友の刃
他国との交流のために設置されている壁の門は、殺風景である。帝王は門すら付けない、と言っていたが、それでは、その時他国にいる国民たちが戻ってこられなくなる、貿易のために、門は必要である、と家臣らが帝王に告げたため、渋々付けられた。その時、帝王は妻を亡くし、情緒が乱れていた。その為か、『門を通るときに税金を取る』という法律を出したのだ。それが、国民の表情を曇らせたことはいうまでもない。
門へ向かう道中、殿はいつもと違う視線を感じた。尊敬で見られている、というよりは、不安だから殿に問いたい、というようなものだった。何が、と言われれば、羽柴のことだと即答できる。
「お殿様、少しよろしいですか?」
一人の老婆が、おそるおそる声を掛けてきた。曲がった腰が倒れないよう杖で支え、低い位置にある頭には萎びた毛が生えている。
殿は頷く。「申してみよ」
「私の息子が門兵として働いています故、このような話を聞いたのですが。普段はお殿様と親しむために参られる羽柴様が、今兵を連れてやって来た、と。私らはそれを聞き、不安で一杯でございます。どうか、出迎えられる前に状況を話していただけないでしょうか」
老婆の申し出を、予想していなかった訳ではない。民がそれを聞いているかと考えていたことは、無駄ではなかったようだ。
殿は間を開けずに答える。
「心配するな。勝幸は戦の帰りにここに寄っているだけだ。兵を連れているのは、そのせいだ。すぐに帰ると言うのだから、今回はわしが出迎える方が良いかと思うてな」
すると老婆は胸に手を置き、ほっと息を吐いた。「それが聞けて良かったです。また戦争になろうものなら、私は、自害した方が楽でございますから」
もう少し殿が若ければ、老婆の気持ちが心を劈く事は無かっただろう。自らも辛かった分、老婆のことを止めたくてもその方が楽なことには間違いなかったので、素直に頷けない。
戦は人を殺す。誰もが分かっていることなのに、何故そんなことをしようと思うのか。
早く顔を見せなければ、勝幸が怒るかもしれない。もし戦争にもなれば、きっと国は滅んでしまうだろ、そんなことを考えながら、足を早める。
勝幸と一対一で剣を交えた時、一体どちらが最後まで立っていられるのか、想像することはできない。幼いときに木刀で戦った時は、余裕で殿が勝利した。やはり、その時から腕が細かった。弓の腕は親典――前国王――に教わった甲斐もあり、十二歳とは思えぬ、と言われたほど良い。そんな、共に成長してきた勝幸が怒りで殿の元にやって来たのは初めてだ。以前、父の幸博と喧嘩をして飛び出してきた、といったことがあったが、その怒りは殿ではなく幸博に向けられているので、今回とは少し違う。今回は、確実に殿に対して怒りを抱いている。兵を連れている以上、そのことを頭から離すわけにはいかない。
門に着くと、門兵が挨拶をして頭を下げたので、殿も軽く頭を下げた。
「勝幸はどうだ」
門兵は隙間窓を指し、覗いてみるよう促す。窓を塞がれている板を横に移動させ、横に長い長方形の穴から向こうを覗く。
「ご覧の通り、殿をお待ちです」
勝幸は馬に跨がり、左手には鞘に納まっている刀を握っている。こちらに向かって矢を飛ばすことも無かったようで、羽柴の持つ怒りが勘違いでないことを確認してからしか攻撃をしないのでは、と門兵は推測していた。どのようなことに怒っているのであれ、それが嘘であった場合、羽柴は勘違いで攻撃をしたことになり、こちらからすれば、とばっちりである。羽柴の勘違いに巻き込まれたのだから。だから、羽柴が殿を待つのは、良案であると、共に言える。
「門を開けよ」
一息ついてから、門兵に告げた。
「装備は如何されますか」
「いらぬ」
そう言うと、門兵は明らかに表情を歪ませ、目を見開いた。
「敵は武器を所持しています。短刀だけでも持って行かれるべきです」
「いらぬと言ったらいらぬ。友人に会うのに、武装して来る奴が何処におるか」
強く言った後、「心配するな。勝幸は感情に溺れて友人を殺す奴ではない。それは、わしが一番分かっている」と、門兵の肩を叩いた。門兵の表情が晴れることはなかったが、頷くことしかできない彼はゆっくりと顎を引いた。
掛け声と共に門が押し開けられる。いつもは片側しか開けない扉も、今回はまるで殿が勝幸に会うことを祝っているように両側を開けた。
踏み出すと、芽を出したばかりの花が視界に入った。とても、友人の最悪な再会を盛り上げているとは思えない。
「待たせてすまぬな、勝幸」
「何をして来るかと思ったが、片手に武器さえ持っていないとは。油断は己を殺す。忘れるな」
「誰が殺すか」
「愚問だな。さっさと話を終えよう。場合によっては、誰かが命を落とす」
左手を目の前に持ってくると、右手で柄を持ち、ゆっくりと引き抜いた。研ぎ澄まされた刃は光を反射し、殺気に溢れている。
刀を仕舞え、そう殿が言ったが、勝幸は微動だにしない。どうやら、勝幸の怒りを何倍にもする刀を、身を挺して受け止めなければならないようだ、と殿は思い、そして、微笑んだ。