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側室への愛  作者: ヤブ
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日が沈む時

 その日は小娘と一夜を共にはせず、別の側室の相手をした。


 四年前に来た十六歳の女で、体質なのかここへ来てから一度も妊娠していない。来たときは十二歳の小娘で、彼女は貧困な家族に少しでも裕福な暮らしをさせるため、父親に言われてやって来た。彼女もそれならと承諾し意を決してここへ来たが、一度も妊娠できず、城の中では「役立たず」の烙印(らくいん)()されている。

 妊娠のために何度も行為を続けるも、妊娠の兆しは無い。医者に見てもらっても、首を横に振るばかり。


 子どもができないのなら、さっさと捨てるべきなのは分かっている。役立たずの為に裕福な暮らしを与えても、利点がないから。それでも、殿は捨てるにまで至ることができないままでいるのだ。家族のために出てきたのに、子どもができないからという理由で捨てられると考えると、心が痛む。別に愛があるわけではない。自分には体験できない境遇に心を痛め、「置いてやろう」という決断に至れないのが、何とも悔しい。


「お殿様、どうかなさいました?」

 女が覗き込むようにして言う。この四年で、女は見間違えるほど綺麗になった。特に化粧はしていないのに、白玉のようにつるりとしている。髪は長く誰もが羨むほど潤っている。


「……お主は、四年前よりも綺麗になった。見違えるぞ」

 頬に触れようと手を伸ばした。だが、乾燥し角張っている指先で触れて良いのか躊躇(ためら)い、頬近くで動きを止める。すると、女自らその手を握った。そして、白い頬と細い指で挟んだ。(てのひら)からも甲からも温もりがじわじわと伝わってくる。

「触って良いのですよ」

 そう言って微笑み、ゆっくりと目を閉じた。まるで、殿を(いや)すための魔法を使っているようだ。殿にはそれくらい、女が特別に見えた。


 視線を下ろすと、彼女の最大の武器であろう、豊かな二つの山が見えた。何度も触れてきたそれに、殿はもう一度優しく触れる。すると女は声を漏らし、きゅっと縮こまった。殿に触れる手に力がこもる。


「お主の家族はどうしている」

「家族は……お陰さまで、元気です」

 息を荒らげながらも返答する。刺激する度に小さく跳ね上がった。

「そうか。お主はどうだ。ここでの暮らしは、離れ難いものか」

「ええ、それはもう……。お殿様には、感謝してもしきれぬ程の気持ちで一杯でございます……」


 女は、既に溺れている。今夜二度目の行為を所望と見てとれる。だが、殿はそれが苦手だった。一晩に何度アイしても、きっと大きさは変わらないだろうから。あの女とは二回目を行うことが度々ある。どうやら彼女は誘うのが上手いようだ。


 だがこの女は、その才能を持っていない。


 殿はそれから手を離し、彼女の手に自らの手を重ねた。

「――――――」

 殿が言葉を放つと同時に、障子が勢いよく開いた。月光を背負い姿を現したのは、軽めに装備した黒ずくめの男たち。


 女は驚き、慌てて布団で体を隠した。殿はというと、隠すものが無く無防備だ。すると、一枚の長い羽織が肩に掛けられた。執権の晴尚(はるひさ)だ。

 黒ずくめの男は武器を構えて女を囲む。晴尚は殿の手を取り、廊下に出るよう言う。


 女は、この状況を全く理解することができていない。

「お殿様……。これは、一体……」

 女の瞳に、殿は思わず視線を逸らした。これは、殿にはどうすることもできないことなのだ。この件に関しては、大人しく座っている他無い。


 これでは殿としての面目が立たないと感じ、殿は再び女を見る。

「お主はこれから、ここを出ていってもらう。役立たずに同情するほど、わしも暇ではないのだ」

 殿は隣に立つ晴尚に目で合図する。晴尚は頷き、黒ずくめの男たちに向かって、「連れていけ」と言う。すると、三人の男が武器を仲間に渡し、女を軽々と抱き上げた。一人は担ぎ、一人は口に布を巻き、一人は手足を縛る。女は抗い、その間、殿に訴え続ける。


「お殿様、どういうことですか……! 何故、今になって……。嫌です、私は、ずっとお殿様の側にいたいのです。……愛してくれなくても構いません、どうか、どうか……!」


 訴えは無情に、闇に沈み消えてゆく。身動きのとれなくなった女は、卯なり声をあげ涙を溜めて連れていかれる。女は最後まで、殿を見つめていた。


「夜遅くに、何か騒ぎですか」


 罪悪感と安堵に包まれたのも束の間、背後からの声に殿と晴尚は驚く。晴尚は腰につけた刀の柄に手を添えて振り返る。殿はそれに遅れをとらぬよう振り返る。するとそこに立っていたのは、今日偽寵の詔を交わした小娘だった。少し濡れた髪の毛を見るに、湯浴みを終えたばかりなのだろう。


「お主が気にすることではない。睡眠の(さまた)げになったのなら謝ろう」

「いいえ。ただ、お殿様は相手が側室となれば相手の意思を尊重せず無理矢理子供を作らせるようなお方なのかと、少々不安になっただけでございます」


 殿と晴尚は、絶句した。小娘はそんな様子を見て取らず、お休みなさいませ、と頭を下げると来た廊下を歩いていった。

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