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6 シックス センス 

 藤堂君が自分に厳しく、さらに回りにも厳しいことを付き合って初めて気付かされた。

 冷やかしでからかう男子に容赦なく冷たい目を向ける藤堂君を目撃したことがある。その時は、あわや殴り合いの喧嘩に発展しそうな勢いで生きた心地はしなかった。原因が私との交際についてであるから、両方に申し訳ない気持ちで一杯だった。それまで喧嘩なんてしたこともないだろう藤堂君が恐いくらいに冷静に相手を黙らせている。有無を言わせない冷たい態度があまりにも藤堂君らしくなくて、別人を見ている気さえしたのを覚えている。

 真面目な人を怒らせると恐いとはこの事だ。

 それでも私に対しては付き合って半年過ぎても変わらず、何処までも優しい。

 それと比例してまわりの目が冷ややかなのもよく分かっていた。


「そのうち別れるでしょう」

 何処からともなく聞こえてくる囁き。

 交際が何時まで続くのか1番不安を抱えているのは私自身だ。

 そんな私の気持ちを見抜くようにまっちゃんは何かにつけて私にはっぱを掛けてくる。


「ひかりは貴志の彼女なんだから、何を言われても堂々としていればいいの! ごめんなさいなんて弱気な姿を見せるんじゃないよ」

 何を根拠に自信を持てばいいんだろう。

 私には何も無い。まわりを見れば私よりも素敵な人は沢山いて、みんなキラキラ輝いている。

 私が出来ることは精々お弁当を作ってくることくらいだ。


「今日のおかずは和風だね」

 自分のお弁当を少し多めに詰めてくるとコンビニ弁当と一緒に藤堂君はつまんで食べてくれる。いっそのこと用意してあげたらとまっちゃんに言われたことがある。けれどそれは少し違う気がした。藤堂君にもちゃんとお弁当を作ってくれるお母さんがいる。それなのに私が世話を焼く範疇を超えてはいけない。私たちはまだ親に保護されている半人前だ。よかれと思ったことが独り善がりになることだってあるに違いない。藤堂家には藤堂家のルールがある。出しゃばって彼女面するのは二十歳を越えてからで充分だ。それまでは私たちは両親の手の中で転がる無力な子どもだ。

 そういう生真面目なところがそっけないと誤解されるんだと、またしてもまっちゃんに叱られた。

 そんなものなのかな。

 彼女なら何をしても許されるとは思えない。藤堂君の何もかもを独占しようと思えなかった私には優等生で出来すぎな藤堂君の姿が彼の全てで、我がままを言える程近しく無かったのかも知れない。

 

 四季折々に様々なイベントが目白押しだ。

 バレンタインには手作りのチョコを贈り、ホワイトデーにはお返しを頂く。

 お返しの方が何倍もお金が掛けてあって、これを受け取った後に後悔した。板チョコを溶かして生クリームを混ぜて、アーモンドを乗せただけのお菓子がン千円のブランド品に化けるなんて、藁しべ長者もびっくりだ。私は恐くなって藤堂君にプレゼントする品を選ぶ基準が分からなくなってしまった。だから自分の誕生日は黙っていた。黙っていたのに何故か藤堂君は知っていて、一緒にケーキを食べてお祝いした。手には小さな箱に入ったプレゼントが用意してあり、箱の小ささに安心して受け取って見れば小さいけれど輝く石が散りばめられたブレスレットが収められていた。親にさえ与えられなかった宝石を、この同級生の出来すぎ君は消しゴムを貸すみたいに差し出す。


「あのね、藤堂君、これは受け取れないよ」


「アルバイトして自分で稼いだお金で買ったんだ。ひかりが受け取らないなら、ゴミ箱に捨てる」


「……」

 生活基準の違いなのか、私の常識が藤堂君と食い違う。

 こんな筈じゃなかったのに、どんどん藤堂君のペースに巻き込まれて行く。


 春にはお花見をして蛍を見に出掛け、梅雨が来れば紫陽花寺に行く。

 週末のデートは当たり前。

 夏祭りには浴衣で出掛ける。

 プールの帰りにかき氷を食べ、夜の花火を満喫する。

 秋の落ち葉を踏みしめて紅葉を公園で眺めれば、私の手は藤堂君のコートの中で温められる。

 冬には肩を寄せ合いスケートリンクへ。不器用な私の手はずっと藤堂君に繋がれたままだ。

 クリスマスに、初詣。

 ふたりで出掛けるイベントは目白押しで、カレンダーには予定がびっしり書き込まれている。

 沢山の思い出と贈り物。両手で抱えきれないそれらの重さに押しつぶされそうな自分がいる。

 そうして季節は巡り、またバレンタインがやって来る。

 出来すぎの藤堂君はいつでも注目の的だった。


「あの、先輩。チョコ受け取ってください」

 初々しい下級生が勇気を出して3年生の下駄履きで待ち伏せる。真っ赤な包装紙に包まれた品が目の前に差し出されている。


「ごめん。俺彼女がいるし、受け取れないよ」


「彼女さんに遠慮して気持ちを伝えることも駄目ですか」


「ひかりは関係ない。俺がいらないと言ってるんだよ」


「……」

 こんな時の藤堂君は何を言っても無駄だ。絶対に自分の意思を曲げない。どんなに私をにらみつけても事態は何も変わらない。

 心の中で「ごめんなさい」と彼女に謝って、藤堂君とその場を後にする。向けた背中に彼女の思いがヒシヒシと伝わってくる。報われない気持ちを抱える彼女の思いが痛くて仕方ない。付き合っている彼女がいると知りながら、それでも諦めきれない情熱の深さに負けそうだ。

 そんな時、私が思う事は決まっていた。

 ---ちゃんと藤堂君の気持ちに応えられている?

 ---藤堂君に相応しい彼女でいる?

 いつだって藤堂君の気持ちを優先して、藤堂君の望む彼女になろうとしていた。私は背伸びをして、自分の立っている場所を見失い掛けていることに気が付かなかった。 


「ひかり」

 立ち止まる私を藤堂君が呼ぶ。

 優しい瞳を湛えて、頼れるその左手を差し出し、私を待ってくれている。

 他人に向ける冷たい態度とのギャップ。のどの奥に僅かな違和感を感じて、返事を返すことが出来ない。

 どんなに笑顔を向けられても、小骨が刺さったようにスッキリしない気持ちは消えてくれない。

 それでも、藤堂君が間違えるはずはない。出来すぎ君はいつだって正しい。証明するように握り返した手は暖かく心地良いのだ。

 

 自分の事しか見えていない子どもな私は大きな間違いを犯し続ける。

 ふわふわ地に足がつかない毎日は夢を見ているように現実味がない。

 いつか目覚めた瞬間に藤堂君が他人を見るような目で私を冷たく射抜く日が来る気がしてならない。

 その時私は彼女のように諦め切れない思いに胸を焦がし、戻らない温もりを恋しく思うのだろうか。

 そんな不安が的中する日が来ることをこの時はまだ知らない私たちだった。

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