1ー005 ~ 恩人
結局雑貨屋で盾とランプと防水布だけ買った。
防具は部屋に置いてあった前のやつな。傷だらけの革の胸当て。まぁ気休めみたいなもんだ。
荷物、まだあるかな。
今回は地図を用意してないけどあそこまでなら覚えているし、荷物があってもなくても戻るつもりだからな。
というわけで歩きながら小声でリンと話す。
途中の小鬼はリンちゃんが、「魔法の練習をしましょう」と、お手本をやってくれたので剣も盾も出番がなかった。
「わかりますか?、この右手から左手に流れている感じ。これが魔力です」
- おおお、見える、見えるぞ!
「えっ、タケルさまもう魔力が見えるんですか?」
- あ、いや何となく言ってみただけ。流れの感じはわかった。
「では手を離しますね。あとはその感覚で、体内の魔力を操作することを覚えてください」
- ん、ああ、えーっと、あっ、こうか。んでさっきの説明だとこれを具現化するイメージで放出して…、おわっ!、火がでた!、びっくりした!
「そうそう、それですそれです!、ってタケルさま幾ら何でも早すぎませんか?」
- そりゃあ教師が優秀だからな。
という具合で、
リンちゃんがさくっと倒す → 死体を端に寄せる → 角がポロっと取れるまでの間に魔法のお勉強 → 進む。
こんな流れで進んで行ってるところだ。
リンちゃんが探知魔法とやらでレーダー係もしてくれているらしく、「この先に居ます」だの、「今度は風の魔法で倒します」 とかで楽すぎて今までが何だったんだ的なアレだよ。お兄さんちょっと凹む。
アリシアさんが、『便利にお使いください』みたいな事を言っていたけどさ、便利すぎんだろリンちゃん。精霊スゲーとは思ってたけどさ、想像でしかなかったわ。実感した。超便利。
1回目の休憩で、いや別に疲れてないけどさ。戦闘してねーし。でもほら、いつもこの小部屋で休憩してた、みたいな場所があんだよ。だからそこで休憩。
そん時に布袋から皮水筒を出したのをじっと見てたリンちゃんに、ああ飲むかなって思って、皮水筒渡したんだよ。え?、間接キス?、いやこういう時はこういうもんだろ、そんなこと考えるやつなんていねーよ、ノーカンだろ?、いねーよな?
そしたらリンちゃん、皮水筒の口んとこあけて、くんくん嗅いで少し顔をしかめたんだよ。えっ、臭う?、俺?、って一瞬思ったけど違った。
「タケルさま…、こんなお水じゃお腹壊しますよ。飲み物ならご用意しますので」
と、言うなり前に手をかざしてちゃぶ台サイズのテーブル作ったのには驚いた。土魔法ってやつか。
いやほら、元の世界の漫画やアニメや小説などではお馴染みだけどさ、実際目の前でいきなりだと驚くぜ?
そして例のピンクのリュック的な魔法の袋に手を突っ込んで、テーブルクロスやら白いティーポットとティーカップを取り出すリンちゃん。ハートマークと花柄のな。
あるのな、こっちにもハートマーク。久々に見たわ。
そんで元の世界でもお馴染みのサイズのお茶っ葉が入れてあるビン、ティースプーンでポットに入れて、手をかざすとポットから湯気が!
何このマジック。
「どうぞ」
- あっはい。うん、いい香り。
●○●○●○●
久々に優雅な午後のティータイム。ごめん。言ってみただけ。テーブルクロスがほんのり光ってるから、とても幻想的なんだが、周囲は見慣れた東の森のダンジョン内部だし、さっき倒した小鬼の死体は見えてるし、それ以前の骨とかもある、実にシュールな光景だ。場違い感が半端ないわ。
まぁ気にしないようにしよう。
- ところで恩人って?
「あ、はい。お母様が言うには、もしタケルさまがあたしを哀れんだり、許そうとする姿勢を見せなかった場合には、あたしは動けずにいたまま、消滅させられてもおかしくはなかったそうです。
その場合は、お母様は悲しむでしょうけど、それでも長が掟を破るわけには参りませんので、あたしは消されていたでしょう」
さっきまでの少しにこにことしていた表情が消えている。心なしか瞳もハイライトが消えたようなそんな感じだ。
精霊の掟、か。
- そうだったんだ。量的には多いけど大した被害でもないし、結構脅しちゃったし反省してるってのを信じて、ちょっと燻製つくんの手伝わせればいいかな、ぐらいに軽く思ってたよ。でも消滅、って厳しすぎじゃね?
「長の娘だからこそ、なのです。一族の罪でもありますので…」
- ふむ…そういうもんなのか。
「あたしが動けずに居たとき、お母様からいろいろな感情が流れ込んできました。なのであたしも覚悟を決めていたんです。
ですがタケルさまはあたしを許そうとしてくださいました。あのときお母様とあたしがどれだけ救われたか…」
- それで『恩人』ね。なるほどね…。ところで箱は全部で5つあったよな?、んで1つは手付かずで1つが14枚残ってたんだから、384枚、結構な量あんぞ?、3箱分はどうした?、まさかひとりで全部食べたのか?
「あっ、それはそのぅ…、えっと、持って帰って皆で食べたです。あのときはちょっとつまみぐいを…、あっ、もちろん反省してます!」
- ああ、それで『一族の罪』なわけだ。美味かったか?
「はい!、皆もおいしいって…、あっ、その節はご迷惑を…」
それにリンちゃんからすれば10年前だもんなぁ、あれか、昔の恥ずかしい悪さしちゃった事、みたいな感じか。なんだっけ、黒歴史ってんだっけ。
- ああいいよいいよ、美味しく食べてくれたのなら、まぁ、苦労して作った甲斐があったと思うことにするよ。
「あ、あのぅ、タケルさま?」
- うん?
「もしその…、よろしければ、あの燻製肉の作り方を教えてくださいませんか?」
- ああ、もちろんいいよ。どうせまたたくさん作らないとだし。一緒に居るなら一緒に作ろうか。
「はいっ!」
おお、やっぱりこの子は笑ってたほうがいいな。いあまぁこの子に限らず、子供は笑顔がいい。
ん?、誰だロリババアだとか思ったやつ。確かに80、いや+10年分らしいから90歳か、でも人間じゃないんだぜ?
ほら、よく犬や猫にさ、5倍したり7倍したりして、人間だったら70歳のお婆さんですよ、とか言うだろ?、正直あれってどうなんだ?、って思うわけよ。
そりゃな?、保険会社などがそういう換算をして、生命保険とか掛けたりするから必要なんだろうとは思うぜ?、でもな、だからって数倍の速さで生きてるわけじゃないんだし、換算するのってどうなんだよ、ってちょっと思うんだよな。
だってそれで言うならこの子は人間換算すれば9歳ぐらいってことになるんだぜ?、やけに物知りな9歳だけどさ、だったらBBAじゃねーじゃん?、10倍遅く生きているわけでもないしな。
だからそれはそれ、これはこれ、ってやつだよ。それぞれの尺度があるんだ、人間に換算なんてしなくていいよ。
相手を尊重する気持ちなんだよ、気持ち。年齢とかじゃねーのよ。
あ、俺いますごくイイこと言ったような気がする。考えただけだけど。
そういえば何だったかで読んだ本に、見かけの年齢に精神が左右される、ってな話があったっけな。
それで言うと、いくら何十年何百年生きていたとしても、見かけの体が10歳のままなら、そいつは10歳の精神のままになるってことだ。
そりゃそんだけ生きてりゃ知識や経験が積み重なるんだから、ただの10歳とは違うんだろうけどもさ、ほら、アイデンティティってのは見かけの影響も大きいって事なんだろう。
なんとなくだけど、分からなくはない話だとは思わないか?
ま、人それぞれ考え方や見解の相違みたいなのもあるだろうし、あくまでひとつの意見ってやつだ。あまり気にしても始まらない。可愛いは正義とか言うしな。
リンちゃん可愛いし。
ま、やることやっちまおう。
- じゃ、行こうか。
「はいっ!」
20180814:アイデンディティ⇒アイデンティティ 訂正しました。なぜこんなミスを……?