その8 王子様は37才のオッサンです。
久しぶりにキレちまったよ。
おれは怒って金の入った鞄を抱え、一人で国会を飛び出した。
国会と言う最も信用の高い場所で、前首相と言う最も信頼できる人の口から、一億円と言うお金と共に語られた話を疑う気持ちはもう無かった。
非常識な話だったが、まずは一旦受け入れよう。
だから俺は焦った。
アレがヤバイモノだってことは理解してしまったから。
そんなヤバイ話に友美はだまし討ちみたいな真似で俺を巻き込んできた。
俺の意見など無視して強引にだ。
信用できん。
イケメンスイッチ、あれはヤバイ。
とにかく約束どおり国会議事堂までは連れて来たんだ。
もう、あんな信用できない小娘とは関りたくない。もう知らん。
怒りながら、俺は歩いた。
電車はまだ全線止っていたので、とにかく歩いた。
ふと、電気屋の前を通ると、渋谷で大規模な爆弾テロが行われたと報道されている。
真実はイケメンスイッチのせいだとは、さすがに報道できないのか・・・当たり前か。
俺だって麻草議員から語られなければ信じはしなかったろう。
そういえば今日は全然食事をしていないのだが、全然腹が減らない。
あの渋谷の血みどろの光景を思い出すと、いまさらながら吐きそうになる。
胸焼けもする。
しばらくは食事も出来そうにないな。
しばらく歩くと、ポケットに入っていた携帯電話がブルブルいいだした。
誰から電話だろうと画面を見ると、着信者の名前は「天道友美」。
うき!あの娘・・・いつのまに。
そうか、タクシーの中で一瞬俺が寝た隙にやったな。
友美、恐ろしい子!
イラっとしたが、最後にもう一言文句を言うのもありかと思った。
いや俺は大人だ、文句も言うが抱きついてくれたこととお金をくれたことには礼を言おう。
一呼吸して電話に出る。
すると俺の予想とは大きくかけ離れた、ただならぬ緊張した友美の声が俺の耳に届く。
緊張した声は小声で話す特有のかすれた声だった。
「ヴ、Vさん!助けてください。国会議事堂を出た直後にイケメン爆滅団に拉致られてしまいました。イケメンスイッチを守りに来てください。イケメンマスターとs・・」
ブチ
それだけ言うと、友美の電話を切れてしまった。
切羽詰った状況で電話をかけてきて、やばくなって急いで切ったという感じだった。
急に血の気が引いてきた。
俺はここに来て、やっと自分が馬鹿なことをしたと気づいた。
友美の持つイケメンスイチは、世界を巻き込む殺戮兵器だ。
しまった・・・、俺は自分の事ばかり考えて、とんでもない失敗をしたのかもしれない。
なんで俺はあんな利己的になっていたんだ。
血に染まった渋谷の景色が俺の理性まで麻痺させていたのか。
普通に考えたら、自分の事より美少女の方が重要だろ!
くそ!
いまさら冷静に戻っても遅いんだよ、俺。
そういえば時々でてくるイケメン爆滅団って名称はなんだ?
なんかいかにもイケメンスイッチを悪用しそうな団体名だ。
くそ、くそ、くそ、
俺は考えた挙句、先ほど麻草議員から名刺をもらっていた事を思い出す。
そうだ、困ったときは相談しよう。
俺は、慌てて名刺の携帯番号に電話して、友美からの連絡の事を伝えた。
すると麻草議員は、俺を責めることなく一旦電話を切る。
数分向こうから電話がかかってきた。
この短い時間で後手早く指示をしてくれたらしく、国会前の防犯カメラから、友美を拉致した車のナンバーを割り出し、さらにその番号から道路に設置したカメラで、車の行き先を追うように指示してくれたらしい。。
時間にして10分もしなかったとおもう。さすがである。
時間が惜しかったので、タクシーで、友美を拉致した車が向った方向へ向う。
俺が最初に連絡して30分位したころだろうか。
麻草議員が友美の連れ込まれた場所を特定してくれた。
教えてくれた居場所は、池袋の風俗ビル。
すげえぜ麻草議員。恐ろしく有能だと思う。
さすが大政党でトップに立ったことが有る人は一味違うね。
そして麻草議員は最後に
「イケメンスイッチに関しては警察は動かせない。
本当に申し訳ないが君に頼るしかありません。
明日には秘密教団『ペルシアの華』の部隊を送れるでしょうが、それでは遅いかもしれない。
日本の未来を頼みます。
それと・・・・私は天道さんのあんな子供らしい顔をはじめて見ましたよ。
荒川さんに心を開いているのかもしれない。助けてあげてくれ。
頼みましたよ、イケメンマスターV。」
そう伝えてきた。
まったく、麻草議員まで俺をイケメンマスターとか呼ばないで欲しいよ。
だが熱くなってきたぜ。
「うおおお、誰がイケメンマスターじゃい!変な名前と責任を押し付けるなあ!」
絶叫しながら俺は、池袋に着いたタクシーから飛び出した。
待ってろよ美少女。
37才の王子様で申し訳ないが、すぐに駆けつけてあげるからな!