その1 血まみれの渋谷
俺が恵比寿で電車を降りたら、駅の上から見える街が真っ赤だった。
怒号や悲鳴が聞こえる中、むせ返るような血の匂いが鼻を襲う。
駅の放送でパニック気味の女性の声が、点検の為電車はしばらく動かないというアナウンスを繰り返し流している。
ちなみに俺は荒川武威。37歳のオッサンだ。
時々不細工というあだ名がつく程度に顔が悪いが、体はスポーツ選手並だと自負している。
普通に会社に勤めている一般市民なのに、このような非常事態に直面するとは・・・。
しかし驚いた。
電車に乗っていたら、急に前の車両が爆発したのだから。
運転手は無事だったようで、どうにか恵比寿まで電車が着いたが、そこでダイヤは止ってしまったようだ。
テロかもしれないということで、駅から出ないようにというアナウンスが流れているが、俺は駅から飛び出した。
渋谷で友人と待ち合わせをしたいたのだ。もしもテロに巻き込まれていたら大変だ、急いで確認しないといけない。
携帯電話で連絡を取ろうとしたが、街全体がパニックのためか電波がつながらなく困ってしまったので、直に向うことにしたのだ。
恵比寿から渋谷駅までは山の手線で一駅の距離だから普通に歩いて行ける。
駅から飛び出して一瞬足がすくんだ。
駅の上から赤い街を見たときとは、比べ物にならない凄惨さだったからだ。
飛び散った人の破片や臓物が、絨毯のように道に敷き詰められている。
それを泣きながら集める女性や、爆発で腕が吹き飛んで、応急手当を受ける女性、駅の壁に背をつけて丸まって泣いている女性などが目に入る・・・
なんか、血まみれの女性ばっかり目に付くが、今は気にしている余裕はない。
俺は、血の水溜りの中をバチャバチャ走って渋谷に向かった。
自分が意外に冷静なことには驚いている。
これだけの異常事態のなかを走っているのだから。
しかし、異常事態だからこそ、何か突き上げるような気持ちがあった。
友人を探すという小さなことなのに、なにか重大な使命感のようなものに突き動かされている感じだ。
これは脳が異常事態に麻痺しているのかもしれない。でも異常事態だからこそ何かをしないといけないという衝動的行動なんだと思う。
走っていると、道はどこまでも真っ赤だった。
この街には人が沢山居て、沢山の人が爆発したといことなのだろう。
10分ほど走ると、待ち合わせ場所のハチ公前に着いた。
意外と近い距離だった。
ここは今までの比では無いくらい、人の臓物がまき散らかされている。
見える光景は記憶の中の渋谷ではない。
渋谷のような形をした地獄だ。
警察が怒号を上げて周りに生きている人の確認をしている。
よくみると、道の端に丸いものが沢山ある。
ショックすぎて動くことを放棄した生きている人間だ。
血を浴びたが生き残った人たちが、道の端っこに体育座りをしていた。
この、真っ赤にペイントされた人たちから友人を探すのは難しそうだ。
少し途方にくれる俺。
すると、目の前で外人風の男が、血の色をした地面に落ちている財布を拾いながら歩いているのが見えた。
この状況で・・・お金を盗むか?
俺は、一瞬で頭に血が上り叫んだ
「お前、なに財布盗んでんだ!それは後から身元確認に必要なものなんだぞ!」
ビックリしたその外国人風の男は、こちらを見るなり走って逃げ出した。
声をかける前に捕まえればよかったと後悔したが後の祭り。
反射的に俺は走ってそいつを追いかけた。
外国人風の男を追いかけて、俺は2分は走ったと思う。
お、追いつかない・・・
外国人、元気すぎだろ。
こっちの息が先にあがってしまった。
そういえば、恵比寿から走ってきて、あまり休憩しない状態のまま走ったのだ。
疲れてしまってもしょうがない。
外国人風の男を見失い、俺はゼエゼエ言いながら周りを見渡してみた。
ここは街があまり赤くない。
表通りよりも人が少なかったのだろう。
とはいえマダラに赤いので、ここでもかなりの人が死んだのかもしれない。
いったいココで何が起きているんだ?
俺は軽く腕を組んで休憩がてら静かに考える。
異常事態なのは間違いない。人が死んだのも間違いない。
道々、他の人たちから聞こえてくる言葉から判断するに、人がイキナリ爆発したらしい。
・・・まったく意味が分からない。
タブン、俺が考えてもしょうがに事なんだろう。
ふと自分が友人を探しに渋谷まできたことを思い出し、またハチ公前に戻ろうとした。
そのとき、
少しはなれたところで数人の男達に追われる美少女の姿が見えた。
混乱した街では、混乱は次々おこるということか・・・
俺は小さい声で「まいったな、この疲れているときに」とつぶやき、諦めた顔で、逃げる美少女を数秒眺める。
そして走り出した。
だってしょうがないじゃん、こういう時なんだもの。
動ける人間がやれることをしなくちゃいけないでしょ。