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ある日

エピローグ






世界が旋回して、目が回った。

高度はまだ高い。雲ははるか下に見えてる。スロットル・アップ。速度が上がって、背中が座席に押し付けられる。

もうすぐ敵が照準におさまる。もう少し、あと少し。

きた。

僕はトリガを引く。

命中。

敵が残骸になってバラバラと落ちる。

白いキャンパスに赤い絵の具を垂らしたみたい。

尾を引いて煙が垂れた。

落ちる機体のキャノピィが一瞬裏返って、その向こう。

パイロットの姿がはっきりと見えた。

こっちを見ていた。

僕も見ていた。

目が、

合う。

少しだけ笑っていた。

僕も笑っていた。

そのうち、燃料に引火して。

まるで花火みたいに。




目が覚めた。

いつもの天井だった。枕元には全面モニタ型の携帯電話と、飲みかけのビールの瓶が表情もなくあった。

カーテンを開ける。太陽が眩しい。世界がどこまでも伸びて、街は今日も快晴だった。

散乱したシャツにスカートを手に取って、僕は肩にかける。そのままコーヒーメーカにタブレットを入れて、コーヒーが出てくるまでの間にそれらを着た。

コーヒーメーカは相変わらずやかましい。コーヒーだって相変わらず間の抜けた味だ。気の抜けたビールの方がまだやる気があるような。

テレビをつける。平和な世界のニュースなんてたかが知れてて、今日だってどこかの動物園の動物の話だ。昨日はパンダ。今日は象で、明日はライオンらしい。

パンをトースタに入れる。古めかしいタイマがじりじりとなって、そのうちにパンが焼きあがった。頬張る。そういえばマーガリンを塗り忘れていた。冷蔵庫からマーガリンを出して塗った。塗り終わる。もうすぐ最後の一口を食べ終わるというところで、寝室に置きっぱなしにしていた携帯電話が鳴った。

「ああもしもし?私だけど」

「おはようございます。なんですか」

「非常呼集よ。有事の。今すぐ来て」

「了解」

電話を切る。フライトジャケットを羽織って、鞄をもって飛び出した。鍵をかける。そういえば、最後の一口を食べ損ねたな。電話の相手には後で文句を言ってやろう。





加速度に体が追いつけなくて、座席に押し付けられた。

首を振る。太陽が眩しい。

敵は?

見つけた。七時の方向。上から覆い被さる気だ。

スロットルを思いっきり引いて、フラップを下げた。

エア・ブレーキが上がる。

機体が急減速する。スティックを引いて、機首を上げた。

真上を向いたあたりでフラップを戻す。加速する。機首を水平に戻した。

敵が真ん前にくる。もう少し、あと少し。

今。

敵機のキャノピィが紅く染まった。エンジンから火が出て、ブロペラが離散した。

段々と高度が下がる。僕は機体を半ロールして、そのまま落ちていく敵を見ていた。

段々と吸い込まれていく。そのうち黒い点になって、もうなにも見えなかった。



職場はひどく混乱していて、僕は手近な椅子に腰を下ろした。

もうすぐ上司が状況を説明してくれる手筈になっていたけど、どうにも簡単に説明できるような状況には見えない。時間がかかりそうだ、僕は立ち上がって、自動販売機で温かい缶入りのコーヒーを買った。

砂糖とミルクで、どうにもはっきりしない味が舌に乗って、喉を鈍足な旅客機みたいに駆ける。遠いな、と思った。なにが遠いんだろう。味?現実感かもしれない。朝のんだコーヒーも現実感がなかったけど、これに比べたら幾分もましだ。

内線が繋がる音がして、僕の名前が呼ばれた。女の声だ。いつも僕に電話をかけてくる声に似ていた。もしかしたら同じ声かもしれない。

ドアを何回かノックしたら中から声がした。僕は扉をあける。スーツに身を包んだ女が、部屋の真ん中のソファに腰掛けていた。座れ、と促され、僕もソファに腰掛ける。正対して、僕は彼女の目を見た。向こうも僕の目を見ていた。吸い込まれそうだな、なんて思った。



「上だ!」

誰かが言った。

誰だかはわからないけど、多分一緒に飛んでいた誰かだ。

上を見る。遥かに高いところを悠々と爆撃機が飛んでいた。あいつだ。あれが僕らの目標機。

機首を上げた。スロットル・ハイ。高度は上がる、まだまだ上がる。

そのうち、プロペラが風を切る音が段々と聞こえなくなってきた。限界高度だ。失速、ジュラルミンが鉛にでもなったんじゃないかってくらい重かった。エンジンを下に落ちていく。僕はトリガを引いた。射程外だから、どう頑張っても当たらないのに。

曳光弾が尾を引いて、藍色の空に吸い込まれた。どこまでも伸びて、飛行機雲みたいだなって思った。

爆撃機はまだ飛び続けている。そのうちにウェポン・ベイが開いた気がして、その中に収まってるものが、はっきりと見えた。



屋上に出た。空は相変わらず晴れていて、少し離れたところで煙草をふかしている男以外は、誰もいなかった。

僕はベンチに腰を下ろす。飲みかけだった缶コーヒーはもうとっくに冷えきっていた。冷たさの分、少しはリアルに近づいたような気がした。

僕は男を見た。そんなに気になったわけじゃないけど、僕にはぼんやりと人を眺める癖があるみたいだ。煙草はもうフィルタなんじゃないかってくらい短かった。前髪を上げていた。多分ワックスかなにかで固めたんだろう。髭はなかった。背丈は、少なくとも僕より十は高い。

遠くを見つめる目つきだった。忘れ物を探してるみたいに空を見たまま動かない。もしかしたら本当に忘れ物を探しているのかもしれない。空に忘れられるものなんて、地上の重みくらいだ。もしかしたら彼もパイロットなのかもしれないな、なんて思った。

彼は煙草を灰皿に押し付けた。振り向いて、入口に向かって歩き出す。途中のベンチに座っていた僕と目が合った。訝しげな顔を浮かべる。フライトジャケットを着た女がそんなに珍しいのか、男のパイロットが多いのは確かだけど、どこの基地にも大体一人くらいは女のパイロットがいるはずだ。

「明日の朝の出撃は、お前か?」

男が口を開いた。質問の意図がよくわからなかったけど、僕は首を縦に振る。

「俺の機になにが積んであるのか、お前は知ってるか?」

「知らない」

「知りたいか?」

「そんなに」

男はまだ僕の目を見ていた。さっきの目とはどこか違う目だ。濁って、底が見えない。

「核だ」

男は言った。そんなにって言ったのに。

「それを落とすのが俺の任務。俺を落とすのがお前の任務だ」

僕は意図して瞬きした。どうにも興味が無いから、早く終わらないかなって意味だ。多分、彼は気づいてない。

彼は息を吸い込んで、吐いた。歩き出す。僕の意図が伝わったみたいで、扉がしまったのを確認して笑った。

「ははっ」

乾いた笑いだった。あんなにどうでもいいこと、久しぶりだ。



見たことない爆弾だった。爆弾にしては安定翼がとっても大きくて、末尾にはエンジンらしいものが見えた。プロペラがないから、多分爆撃機と同じ新型のエンジンなんだろう。

そのうちその爆弾が爆撃機から切り落とされて、自由落下に入った。翼が太陽に反射して眩しい。エンジンに火がともった。キィ、と甲高い音を立てて、空を滑り始める。とんでもない早さだ。目で追うのがやっと。十秒と経たずに見えなくなった。多分目標は、首都。

爆撃機はウェポン・ベイを閉じて高度をあげていた。目視で三万くらい。あれを落とされたら、僕らの任務は失敗だったのに。仕方ない。僕らも帰るとしよう。増槽はさっきの戦闘で捨てたから、機体の燃料だけじゃちょっと不安だった。

後ろで、まるで太陽でも降ってきたんじゃないかってくらい眩しい光が生まれた。一瞬目が見えなくなって、次に見えた時には衝撃で吹き飛ばされていた。

僕はスティックをなんとか制御する。ラダーを踏ん張って、水平に、水平に。

破片が横をかすめて、僕は後ろを振り向いた。無理をしたから尾翼が吹き飛んでいた。僚機はもう見えない。もしかしたら落ちたのかもしれない。

衝撃が収まる。僕は振り返って、衝撃がきた方向を見た。

おっきなキノコ雲が浮いて、僕が飛んでいる高度なんかより全然高いところまで伸びていた。



コクピットに収まって、僕は機体を滑走路に運んだ。後ろを僚機が追従して、そのさらに後ろを新型の爆撃機が並んだ。あれを落とすのが僕らの任務で、そいつが同じ滑走路から飛び立つのは、なんだかちょっと愉快だった。

爆撃機はプロペラを持っていなかった。なんでも、新しく開発されたエンジンらしい。圧縮した空気と、爆発させたエネルギィを合わせて空気を押すらしい。僕にはよくわからなかったし、プロペラがないなんておもちゃみたいだなって思った。

滑走路の端まできたとき、離陸の許可が降りた。嫌にすんなりしていた。普段ならもっともったいぶってるのに。

僕を先頭にして、三機が飛び立つ。爆撃機はぐんぐん高度をあげて、速度も僕らの機より早かった。

そのうち別の基地から別の航空隊が上がって、僕らは彼らと戦う手はずになっていた。昨日までは仲間だったのに、今日になったら敵だなんて、いくらなんでも急すぎるな。でももしかしたら、元々敵同士だったのかもしれない。統一戦争の前は、国対国で殺しあってたらしいし、ない話じゃない。

高度が一万を超えた。吸気の比率を変えたから、このくらいの高度からが一番調子がいいはずだ。事実、エンジンはすごい楽しそうに回っていた。

遠くに黒点が見えたから、僕は僚機にシグナルを送った。無線はもう使えない。向こうから返信があった。向こうでも見えたらしい。数は三。こっちの方が機数では不利だけど、機数の多さは絶対的な戦力差じゃない。こういうダンスの時は特にそうだ。僕はベルトを締め直した。ゴーグルも付け直す。ヘッドホンは外してもいいだろう。エンジンと機体が風を切る音が一層強くなった。いい調子。これなら最高の踊りが踊れそうだ。

スティックを倒して、下に降りた。真上を敵が通り過ぎる。トラクタ・タイプの古い飛行機だった。僕らがゼロと呼んでるやつ。装甲が貧弱で、何発か当てればすぐに火を噴く。高度を戻した。縦に大きくロールして、プロペラのトルクに従って背面にうつる。


プロローグ


世界が旋回して、目が回った。

高度はまだ高い。雲ははるか下に見えてる。スロットル・アップ。速度が上がって、背中が座席に押し付けられる。

もうすぐ敵が照準におさまる。もう少し、あと少し。

きた。

僕はトリガを引く。

命中。

敵が残骸になってバラバラと落ちる。

白いキャンパスに赤い絵の具を垂らしたみたい。

尾を引いて煙が垂れた。

落ちる機体のキャノピィが一瞬裏返って、その向こう。

パイロットの姿がはっきりと見えた。

こっちを見ていた。

僕も見ていた。

目が、

合う。

少しだけ笑っていた。

僕も笑っていた。

そのうち、燃料に引火して。

まるで花火みたいに。

ばあんって、溶けた。

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