■0日目 12月25日■ <4>
■0日目 12月25日■
<4>
シンイチは寝付けずにいた。
シオリの事が頭から離れずパソコンのフォルダに保存してあったシオリとの思い出の写真をボーっと見ていた。
まだデジカメしかなかった小学校時代のシオリとの初詣の写真は、画素数が低く画像は荒かったが、それでもシオリの可愛さは十分に伝わるものだった。
中学の時にシオリの家族と一緒に行った沖縄。まだあどけなさが残るシオリが、ピンクのビキニを着てシンイチとショーゴと写っている。シンイチはシオリと二人で写りたかったが、その気持ちを見透かしたかの様にショーゴがニヤケながら間に割って入って来たのを覚えている。
ショーゴは物静かで一見怖かったが、シンイチにも優しかったので嫌いではなかった。
高校時代のシオリは美しさに一段と磨きがかかっていた。擦れることもなく、明るく思いやりもあったのですぐに学校のアイドルになっていた。
周りの男子生徒の中にはファンクラブを作るものもいたが、シンイチはそんな状況を快く思っていなかった。
この頃から蹊成大学に入るまでの間、シンイチはシオリとそれほど交流はなかった。それは、シンイチがシオリを明確に意識し始め、避けたからであったが、シオリはお構いなしにシンイチを見つけては声をかけてきた。
高校時代の数少ないシオリの写真を眺めていると、パソコンにメールが届いたことを知らせるアラートが鳴った。
ミキが卒業式の時に撮ったシンイチとシオリの写真の上を邪魔するアラートを、どうせただの迷惑メールだろうと確認もせずに×ボタンをクリックして表示を消した。
すると、間髪を入れずにまたアラートが鳴った。消したはずのアラートがまた出てきた。シンイチは感傷的になっている気持ちを打ち消し、現実に引き戻されるアラートを不快に思い、また消した。
ところが、何度消してもアラートは出てくる。
シンイチは状況が飲み込めず、何かウィルスに感染したのではないかと不安になりメーラーを開いた。
そこには大量のメールが届いていた。そしてそれは進行形でどんどん増えていくのだった。
奇妙なことに、それら全ては“人の心を知りたくないですか?”という同じタイトルのものであった。
シオリの考えている事がわかればどんなに良いだろうと思っていたシンイチは、この不思議な偶然に何か運命的なものを感じた。救いを求める気持ちに近いものであったかも知れなかった。
シンイチは何か見えない力によって引っ張られる様な感覚で、大量に届いたメールの一つを開いていた。開いた瞬間、それまでダムの放水の様に大量に流れてきたメールは、ピタリと止まった。
止まった事に安心を覚え、開いたメールに注目すると、そこには何かのURLアドレスが表示されていた。ウイルスにかかると嫌だなと思いはしたが、シンイチはすでに好奇心の方が優っていた。見ないという選択肢はすでにシンイチにはなかった。恐る恐アドレスをクリックすると、パソコンはウェブブラウザを忠実に立ち上げた。
そこには真っ黒い画面の中央に大きく明朝体で“人の心を知りたくないですか?”と一行に渡ってあり、二行目には“はい/いいえ”とどちらかを選択できる様になっているシンプルなものであった。
シンプルではあったものの、薄気味悪い印象を持たせるものだった。
シンイチはマウスに右手を置き、ゆっくりと“はい”にカーソルを合わせた。そして目を閉じて願いをこめた後、目をゆっくり開いてクリックした。
−−その瞬間だった。
バシャッという音ともに画面が大きく一瞬フラッシュした。シンイチは不意をつかれ眩しさのあまり、「うわっ」と叫んでしまった。
視界が真っ白の状態から徐々に回復し、色を取り戻し始めるのに長い時間がかかった様に思えた。
それほどまでにその閃光は眩しかった。
シンイチは部屋を見渡し視力が回復した事を本棚にある著書のタイトルを読む事により確認すると、再びパソコンに目を向けた。
すると先ほどまでのサイトの画面ではなく、桜の木の下で満面な笑顔のシオリと、その横で引きつった様なぎこちない表情で並んで立っているシンイチの卒業式の日の写真が、何事もなかったように映し出されていた。
−—時計は深夜二時を指していた。