通学路は不思議なことがいっぱいです
聞いてくださいよ。これは本当のことです。
今朝はいつも通り、6時にアラームがなると、俺は布団から出た。
その後すぐに暖かい布団が恋しく感じ始めたが、学生である俺は学校に行く義務があるので、素早く着替えを済ませてから俺は朝飯も食わずに学校へ向かった。
ーー家の門を抜けるとそこは雪国ではなかった。
それでもこの季節になると東京の朝は寒い。まるで見えない何かが、全日本の高校生の通学を邪魔しているように思える。
それでも俺は学校へ行く。それが学生の本分であり、そして俺は学生だから。
しかし、俺は通学路の三つ目の信号機の前に、--中華まんがおいしいと評判の例の饅頭屋の前に立ち止まった。
決して朝飯を食べなかったから、どうせまだ時間があるだしちょっと食べてから学校へ行こう、とは思っていない。
ただそこに、あるおかしいことに気づいたので、俺はその店に入った。
店に入ると、暖房が効いてすごく気持ちいい。このまま30分ほど居座りたいとは思っていたが、俺はすぐに学校に行かなければならないのでその考えをやめた。
だから、俺がその饅頭屋に2時間も居座ったのは、決しておいしい中華まんを食べていたからではない。
そんなことより、いつもその店で「今日も遅刻ですか、大変やのう」と優しく声をかけてくれるおばあちゃんが、今日はどこにも見当たらないことが何よりも気になる。
代わりに、怪しげな中年男性が店にいるので、俺が彼に声をかけた。
「おばあちゃんは今日いないですか?」
男は俺の話に驚いたように見えた。
でも彼はすぐに店に客が入ったことに気づいたように、俺に訊いてきた。
「すみません、今は中華まんしか出来ていなくて」
「あ、はい。じゃあ中華まん一つください」
「120円です。ゆっくりしてください」
120円なのに結構なボリューム感。学校の後にここは常に列を並んでいるのも頷ける。
まあ、そんなことはどうでもいいと思うかもしれないけど、ここで皆さんもきっとある違和感を抱いたに違いない。
そう、俺の「おばあちゃんは今日いないですか」という質問に、男は答えなかった。
そして、熱々でおいしい中華まんで誤魔化そうとした。
これは何かのわけがあるに違いないと見た。
もうすぐで遅刻するというのに何やってんだと思うかもしれないが、俺はそこであることを考え始めた。
ーーそもそも、人はなぜ学校に行くのだろう。
何か学ぶために、学校に行くのではないか。
俺たちは実に多く、そして大事なことを、学校の先生たちから教えてもらった。その中には社会に出ても役に立たないものもあるけれど、役に立つものがあるはずだ。
そう、たとえば「旅は道連れ世は情け」。--いつも優しく挨拶をしてくるおばあちゃんに、こちらとしても何かをしてあげたいのだ。
成績のいい恩知らずを育つのは決して学校が望むことではない。俺は学校で学んだ助け合いの心掛けを、今こそ役に立たせようと決めた。
たとえ遅刻する羽目になっても、俺は目の前に危険に身を置かれた人を放ってはいけない!
突如姿を消したおばあちゃん、それに突如現れた怪しげな男。
俺はその真相を突き詰めて、おばあちゃんの安全を確認しなければならないと思った。
「あの……おばあちゃんは今日休みですか?」
「うん」
男はスマホから目を離さずにそう嘘をついた。
なぜ俺はそれが嘘だとすぐにわかるかというと、この店はおばあちゃんのものであると、誰もが知っているから。おばあちゃんが本当に休むなら、店そのものを一日閉めるにきまっている。
大きな店ではないが、学校の後は常に行列が並んでいる。それでも、おばあちゃんはいつもバイトも雇わずに一人で頑張ってきた。
それに、この男はさっきからずっとスマホの画面を見つめている。
「あの、もう一つください」
俺はもう一つ中華まんを買った。
--決してここに暖房が効いているからもうしばらく居座りたいのではない。
俺はその隙に、男の画面をちらっと覗き込んだ。
内容は見えなかったけど、誰かと連絡を取っていることはわかった。
熱々の中華まんを受け取って、120円を払う。
その後、俺の心にある恐ろしい考えが浮かんできた。
--もしかして、この男がおばあちゃんを拉致して、今はその身代金を強請っているのではないか!?
あり得る。十分にあり得るのだ。
店に客がいるのに自分のスマホばかり見つめている。バイトにしても酷すぎた。
それに怖そうな顔たち、いかにもテレビに出るような悪役。
そして、時々俺の目線に気づいたように、ちらっと俺のほうへ目を向いてくる。しかし何も言ってくれない。
何か後ろめたいことがある証だ。
これは警察に言ったほうがいいじゃないかと俺は思った。
そして俺が思ったその先に、男は急に、低くて冷たい声で俺にこう言った。
「そろそろ遅刻するじゃないか?」
「あ、はい。すみません……」
暖房の効いたこの店で、俺の背中がぞっとした寒さを感じた。
ーーーーー
「ちょっと、すみません……」
話の途中で、俺の喉が渇いたのでカバンから今朝買った水を出して一口飲んだ。
「貴様が遅刻した理由はそれか?」
遅刻した俺が教室につくと、先生は俺に遅刻の理由をクラス皆の前で説明しなさいと言ったので、俺はこうして今朝あった出来事を皆に述べた。
「で? その後は?」
「その後はこうしてすぐに学校に来ましたよ。先生」
先生は俺の答えに何か不満があるように、頭を手の搔き上げた。
「その男は? 警察に言ったの?」
クラスメイトの一人が手を上げて質問した。
「それがさあ、その男がおばあちゃんの息子だったよ。なんか宝くじで温泉旅行券を当たったみたいで、おばあちゃんとおじいさんが旅行に行ったから、息子さんが二日だけ店を任されたの。--ってか聞いて! その息子はこれまでずっと外国にいたらしいよ! 日本に帰ったのはつい最近らしい、スマホでおばあちゃんと連絡を取っていたのを俺に見せたけど、なんと英語で! 凄くない?」
えええ!? とクラスの皆が一斉にそう声を上げた。
「彼が俺のことをおばあちゃんに言ったら、遅刻しないように注意してあげなさいっておばあちゃんが返信してきたのよ。--本当、あのおばあちゃんはいい人よなっ!」
その瞬間、俺は隣から、先生の冷たい目線を感じた。
「一昨日はワンワンと鳴く猫、昨日は違う靴を履いている子供、今日は饅頭屋のおばあちゃん、か……」
「本当、この町は不思議なことが多くて困りましたね、あはは……」
よし、皆の反応から見れば今日は上手く行けそうだ。
「今日も面白かったね!」「え? 今日のは微妙じゃない?」「わたしは火曜日のやつが好きかも」「明日も楽しみだね」と、クラスの皆が俺の話について議論し始めた。
そして突如、あるクラスメイトが手を上げる。
「明日の話はもう考えたのか?」
「まあね、ーーでも今日は教えないよ」
「そうかそうか……」
暖房の効いたこの教室で、俺の背中がぞっとした寒さを感じた。
「貴様は明日も遅刻するつもりか……そうかそういうことか、貴様はそんな長い言い訳を考えるまで、私の授業を受けたくないというのか……」
「いや、違う、先生、その……これにはね、ちょっとしたわけが」
「いつもの席に戻りなさい」
それを聞いた俺は自分の席に戻ろうとした。
「ちょっと待て。--私は、いつもの席、と言ったはずだが? --貴様はいつもそこにいたのか?」
俺はいつも、ちょっとした事情があって、教室にある席には座れなかった。
「あの……今日は勘弁してくれませんか? 外寒いんで……」
「廊下に立ってなさい!」
ということで、俺は今日も廊下に立たされた。
最近寒くなってきたね。
皆さんもどうか遅刻しないように、頑張りましょう!