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5 ミート ファイブミニッツ ビフォア 

まさかの告白に思わず承知してしまったけれど、具体的に何が今までと違うのかよく分かっていなかった。藤堂君とは学校で会うことに変わりない。今まで通りで良いような気がする私は無知で、世間を知らない夢見る夢子ちゃんだった。


「お早うひかり」

 初っ端から名前呼びになり、照れる前にピンと来ない。藤堂君が呼ぶ「ひかり」さんとは誰のことですかと辺りを見渡して現実逃避してみたくなる。でも藤堂君はそんな私を置き去りに次々とミッションを発動する。


「今日から昼は一緒に食べよう」


「うん。でも、まっちゃんも一緒でいいよね」


「勿論いいよ」

 藤堂君は変わりなく優しくてホッとする。付き合いだしたカップルがお昼を共にするのはとっても分かりやすい。これでクラス中のみんなに知れ渡ってしまうだろう。好奇の目に晒されるのは辛いけれど、人の噂もなんとやらで数日の辛抱だ。 

 案の定昼の時間に一緒にご飯を食べていると声を掛けられた。


「何だよ。お前たち付き合ってんの?」


「ああ。付き合うことにしたんだ」


「ふ~ん」

 何だろう。この嫌な間は。興味も無いのに一応聞いたみたいな力のない返事に「すみません」と謝りたくなる。絶対に不釣合いなカップルだと思われていそうだ。そんな風に思う自分にも情けなさを感じつつご飯を頬張る。藤堂君とまっちゃんは相変わらずコンビニ弁当の談義に夢中だ。


 帰りになれば当然のように藤堂君が近付いて来る。


「ひかり部活が終わったら一緒に帰ろう。部室の前で待ってて」

 これは一緒に帰らねばならぬようだ。藤堂君は地元の人間で徒歩で通っているはずだ。わざわざ駅まで一緒に帰らなくてもそのまま帰った方が早い気がする。律儀な藤堂君は約束の5分前には必ず現れた。ノーと言えない私は駅までの道のりを並んで歩いていく。


「ひかり映画見るの好きなんだ」


「うん。おこづかい貰うと必ず映画は見に行くかな。洋画も邦画もどっちも好き」


「今度一緒に行こうか」


「あ……でも、映画はまっちゃんと一緒に行く約束してるから、またでもいいかな」


「またって、何時?」


「何時って言われると困るけど……」


「ひかりが松井との友情を大切にしてるのは分かってる。でも、たまには俺の方を優先して欲しい。俺はひかりの彼氏なんだよ」

 どうして---。

 恋人同士になってもまっちゃんは私の大切な友だちで藤堂君と優劣なんて付けられない。つけられないどころか付き合いで言えばまっちゃんの方が長いわけで、ふたりで過したいろんな思い出が詰まっている。


 試験の前には勉強会をして、終わったら反省会をして、ショッピングしたり映画を見たり、楽しい毎日を過していた。彼氏が出来たら彼を優先しなきゃいけないなんて、誰が決めたの? 私には全然分からない。


 なんだかすごく窮屈だ。

 藤堂君に色々言われる事が納得出来ない。

 こういうのを束縛と言うのだろうか。ガンガン押し寄せてくる藤堂君の思いが、足枷のように体を縛り付けてくる。深い海の底に沈みそうだ。今までののん気なスローライフが懐かしい。


「眉間にしわが寄ってるぞ」

 体育の授業の合間にまっちゃんに指摘される。


「まっちゃん、藤堂君はどうしていろんな事をふたりでしたがるんだろ。今まで通りじゃいけないのかな」


「今までと一緒じゃ付き合ってるとは言わないんじゃないの? 貴志はひかりの1番になりたいんだよ」


「1番?」


「いちばん近くにいて、いちばん信頼されて、いちばん頼られたいんだよ」


「いちばんか……」

 そうなのか。

 藤堂君は少しだけ特別な存在でいたいのか。私の中でちょっとだけ藤堂君を贔屓して周りのみんなと違う事を示してあげればいいんだ。ほんの少しの特別扱い。それは、お弁当を一緒に食べたり、帰る時間を合わせることだったりするのか。

 答えがわかれば後は行動するのみ。だけど、自分から藤堂君を誘ったことのない私には何をどうしたらいいのか、思い浮かばない。でも、先ずは映画でしょう。たとえ今月のおこづかいがピンチになろうとも、大好きなコミックの発売が迫っていようとも、藤堂君と出掛けることが最優先だ。帰り道で何気に誘ってみようと意気込んでみる。

 いつもの帰り道。商店街通りを抜けて駅に真っ直ぐ伸びる道は歩道が狭い。私を守るように車道側を歩く藤堂君の手が私の右手に当たる。布越しでないダイレクトなぬくもりが生身の藤堂君の存在を主張する。ああ、もう何か、凄く恥ずかしい。お母さんやまっちゃんに抱きしめられても何ともないのに、ちょっと手が触れただけで心臓が飛び出しそうだ。意識がその一点に集中する。


「ひかり危ない」


「え!?」

 藤堂君に引き寄せられて体が右に傾いでいく。歩いていた先を見れば電柱が立っていて、激突を免れる。毎日通る通学路なのに、何をやっているんだか。開いた口が塞がらないとはこのことだ。


「ちゃんと前を見ないと」


「うん。そうだね」

 馬鹿過ぎる自分が情けない。

 さっきから変な汗が背中を伝い気持ちは急降下だ。映画にお誘いする勇気はへし折れた。また今度にしようと決めた途端藤堂君の少し骨張った手が私の手を捉えた。


「とっ藤堂君」


「ひかりは危なっかしいから、手を繋いでおけば安心だ」


「危……」

 危険なのは私の心臓で発作によって倒れそうなんですけど。自意識過剰だと思われるかも知れないけれど、免疫のない地味な子にお手手繋いで登下校は意識するなと言われても難しい。頭に酸素が回らずめまいがしそうだ。こんな事が毎日続くなんて耐えられない。


「あのね、毎日一緒に帰るのは難しいよ。用事がある日は先に帰ってもいいんだよ」


「ふたりでいられるのって、帰りのこの時間だけだろう? この時間は譲れないよ」

 物凄い告白を買い物途中の他所のお母さんに聞かれている気がする。知らない振りをしてくれているけど、心の中では「あらあら、若いって良いわね」なんて思われていそうだ。慌てる私とは対照的に、冷静な藤堂君は手を握ったまま離してくれない。


「少しでも長くふたりでいたいんだ」


「……うん」

 時間は有用だ。

 何ものにも変えられない。そんな貴重な限られた時間を私と会うためだけに使わせるなんてすごく贅沢なことだと思う。どんな言葉より藤堂君の思いが伝わってくる。

 お付き合いは双六のような毎日だと思う。毎日新しい発見があって、その都度選択を迫られる。左右に分かれた道を誤れば貧乏まっしぐら。逆に運を掴めば億万長者にだってなれる。

 こんな取り得の無い私を彼女にしてくれた藤堂君の気持ちに応えなければ人でなしだ。約束の5分前には必ず待ち合わせの場所に来てくれる藤堂君は満点の彼氏に違いない。

 繋がれた手と手。

 今日も香る藤堂君のシトラスの匂い。

 駅までの後数分。

 伝染しそうに近い藤堂君の匂いに包まれて夢心地な一日が終わろうとしている。


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