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2ー057 ~ 未熟勇者

 「お待たせしました、え?、な、何ですかこれは!?」


 部屋の仕切りになっている垂れ幕を片手で少し避け、入ってくるなり大声のシオリさん。

 こうなるだろうなとは思ったけどね。


- 氷ですが?


 「一体どこからこんなに大きな氷を…、ではなく!」


- この部屋が蒸し暑かったので、せめて温度を下げようと思いまして。


 「そんなことで気軽に魔法を使うのはタケル様ぐらいなものですよ、きっと」


 呆れたようだ。


 垂れ幕っていうか地面ぎりぎりまであって、分厚くて少し重なってる暖簾(のれん)みたいな布なんだよ、間仕切りになってる布って。

 そんでもってしっかりした布だから見た目に反して意外と重い。


 ホーラードやティルラは綿か麻みたいな手触りだったけど、ロスタニアはどうやら羊毛みたいな感触。でもふわっとしてなくてみっしり詰まってるから、まるで垂れカーテンではなく絨毯(じゅうたん)のようだ。

 なんか模様とか凝ってるのは、ここが本陣だからなのかな?


 あれ、向こう側からみてもこっちから見ても模様がちゃんと見えてるってことは、ん?、どうなってんだこれ。

 いやほら、刺繍とかって表裏あるじゃん?、2枚重ねてる?、だからロスタニアの仕切り幕は他より重いのかもしれない。


 そのせいで部屋の熱が(こも)って、暑いんじゃないのか?、これ。


 よく見てみたいけど、近寄って手にとり、じっくり見るってのもなんだかなぁ、商人じゃないし、見つかって売り込まれても困るからやめておこう。






 「タケル様、今日は大変失礼をおっ!?、何事ですかこれは!?」


 遅れて入ってきたロスタニア王も言葉途中で目をぱちくりしながら大声になった。


 「部屋が暑いと、魔法で器と氷を作ったようですよ」

 「何と贅沢な…、あ、んっんん(ゴホン)。タケル様、今日は大変失礼を致しました。

 恥を忍んでお尋ねするのですが、頂いた多くの地図はお返ししたほうが良いのでしょうか?、何分(なにぶん)前例の無いことでもございまして、ご好意で頂いた資料をその日に突き返すのかという意見や、失礼を詫びるなら強引に奪ったものも返すべきだという意見がありまして、こちらのシオリ様も交えて話し合ったのですが、『謙虚な姿勢でご本人に尋ねてみよ』との仰せでございまして…」


- あー…、地図は過去の資料として保存するなり焼却するなりご自由にしてもらって構いません。


 「は、ははっ、ロスタニアで責任を持って保存に努めるように致します」


 入り口のところで深々とお辞儀をするロスタニア王。

 その隣で一緒にお辞儀するシオリさん。

 ホントやめて、めちゃくちゃ居心地悪い。


- と、とにかくお二人ともお座り下さい。僕だけ座ったままというのも落ち着きませんし。


 俺だって、偉い人が入室したら起立して、その人が着席するまで待つ、っていうぐらいのことは知ってるし、実際しようと思ってたよ。

 でも今回はいきなりすぎて立ち上がるタイミングを逸してしまったせいで、座ったままなんだよ。本来ならロスタニア王が入室しながら挨拶をしたのにあわせて起立して、こちらも挨拶を返して、それから上位の者からか、または同時に着座するもんだろ?


 それがさ、シオリさんは入って来るなりアレだったし、そんで氷の話をしたあと、着座せずに2歩すすんで入り口のほうを見てたんで、それで他に誰か入室してくるんだろうなとは思ってたさ。

 ああ、仕切り布の刺繍なんて見てなくて、ここで立ち上がるべきだったか…。


 え?、応接室で待たされるときには着座せずに立ったまま調度品などを眺めて待つもんだって?、いやここ殺風景だし…、ああ、そのための凝った仕切り布?、ああ俺が悪かったよ!、次は気をつけるさ。


 でも部屋で待ってるひとが仕切り布を眺めてたら、あとから入室したひとが目の前に客が居てびっくりしないか?、ぶつかったりしないか?

 今考えるこっちゃないか。






 「はっ、そうですね、これはご無礼を」


 二人はテーブル中央の氷を避けるかのように、端のほうに椅子を寄せて座った。


 「おお、テーブル下に支えが…、重量がありそうですからなぁ、この見事な氷は…」

 「そのような所まで…、全く魔法の無駄遣いですよ…」

 「しかしこの器、周囲に植物の意匠まで施されたのですか…、むむ、底には滑り止めに突起が…、いや実に芸が細かい、表面についた水滴がまるで朝露の雫のようではありませんか、ここまで計算されて造られたのでしょうか…、何と素晴らしい……」

 「無駄遣いにも程がありますよ…」


 それがさー、テーブルの上に土魔法でタライを作って、部屋が殺風景だから外側に植物の図柄をしたり内側の底に軽く突起をつけたりしてから、円柱型の氷を上に置いたらさ、なんかテーブルが『みしっ』とか言い始めて、やば!、って思って土魔法の重力操作でとりあえず少し氷を浮かせて、それでテーブルの下んとこに補強を入れたってわけ。

 だから『無駄遣い』って言われるのもよくわかるんだけどね。


 あれか?、ただのずどんとした円柱だから重かったのかな、でも氷の像を作るにせよモチーフがなぁ、まさかウィノア像を作るわけにゃいかんだろ?、本人が降臨しそうだし、また場がわやくちゃになりそうだし。


 あ、表面についた水滴がどうのってのは偶然ね。そんなもん計算して作れるかっての。






- こういう工夫をすると魔力操作の訓練にもなるんですよ。


 ということでごまかした。


 「おお、これほどの腕をもちながら更に研鑽を積むと仰られるのですか、先ほどは空を飛んで来られたとか、過去、魔法使いで空を飛んだ者は伝説の偉人だけと言われておりますが、信憑性(しんぴょうせい)のない作り話だと言われてもおりました。タケル様はその伝説となり得るお方でしょう」


 何だ急に、昼間とえらい違いじゃないか?

 この人、昼間と同じ人か?、替え玉とかじゃないのか?

 身振り手振りが大げさというか演劇の人みたいだぞ?


 昼間は身動きし(づら)く狭い場所だったからできなかったのかな。

 ひざの上に地図広げて手で支えてたもんな。


 しかしこのままだと褒め殺されそうだ。本題に入ってもらおう。


- そうですか、ところでご用件を伺いたいのですが…?


 「おお、そうでした。

 あれから斥候隊をダンジョンの位置へと派遣したところ、確かにダンジョンが埋められて処理されていると確認致しました。

 もちろんタケル様のお言葉を疑ったわけではございませんが、国と致しましてもしっかりと確認をしなくてはなりません。

 昼間のことと合わせまして、タケル様には何卒ご理解の上、ご寛恕頂きたくお願い申し上げる次第でございます…」


 うわー、硬いなぁ、こういうの嫌なんだけど…。

 頭を下げるロスタニア王に、困ったようにシオリさんを見ると、真顔でうんうん頷いていたんだけど、それってどういう意味の合図?

 まぁ、しょうがないから定番的に返しておくしかないか…。


- 頭をお上げください、ロスタニアの王様。事情はお察ししておりますので、特に怒るだのご寛恕だのの問題ではありません。全然気にしておりませんので。


 「できればティールとお呼びくだされば幸いでございます。親しい者は皆そう呼んでおりますので…」


 いや、俺まだ親しくもなんともないよね?


 「あまり無理を言うものではありませんよ、これから親しくなってゆけば良いではありませんか」


 シオリさん、アシストだかフォローだか何だかわからない事を言わないで。

 王族とかもうメルさんだけでお腹いっぱいなんだけど。

 いくら年が近かろうが、何だろうが、これから親しくなるつもりもないからね?


 そうそう、あとで聞いたんだけど、このロスタニア王、髭があったり髪を香油で後ろに流して固めてるのもあってか、30代ぐらいかなって思ってたんだけど、実は24歳だそうだ。20歳の時に先王が趣味の狩りをしてて事故で急死したらしく、つまり引き継ぎもろくにないまま王位を継いだんだと。

 老けてるのは苦労してるからなのかな?


 この世界、即死じゃなければ大抵助かるもんらしいんだけどね、回復魔法が使える冒険者か神官なんかが近くに居ればだけどさ。当然お金もかかるけど、王様にそんなの関係ない。

 だからちゃんと狩りには神官がついてってたんだそうだ。

 でも即死じゃどうしようもないね。


 だからシオリさんのほうが断然立場が上なんだってさ。

 年季が違うよね、なんて言ったらきっと叱られるから絶対に言えないけれど。






 「そうですな、此度はシオリ様のためにと格別なご配慮をして下さったそうですが、シオリ様もしばらくタケル様のところで修行をしたいと仰られておりまして、いかがでございましょうか?」


 へ?、格別なご配慮?、そんな記憶は無いんだけど…?


- あの…、勇者の行動を国の意思で強制することはない、と伺っていたのですが…。


 「仰る通りです。本来、勇者には国から行動を制限したり強制したりすることはできませんが、こちらのシオリ様は長年ロスタニアに貢献され、『氷の神殿』では名誉司教という役職にも就いておられるロスタニアに欠かせない重要な(かた)なのです。

 そのシオリ様が、『杖の勇者』として魔法をより研鑽したいと仰ったのです。

 これまででしたら、シオリ様がロスタニアを離れることは国境を割られる危険が伴うものでした。

 しかしもうその危険性はタケル様の御手によって取り除かれました。

 ロスタニアと致しましてもシオリ様が勇者として腕を上げることは歓迎するところでもありますれば、反対なぞ出ようはずもございません。

 タケル様、どうかシオリ様のご希望を承諾しては頂けないでしょうか?」


 硬い…、そんな堅苦しい許可だの承諾だの、こっちは求めてもないし考えてもないんだって、これだから王様だの領主だのってのはイヤなんだよ…。


 ぶっちゃけ第三者が何言ってんの?、ってこった。

 当人が、『もう少し修行したいのでタケルさんのところに行ってもいいですか?』ってひとことで済む話なんだよ、これは。

 その上で、『ロスタニアには連絡済みです』って言われれば『そうですか、どうぞ』で済む。

 こんな風に、王様が間に入って下手(したて)に出て、堅苦しいお願いをするような話じゃないんだよ。






 だいたいからして、サクラさんもネリさんも、別に俺が許可したり誰かのお願いで頼まれたりして俺と一緒に居るわけじゃないんだよね。

 居ろとも帰れとも言ってないし、当人が自由にやってるってだけ。


 一緒にいるなら食事だって用意するし、部屋だって作るさ。

 俺だけ快適にってのはできないしな。


 メルさんだってそうだ。

 国境防衛隊に支援に向かう鷹鷲隊(おうしゅうたい)に合流するまで一緒に、って話だったのが、なんかずるずると居座ってる。

 あ、『タケル様と行きますよ』って言ってたっけ。

 特に期限決めてないし、当人がそう言ってるんだから別に断ることもないしな。

 メルさんの事も、誰かに頼まれたわけでもない。


 特にネリさんなんて星輝団(せいきだん)にお金盗られちゃってるわけだし。

 放り出すわけにも行かないだろ?


 そういえば勇者って棒給が出てたりするのかな。

 俺そういうの無くて、自力で稼いでたわけなんだけどさ。

 それとも最初の1年だけ?、死に戻りで100ゴールドもらえるってのはあるけども。

 それで1年経ったらどっかの国のために働いて給料もらうとか?

 一応その辺のこと知っておいたほうがいいような気がしてきた。

 サクラさんかネリさんにあとで尋ねてみよう。


 それはそうと俺って、なんか光の精霊さんに養ってもらってるような感じになっちゃってるから、気にしたことなかったなー、そういえば。

 森の家とか勝手につくっちゃって、モモさんたちが管理するだけじゃなくて、隣に工場やそこで働く精霊さんたちの寮までできちゃってるけどさ。


 まさかそれの収益の一部で俺が養われてたりして?、いやいやまさかね。






 あ、余計なこと考えてたら2人とも不安そうな顔になってしまってる。

 返事しなくちゃ。


- うーん、僕としては別に許可も承諾も無い話なんですよ…。


 「はぁ、と仰いますと?」


- 現在、僕のところには勇者サクラさんと勇者ネリさん、それとホーラード王国のメルリアーヴェル姫が行動を共にして下さっている、というのはご存知かと思います。


 「はい」


- それについて特に僕が許可をだしたり承諾をしたりということをした覚えがないのですよ。


 「それはどういう事なのでしょう?」


 わからないって顔してる。うん、そうだろうね。


- それぞれ、当人が、僕のすることを進んで、自分の意思で、手伝ってくれているだけなんです。

 それで他に優先すべき用事がある場合は、それぞれが決めて、行動していますね。

 現に、勇者ハルトさんや、勇者カエデさんは、数日僕の手伝いをしてから、ハムラーデル側ですることがあるとの事で、戻られました。

 僕は、皆に、ここで訓練しろだとか、帰れだとか、指示も許可も出していません。

 もちろん、お手伝いをしてくださる過程で、ダンジョン内でこういう方針でやりますので、これこれこう行動してください、とお願いをすることはありますが、それだけなんですよ。


 「……ではどうすればタケル様のところでシオリ様が…」


- まずそこが違うんですよ。

 シオリさんご自身がどうしたいか、たったこれだけの話なんです。

 僕のところで修行がしたい、ならどうぞ?、僕から言えることはこれだけなんですよ。


 「それはご承諾頂いたということではないのでしょうか?」


 難しいね、どういえば伝わるんだろう?


- うーん、シオリさんとロスタニアの関係で、ロスタニアに認めてもらわないとシオリさんが来れない、というのは冷たい言い方ですが、僕には無関係の話なんです。

 シオリさんとロスタニアの問題であって、それはシオリさんが如何(どう)こうすべき問題でしょう。

 立場上、ロスタニアの王様が、『うちに所属している勇者シオリをよろしくお願いします』と言う、これもわかります。ですが、僕には無関係の第三者が、当人がこう言ってるんだけど面倒見てやってくれないか、っていう風に聞こえます。

 先ほども言いましたが、僕は誰かの面倒を見ている訳じゃ無いんですよ。

 魔力操作のことも、食事のことも、皆の部屋のことも、僕自身のことのついでにやってるだけで、当人が僕のすることを手伝ってくれているから、進んで僕のところに自分の意思で居るから、ただそれだけなんです。

 王様が頭を下げてお願いするようなことではないんですよ。


 「なるほど、どうやら勘違いをしていたようで、お恥ずかしい」


 伝わったかな?、だといいんだけど。


- 僕はまだ勇者になって1年にも満たない、見習い勇者なんです。

 どこの国にも所属していない、そして担当地域のない未熟者です。

 たまたま、こういう流れでダンジョン処理ができるから、どうせそのうちやる事になるのなら、ということで先に、勝手にやってるだけなんですよ。


 「そういう事だったのですね。私の出る幕ではなかったようですな、ですがタケル様、昼間の件についてのロスタニアとしての謝罪、これは取り消しません。シオリ様のことについてはシオリ様、ご自身でタケル様とお話をしてください。

 それではタケル様、貴重なお時間を頂戴いたしました、これにて失礼致します」


 そう言って立ち上がり、一礼をしたので俺も慌てて立ち上がった。


- こちらこそいろいろ無礼な点もあったかと存じますが、ロスタニア王の寛大なお心に感謝します。


 彼を真似て、右手を左胸に当ててお辞儀をした。

 彼は少し目をみひらくと、微笑んで手を差し出した。

 軽く握って、手を離すと彼はすっと退室した。

 俺はそれを見送ると、席に着いてシオリさんを見た。


 「あの、タケル様、」


- その『様』ってのはそろそろやめませんか?、どうにも大先輩のシオリさんから『タケル様』って呼ばれるのは居心地がよくないんですよ。


 「でも精霊様が…」


- 僕が言ってるんですから、タケルと呼び捨てでも構わないんです。


 「では、サクラやネリと同じように、タケルさんとお呼びします」


- それも正直言うと変な感じなんですけど、まぁ皆さんに合わせてくださるならそれで構いません。


 「はい。ではタケルさん、私はまだダンジョンのお手伝いはできないと思いますが、しばらくタケルさんの(もと)で修行がしたいと思っています」


- そうですか、じゃ、一緒に戻りましょうか。


 そう言って席を立つ。


 「え?、そんなあっさりと?」


- そういうもんなんですよ。特に反対する理由もありませんし。

 あ、この氷とタライはどうしましょう?、あと机の補強も。


 「あ、それはもう置いたままでいいと思います」


- そうですか、じゃ、行きましょうか。


 「あの…、今すぐですか?、その、着替えとか…」


- 準備、時間がかかりそうですか?


 「部屋に行ってまとめてある背嚢をもってくるだけです」


- ではお待ちします。


 「急いでとってきます!」


 言うが早いかダッシュで部屋を出て行ったよ…。


 何だかやっぱり、シオリさんは最初の印象が良くなかったからか、川小屋んとこで精霊さんズがあんな自己紹介したり突然現れたりしたからか、今までの先輩勇者のなかで一番俺のこと(おそ)れてるよなぁ…、全く、困ったもんだ。


 それのせいで、王様を間に入れて頼みごとをしたりしたのかな?


 それとも、もしかして古風な考えってこういうのなのか?

 立場のある男性を立てる、とかさ、この場合は所属してる国の王様のことだけども。

 もしそういうことで王様が間に入ったのなら、今日の俺の対応はいまいち良くなかったかも知れないな。

 でもなー、俺まだ見習い勇者だし未熟勇者って言われる立場だし、国がどうのとかの勇者システムについて、よく分かってないんだよなー。


 今日はロスタニア王が怒らずに聞いて、引いてくれたから良かったけどさ、知らなくて大ポカやらかす前に、やっぱりちゃんとそのへん聞いておかないとダメなんじゃないか?


 そうなんだよ、なんか王族や王様がこうして敬語で話してくるし、バックに精霊さんがついてるから、みたいな感じで偉くなってるように勘違いしてしまうところがあるけれど、俺自身はただの平民だし一番最後の勇者だし、その勇者だってまだ認定されたわけじゃない。

 精霊さんパワーであれこれ魔力を扱えるようになってるだけで、偉くもなんともないはずなんだよ。


 もうちょっと謙虚にならないと。






●○●○●○●






 「シオリさんを送って行っただけなのに、結構時間掛かってますね」


 夜の訓練中に、ネリがまたそんな余計なことを言った。

 そのネリは、午後にタケルさんから飛行魔法の基礎を教えてもらった、とかで熱心に土魔法で作ったらしいピンポン球ぐらいの大きさの球体を浮かせたり落としたりしてた。

 ちょっと羨ましい。


 今はリン様が外で私たちの訓練を見ておられないからいいものの、そういうリン様が不機嫌になるような事は言わないで欲しいのだけど。


- たぶんロスタニア側と話し合いでもされているのだろう。


 「またシオリさんがタケルさんに抱きついたまま気絶してたとか?」


 だからそういうことを面白がって言わないで欲しいのだけど!


 「ネリ様、リン様がそちらに」

 「ああっ!、うそです冗談ですごめんなさい!」


 慌てて振り向き、手をぱたぱたさせて謝るネリ。

 土球のほうはぽとんと落ちて少し転がった。


 「ふふっ」

 「あっ、メルさん酷い!」


- でもそういう反応をするってことは、リン様に聞かれては困ることを言ってるって自覚があるってことだな。


 「う…、でも気になりません?」

 「気になるというと、私はむしろネリ様のその訓練のほうが気になりますね」


- そうだな。その球体を浮かせるだけでいいのか?


 「違いますよ、土魔法で作った球体に、土魔法の重力操作をして浮かせて、風魔法でその球体を維持するんですってば」

 「ふむ、なるほど、こういう感じでしょうか?」


 見るとメル様は土球を作ってすぅっと浮かせて空中にとめた。

 ネリがやっていたのと違って球体がとても安定しているのがわかる。


 「わ、メルさんずるい!、あたしもまだちゃんとできないのに!」

 「それでこのあとはどうするんです?」

 「せっかくタケルさんがあたしだけに教えてくれたのにぃー」


 すこし膨れっ面をするネリ。小さい子がやるのなら微笑ましいとは思うけど…。


- ネリ、タケルさんは皆に伝えてはダメと言ったのか?


 「タケルさんがそんなこと言うわけないじゃないですかー」


 でしょうね。私もそう思う。


- なら、メル様に伝えても問題ないだろう?


 「わかりましたよぅ、えっと次は、浮かせた(たま)を風魔法で動かすんです、それがその2だって言ってました」

 「動かす?、やってみましょう」


 メル様は浮かせた球体を風魔法で操作し……始められなかった。ふっと動いたあとすぐにふらつき、ぽとりと球体が落ちてしまった。


 「ふむ、単純に動かしただけでは重力操作が維持しにくいのですね、同期しつつ制御しなければならない、ということですか。これは修練が必要ですね…」


 さすがはメル様。私たちより早くから魔力操作の訓練をしてきただけのことはありますね。

 聞いてみればなるほどと思う。

 でもやってみてそれに気付くには、魔力感知という感覚を研ぎ澄まし、その目で現象を観察していなければ原因もわからず結果に結びつかない。


 「なんかメルさんはすぐにできちゃいそうな気がする、やっぱりずるい!」


- ずるくない。メル様のほうが技量が上だということだろう?


 「うー、そうなんですけどー、そうなんですけどー…」


- タケルさんに教わったのに追い越されるのがイヤなのか?


 「そうじゃなくて、あたしは午後にタケルさんが来てから、これずっと練習してたのにできないから…」


 なるほど、頑張ってたのに、メル様があっさりできたことで自分が情けなくて悔しいのか、気持ちはわかるが、子供じゃないんだからそれをずるいずるいと言うのはどうなんでしょうね…。


- ネリが頑張ってるのはここに居る皆が知っている。今日がダメなら明日、明日がダメなら明後日、タケルさんが出した課題なら、そこまで掛からずともできるようになると信じてるからネリに教えたのではないか?


 「そうかな…、…そうだよね?、タケルさんの教え方って理論じゃなく、意外とすぐできるようなことばっかりだもんね、よーし、タケルさんが戻るまでにその1だけでもできるようになってやる!」

 「それでその2ができたら次はどういうものなのですか?」

 「その2までしか教えてもらってないけど、タケルさんがやってたのなら覚えてますよ?」


 それは先過ぎて聞かないほうがいいのでは…?


 「どんなことをされてました?」


 ああ、とめるのが遅かったか…。


 「えっとね、土魔法で(たま)を作って浮かせて、その周りに水魔法で球をいっぱい作って土の球の周りをぐるぐる回すの。そのうち幾つかの水の球は、温度が違うんだってさ、火魔法で温度を変化させてるんだって言ってたよ」

 「え…?、それをネリ様は感知したんですか?」

 「ううん?、見てて面白そうだって思ったけど、何やってるのか全然わかんなかったから、近寄って尋ねたの。そしたら教えてくれたのがさっきのその1とその2」


 なるほど、やっぱり聞かないほうがよかった。そんなおそろしい魔力制御を、彼は簡単にやってのけていたのだろう。


 「それは4属性全てを多重展開しているということでは…?」


 メル様も絶句している。

 もし彼の飛行魔法がそこまでの技量を要求するものであるのなら、私たちが個別に飛行魔法が使えるようになるのは一体どれほど遠いことなのだろうか…?


 「うん、でも飛行魔法自体はそこまで複雑なことをしなくても飛べるって言ってたよ?」

 「もしかしたらタケル様は、飛行しながら他の魔法を展開することを想定されているのかもしれませんね…、今はそこまでのことは考えずに、その2を確実にできるようにして、タケル様に是非その続きを教えてもらえるように修練しなくては…」

 「む、あたしはその1をがんばる!」

 「私はその2を!」


 二人ともやる気十分(じゅうぶん)のようだ、私もその1ができるように頑張ってみるとしようかな。






 タケルさんが戻ったとき、ネリはその1ができるようになっていた。

 しかし喜んで報告に行こうと外を(うかが)って、またシオリさんがしがみついていたので報告できなかったようだ。


 リン様が近くでご機嫌斜めになっていたので、報告できる雰囲気ではなかったからなのだが…。




20180816:余計な文言を削除。

 訂正前)保存するなり魔物分布なり焼却するなり

 訂正後)保存するなり焼却するなり

20180816:駆け寄ってなかったので修正。

 訂正前)しかし喜んで報告に駆け寄ったとき、

 訂正後)しかし喜んで報告に行こうと外をうかがって、

20200517:訂正。 名誉司祭 ⇒ 名誉司教


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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