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側室への愛  作者: ヤブ
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放棄されし不要物

 刀を受け止めなければならない、と言っても、事が平穏に済めばそんなことをしなくてもよくなる。ただ、殿には勝幸がそうしなればならない理由がとんと検討つかないので、どういう言い訳――こう言えば聞こえは悪い――をすれば共に安全に帰ることができるのか、考えることができないのである。できることと言えば、何故友と対峙しなければならなくなったのか、それに尽きる。


 どんな理由であれ、最後まで話はするつもりではある。真剣に向き合うかは別の話であるが。

 どこか遠くから流れてきた春風が、二人の袖を揺らす。(さえぎ)る小さな木すらない門の外は、大勢で馬を走らせても邪魔されない。


「早速話してもらおうか。こちらとしては、怪我人が出ないことを祈りたいのだが」

「お前の返答による。典影(のりかげ)、お前に国の全てをその身に代えて守る度胸と力があるのか」

 久しく呼ばれていない名で呼ばれ、殿は一瞬反応が遅れたように見えた。殿を名で呼ぶのは、勝幸と正妻くらいである。次男を産むために実家に戻った正妻とは半年ほど会っていない。長男も母について言ったので、それだけの時間、家族とは会っていないことになる。


 ――妻子は、元気にしているだろうか。

 そう思ってから、それは今考えるべき事ではないと気付き、馬に跨がる勝幸を見つめ直す。

「さて、どうだろう。お主よりは持っておる自信がある」

「随分だ」

 冗談を吐けぬよう喉でも掻ききってやろう、という勝幸の言葉を笑って弾き返して言う。「冗談は、その頭だけにしてくれぬか」

 勝幸は今にも斬りかかってくるのではないか、という風に表情を歪ませる。柄を握る力が強くなり、皮と皮が擦れる音がした。


「では、勝幸の()が切れぬ前に、お主の話を聞こうかの」

 その言葉を合図に、勝幸が語り始める。


 それは、つい二日前の夜の話だそうだ。親戚が城に集まり、皆で飲み明かそうという勢いで(さかづき)を交わしていたときの事。その中に、一族の中でも一人異なる雰囲気を(かも)し出す、自称陰陽師と名乗る者がいた。名は(りょう)。皆の体に酒が回り、気分が良くなってきたところで、涼はこう言った。

「何処からか、外の空気が入ってきておる。不潔だ。早く閉めろ」


 初めは無視していたが、次第に「他所(よそ)の空気だ。臭い臭い」「酒の臭いじゃねぇぞ」「侵入者じゃ侵入者じゃ」と声を張るので、無視できなくなった。どうしたのか、と声をかけると、「いいから閉めろ」とこれまで以上に声を張って言った。

 換気のために一部の障子を開けていたが、仕方なく、閉めるために立ち上がる。誰もが、自分の足ですれば良いではないか、と思っているが、口に出さないところが、人間の心の闇を感じさせる。


 障子を閉めようとすると、自然と外に目がいく。ん? と障子を閉めるために立ち上がった女の声は、再び騒ぎ出した部屋に混ざり、誰かの耳に入ることはなかった――勝幸以外の。

「どうした」

「あそこをご覧下さい」

 勝幸は立ち上がり、女が指す方を見る。ちらほらと灯りが灯る城下町。石垣の上に立つ城を囲むようにして家が並び、そのほとんどの出入り口がこちらを向いている。場所によって、日の当たり方が異なるため、程よい光が当たるところほど景気が良く、お天道様の加護を受けていると言われる。

 そんな城下町より奥に、――炎が、浮いていたのである。ぽつり、ぽつりと、それは固まってそこで何かをしている。辺りがあまりにも暗いため、松明を持っている人の顔が照らされない。その為、炎が浮いているように見えるのだ。


 すぐに、侵入者かと疑った。だが、すぐに晴れた。

 侵入者にしては、不用心すぎる。こうも大きな火を掲げていると、すぐに何者かと誰かが目を光らせる。月が雲に隠れた時を狙ったとしても、それでは意味がない。

 侵入者でないとすれば、あれは一体誰なのか。

(きよ)、誰だと思う?」

 女――清は答える。「(たみ)ではないでしょうか」

「ならば、こんな時間にあそこで何をしているのだ」


 ふと、勝幸は涼の言葉を思い出す。

 ――他所の空気、侵入者。

 とある考えが浮かんだが、すぐに振り払った。涼は自称陰陽師、これまで言ったことで当たったものなど、それを数えた方が楽なほど少ない。だが、涼が言わなければ、あれに気付くことはできなかった。

 勝幸は兵を呼び、すぐ炎の元に向かうよう指示した。もちろん、勝幸も向かう。勝幸がわざわざ足を運ぶ必要はない、と言う者もいたが、

「放ってはおけない」

と言って、兵のあとを追って出ていった。


 城を出て、先に出ていった兵が持つ松明の火を追って駆ける。勝幸の脳内には、常に、侵入者が刀や弓を持っていたときの避けから攻撃に入るまでの一連の動作が流れている。だが、勝幸は戦えるような武器を持ってくるのを忘れてしまった。そうなった時は、兵の刀を奪えば良い。

 もし、兵が怪我でもすれば、どうすれば良いのだろう。先に行かせたのは勝幸だが、本人は自分が前に出たくて仕方がない。


 炎が大きくなるのが見えてもうそろそろかと思ったが、それは兵が持つ松明の炎であった。ここから先は、松明の火を消して進むため、遅れて来る姿が見えた勝幸を待っていたと言う。

 全員がいることを確認し、足音を立てぬよう忍び寄る。

 炎は、もう近くである。

 何人いるか分からない相手。それに加え、敵かどうかも判断できない。


 近づくに連れて、それは複数人であると理解できた。微かに声を放ち、だがそれは口元に手を当てられ、出さぬようにしているようであった。そしてそれは、女の声に聞こえる。

 目を凝らして見る。そして、驚くべき事に気付く。体格の良い者――おそらく男が三人と、そのうちの一人に押し倒されるように人が一人、そこにいることが確認できた。先ほど聞こえた女の声が聞き間違いでなければ、押し倒されているのは女だ。


 勝幸は兵の腰に付いている刀を鞘から抜き、押し倒している男の首裏に刃を付けた。

「何をしている」

 慌てて、兵は勝幸に続いて刀を抜き、残り二人の男に刃先を向けた。男らは動く暇さえ与えられず、そのままの状態で顔だけをこちらに向けている。


 三人の男の顔をみて、勝幸は驚く。それらが、見覚えのある顔ばかりだったからである。

「お前ら……お師さんとこの三人兄弟ではないか」

 時々、刀の腕試しに手を合わせてくれるお師さん――結丸(ゆいまる)の息子として名を馳せている彼らは、悪党を追い払う探題(たんだい)よりも腕の良い警備隊である。何度も探題から誘われているが引き受けない、三人で一人の三探題として、名を知らないものはいないほどである。

 そんな、国の平穏を守る彼らが、何故――。


「夜遅くまで仕事とはご苦労だ、……と、言いたいところだが、その女が何者なのか、説明してもらおうか」

 すると男らは慌てて立ち上がり、「侵入者である」と堂々と言って見せた。

「助けを求める声が聞こえたので、三人で外に出ると、この女がおりました。腰に武器を下げていたため、慌てて取り押さえました」

 そうか、と頷いた後、では、と言って勝幸は一人の男の下半身を指した。「随分と活発であるお主の息子と、家で眠る一人息子、どちらを斬ろうか」

 勝幸は男らが女を襲っていたと疑い、罰を与えることを躊躇(ためら)わない。


 すると男らは頬をひきつらせ、一目散に逃げていった。三人いた兵の内、二人が逃げた男らを追ってゆき、その後ろ姿を軽く見てから、勝幸は未だ起き上がらない女に目を向け、腰を下ろした。何度か揺らした後、小さな呻き声と共にうっすらと瞼が上がった。

「怪我はないか」

 目が合った途端、女は血相を変えた。そして、悲鳴をあげて一目散に立ち去ろうとした。だが、女の足は覚束(おぼつか)ず、足を捻らせて転んでしまった。それでも女は悲鳴をあげたままだ。まるで、これまで一度も見たことの無い禍々(まがまが)しい悪魔でも見てしまったかのようだった。


 再び駆け寄ろうとすると、手を振ってこちらに来るなと、奇声を上げながら大きく動いた。腰が抜けたのか、何度も立ち上がろうとするが力なく崩れる。


 この時から勝幸は、見覚えのある顔だ、と感じていた。

 そして、確信したのは、女の言葉。

「おとのさまぁ……棄てないで……」

 おとのさま。

 その媚を売るような言い方を聞くのは、あの場所――典影の城以外ではない。

 つまり、この女は典影が治める国からやって来、側室の一人である。

「お前、典影の側室だろう。何故こんなところにいる。棄てられたとは、どういう意味か」


 女はゆっくりながら、身に起こったことを話してくれた。典影に棄てられたこと、壁の外に追い出され、中に戻ろうにも関銭(せきせん)を払う金もなく戻れないこと、そして、先ほどの三人の男に襲われていたこと――。


「門を通らねば、俺の国に入ることなどできない。それなのに、何故お前の側室がいたというのか。目を離した隙に、などという安っぽい言い訳では引き下がらないぞ」

 話し終えた勝幸が、声を張り上げて言う。もしかすると、風を越えて民に聞こえているかもしれない。変な噂が立たなければよいが。

「わしが何をどうしようと、お主には関係無かろう」

 殿は吐き捨て、呆れるように言う。

「じゃが」くっと片頬を上げ、目を細めて言う。「あまりにも役立たずが多くて、どれのことを言っているのかわしにはさっぱり分からぬ」

 すると勝幸は、明らかに感情が高ぶらせ、腕の血管を浮かび上がらせた。だが、それでもまだ斬ろうとはしない。心を落ち着かせようと、またより声を張る。

「お前に複数の女がいることを否定するわけではない。だが、最後まで面倒が見られないのなら、これ以上側室をとることを中止せよ」

 勝幸は右手を上げて、刃先をこちらに向ける。「無理だと言うのならば、俺はお前を殺さねばならぬ。それで、これ以上被害を受ける者がいなくなるのならばな」

「お主に、わしを殺す度胸があるのならば、の話であろう」

「無駄口を叩けぬようにしてやろうか」

 殿は微笑む。お主の考えなど、わしに読めぬわけがなかろう。そう、口に出さずに伝えている。


 言っていれば良い――呟くように言うと、馬に(むち)を――打とうとしたとき、

「お待ち下さい!」

と、門の方から声が聞こえた。声の高い、殿が先ほどまで聞いていた声だ。


 勝幸は動きを止めた顔を上げ、殿は振り返る。

 そこに立っていたのは、(やぐら)で別れた、小娘だった。門兵を圧しきり、止められながらも割り込んでくる、小娘。

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