2ー058 ~ 水の話と風魔法
シオリさんを連れて戻った。
昼と違って外で出迎えてくれたのはリンちゃんだけで、『お帰りなさいませ、タケルさま』と無表情に言って完璧なお辞儀をしてくれたけど。
ちょっと怖かった。
川小屋の入り口のところから、ネリさんとメルさんがちょっとだけこっちの様子を覗ってたけどすぐに中へと引っ込んだ。
まぁ、リンちゃんの様子が明らかに不機嫌そうだったもんなぁ、近づきたくないよな、そりゃあ。
まだ俺の腕にしがみ付いたままのシオリさんをほんの一瞬だけ冷たい目で見たあと、リンちゃんは用事があるとかで、すぐ部屋に戻ったけど。
何か今日はリンちゃん忙しいな。何やってんだろう?
俺は今日はもう、もっかいひとっ風呂浴びて眠りたい。
ロスタニアで変な汗かいたしな。
シオリさんは気絶こそしてなかったけど、固く目を閉じて俺の二の腕に顔を押し付けて、とにかくがっちり俺の腕を抱えてしがみついてた。
汗臭くなかったかな?、大丈夫かな?、え?、やっぱりイヤじゃん?、汗臭いって思われたらさ。
帰りは少しゆっくりと飛んだ。夜間飛行、っていう程じゃ無いけど、夜空の星々がとにかくめちゃくちゃ多くて、夕方とはまた違う幻想的な風景だった。ともすると上下感覚がなくなりそうなぐらいのね。
そこを男性が導き女性はその腕を抱いて2人で飛ぶだなんて、本当だったら、って何が本当かわからんけど、映画やドラマだったら最高にロマンチックな場面のはず。
でも実際俺とシオリさんだとロマンチックとは程遠いんだよなぁ…。
そんでだんだん左手が少し痺れてきてさ、『腕を極められる』みたいな感じで動かせないし、どんな抱きしめ方したらそうなんのよシオリさん…。
というわけで、飛んでる限り全く緩めてくれそうにないから、急加速や急減速はしないように急いで川小屋に戻ったってわけ。
なんとかシオリさんを落ち着かせて離れてもらい、中に入るとリンちゃん以外の3人がリビングでお茶を飲んでた。
シオリさんをサクラさんたちに任せて、俺は風呂場へ直行、ささっと汗を流して湯に浸かった。
- あぁぁ、すぐ風呂に入れるってすばらしい…。
『お疲れさまでした、タケル様』
その気疲れの原因、半分ぐらいを占めてる誰かさんが、いつものように湯面からぽこっと肩から上をだし、俺の腕を水面下で取って、もみもみし始めた。
む、今日は両腕もか、おお、肩や腰も?、え、脚もですか。
サービス満点っすね。
いやいやまてまて。
- 太腿のとこはいいですから、あっ、こそばいのでストップストップ。
だんだん調子に乗ってきたのか、なんか全身もみもみされそうだったのでとめた。
人が手で揉むのと全然違うんだよこれ。
腕や肩、腰ぐらいならまぁ許容範囲だけど、全身やられると何かヤバい。何がとかわからんけど、とにかく何だかヤバい気がする。
『では腕と肩だけで?』
- そうしてください。ありがとうございます。
『いえいえ、タケル様をこうして労わりご奉仕をするのも私の愉悦なのですから』
ん?、ゆえつ?、今『愉悦』っつったよな?、どういうこった?
そういえば、以前も『ま・りょ・くですよ』って美味しいとかごちそうさまとか言ってたような気が…。
普段でも身体から魔力って漏れてるもんなんだけどさ、だから魔力感知ができるんだけどね、リラックスしてるとそれが多く漏れる。
魔力感知を訓練してると、その漏れ具合である程度その人の感情が読めるのはそういう理由ね。
もしかして俺が漏らしてる――言い方悪いなこれ。言い直そう――俺から漏れてる魔力を吸収してたりする?、それを美味しいって言ったり愉悦って言ったりしてる?
そんで俺を揉み解して慰労するのって、リラックスさせて魔力を多く漏れさせようとしてる…?、とか?
仮にそうだったとして、『愉悦』ってのが俺の魔力を吸収したりすることなら、ある意味報酬みたいなもんだ。
釣り合うかどうかは別にして、そういう事ならしてもらってばかりで悪いなっていう気も、ちょびっとだけ薄れるから少しは気に病まなくて済む。
気になるけど、これは訊いちゃだめだろうなー、俺もべつに真実を知りたいわけでも追求したいわけでもないしな。
俺に実害があるわけじゃないし、ご奉仕してくれてるのは単純に嬉しいしさ。
リンちゃんだと何か少女に世話させてる微妙な罪悪感めいたモノがあって、マッサージさせるとかあり得ないし、お風呂一緒はダメって固く禁止したからね。
でもウィノアさんだと、見た目半透明だし人間には見えない。
もしその人型バージョンが幼女とか少女だったら困ったかもしれないけど、成人女性っぽい容姿だったし、水の精霊に入浴一緒は禁止とか言えないでしょ?、水だらけの場所なんだからさ。
それにもう慣れたってのもある。
でもこういうのに慣れたらダメ人間になりそうだよね。
- あまり過保護にしないでくださいね。程々がいいんですよ。程々が。
『今日は特にお疲れのご様子でしたので…』
と、その原因の半分以上が言う。自覚あるのかな?
これも言わぬが花ってやつだから、言わないけどさ。
しかし毎日何だかんだで風呂に浸かるとこうしてマッサージしてくれたりするんだよなー、毎回じゃないけどさ。
そんでもって、さっきもちょっと言ったけど、人が手でやるのと全然違うんだよ。
なんつーの?、新感覚?、ゆるふわ?、にゅるふわ?、でもしっかりポイントは軟らかさを残したちょうどいい固さで押えたり動かしたりしてくれてる。
風呂ん中だからバスマッサージ?、まぁ名前なんてどうでもいいか。
ついでに言うと、俺の肩を揉んでくれてるのは盛り上がった湯なんだよね。
最初、俺の後ろに湯船から腕でも生えてきててそれで揉んでるのかと思ったけど、手で揉まれてる感覚じゃないんだよこれ。
言ってみりゃ太い湯の触手が肩にぺたっとくっついて、その接触面のとこでぐいぐい揉んでくれてる感じ。そんで背中のほう、えっと、肩甲骨と背骨の間んとことかもね。
だからこれかなりスゴいんだぜ?、性能のいいマッサージ椅子みたいなもんなのかもしれないけど、まぁ現実味ないよな。どれだけ説明しても伝えられる自信ないし。
あ、ウィノアさん側のほうの腕、時々こうして胸を押し当ててるみたいなことするんだよね、これは別の意味でヤバいのでとめよう。
と、最初の頃は思ったんだけど、この当たってるのが胸なのか何なのかよくわからんのだよ、これが。
湯船から出てる肩の位置からして、腕に当たってる軟らかいものは胸?、かも?、って程度なんだよね。
水中部分のウィノアさんは半透明じゃなくて完全に湯と同じで見えないから、どうなってるとか何が当たってるってのが全く視認できないんだよ。
魔力感知の目でみても、もう湯船が全体的にウィノアさんなんだ。
だから水中だと胸だか何だかよくわからん。
最初それが分かったときは湯に入るのにちょっと躊躇したけど、もう今更だし、そもそも俺の近くにある水はだいたいウィノアさんの魔力がある。
これはもう俺がどこにいてもそうなってる。
たぶんこの首飾りのせいもあるんだろうな、と諦めてる。
諦めるしかないともいえる。
だから湯の中でどう動いてるとかさっぱりわからん。
でも、腕を支えてもらってる感覚はあるし、揉まれてる感覚もある。何かに包まれてるような揉まれ方なので、不思議感覚だけど。あるにはある。
ということなので、考えてももう仕方ないので諦めて考えないことにした。
同様に、変な話だけどトイレも同じで、便器の底にある水、それもウィノアさんの魔力があるんだよ。
そう、この首飾りがある限り、『俺がどこにいても』なんだよ。
いや、もう首飾りの有無に限らず、なんだろうね。
精霊の魔力が宿ってる水に用を足すのか?、これってイアルタン教のひとが知ったら何て思うよ?、と最初マジで恐ろしくなったし、ウィノアさん的にはどうなんだ?、って思ったりもして悩んだ。
でも俺だって食べて生きてる以上、出さないとやばい。
だからこれも諦めて考えないようにして出してる。
ウィノアさんも別に何も言わないしな。
いや、言われても困るんだが。
ああそうそう、川小屋に来てから季節的なものか場所的なものかわかんないけどさ、雨が降ったことがない。
たぶん雨が降ったら俺の周囲の雨粒も、地面の水もたぶんウィノアさんの魔力だらけになるんだろうと思う。
実際、この風呂場でシャワー浴びてるときもそうだし、蛇口から出る水もそうだから。
前に言ってたもんな、『一にして全、全にして一』って。
だからもうそういうもんだということで、水に関しては考えない、あるがまま受け入れるしかないんだから。
●○●○●○●
翌日、メルさんとネリさんが早朝から揃って待ってた。
魔力操作を見てほしいらしい。
今朝は剣を振りたかったんだけど、まぁしょうがない。
いやほら、なんかストレスを発散するっていうか、身体を動かしたい気分だったんだよ。変な汗じゃなく、スポーツ的に汗を流したい気分?、みたいなさ。
- で、何か新しい技とかですか?
「え?、タケルさんが教えてくれた飛行魔法の基礎ですよぉ?」
ああ、あれか、そう言えばそんなこと言ったっけ。
「もしかして忘れてたんですか?、ひっどーい!」
- ロスタニアの件でいろいろと気疲れしてたんですよ、忘れてたわけじゃないですって、ホントですよ?
「むー、じゃあそういうことにしておきます」
- ってことはメルさんも?
「はい、ネリ様から教わりました」
へー?、すぐに皆に伝えたのか、感心感心。ネリさんのことだから自分だけ先に練習してからにすると思ってたよ。見直した、という目でネリさんを見た。
「メル様ひどいんだよ?、あたしがその1で苦労してるのに、聞いてすぐその1ができちゃうんだもん、それであたしがまだなのに、『次はどうやるんです?』って!、だから先にできるようになってからって思ってたのにサクラさんがー」
前言撤回。そういうことか。なるほど。
でもまぁそれでも素直に伝えたのはいいところだと思うべきなんだろうなー。
- それで、どちらから見ればいいんですか?、それとも同時にですか?
「あ、それじゃあたしからお願いしまっす」
ほいほい。
その1ってことは、土球を作って浮かせ、風魔法で安定させるんだっけな。
ネリさんがやってるのを魔力感知の目で集中して見ていく。
まだ構築速度に難があるけど、そこはできるようになってから練習すればいい。
うん、安定はしてる。
でも何か変だな、よく見ると風魔法がおかしい。
「どうですー?、余裕でしょー?」
ほう、喋れるし余所見もできるぐらいになってるなら及第点だな。
風魔法のことについてはメルさんのほうを見てからにするか。
- 評価はメルさんのを見てからにします。メルさん、どうぞ。
「はいっ」
いい返事をしてすっと手を腰ぐらいに、まるでボールを受け取ろうとするかのように持ち上げて、土球を作って浮かせるメルさん。
おお、構築速度も魔力操作も淀みがない。腕を上げたなぁ、メルさん。
お?、動かすのか、ってことはその2か。
うーん、やっぱり風魔法が根本的におかしいな。
もしかして、サクラさんもか?、テキストにはどう書いてあったっけ?
「まだ、集中、して、いないと、動、かす、のは、安定が、危うい、の、ですが、いかがでしょうか、っと、んっ」
- わかりました、メルさん、テキストいま持ってます?、ちょっと見せてもらっていいですか?
「え?、は、はい!、どうぞ!」
外のテーブルに置いていたテキストを、しゅばっと行ってしゅばっと取って戻った。
相変わらず身体強化がすげー。
要所にだけ素早く偏らせたりする魔力操作にも磨きがかかったなぁ、ムダがすごく減った。
- 風魔法のことについて書かれているのはどこでしたっけ?
「あ、それなら、この部分です」
と、差し出していたテキストをぱらぱらとめくって、風魔法の箇所を指差して見せてくれた。
ふーむ、なるほど、わからん。ってことはないが、ああ、プラムさんにそのあたりちゃんと話したこと無かったっけ。
雷魔法の話はしたけど、テキストには書いてないようだし、まぁ難易度高いもんな。
それに雷魔法は、気流操作のついでに水も扱うから、風と水の属性で操作するときに、風魔法としては風、つまり空気に働きかけて気流を起こす方法でも間違いじゃ無い。
そっか、やっぱり風魔法は気流操作、みたいに思ってても仕方ないのか。
- あ、テキストありがとうございます。
それで評価ですが、その前に、サクラさんを、あ、シオリさんにも聞いてもらった方がいいかも知れませんね、2人を呼んできてもらえますか?
「「はい」」
と、2人が川小屋の入り口に向かうとちょうど2人が出てきたところだった。
ネリさんが話したかな?、2人が同時にこっちを見た。
こっちもテーブルのところに移動しておこうかな。
ホワイトボードが欲しいな、土壁を立てて炭で書くか。色的にしまらないけど。
「どうしたんです?、タケルさん」
席についた皆を見て、自分も席についたサクラさんが、土壁をにょきっと立てて薪を炭に加工してる俺に言った。
- 風魔法について、少しお話をしておきたいなって思いまして。
「風魔法ですか…」
- はい。さて、皆さんは風魔法ってどうやってます?
「どう、とは?」
そう訊かれるとは思ってなかったのか、皆がどう答えようかという思案顔をしている中でサクラさんが代表的に返した。
シオリさんはすごく眠そうだ。サクラさんにたぶん半ば無理やりに起こされて連れてこられたんだろうな…。
- 風魔法を使うとき、空気を操作してたりします?
「そうですね、そんな感じです」
皆もうんうんと頷いてる。
- つまりそれは、空気に働きかけて風を起こし、操作しているわけですよね?
「そうなりますね」
- だったら、その風で他の物を動かすのは効率がよくないと思いませんか?
「「「「え?」」」」
「ちょっと待ってください、風魔法で他のものを動かすというのは、例えば『風槌』のような魔法や、『竜巻』や『暴風』などのことでしょうか?」
ふうつい?、風魔法の話だから、風槌かな?、エアハンマーってやつか。
シオリさんには前段階から説明しなくちゃだな。
- いいえ、それらは風が主体なので今回の話からは外れます。
今回は、浮かせた物体を風魔法で安定させる、という訓練が発端なんです。
ネリさん、その1をやってみてもらえます?
「あ、はーい」
嬉しそうだなぁ…。
ん?、さっきより安定してるぞ?、構築も早い。
もしかしてさっきは見てもらうってことで緊張してたのかな。
今は気楽にやってるから素早く構築ができて、操作のバランスもよくなって、土球が風に包まれて安定してるってわけか。
そうだよね、空気を風魔法で動かして土球を支えるならこんな形になる。
それを土属性魔法の重力操作と平行作業になるのでバランスが難しい。
うん、風魔法云々は置いといて、ネリさんもなんだかんだで上達してるんだよなー、ちゃんとそういうところは褒めてあげないとね。
- おお?、さっき見たときより安定してるじゃないですか、頑張ったんですね、よしよし。
「よしよし、ってまた声だけじゃないですかー、そういうのはちゃんと、あれ?」
風魔法で頭を撫でるという器用なことをしてあげた。
だって手が届く距離じゃないんだから、まぁそれで許してよ。
ネリさんは頭に一瞬手が乗せられた感触があったせいで、頭に手をあてて不思議そうな顔をしてた。
漫画なら周囲に『?』が浮かんでるとこだよね。あれ。
- じゃ、次にメルさん、その2をやってみてもらえます?
「はい」
メルさんは先ほどと同じだった。
やっぱり風を吹き付けて動かしてる。だから操作がぶれやすく、それを安定させるために余計に集中しなくちゃいけなくなるし、微妙な操作が必要になってるってことだ。
そりゃ難易度が上がるよなぁ、よくまぁそんな面倒なことやろうと思ったもんだ。
あ、俺が飛行魔法の基礎とか言ったからか。
- ありがとうございます、メルさん。
では次に僕が。まずネリさんがやっていた、その1、安定させるという訓練、こうですね。ここからメルさんがした動かすほうに発展します。こういう感じです。
さて、どこか違いはありますか?
俺が数字の8のように操作している土球を、メルさんがじーっと見ている。
「タケル様は風を操作していないように見えます」
「ええっ!?」
「風魔法ですよね?」
「風魔法なのに風を操作していない?」
- はい。その通りです。どうして空気を動かして風を起こし、その風で物体を動かすんです?
動かしたい物体を直接風属性の魔力で操作すればいいじゃないですか。
「でも風魔法ですから…」
- そこがまず考え方がおかしいんですよ。
初級魔法で生み出した土球や水球、あと火球もありますね、あれ、どうやって飛んでると思います?、実は複合魔法だってご存知でした?、複合、というと語弊があるんですが、順番に処理してるんです。土球や水球を作って、それから風魔法で飛ばしてます。
皆それぞれが大なり小なり衝撃を受けたようだ。
だいたい名前が悪いんだよ、『風属性魔法』、『風魔法』ってのがさ。
- 風属性の魔力というのは、空気だけを動かせるものではないんです。
たまたま、空気を動かすのに都合がよい属性だったから、風魔法なんて名前で呼ばれていると考えてください。軽いですからね、空気は。
もう一度実演すべきかな?、これは。
左手を上に向けて、純粋な魔力の球をつくる。
これ、実は結構めんどくさかったりする。薄く結界で包んでるんだよ。
そうしないと魔力の塊なんてすぐ拡散してしまうから。
- メルさん、メルさんなら今僕の左手の上にある魔力の塊が、風属性の魔力だと感知できますよね?
「は、はい」
- ではこの魔力を少しずつ使って、今から右手で放り上げる石ころに、どのように作用するか、魔力がどのように働いているかを見ていてください。
放り上げた石は、さっきの土球と同じように8の字を描いて飛び続けている。
左手の上にある魔力の塊から細い魔力の糸が出て、その石にくっついて石の動きを制御している。
重力に逆らうとき、糸は太くなり、それだけ魔力の固まりが減る、つまり魔力を多く消費する。
落下中に動きを変えるときは少ししか消費していない。
今回はわかりやすくするためにも、変化を大きくしている。
太い経路を通すときには魔力をゆっくり操作して、細い経路を通すときには魔力を早く操作する、などの工夫をしているんだけど、そこまで細かく感知されると意図がバレバレになっちゃうね。
- どうですか?、何かわかりましたか?
「はい、空気を操作していませんでした。石を直接操作していました」
- 他に気付いたことはありますか?
「8の字を描いて飛ぶとき、下方に落ちてくるときより上方に昇るほうが消費が大きく見えました」
- はい、よくできました。ありがとうございます。
今回は小さな石なので、重力に逆らうときの影響も小さいんです。
飛行魔法に置き換えると、この石よりもずっと大きいわけですから、重力に逆らうだけの風魔法を練るのはとても大変になりますね。
突風で身体を押すだけなら、一瞬のことですので、別に空気を操作してもいいんです。そのほうが身体に直接働きかけるよりも簡単ですからね。
気体や液体などの流体は、その構成要素全てを操作しなくても、一部だけに働きかけて動かせば、残りの部分もついてくる性質がある。
何ていうメーカーか忘れたけど、枠の部分に噴出孔のある、中央には穴があいてる扇風機があったよね、あれなんかはその性質を利用していると言える。
周囲の空気が移動するから、囲まれた内側も一緒についていくってわけ。
風魔法もそういう荒い使い方をしても、まとまって動かせるから、シオリさんがさっき言ってた『風槌』や、『竜巻』、『暴風』っていう風を大きく操作する魔法でも、結構手抜きしてる部分がある。
- しかし、飛行するならそういうわけにはいかない。
だから重力操作をして軽くする必要があるんですよ。
なるほど、という表情をしてるのは、メルさんとサクラさん。
シオリさんは話についてくるのに必死なのか難しい表情をしている。
ネリさん?、ああ、わかったのかわからないのか、表情からはわからない。
このひとは賢いのかアホなのか、いまだ掴めないなぁ…。
- そこで飛行魔法の基本その2の話になります。
その2で操作しているのは、土魔法の重力操作で浮かせた土の球ですね。
ではそれを動かすのに、風魔法で風を起こして動かしたのでは効率がよくないですよね?、風の影響というものを考慮しなくてはならなくなりますし、外にだって風はあります。
「あっはーい!、タケルさんはーい!」
何だよいきなり。まだ途中なんだけど。
座ったまま手を勢いよく挙げてる子がいる。まぁこんなことするのは1人しかいないけどね。
- 何でしょう?
「その1は?、風を球の周囲にぐるぐるして支えてるんですけど、それだと動かさないように風魔法で球を動かすんですか?」
なんだそりゃ。言ってて自分で混乱してるだろそれw
小首を傾げてるし。
面白いなぁ、ネリさんて。
- 動かす、って操作ができるなら、動かさない、って操作だってできるはずですよね?
「「「「え?」」」」
- え?
なんで全員が驚いてんの?
「それって魔法を使う意味があるのでしょうか?」
あー、そうきたか。
そうじゃないんだよ。
動かさないってことは、きっちりその位置で、多少ほかからの力が加わったとしても動けない状況を作り出すことなんだよ。
俺はネリさんがさっき浮かせてた土球、それをネリさんがテーブルの上でころころ遊んでたのをとりあげて、って遊ぶなよ、そんな玩具を取られた子供みたいな目すんなよw、真面目に聞けよw、マジで。大事なんだからこれ。
壊れない程度の力で上下から親指と人差し指で支える。
- サクラさん、この球、とれます?
と、サクラさんに歩いて近づく。
「え?、この土球をとればいいんですか?」
- はい。
と、サクラさんに差し出す。もちろん支えたまま。
「え、そんなに力を入れているようには見えないのに…!、っく!、…とれません」
- ではこれはどうです?、取れますか?
そう言って、風魔法で土球を空中に支えて、手を離す。
「え?、浮いてますよね?、これを取ればいいんですか?」
それに頷くと、恐る恐るといった様子で土球に手を伸ばして掴むサクラさん。
そんなのじゃ動かないよ?、ふふふ。
「え?、えええ?、あ、あの!、全然動かないんですけど!?」
- これが風魔法です。指で支える代わりに、風魔法で支えています。
「私も試していいですか?」
「はいはーい、やってみたいです!」
2人とも、主旨変わってないか?
しょうがないので、どうぞって言って順番に、その空中に支えられてる土球を掴んでひっぱったりさせた。
「おお、確かに風魔法が働いています。なるほど、こういうことなんですね…」
と、ちゃんと観察して考察しているメルさんに比べて……。
「あははは、これすごい!、乗れそう!」
キミはちゃんと主旨わかってるのか?、ネリさんよ…。
一応それ維持すんのってずーっと魔力を消費してるってわかってる?
- とにかく、これで風魔法についてのお話は終わりです。
あとは各自で練習してみてください。
そう言って、俺は結局使わなかった土壁を消し、筆記用にと作った炭はポーチにしまって、川小屋に戻ろうと歩き始めた。
「あ、タケル様」
- はいはい?
メルさんに呼び止められた。
「その2の次はどうすればいいんでしょう?」
ああ、そうだった。
次ってったってなぁ、基本としてはその2ができればもうあとは結界に混ぜるっていうか付与して飛べるんだよなー、だから練習あるのみなんだけど。
飛ぶだけなら、ね。
- 基本はその2までなんですよ。あとは応用なんです。
結界というか障壁魔法に混ぜ込んで浮いて飛ぶ、飛ぶだけならそれだけです。
いろいろと考えて試してみるといいでしょう。
どうしても詰まったなら相談にのりますよ?
「そうでしたか、ありがとうございます!」
安全策を考えたり、スピードや効率、それと工夫をするとなると、それだけで一杯一杯で余裕がない状態だとダメだということがわかってくるはず。
ま、メルさんならすぐそこに到達するだろうと思う。
ネリさんだと無謀なことして危なそうだから、俺かリンちゃんが近くでみてないとダメだけどね。
そのネリさんは……、何やってんの?、あれ。
土球を親指と人差し指で摘まんで、前にやったり後ろにやったりしてるんだけど。
何かのギャグか?
まぁ、見なかったことにしとこう。
次話は8月15日(水)の予定です。
これより週1話ペースに落とします。
20180816:漢字訂正。
訂正前)様子を伺って
訂正後)様子を覗って
前話では「窺って」の字を使っていますが、当話では「覗って」にしました。
これは、覗き見たつもりではないけど様子を窺った側と、覗き見られている側の違いです。
「窺う」は常用外だそうですが、拙作ではちょくちょく常用外の用法も使用しているようなので今更かなと。
20180821:推敲時に残った1文字を削除。