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■0日目 12月25日■<1>

■0日目 12月25日■


 <1>

 

 渋谷には数多くの恋人たちが体を寄せ合い、寒さに対抗していた。その表情は皆笑顔で高揚していた。恋人たちにとって、この特別な日を共に過ごせる喜びを噛み締めているのだろう。

 シンイチもその光景を見ながら、同じく幸福に満たされていた。三百六十五日の内、他の日と変わらず平等にやってくる一日でしかないはずなのに、シオリと過ごせるだけでこんなにも幸せな特別な日に変わるものなのか、とシンイチは気づいた。

 いや、正確には予想はしていた。シオリは二十年も前から一緒に過ごしてきた幼馴染ではあったが、約束を交わし、二人だけで会った記憶のないシンイチにとって、クリスマスにデートに誘うのは、全身の力を全て失うほどの緊張だったからだ。

 以前、何かのテレビ番組で、昔は相手の自宅に電話してデートに誘うしか手段がなく、意を決して電話をしたのにも関わらず、父親に電話口に出られてしまうと、恐怖のあまりそのまま無言で切ってしまうものだった、と母親が好きな俳優が語っていた。  

 この時代に生まれて本当に良かった。勇気を出して誘った自分が誇らしい気分だった。

「何、ニヤニヤしているの?」

 前から覗き込むようにシオリが聞いてきた。その長い黒髪はマフラーに包まれていて整った顔立ちと、清楚な服装とよく似合っていた。

「別になんでもないよ!」

 不意を突かれ、考えていたことを見透かされないように取り繕ったシンイチは、語気が強くなってしまった。

「それよりさ、これからどうしよっか?」

 昨日、何度も今日のデートプランを反芻したシンイチは、次の予定は決めてあったが、最初から全て予定していたことを悟られたくなかったのでわざと何も考えていないかの様に聞いた。

 映画、ボウリング、ディナーとこれまでの予定は全て順調に終えていた。

「じゃあさ、久しぶりにあの公園に少しいかない?」

 シオリの提案にシンイチは大きな奇跡を感じた。というのも、シンイチはデートの最後は二人の思い出がたくさん詰まった、丘の上の“あの公園”で告白しようと決めていた。

 これは運命が背中を押してくれているに違いない。絶対成功するに決まっている、と思わせるには十分だった。

「うん。いいよ。そうしようか」

 シンイチはこの奇跡の喜びを悟られない様になるべく平然と答えた。

 渋谷から私鉄を乗り継ぎ、二人の最寄りの郊外の駅に向かうことにした。シンイチは最寄り駅に近づくに連れ、胸の鼓動が高鳴って行くのと同時に、シオリを電話でデートに誘った時の全身の力が抜けて行くあの緊張感も高まった。がそれに反比例する様に、あれほどあった自信だけは吸い取られていった。

 四十分ほどかけて、生まれ育った馴染みの古臭い駅に着くと、二人は自宅とは反対方向にある丘の上の公園に向かって歩いた。

「そういえばさ、シンイチと二人でお出かけするのって初めてじゃない? いつもどちらかの親がいたもんね」

 デートと言わずに“お出かけ”とシオリが表現したことに、シンイチはさらに自信を吸い取られた。

 都心より寒くなった郊外の気温が、心に刺さる。

「そう言われるとそうかもね。俺ら小さい頃は親だったり、今ではコウジだったり絶対三人以上で過ごしているかもな」

 急な坂道が続く。薄暗い街に街灯がポツポツと点在し、最低限の役割を果たしていた。

「この坂も昔は初詣の時にシンイチや、親たちと毎年の様に登っていたよね。夜中に出かけるのが特別だったからワクワクしていたのを覚えてるなぁ」

 立派な大仏像のある寺は、公園の中のさらに急な階段を登った先にある。大仏様がこの街を綺麗に見渡せる様にと建立された、由緒あるお寺だと聞いたことがあった。

 シンイチはこの後の一大イベントに全てを奪われ、シオリの話すことが聞こえなくなっていた。シオリも、そんなシンイチに合わせて自然と口数が少なくなっていった。

 公園に着くと、古びたベンチに並んで腰掛けた。一面に見下ろす夜景は、季節を間違えた蛍が無数に飛び交うかの如く綺麗だった。

 あの家庭の灯り一つ一つは“愛の告白”が成就した結果があるのだと、シンイチは自らを暗示にかけて鼓舞した。

「今日は誘ってくれてありがとね。すごく楽しかったよ。」

 芯まで冷えた身体で肩を竦ませているシオリを見て、シンイチは愛おしく感じた。

「ううん。こっちこそありがとな。俺こそすごく楽しかった。ボウリングは負けてしまったのが悔しいけど、イタリアンも美味しかったし。あんな形のパスタ初めてだったよ」

 最高潮に達した緊張をほぐそうと、シンイチは明るく答えた。シオリは今日の“お出かけ”を思い出して微笑んでいた。

「ねえシンイチ覚えてる? 昔、この公園の上で私を助けてくれたこと……」

 丘の上の公園は三つの大きなフロアに分かれている。シンイチたちがいる一番低い段は景色が見下ろせる様にベンチが等間隔に配置され、芝生が広い範囲に渡っており、サッカーを始めとする球技が快適に遊べるエリアだ。

 一番上にはシンイチが初詣に訪れる寺で、真ん中の二段目は子供達が遊べる遊具の他に、ぐるりと半周する様に奥まっており、そこからは街の裏側の景色を見ることが出来たが、その突き当たりのエリアは十四年前にシオリが崖から転落しかかってからバリケードで封鎖され、今は立ち入ることが出来なくなっている。

「うん。あの時は焦ったのを覚えてる。シオリが普段とは違う景色に興奮していてさ、柵から身を乗り出していたと思ったらそのまま崖の下に転落しそうになってたんだもん」

「あの時、一生懸命助けてくれてありがとうね。助けてくれなかったら、今頃私はいなかったかもしれないから。」

 シオリはベンチから立ち上がり、ゆっくりと歩き始めて感謝を述べた。シンイチはシオリの背中を追いかける様に立ち上がると、雪が舞い始めた。一粒、二粒と舞い始めたかと思うと、瞬く間に優しく静かなそれでいて大きな雪の結晶があたり一面に降り注いた。

 シンイチはゆっくりと歩くシオリと、降り注ぐ雪が作り出したロマンティックな構図が美しい絵画の様に思えた。

「あ、あのさっ……話があるんだ」

 白いボンボンのついた手袋の上に積もる雪の結晶を眺めていたシオリの背中にシンイチは言った。

 神秘的な美しい光景が、シンイチに覚悟を与えた様だった。

「なーに?」

 シオリはくるりとターンして笑顔で返事した。

 シンイチはその愛くるしい姿にごくりと唾を飲んだ。この先の人生もシオリのこの笑顔と一緒に過ごしたい。ずっと一緒に歩んで行きたい、と心の底から湧き出る感情を抑えることができなかった。

 そんな感情に押され、シンイチは真剣な眼差しでシオリを真正面から見つめて言った。


「……シオリがずっと好きだったんだ! 付き合ってほしい」


 シオリは驚き一瞬固まったかと思うと、はにかんで頰を赤らめた。が、すぐに悲しげでもあり、悩む様な複雑な表情に変わった。

 シンイチにとっては永遠とも思える数秒だった。

 嫌な予感が頭をよぎる。

シオリの複雑な表情が、次第に何か意思を伝えようとする表情に変わっていく。シンイチはそれをじっと立って見守っていた。

「シンイチ、ありがとう。シンイチの事は好きだよ……」

「でも……」

 嫌な予感が膨らむ。


「……今は付き合う事はできない」


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