3章 小さな物に救われる
今回の章よりダウドの一人称が俺からおれに変更になります。(いきなりですが)
諸事情で執筆遅くなりました。
王宮の中では人々が慌ただしく足を動かし行き来を繰り返していた。
突然に王様の口から『臨時にて直ちに罪人の死刑を執行致す事とする』と発せられたことが、伝令係の兵士から城内に居た一部上級士官等に伝えられた為である。
その中には、慌ただしく動きまわる兵士を捕まえ事情を聞いたアイリの姿もあった。
「私は極刑など反対だと申しましたのにっ!」
周りには聞こえない程の小声で自身の肉親へ悪態をつきながら、執行されると言う牢がある塔へと急ぎ足で向かう。
塔に到着したアイリは出入り口を封鎖している2人の衛兵へと近づくと、2人は少し驚いた雰囲気の妙な顔を見せたが直ぐに持っている槍を交差させ来る者を通さない意思表示をみせる。
「ひ、姫様!どうしてこの様な所へ!?」
「答える必要はありません、それよりもここを通しなさい!」
「な、なりません!我々が姫様をこのような場所にお連れしたのかと、お咎めを受けます!」
「そうです!決められた士官のみをお通しする様にとのお達しです!」
「お父様には私から申します、早く通しなさい!」
「い、いけません!」
彼女は考える。
お父様でしたら、兵士達にこれ程まで頑なに通すなと仰る事はない気がしますけど…。
そしてその考えから、兵士達に私を通すなと言いつけた人間が一人思い浮かぶ。
「ハイル宰相…」
「っ!?」
小さく口にした途端に目の前の兵士が明らかな同様の反応を見せる。
「…そう、そうですか」
アイリはわざと一度言葉を切ると。
「私とハイル宰相の言葉を比べになると仰るのですね? 護衛兵のお二人は」
「……い、いえ」
「……そんな、お、恐れ多い事は…」
「出来るのでしょう?現に姫である私と一幹部であるハイル宰相を比べているのではないですか?」
「…………」
「…………」
気まずい雰囲気で顔を突きあわせる兵士達であったが、しばらくすると互いに小さく頷き合いアイリの方へと顔を戻し、片方の兵士は入り口である石戸を開ける。
「姫様、中へご案内致します」
「ありがとうございます。」
それから――と塔へと入る際にアイリは2人の兵士へと付け加える。
「あなた達を処罰なさらぬよう、お父様とハイルには私から伝えておきます」
「は、…は!」
「…はは!」
その言葉に衛兵の2人は礼をして答え、同時に安心する。
「では、お父様の所へ案内よろしくお願いね」
「こちらでございます!」
衛兵の1人に地下へと案内されながらアイリは考える。
お父様…、どうして極刑など残酷な事をなさるのでしょうか…。
元々こういった極刑を好まないのは父と娘で似ていただけにアイリは衝撃だった、その為に普段踏み入れる事のない牢屋まで足を向けているのである。
「とにかく、お父様とハイルを止めませんと…っ!」
兵士に案内され、丸階段を降りながらそう思うアイリだった。
地下の牢では、俺と一緒に刑を行う事になったダウドが2人して並び、足と片手を拘束され膝立ちでいた。
前と後ろには首を刎ねる為の物か、斧と槍を混ぜた様な大きな武器を持って静かに兵士が2人立っている。
「あれ、なんて武器?」
「ありゃ鉾槍だぁ」
小声で聞くとダウドも小声で短く答える。
「おれ達の首ぃ落とす為のもんだなぁ」
「あれ、首は刎ねないって、言ってた気がするんだけど…」
「気ぃでも変わったんじゃねぇか?」
「あらら…残念だね」
そんな会話を小声で続けていると、ハイルと呼ばれていた宰相が俺達に向かって声を上げる。
「お前達、陛下に見届けて頂けるというのに、ベラベラと喋るんじゃない!」
会話は丸聞こえだったようだ。
「ハイルよ、よい。これから死ぬというのだ、仲間と会話くらいさせてやってよかろう」
「し、しかし陛下っ」
「我が許す。お主の望みを聞いたのだ、我の望みも聞くのが当然だろう」
「……は」
ハイル宰相はそれ以上何も言えなくなったのか、口を閉じ静かに罪人2人の死を見届ける為に一歩下がり王様の少し後ろに控える。
王様は牢屋の中に急遽用意された簡易型のイスに腰を下ろし、少し視線の下にある俺達の様子を見逃すまいとしっかりと見ている。
「タイミングはお前達に任せよう、では始めよ!」
「は!」
「はは!」
王様の開始の合図が下されると、後ろに控えていた2人の兵士がケータとダウドの2人に手のひらに封の閉じたアメ玉を渡す。
その際に耳元で兵士達にささやかれる。
「自分の作った毒物で死ぬなんて哀れだな、この暗殺者めっ!」
「虐殺の末が毒殺とはな、狼如きが調子に乗るからこうなる!」
そうして兵士達は俺達に物を渡すと、さっさと牢の外へと下がり、集められたごく少数の兵士士官達と同様に見下し俺達を見る。
「何か囁かれてなかった?」
人一人開けて横にいるダウドへと声をかけると、ダウドはさも気にしていないかのように手の平の物を見ながら。
「あぁ、馬鹿の戯れ言ぉをちょっとなぁ」
ダウドの好奇心は渡されたアメ玉へと注がれている。
「これぇ、大丈夫なのかぁ?」
「大丈夫大丈夫、俺、さんざん食べてたし」
「本当だろうなぁ」
「ホントホント」
軽く答えながら俺は見慣れた手のひらの物を軽く転がす様に弄びながら、思わず笑みがこぼれてしまう。
「(こっちの固いパンも嫌いじゃ無かったけど、飴玉に比べたら全然違うもんなぁ〜)」
牢に集まった兵士士官達は思わず困惑した顔を浮かべて前にいる罪人を見てしまう。
その罪人の1人は、今から自ら持ち込んだ毒で死ぬであろうと言うのに笑っているのだから。
「(なんなのだ、此奴はっ……!?)」
ハイル宰相もその目前の罪人へと恐怖に似た視線を向けてしまう。
これでも少なからず極刑の現場に立ち会ってきた宰相だが、今目の前にいる男の様に楽しそうに笑っている者など見た事な無いのである。
気が狂い首を刎ねられる間際に意味不明な事を叫びつつ笑い声を上げる罪人はいたが、それとは明らかに違う笑み。
周囲の士官達も信じられない光景とばかりに、少し騒がしくなる。
ダウドも俺の笑みに少し驚いたのか横にいる俺に目をやっていたが。
「お前ぇ、おおもんになるかもな」
それでも気が楽になったのか、ダウドの顔にも少し笑顔がこぼれる。
「まぁ、落ちる事はないと思うけど、ダウドと一緒に天国もいいかなって」
俺は笑みを浮かべダウドに目をやり、そう口にする。
「2週間しか喋ってねぇ相手と死ねるのかぁお前は」
ダウドも牢屋にぶち込まれてできた数週間の友に言葉を返す。
「おれぁ、ケータお前信じるぜ。この玉っころが毒じゃねぇってな」
「うん、絶対美味しいから、俺が保証する」
そう言って一足先にと封を開けて、オレンジ色に妖しく輝く丸いアメ玉を口に躊躇無く放り込む。
入れた瞬間それは甘酸っぱい柑橘の味を口いっぱいに広げる。
「(オレンジ味だ)」
俺は出迎えた少し懐かしい味を目一杯に堪能する。
「お、おいぃ、先に食うなよぉ!」
遅れたダウドは見よう見まねで玉を覆っている封を剥がすと、封の中から出来てきた妖しい赤い色の玉に一瞬口に入れるのを躊躇うが、一度呼吸をすると勢いよくそれを口に放り込んだ。
「……っう!?」
入れた瞬間ダウドは思わず口を押さえる。
「(終わったな…)」
ハイル宰相は口を押さえたダウドを見るとやはり毒であったかと確信する。
そんな彼以外の王様を含めた皆が、前の罪人に注目をした時だった。
「―――は始めよ!」
「は!」
「はは!」
丸階段を降りるアイリの耳に聞こえてきた自身の肉親であろう声。
「(お父様!待って!)」
声が聞こえたアイリは、前を案内する衛兵を押しのけて走り出し、地下にある牢屋へと駆け足で向かう。
体感であろう長い長い階段が終わり、その先にある光が漏れる石戸を勢いよく開いた。
「………あ………」
牢屋へと駆け込んだアイリが見たのは、自信の胸を弄った人間が口に何かを放り込まれそれを咀嚼しているのか口で転がし、横の仲間であろう魔族の者は同じく何かを口に放り込まれたのか口を片手で押さえ、地面に向かって呻き声を上げている現場だった。
「お、お父様!?」
アイリははやる足で肉親の元へと行くと。
「お父様!何て事をなさるの!?」
少し泣きそうな、けれども怒気を含ませた声で父親の胸を叩く。
「ア、アイリ。どうしてこの様な場所へ」
「お父様が急遽死刑をおやりになると申すからです!」
なおも胸を叩く手を止めずに、どうして自分の言い分を聞き入れてくれなかったのだと想いをこめる。
「アイリ様がご乱心のようだ、衛兵、衛兵!」
「姫様をお外へお連れするんだ!」
一瞬驚いた顔を見せたハイル宰相だったが、直ぐに近くの衛兵を呼び出すとアイリを外へと連れて行こうとする。
そんなハイル宰相へと、キツく視線を向けたアイリは彼を問い詰める。
「ハイルあなたね!お父様にこのような非道な行いをさせるのは!」
「違いますな、この様な刑の執行を選ばれたのは陛下です」
「嘘つき!そうするなるように仕向けたのはあなたのくせに!」
アイリは叩いていた父の胸に顔を埋めて、引きはがそうとする衛兵に抵抗する。
「やめよ!ハイルよ、お主でも我が娘へと手を上げることは赦さんぞ」
ハイルの言葉を待たず王様は続ける。
「それにの、アイリよ、あの者達をよく見てみよ」
王様は牢の中、罪人達へと指と視線を向けて見てみるようにアイリへと促す。
「で、でも…」
人の死んでいく様なんて見ていたくない。
と、思い見ることを躊躇った時だった。
「う、う、う、」
「うっめぇえええええええ!!!」
牢屋中に響いたのではないかという程の声が牢からこだまする。
そんな声に皆々が驚き、これから毒による死が待ち受けているであろう罪人達へと視線が注がれる。
「やっぱり飴って美味しいなぁ、オレンジ味ってのもナイスチョイス兵士さん」
「ケータ、これぇうめぇな!こんなうめえぇ物なんで今まで隠してたぁ!」
「いやぁ、俺自身も気づいてなかったんだって、でも美味しいでしょ?これ」
「あぁ、こりゃぁ甘くうめぇな、もっとほしいくれぇだ」
「………………」
「………………」
「………………」
周囲が沈黙で支配される。
ケータとダウド以外が声も出せずに見守る中、二人してその美味しさに歓喜し喜び合った。
ホントに美味しい。
首を刎ねられる事も兵士達に嬲り殺される事も、当然毒を飲んで死ぬなんて事も無く、それは数週間ぶりに口にした懐かしい味であるオレンジ味の酸味と心地良い思わず笑顔になる甘さが、俺達に行われた死刑の内容になるのだった。
次回はようやくの冒険回を予定しています。