式には何て言うのか知らない。大きさによるけど水には魔力が貯められるのでロスが少ないように魔力を循環させてその経路に魔力作用点をいくつか置いて制御する方法――してるとその中のものって感知するのが大変になるんだよ。
でもそんな説明しても言い訳にしかならないので、わからなかった、ごめん!、って。
最初のうちは大声で呼ぼうとしたらしいんだけど、川小屋と反対向けてたし、水球を安定させるためと、中で顔だけだして浮いてるネリさんの動きで沈んだりしないようにと、あれこれ動いても安定するようにしておいたのが仇となって、大声が出せなくなってたらしい。
そんで安定志向なので、手も出せず、手足をじたばたうごかしても水球が安定していて、泣いても顔に手をやることもできず、手足は水球の中で動かせるけど、身体の位置はかわらず、俺はさっさと川小屋に帰ってしまって、不安で仕方が無かったそうだ。
自分の魔力で操作しようにも、どうなってるかわからない魔法に手を出したら、何が起きるかわかったもんじゃないし、そもそもそんなややこしい魔力操作と魔力量を扱える技量がないことは自覚しているだけに、どうしようもなかったと。
初級の水魔法を使って水を増やしたり減らしたりを試してみたけど、水を出したり消したりしたはずの手ごたえなのに、水球には全く変化がなかったそうだ。
そりゃそうだろう、水量の安定だって組み込まれてるんだから、減れば増やすし、増えれば減らすんだもん、初級程度の水魔法でどうにかできるわけがない。
とにかく放置した俺が全面的に悪いということで、何かネリさんを楽しませなくてはならなくなった。
つまり遊んでやればいいんだってことだ。
そういうのなら集会所に居た子供らの相手をするようなもんだろうと考えた。
ネリさんに、こういう方法で遊ぼうか、って確認したら『楽しそうだから是非!』と即答されたので、また水上歩行魔法かけて、俺がロープもってネリさんを引っ張るという、人間水上スキーみたいな?、途中で面倒になってでかい円柱にロープ縛って、その円柱を土魔法の重力操作とか風魔法とかいろいろ駆使して川面を動かして、それにネリさんが水上スキーの取っ手みたいなのを持って引っ張られる、ってのをやった。
そりゃーもう今泣いたカラスがどうのってやつで、スゲー燥ぐ燥ぐ。
俺が引っ張っていた間も、円柱に引っ張ってもらってる間も、ずーーっと笑ってる。
引っ張られながら立ち上がろうとして転んでそのまま水面を引きずられながら笑ってる。
取っ手を離して、勢いのまま転がって水面を滑って笑ってる。
近くに円柱を寄せてやり、また取っ手を取ろうと近寄るときにも四つん這いで笑ってる。
合図してくるから円柱を動かしたけど立てなくて、取っ手を離せばいいのにそのまま引っ張られて、仰向けになったりうつぶせになったり、水しぶきはかかるけど、水上魔法がきいてるから飲み込む以外なら水は弾かれるんだけど、がぼがぼ言いながら笑ってた。
腹筋大丈夫か?、あとそんな水飲んでお腹大丈夫か?
そんでそんな大騒ぎしてれば皆もやってくる。
サクラさんもメルさんも参加した。
メルさんは水上魔法初なので、例に漏れず盛大に何度もすっ転び、ネリさんがまた大笑いしてた。『腹、筋、が…』って言って呼吸困難になってた。いくら身体強化かけてたって、あんだけ笑い続けてれば、そうなるだろうさ。
そしてあまりにも楽しそうだからって、シオリさんまで参加したいと言った。
最初のうちは呆れながらも、魔法がどうの、どういう仕組みですかなどといろいろ訊かれた。
俺は理論わからんので理屈だけ簡単に説明したんだけど、あまり伝わらなかったようで、文句言いたいんだろうけど相手が俺だからか、言えなくて何か口ん中でブツブツ言ってたのにね。
で、サクラさんたちに比べ、ろくに鍛錬してない普通以下の体力と運動神経なシオリさんが、皆がすぐに立てずに苦労してるような水上歩行魔法を、当然そんなすぐに適応できるはずもないわけで…。
「姉さん!、四つん這いではいはいするといいですよ!」
「そ、そんなみっともない真似ができますか!」
と言ってつかつかと河原の岸から水の上に…、あっ!
- 岸のところで転ぶと危ないですよ?
「あ、ありがとうございます…」
「ああっ!、またタケルさんに抱きついてる!、ずるい!」
- 転ぶところだったんだからしょうがないでしょ、サクラさん!、補助してあげてください!
「はい、わかりました」
サクラさんも歩くのはできるんだよね、あ、駆け足ぐらいならできるみたい。
まぁ前回、魔法が切れるまで水の上で遊んでたんだもんなぁ、それぐらいできるようにはなるか。
ところが不安定なシオリさんを支えて、ってのは無理があったようで、シオリさんが水面上での足の感触に慣れてないもんだから、一緒にまろび転んだ。
前んときも言ったけど、海ほどじゃないが、川にだって波はあるんだよ。それも変化しながら流れてる。だから慣れないとすぐ転ぶのは仕方ないんだよ。
それを見てまたネリさんが大笑い。川面に響く笑い声。
「もう、しっかり立ってなさいよ!」
「そんなこと言われても足場が不安定なのに変に引っ張られたら立ってられませんよ!」
「頼りにならないわね…」
ちょっとネリさんがうるさいのでメルさんと同時に引っ張れるように円柱を横にして、2箇所ロープで2人同時に引っ張れるようにした。
それで2人に合図して、円柱を寄せ、取っ手を持たせて引っ張り回し始めたので、しばらくはそれで遊んでてくれるだろう。
しかしメルさんはすごいな。
今朝は鎧姿じゃなくて、普段着のチュニックとズボンなんだけどさ、あ、格好は関係ないか。
さっき取っ手のところまでもう普通に歩いてたぞ?、最初は四つん這いだったのに、もう立てたのか…。
さすがに引っ張られたらすっ転んでたけど。
まぁ、ネリさんと一緒に楽しんでもらえたらいいよ。
「それを言うならせめて四つん這いぐらいできるようになってください!」
「う…、いいから起こして…」
シオリさんはうつぶせのまま、顔だけ横にはしてるけど手足を広げてて、つぶれたカエルみたいな状態だ。
こっちはこっちで大変だなぁ…。
あれ?、もしかして四つん這いができない?、どゆこと?
「しょうがないですね、引っ張り上げますよ?」
「ちょっと!、帯を持ち上げるの!?」
「だって姉さん腕ひっぱってもダメだったじゃないですか」
「だからってこれは!、あ、四つん這いできたわ」
「ではそれで這ってみてください」
「あっ、手を離したら!」(べちゃっ)
なるほど、這えてない。
それ以前に、じっとしていることすらできてない。
まさか…、腕立て伏せができない系か?
- シオリさん、腕立て伏せってできます?、膝はつけててもいいんですが。
「はい?、うでたて?、何です?」
「腕立て伏せですよ、姉さん」
「何なの?、それ」
できない以前の問題だった。
知らないのか。そりゃそっか、この人も大正時代の人だっけ。学校に通える世代や家庭じゃなければ、そりゃ知らないよなぁ…。
「四つん這いの姿勢から、こうやって腕を曲げて、伸ばすんです」
「何のためにそんなことするのよ?、疲れるじゃないの」
「腕の鍛錬ですってば…」
「なるほど、腕を曲げて伸ばせばいいのね?」
「はい」
水の上でやるこっちゃないと思うんだけどなー、戻ってきて河原でやればいいのに。
で、シオリさんは腕を曲げて……、まるで土下座だなあれ。
「腕を伸ばすんですよ?、姉さん」
「わ、わかって、る、けど…、腕、が……」(べちゃっ、ずるー)
あー…、膝つけててもダメか。というか水上でやるもんじゃないんだって。
真上から押さえつけているなら、支えられるだろう。
でも、少しでも手の平の面が傾いていると、そっちに力が逃げるんだよ。
摩擦も地面より少ないんだから、斜めになればなるほど滑るし、それを支える力が必要になってしまう。
だから予想通りつぶれた。土下座からのヘッドスライディングだな。
しかも両手はグ○コの人のように斜めに開いてるという、うつぶせ寝グリ○だ。
これ、水上魔法の効果が切れるまでに、立てるようになるのかな…?
無理じゃないか?
あ、サクラさんが困ったようにこっちを見てる。
「さ、サクラ、助けて…」
いやまさかこんなことになるとは…、これは予想できなかったよ…。
●○●○●○●
結局シオリさんは水上では寝転ぶ以外のことが何もできず、サクラさんに引きずられて岸にもどってきた。
「全く、さんざんでした…、でも貴重な体験でした」
怒るわけでもなく、少し恥ずかしそうに言うシオリさん。
- あまり楽しめなかったようで、すみませんでした。
「いえいえ、ああやって皆は楽しんでいるじゃないですか。こうしてそれを見ているだけでも、結構楽しめますよ?」
円柱を延長して3人を同時に引っ張るようにしたついでに、3人には土魔法で作った板を渡したんだ。
だって全然立ち上がれずに、水面を引きずられてばっしゃーんってなってるだけだったんだよ。だったらもう水上スキーそのものでもいいかなって、でも2本あるとそれはそれで難しいかもしれないから、ボードにしたってわけ。
それで3人とも、最初のうちはダメだったけど、だんだんと今やってるように立って引っ張られて楽しそうに滑ってる。
あ、ジャンプ台みたいなのあったほうがいいのかな?、まぁ飽きてくるようなら追加しよう。
「タケルさんの魔法は攻撃や防御ではなく、何というか多彩ですね」
- 僕は逆だと思うんですよね。
「逆?、ですか?」
- はい。魔力操作や魔力感知を鍛えて、できることが増える。それを自分が楽になったり楽しいことに使ってるだけで、攻撃や防御に使うのはその応用であり、ついでなんです。
「なるほど、順序が逆と仰りたいのですね。それであんな器に氷をおいたり…、あ、もしかして表のテーブルや椅子、あ、あの小屋もですか?」
- そうですね、川小屋はリンちゃんが作ったんですが。
「リン様が…?、ではここの進んだ生活様式は、光の精霊様の…?」
- あー、一部はそういうところもありますが、ほとんどは僕が元いた世界、シオリさんのいた時代から90年ぐらい先、でしたっけ?、その生活様式とほとんど違いはありませんよ。リンちゃんもそのあたりを合わせてくれているようです。
「そうでしたか…、ここの生活に慣れてしまうと、ロスタニアに戻りたくなくなってしまいそうです、ふふっ」
- 皆さんそう言ってますね。何よりもう僕自身が、この生活から離れられません。
野営やダンジョン内でも、これほどではありませんが小屋つくってお風呂に入りますので。
「え!?、野営?、ダンジョンもですか?、ロスタニアで氷を置かれた時にも思いましたが、それ以上の贅沢な使い方をされてたのですね…」
呆れたような表情でそう言うシオリさん、でも半分笑ってる。
- 贅沢…、ですね、ははは。
「全く、『杖の勇者』なんて言われている私ですら、そんな魔法の使いかたなんてしませんし、魔力を節約していましたのに…」
- それは国宝の杖のためですか?
「はい、あれは魔力消費がものすごく大きいので…」
そりゃあれだけの大規模破壊をするんだから、相当消費も多いだろうね。
- 防衛地の南側を見ました。いくら杖の補助があると言っても、あれだけの広範囲ですからね…、あれ、何回ぐらい撃てます?
「1日に2・3度が限度です。範囲や敵の数にも左右されるのですが…、あ、杖が補助具だとご存知だったのですか…」
実際、見てみないとわかんないけどね。
シオリさんはどうやらその杖に適性があって、その上で理解して使っているような感じだな。
そうじゃないとこの驚きようにはならないだろうし。
- はっきりそうだと断言はしませんが、これまで見せてもらった魔法の武器は、武器としての側面と、魔道具としての側面がありましたので、おそらくそうかなと。
「なるほど…、ところであの円柱、単純に動いてるわけじゃないように見えるのですが、まさかずっと操作されてるのですか?」
- はい、そのまさかです。そうしないとロープにつけた取っ手を彼女らの近くまで持っていけませんし、合図をもらって引っ張らないと危ないですから。
「それを、こうして話をしながらずっと…?」
- はい。これも僕の魔力操作や魔力感知の訓練になってるんです。
シオリさんは一瞬だけ唖然として固まってから、ひとつ大きな溜息をついた。
「勇者のうち魔法が扱えるのは私だけだって思っていたんですよ…、タケルさんの前では『魔法が扱える』なんて恥ずかしくてとても言えませんね……」
と言って気の抜けたような笑顔を向けた。
●○●○●○●
最初にかけたネリさんの水上魔法が切れる前に、『そろそろ終わりにしましょう』って声をかけたら、みんな素直に戻ってきた。
もっとやりたい、ってゴネるかと思ったんだけどね、遊び疲れたのかな、さすがに。
「楽しかったです、いい運動になりました、ありがとうございます」
「水上スキーってこういう感じなんですねー、ありがとうございます」
「はー楽しかった!、いい夢見れそう!」
- シオリさんにも話したんですけど、一応これも訓練なんですよ?
「水の上を引っ張られるのが?」
キミタチは遊んでたって思ってるかも知れないけど、ちゃんと意図はあるのさ。
でもそっちは言わない。
- 円柱つくって重力魔法と風魔法で動きを制御して、飛ばすのが、ですよ。
「あ、飛行魔法!?」
- そうです。引っ張り方も単純じゃなかったでしょ?
「そう言われてみればそうでした。凝った動きで楽しませてくれているものとばかり…」
- もちろんそれもありますけど。とにかく一旦川小屋へ戻りましょう。
「はーい」 「「はい」」
川小屋のリビングに戻った俺たちは、いつものクッキーと紅茶で休憩した。
サクラさんとメルさんはすぐにお風呂へ。
俺は大して動いてないから別にいいや。
シオリさんは昨日写し終えたらしいテキストを読みながらお茶飲んでる。
そういえば今日もローブっていうかワンピースっていうか、ズボンじゃなくスカートなんだよね。そういうのもあって、水の上でまともに動けなかった…、とは思えないけど、ちょっとぐらいはその理由なのかもしれないな。
- シオリさん、着替えはそういう服と同じものばかりですか?
「え?、あっはい、あ、やっぱり修行ですし、ズボンも用意すべきでした?」
- そうですね、古着でよければいろいろあるので、着れるもので気に入ったのを使ってもらっていいんですが…、あと、靴も、足首だけで縛るものではなく、こういう――と、ポーチから取り出して見せる――足の甲のところから絞って縛れるものがいいので、これもいくつかお渡ししますね。
「……浅はかでした、動きやすい装備を考えるべきでした。お手間をかけますがよろしくおねがいします」
- 硬いですよ、シオリさん。さっき河原のところで言ったこと、もう忘れたんですか?
「え?、あ、『楽ができて、楽しめる』でしたね、これもそうなんですか?」
- はい。どうせ訓練するのなら、自分から進んで、楽しみながらやって欲しいんですよ。
僕自身、楽しんでやってますし。強制されたりしてイヤイヤやるもんじゃないんです、僕も含めて、ここの皆は訓練を強制されてません。皆楽しそうにやってたでしょ?
「はい、そうでした。今朝は遊んでましたけど」
そう言って微笑むシオリさん。
でもあれ遊んでるように見えてたかもしれないけど、水上訓練なんだよ?、彼女たちならそのうち自力で水上魔法を扱えるようになるんだから。
これも今は言わない。
言うとやること為すこと全てが訓練じゃないかって勘違いしそうだし。
- だから動きやすい服装のほうがいいと思うので、あ、シオリさんの部屋に服と靴を置いてきますね。あとで選んでください。使わないものはまとめて置いてもらえれば回収しますので。
「はい、ありがとうございます」
そうして俺はシオリさんの部屋に古着や靴を置きに行ったんだけど、途中でネリさんが血相を変えて部屋から飛び出してきた。
ネリさんは遊び疲れたのだろう、少し仮眠すると言って自室に戻ってたんだけどね。
何事かと思ったが、どうやら部屋から飛び出したのはトイレに駆け込むためだったようだ。
しばらくして、げっそりして出てきたところをみると、お腹を壊したっぽいな。
やっぱり川の水、飲み過ぎたんだろうなぁ…、昼食はお腹に優しい献立にしたほうが良さそうだ。
リビングに戻ると、サクラさんとメルさんがいい香りを撒き散らしていた。
お風呂あがりだもんな、うん。
シオリさんが『私も入ればよかった』って言ってる。
そういうのあるよね、温泉旅館とかでさ、お風呂上りのひとをみると、なんか自分も入りたくなるやつ。
そろそろ中央東8のダンジョン、途中のままだし様子も見てこなくちゃって話をサクラさんたちに話した。
何より早ければ大岩のところにカエデさん率いるハムラーデル防衛隊が拠点を作り始めているかもしれないしな。
「それで、午後から行くのですか?」
- あっはい、一旦僕だけで見てこようかなって思ってます。
「え?、中央東8をおひとりでですか?」
- あのあたりを中心に索敵して戻ってくるだけですから、全員で行くことはないかなと。
それに、シオリさんはまだダンジョンに連れて行けませんし…。
ネリさんもあの調子だもんな、今日は大人しくしててもらったほうがいい。
「まだ、ということは私も頭数に入っているんですか…」
「姉さんひとりここでお留守番になるよりはいいんじゃないですか?」
「う…、それもそうね、でも杖もない私がお役に立てるとは思えないのよ…」
- 昼食のあと、シオリさんに軽く身体強化魔法をかけておきますので、それで練習してみてください。サクラさんとメルさんは、シオリさんについててもらえますか?
「「はい」」
「身体強化って他人にもかけられるのですか…」
- 実は回復魔法の応用だったりするんですけどね、シオリさんなら体内で自分の魔力がどう動いているかを感じることができるはずなんですよ。杖に魔力を送るってことができるんですから。
「え?、そう意識したことは無いのですけど…」
- じゃ、意識してみてください。身体強化魔法が自分の体内でどのように作用しているか、魔法がきれたときとの違い、これが把握できれば自分で再現できるようになります。
それが身体強化魔法の第一歩なんですよ。
俺がそうだったしな。勢い余って木に激突したり服がぼろぼろになったっけ。
「武器を振って訓練するのが近道ではなかったんですね…」
サクラさんが言う。
メルさんはもう何となくわかってたのか、微笑んだままだ。
- 前にも言ったと思いますけど、身体を上手く動かすためには武器を持って型の訓練をするのは間違いじゃないんですよ。身体強化ができても、武器を上手く扱えなければ強くなりませんし。
まぁ、素早く動いたり力を出すだけはできるだろうけどね。
でもそれだと強くなったとは言い難い。
「あの、私…武器の訓練なんて『勇者の宿』にいた最初の頃しか……」
- シオリさんに剣を持って前衛をしろなんて言いませんから、そう不安がらないで下さい。後衛でも身体強化ができれば、逃げたり避けたりしやすくなりますので、危機管理のひとつだと考えてください。
ダンジョン内で走るから、って意味もあるんだけどね。
あまり走る走るって言うと抵抗あるもんだしな。
ほら、学校とかでさ、何かって言うと走れ走れってうるさい教師とか部活の顧問とか居なかったか?、まぁ俺は運動部の経験なんて中学のときの仮入部だけですぐやめたけどさ。移動先に目的でもあるわけじゃないのに、何周走れとか、そういうのスゲー嫌だったんだよ。
根っから走るのが好きって人はそりゃそれでいいよ?、でもそうじゃない人にとってはただのイジメかって思えるようなもんなんだよ。
そりゃね、体力づくりの観点から言って、走るのがいいってのはわかる。
準備体操的にも走るのがいいんだろうさ。
でもそういう理屈はわかってても、体育の授業で最初に走らされ、部活でも最初に走らされるってのはうんざりな気分だったんだよ。
おまけに就職したときに研修所でも走らされた。
営業は体力勝負だ!、とか言ってさ。営業志望じゃねーっての。
『俺は今でも毎日早朝ランニングは欠かしたことがない!』
だから何だってんだよ。アンタは好きでやってんだろ。
自慢すんじゃねーよ、押し付けんなよ、って思ったもんだ。
「危機管理…、なるほど…」
妙に実感めいた噛みしめ方をしてるシオリさん。
昔、転んで酷い目に遭ったとかそういうのかな?、詮索はしないけどさ。
納得してくれるならそれでいいし。
- 初級魔法なら杖無しでも使えますよね?、自分の魔力が初級魔法でどう動いているか、それらを感知して、意識的に見て、動かして、いろいろ試してください。
「何だか私たちのときとは随分訓練法が違うんですね…」
え?、同じようにやんなとダメ?
なんかメルさんも神妙に頷いてるし…。
いやいやキミたちさ…、ちょっと考えてみてよ。
- そりゃ最初から身体強化はできるけど魔法が使えない人と、魔法は使えるけど身体強化ができない人とでは、同じように訓練するわけにはいかないでしょう?
「シオリ姉さんだけ特別扱いなのかと勘違いしました、済みません…」
ああ、そゆことね。
シオリさんにだけ俺が身体強化魔法をかけて体験させる、シオリさんにだけ危機管理って言う、それで特別扱いって思ったのか。
おっと、『僕は皆の安全を最優先に考えてるんですよ』なんて言うところだった。こういうのは言わないほうがいい、と、思う。たぶん。
次話2-60は2018年08月22日の予定です。