3 ザ サードタイム インプレッション
散々な体育祭の後、何もやる気になれない私は試験勉強にも身が入らず、回答用紙が返ってくる度にため息の数が増えるばかりだ。母親が試験の結果を知ったら大目玉だろう。楽しい夏休みは目の前なのに、なんて事だろう。
それでも今日は楽しい体育の日。暑い中先生の授業を子守唄に眠気と戦わなくても良い日だ。初夏の太陽を燦々と浴びて冷たい水と戯れる60分が授業なんて、こんな棚からぼた餅みたいなことが起きてもいいのでしょうか。しかも二クラスの女子がプールを独占出来るんだから、男子の目を気にする必要もない。
なかには水着になるのが嫌で見学している子が何人もいる。この暑いのに、私は見学なんて絶対に嫌だ。裸になるわけじゃないし、足もふたつ、手もふたつついていればみんな同じと思うんだけど、どうなんだろう。
人の体を遠慮無しにジロジロ見てくるのはまっちゃんくらいなのに。今日も全身隈なくガン見している。一応無駄毛の処理は完璧なはず。
「相変わらずプロポーション良いね」
「またそんな事言って。普通だよ。普通」
「ひかりは分かってないなー。ただ細ければ良いってもんじゃないんだよ。付くべきところにお肉が付いてる子は中々いないんだからね」
「ありがとうございます…?」
まっちゃんこそ手足が長くてモデルさんのようだ。私の腿の肉を幾らか分けてあげたい。しゃべらないでツンと澄ましていればミステリアスな女の子に見えなくもない。男の子は守ってあげたくなるに違いないのに、人の良さが何処からか滲み出てしまって、親戚の従兄弟並みに親しみを持ってしまう。本当に良い子なんだけど、毒舌なのが玉に瑕だ。
「男子サッカーやってるよ。気の毒だねー」
グランドの乾いた砂に熱が反射して揺らめいている。ボールを追いかけて数人の男子がグランドを駆けている。地獄のグランド砂漠にいてもその姿は容易に見つけ出すことが出来る。藤堂君は汗を掻いても、そこだけ爽やかフレッシュな香が漂っているに違いない。
こんな時は視力の良さが恨めしい。
ほらまた---視線が合った気がする。
悪戯でも見つかってしまった子どものように私は慌ててプールの中に飛び込んだ。
2番目に好きなのは当然お昼休みだ。
このために午前を乗り切っているようなものだ。
時間になるとまっちゃんが隣りの机を拝借して向かい合わせに寄せてくる。こうしていつもふたりでお昼ご飯を食べている。
購買でお惣菜やパンを買う人はチャイムと同時に猛ダッシュして教室を出ていく。競いごとが苦手な私は購買に行った事はない。家から持ってきた二段弁当を広げる。まっちゃんは登校前に立ち寄るコンビニで毎回お昼ご飯を買ってきている。買い弁は味が濃くて胃にもたれる。私は苦手なんだけど、毎日飽きもせずまっちゃんは食べ続けている。今日もゴソゴソとビニール袋から取り出していると、通り掛かった藤堂君が目を開いた。
「あっ! それ、テレビ番組でコラボした弁当だよな」
「一日限定5食の激レアな弁当だよ」
「すげー。俺も食べてみたい」
「残念でした。あげないよ。感想くらいなら教えてあげるけど」
「ははっ。そうだなー感想聞かせてよ」
まっちゃんにイケメンビームは無効のようで、藤堂君とも普通に会話が成立する。緊張もしないで普通でいられるまっちゃんは最強だ。ちょっと睨まれただけでもう息が止まる私と大違いだ。
「藤堂君はお弁当持って来ないんだね」
「母親の手を煩わせるのはちょっとね……それよりコンビニのご飯で済ませた方が気が楽なんだ。でも、並木さんが作ってきてくれるなら大歓迎だよ」
いや、私のお弁当は別名「昨夜のおかずバレバレ弁当」とも言う。残り物をそのまま詰め込んで隙間を野菜で埋めるという何とも雑なお弁当なんだから人様に自慢は出来ない。今日だって朝手作りしたのは肉巻きポテトの一品だけだ。
「だって、いつもすげー幸せそうにご飯食べてるでしょう? 並木さんがお弁当食べてるの見ると俺も食欲が湧いて来るんだ」
「あ、そうなんだ」
まずい。
超恥ずかしい。
幸せそうって、そんなに嬉しさが顔に出ていたのか。すみません。精神年齢は今だ小学生のままなんです。我が家のお誕生日のご馳走はエビフライと決まっていて、お弁当にエビフライが付く日は特別な気がしてテンションがあがってしまうようなどうしようもない子なんです。この世で母の作るご飯が一番美味しいと思っている。これからもずっと母のお弁当を食べ続けるつもりだ。藤堂君のように親に気遣いも出来ない甘ったれの不出来な娘なんです。
「期待して待ってるね」
笑って去っていく藤堂君のそれが社交辞令だと良く分かっている。
藤堂君は不必要な貢物を受け取ったりしない。下級生が調理実習で手作りしたお菓子の差し入れを教室までわざわざ持ってきた際もきっぱりはっきり断わっていた。教室の机やロッカーに差出人不明のプレゼントがあると持ち帰ることはしないで落し物入れに放り込んでいる。
まあ、そうだよね。万が一間違いがあったら大変だ。そんなしっかり者の藤堂君が私の「昨夜のおかず詰めただけ弁当」を食べたいわけが無い。そんなわけでお弁当の件は私の頭の中からすっかり消えてなくなっていた。
コンビニ狂いのまっちゃんは新製品を見つける度に買わずにいられないらしく、色んな物をお試しする。この間はアイスのコーンポタージュ味なんてのを手にしたので思わずぎょっとしてしまった。冷製スープと思えばいいのだろうか。でも、見た目アイスだし。当たりの棒付きだし。とても食べる気にならない。
「けっこう美味しいらしいよ」
「それ、誰が言ったの?」
「貴志情報だよ」
「貴志?」
たかし。
記憶を辿っても人物が浮かばない。弟の裕君のお友だちだろうか。
「やだなー。同じクラスの藤堂貴志だよ」
「松井! 炭酸レモン味けっこういけるな」
「……」
いつの間にふたりは仲良しになったんだろう。
「貴志」「松井」と呼び捨てる程の仲良しぶりにちょっとだけ嫉妬を覚える私だった。




