4 フォーメン グループ
学校により言い方は違えど、授業の時間を校外で過すのは大変喜ばしい。
校外学習。自然教室。オリエンテーション。等等。
誰にも分かりやすく言うと遠足だ。
小学校時代なんて近所の神社を巡らされ、何時間も延々と歩いた記憶がある。なのに体力が付いた高校の遠足は現地までバス移動。おやつは金額の上限なし。現地で買い弁もOKだ。
高校生活の思い出になりそうな日帰り旅行がやってくる。こんな大イベントに残念な思い出を作りたくないのは誰もが思うことだと思う。
男子の事情は抜きにして女子は誰しもが仲良しの友達と同じ班になりたいと願っている。私だって同じ気持ちだ。けれど、そういう班決めはどうしたって半端者が出てしまう。何故か毎回あぶれてしまう子が現れる。
「何処かの班で調整出来ませんか」
実行委員の声に応える者は誰もいない。知らん振りして解決するのを待っているだけ。
これにはさすがの担任もキレて、ならば班決めはくじ引きでと言い出したからクラスはザワツキ始める。
楽しい旅行が精神鍛錬の場になるなんて、夢にも思わなかった。
当日は晴天の旅行日和で本当ならウキウキなのにとてもそんな気分になれない。
これは最悪の組み合わせではないだろうか。
私はやっぱり神様に嫌われている。日頃の行いが余程悪いと判断されているに違いない。
私の隣で先ほどから目も合わせようとしない化粧濃い目の伊藤さんと、黒髪をばさりと前に垂らして顔を隠し、俯いたまま動かない天野さん。私を合わせた3人が今回の旅行のメンバーだ。この3人に接点は何一つない。天野さんは私と同じその他大勢のくくりだから、少しは話した事はある。だけど、それ以上のお付き合いはない。伊藤さんは言うまでもなく、華やかグループに所属する彼女とは話しすらしたことがない。この空気を浄化出来る手立ては何ひとつない。
こんな3人グループと行動を共にする男子は4人。クラスのムードメーカーの服部君とおっさんのように落ち着いた雰囲気の高橋君、笑顔の絶えない大野君と後もう一人、「出来すぎ君」の藤堂君だった。男子は4人とも仲が良い。私たちなんてお構いなしに楽しそうだ。もう、お葬式のようなこの3人をほっといて目的の場所を目指してズンズン進んでいく。
「はあー」
ため息しか出ない。
こんな事なら授業を受けていた方がまだマシだった。
辿り着いた先は地獄の一丁目。
--- 何故?
せっかくの楽しいお出かけなのに、お金を使って怖い思いをしないといけないの?男子の思考は謎だ。遊園地に来て最初がお化け屋敷だなんて、ハード過ぎる。帰ってもいいだろうか。縦線が三本入っているであろう顔を藤堂君は見逃さなかった。
「並木さん大丈夫? こういうの苦手?」
「得意ではないです。私、外で待っていてもいいかな」
「いきなり? そんなに怖がらなくても大丈夫だよ」
藤堂君は笑うけど、心臓に良くないことは進んでやろうと思わない。
真暗な部屋を進む男子の後を歩けば、少し先を行く伊藤さんが大声で何事か叫んでいる。その声に心臓が殺られそうだ。
「伊藤! 俺のTシャツを引っ張るな! お気に入りのシャツなんだぞ! 伸びる! 袖が、伸びるから!!」
お化けも驚くような絶叫が木霊する。
もう嫌だこの人たち……。先に進む気力もなくしそうだ。
「並木さん、そこにいる?」
「藤堂君?」
「来ないから心配したよ。平気?」
「うん、何とか……」
「先に進まないと出られないから、行こう」
「そうだね」
今がどん底だと思えば後は楽しいことが待っているだけ。前向きに思考を切り替えていると掌を温かい何かが包み込む。
「迷子にならないようにおまじない。少しは頼りになるでしょう?」
魔物が住まう森の中を救いに現れたヒーロー。
格好良いからって、本人に断りもなく触れたらセクハラなんだって、藤堂君には分からないんだろうな。姿は見えないけど、すぐ隣に感じる気配。何だかシトラスのさわやかな匂いがする。
さっきとは違う心臓のドキドキが始まる。掌から体温が上がっていくのが分かる。きっと顔は真っ赤に違いない。
心臓に悪いのはお化けなんかじゃなくて隣にいる「出来すぎ君」だ。
お化け屋敷を出てみれば何故か伊藤さんのご機嫌は回復し、服部君と仲良くおしゃべりしている。ビローンと袖が伸びた高橋君は意思消沈で大野君に慰められ、天野さんは相変わらず俯いたままだ。私を惑わした藤堂君は何事もなかったみたいに平気な顔をして、男子の会話に加わっている。ひとりであたふたして馬鹿みたいだ。
それから元気な男子たちは絶叫系アトラクションを渡り歩き、伊藤さんは化粧が落ちるのも気にせず付き合い、ひたすら叫び続けた。私と天野さんはそれらをボーと眺めては時計を見るのを繰り返している。いよいよ遊びつかれた4人と1名は早速昼ごはんに向かうつもりらしい。驚いたことに誰一人としてお弁当を持ってきていなかった。お弁当持ちは私ただひとりなのでひとり皆を見送った。
適当に空いているベンチでお弁当を広げてみる。今日は遠足だから奮発してエビフライにハンバーグ、から揚げのご馳走三姉妹が勢揃いだ。出汁で巻いた玉子焼きも焦がさずに上手くいった。パプリカの炒め物が色鮮やかで見た目も上出来だ。
私の中では完璧。
「上手そうな弁当」
「藤堂君」
「あれ? 俺の弁当は?」
「ええっ……」
「今度食べさせてねって、言ったよね」
「あ…ごめんね。これしかなくて」
「じゃあ、俺のご飯と交換しようよ」
手には売店で買った焼きそばやおにぎりがある。まだ温かいそれらを差し出して私のお弁当を物欲しそうに見ている。そんなに食べてみたかったのかな。
「えっと、仲間で食べない? 半分こで」
「うん。そうしよう」
今現在何故か藤堂君とふたりでご飯を食べている。
私のお弁当と、買ったおかずを真ん中にして好きな物を摘む。半分こだと言ったのに、藤堂君は買ったおかずに手を付けず、見る見る私のお弁当は空になっていく。食欲旺盛な男子の真実を見た気分だ。モタモタとお握りを頬張ってその食べっぷりを観察していると、藤堂君がとんでもないことを言い出した。
「並木さん」
「何?」
「俺たち付き合おうよ」
「えっと……」
「俺、並木さんが好きなんだ。俺の彼女になって欲しい」
「あっ、うん。そうなんだ」
「それは、OKって受け取っていいのかな」
「うっ…あ…そうなのかな?」
「ありがとう。すげーうれしいよ」
そんなにお弁当が気に入ったのか。
確かに今日のお弁当は豪華版だったけれど何時もの三割増しのおかずなだけだ。日常とかけ離れた非日常に目が霞んでマジックに掛けられたに違いない。
つり橋効果恐るべし。
えっと……これからどうなっちゃうんだろう。
イエスと返事をしたのか?
あれ、そうなっちゃう?
梅干の種が歯に当たって、がりりと嫌な音がした。