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側室への愛  作者: ヤブ
13/19

集会

「なるほど。わっちに部屋に来いと誘っておきながらお雪の元へ行き、一晩月を眺めて過ごしたということか」


 腕を組んで殿の話を聞いていたくノ一は楽しそうに笑いながら頷く。口元を覆う布のせいで笑っているのを直で見ることはできないが、目が細くなっている。

 門の外で、殿はくノ一に「お主は今夜、わしの部屋に来い」と誘った。そう言ったことを忘れてしまってた殿はその日の夜、小娘の元へ向かったのだ。


 結局くノ一はその日、殿の部屋で待つも一向に戻ってこず、捜したところ、小娘と一緒にいる彼を発見した。

 くノ一が言いたいのは、わっちとの約束を忘れて側室おんなの元へ行くなんて、と言うことではない。


「――それは、どこのヘタレの話なのじゃ?」

 殿は渋い顔をして、くノ一のいる方向と逆に顔を向けている。

 側室とは何のためにいるのか、子孫を残すためである。多くの子孫を残し、その中から次の殿に相応しい人物を見つけるためである。一度やまいが流行れば、幼い子供は簡単に命を落としてしまう。それにより血を途絶えさせないために、わざわざ側室が子を産むのだ。

 側室は子を産むためにいるのだ。殿の心を安心させるためにいるわけではない。心を癒したいのなら、正妻だけで十分だ。


 大体、夜にわざわざ出向いておいて、手を出さない殿――いや、男がいるだろうか。自分から誘っておいて手を出さないなんて、小娘の方もその言葉の意味を分かっているはずだ。抱こうと思えば、いつでも抱けた。


「わっちの知っている殿は、どんな女でも簡単に抱いておったと思うが」

「人聞きの悪いことを言うな。この国のあるじとして仕事をしているだけだ」

「なら、何故お雪を抱かんかった? それも、殿の仕事じゃろう?」

 なまめかしく姿態を動かしながら覗き込んでくるくノ一の、切れ長な目を見つめる。口に出さずとも意思疎通ができるわけではないが、何となく何かを感じ取ってくれるだろうと思いながら瞳を覗く。しばし見つめあう二人はさながら恋仲のように見えないこともないが、城の者がその様子を見たところで、「何か気に食わないことがあったのだろうか」と思って終わるだけだ。昔から二人を知っているものなら尚更だ。


「お殿様」殿を呼ぶ声がした。「言い合いならお部屋でなさってください。いくら慣れものとはいえ、目の前でされると迷惑です」

「ハルは素直じゃのお」

「遠慮していては何も伝わらないでしょう」

 くノ一は久しぶりだと言いながらハル――晴尚はるひさの頭を撫でる。

「もうすぐ集会が始まります」晴尚は特に嫌がる様子を見せないまま、言葉を続ける。「先日貴女が仰った島門しまど王国がの国を統治したこと、そしてこれからの進軍予想について話し合います。どうか欠席なさらないように」

「分かっておる。今回は、頭が痛くなりそうな話だ」

「殿らしい仕事じゃないか」

 茶化すくノ一を軽く睨むが、彼女は楽しそうに笑っている。どこにも面白いことはないというのに、何を笑っているのだ。少々機嫌を害された殿は、もうすぐ始まるという集会が行われる部屋へと向かうことにする。


「殿や、結局、何を伝えるために昨晩は呼んだんじゃ?」

 去ろうとした殿にくノ一が問う。殿が足を止めると、後ろを歩いていた晴尚もそれにならった。

「……晩酌ばんしゃくに付き合ってもらおうと思っただけだ。積もる話でもしようと思ってな」

 前を向いたまま答えると、そそくさと歩き出した。

 ここに戻ってきたのも殿に会ったのも久しぶりだが、殿はきっとそれをするために呼んだのではない、とくノ一はすぐに気付いた。勘は鈍っていない。勝幸かつゆきのこと、そして京極きょうごく竹四郎たけしろうについて詳しく話したかったのだろう。しばらく国を出ていたくノ一から国外の状況を聞き出し、そこから対策を考えようとしていたのだ。

 だがそれは、殿の欲によって消え去ってしまった。

 殿は、国の一大事よりも、己の欲を優先してしまった。

 それがたみに知られれば、どうなることやら。

(またこちらから誘うかの)

 殿の後姿を見ながらくノ一は微笑み、ため息をついた。




 殿が部屋に入ると、既に多くの者が集まっていた。

 殿が座る場所は一段高くなっており、そこから二列が向かう合うような形で並んでいる。男だけではないというのがここの特徴で、女武士として名を馳せている虎美とらよしも男の中に混じっている。

 むせ返るような汗の臭いに殿は思わず顔をしかめるが、誰もその表情に疑念を抱かない。緩んだ気持ちで集会に参加することを無くすために意識を強めたのだと考えているのだ。それに倣ってか、各々の表情も強張る。


 いつもの位置に腰かけ、晴尚が持ってきてくれた肘掛に体重をかける。すると一気に視線が殿に集まり、掛け声もなしに全員で一礼をする。何度もしてきたそれはもうほとんど癖のようなものだが、集会を始めるにあたって、上下関係を気にせず自分の意見を言わせてもらう、という意味の礼は欠かせない。


「では開始させていただきます」

 進行役である晴尚が言う。

「今回の議題は、先日動きを見せた島門王国についてです。前々から動きを見せていたようですが、忍からの報告が遅れたことにより、統治したという情報のみが突然入ってくるということになってしまいました。その件に関しては、くノ一からも謝りが入っています。極力外界と遮断しているこの状況と忍の減少、それが、今回の報告が遅れた原因と考えられます。これらのことに踏まえ、島門王国のこれからの進軍予想についても意見を出していただきたく思っています。意見のある方、挙手でお願いします」


 真っ先に手を挙げたのは、綸太郎りんたろうだった。まだ刀を持ったばかりの新米だが、幼いころから頭の切れるものとして、殿でも小耳に挟んだことがある。

「島門王国の進軍については、言うまでもないでしょう。悧の国と我が国は密かに貿易を行い、物資の交換を行っていました。統治された悧の国と我々が貿易をしたがらないことは向こうにも分かっているでしょう。貿易のことを記録した書物を見れば、我々が何を持っていて何を持っていないのかはすぐに分かります。つまり、弱点を突かれるわけです。弱点を知っているにもかかわらず攻撃してこない馬鹿はいないでしょう。島門王国が次に狙うのは我々です。それまでにこちらも、力を集めておくべきです」

「待て」言葉を挟んだのは宗織むねおりだ。「悧の国から一番近いのは百合浜ゆりはまだ。小さな場所だし、海にも接している。行動範囲を広げるという意味では、そちらの方が先に攻撃されるのではないだろうか」

「百合浜のような不気味な場所を貴方は欲しいですか。ただでさえ人口が減少しているそこへわざわざ兵を向かわせるとは思えません。それに、船なら島門王国からも出せます。百合浜に船なんて置いておけば、目を引くでしょう。悪目立ちをします」

 宗織は腕を組んでなるほど、と頷いた。


 一年中そこらに百合は咲いていると言われる百合浜に好んで近づくのは、その意味を知らない子供か死を望むあわれな人間くらいだ。百合は縁起が悪いから、その地に足を踏み入れた者には死が訪れると言われる。

 とても国とは言えないほど小さな領土しか持っていないそれを、これまで我が物にしようと思う国はなかった。確かに海に面しているため、船を出すにはちょうど良い。だが、既に船を持っている国は海に面しているし、内陸の国は内陸の国で、別の方法で他国と関係を結んでいる。この国のように忍を用いていることも珍しくない。


「もし百合浜を狙ってきたとしても、統治することは簡単でしょう。すぐにこちらに矛が向きます。早めの対策が必要であることには変わりありません」

「悧の国の西にある油雨国ゆうこくはどうだろうか。そこでは油が取れる実がたくさん育っているし、搾取する方法も知っている。正直に言えば、この国にそのようなものはない。あるとしても山から鉱石が出てくるが、それも最近はあまりない。油雨国を狙うことはないのか?」

「島門王国と油雨国は貿易を行っています。統治せずとも、お金さえあれば手に入れることは可能です」


「島門王国がどの国と貿易を行っているか、知っている者はおるか」

 殿が問うと、部屋には沈黙が下りる。だが、手を挙げるものはいない。殿は晴尚に、くノ一を呼んでくるよう耳打ちをした。部屋を出る晴尚を見送ると、再び沈黙が広がる。

「綸太郎、わしはお主の考えを推そう。いずれ奴等がここを狙うことは分かりきっていることだ。いつ来ても可笑しくない。今から準備をしておくことは、国の守るために必要なことだ」

「はっ、有り難き幸せ」

 そう言って頭を下げる。

「だが、悧の国を我が物にした竹四郎は、多くの兵を持っておる元々強い国だ、更に兵が増えるとなると、その威力は計り知れん。そんな国に対して、我が国がどうすれば勝利を勝ち取れるか、お主には何か案があるのか?」


 それほど大きくないこの国は、土地の広さ相応の人口しかいない。その中でも兵として戦える男は半分しかいない。それだけでは、圧力で負けてしまう。

「はっ。ここは羽柴(はしば)幸博ゆきひろ殿の手を借りるべきだと」

 そう答えると、部屋内にざわめきが起こる。


 ここにいる全員が知っているはずだ。先日あった、殿と勝幸の争いを。勝幸が国王の息子だと言っても、その事は国王も知っているだろう。昔から親交のある国であれ、少し争っている相手に簡単に手を貸すほど、単純ではない。

「綸太郎、お主も知っているだろう、先日のことを」

「もちろん承知です。しかし、国の存亡を考えると、正直、殿と勝幸かつゆき殿の喧嘩はほんの些細なことです。国民がそれを知れば、喧嘩なぞしていないで島門王国に立ち向かえと言うことでしょう。それに、先日の件は殿と勝幸殿の話であり、幸博殿ではありません。国を動かす権限を持つのは幸博殿です。承諾して頂ける可能性はあります」

 眉間に寄せていたしわを緩め、殿は目を逸らす。

 確かにその通りではある。殿と勝幸は幼いころから次期国王と見られ、そのせいか顔を合わせることが多く、友人のように仲良くなったのだ。殿の父が早死にした今、先に国を統治するようなったのは殿だ。だからと言って、次期王の勝幸までは王になることはない。仲が良いのは――今はそうとは言えないが――殿と勝幸、だが国として互いに権限を持っているのは殿と幸博だ。

(島門王国の刃はいずれどちらにもかかる。そうなる前に手を組み、力を弱めた方が共に得である。ただ、力を持つ島門王国に立ち向かう意志があるかどうか……)


 考えていると、戸が開けられた。現れたのは、先ほど出て行った晴尚と、呼ばれてきたくノ一だった。

「お殿様、あねさんを連れて参りました」

「ご苦労。――あねさ、入って腰かけよ」

 指示すると、くノ一は一礼をしてから部屋に入り、すっと腰を下ろす。

「島門王国が貿易を行っている国を述べよ」

「油雨国、竹土ちくど神威かむいの三国じゃ。だが、神威とはほぼ絶縁状態にあると聞いた。触れてはならない、神聖な道具に触れてしまったことで、彼らの機嫌を損ねたようじゃ。なあ? 鬼助きすけ

 くノ一は首をかしげ、真上を見る。すると返事をするように、とんとんと屋根を叩く音がした。その音がした辺りに、とても目に入りにくい大きさの穴が開いている。

 察知した殿はため息をつく。

「あねさ、集会を覗く行為を止めぬか」

「覗いておるのはわっちではない、弟子だ。わっちに言われてものぉ」

「もしもの時、諜報員に気付けない。止めさせろ」

 彼女は楽しそうに微笑みながら、「鬼助や、下がれ」と言った。


「殿。神威にもこの話を持ちかけてはみませんか。何か力を貸してくれるかもしれません、神と交信することができる、彼らなら」

 殿は顎に手を当てて考える。

 正直、神威は戦いには向いていない。神からのお告げを聞き、奇襲を予測して、それを避けているのだ。そうして、何度も生き延びてきた。何度も移動を繰り返しており、特定の土地に住処を持たない。得るものがなくなったと思えば彼らは移動する。数年前に突然その地に現れたのが神威だ。

 彼らが本当に神と交信できるのか、そこがまず怪しい。我が国で占いは存在するが、神と交信するようなものはない。信用しがたいゆえ、綸太郎の考えに簡単にうなずくことはできない。


「あねさ。お主には神威への潜入を命じる。神威の情報が少ない今、警戒して行っても危険だ。内情を伝えよ」

 くノ一は微笑んだ後頭を下げて、「かしこまりました、殿」と、語尾に心臓を指す記号が付きそうな声色で返事をした。

「帰ってきたところ、悪いな」

「良い、気にするでない。殿に使えるのが、わっちらの役目。使わなければ損じゃろう」

 そう言い捨て、くノ一は部屋を出る。障子越しに見えるくノ一の影が見えなくなったのを確認してから、殿は兵に結論を告げる。

「神威の件は後回しだ。あねさが帰ってきた後、集会を開こう。他の問題についても、今は考えない。だが、自分の意見は言えるように考えておいてほしい。羽柴殿には後日わしから話をする。次の集会まで、とにかく皆は待機だ。その間に攻めてきた時のために、――綸太郎、配列や攻撃計画を明日までに立ててくれ。今回の参謀はお主だ」

 殿の言葉で、部屋にどよめきが生まれる。いつもは晴尚がしている役を、新米の綸太郎にさせると言っているのだから仕方がないだろう。

「……私、ですか」

「お主じゃ。期待している」

 どよめきが大きくなる中、殿は立ち上がり、「では、解散してくれ」と告げて、部屋を出て行った。

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