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1 ファースト コンタクト

ひかりと貴志の始まりの物語

 世の中のルールとして、救済処置と言うものがある。

 私たちのような容姿に恵まれない残念な少女にも夢を見る権利はある訳で、漫画や小説の世界では平凡少女がモテまくっている。相手は学校一番のハンサム君や大金持ちの御曹司、あるいは世界の大富豪で、全員漏れなく容姿は三ツ星だ。時には芸能界で大人気のアイドルが幼馴染だったりもする。そんな彼らが一途に恋する相手が私たちのような平凡な女の子なのだから、これはもしかしたら、もしかする事があるのかも……なんて気がしないでもない。そんな夢を見させておいて、まあ頑張りなさいよと世間に言われているような気がする。

 そうして寂しい毎日を慰めつつ、出版社の思う壺に嵌って本屋に足を運んでしまうおめでたい高校生が、私、並木ひかりだ。

 大した苦労も知らずに、努力とか、忍耐とかと縁も無く、実力に見合った高校を受験して何とか滑り込み花の女子高生になった。新しい環境で自分を変えたいなんて願望も起きずに今まで通りのん気に学校生活を楽しんでいる。中学から始めた陸上は今でも続けていて、これも大きな野望は抱かず、大会があれば参加することに意義を見出している有様だ。とに角優柔不断で流されやすい性格だからこれと決めたらホイホイと変更はしない主義だ。通学のリュックと靴は破れるまで使い続ける。髪形もセミロングと決めたらそれ以上伸ばさない。悩み出すと限が無いから深く考えないように普段から気を使っている。

 気がつけば高校生活も残すところ二年になってしまった。花の女子高生の“花”は咲いても蝶どころか昆虫さえも寄り付かず、寂しく本意ではないけれど勤勉な日々になっている。華やかなグループの影に隠れて今日も教室の隅で友だちの松井ゆかりさんと話の花を咲かせる。


「だってさーメガネを外したら超絶美少女だったとかさー、そんなのメガネしてたって最初から気付くって! 私もひかりも視力Aでしょう。メガネっ娘じゃないし。意外性の欠片もないよね。モテないわけだよ」

 ゆかりさん、通称まっちゃんは、とにかく現実主義で甘い夢など語りはしない。世の中が不公平で矛盾だらけだとよーく理解している。だからか、時々、私がドキドキしながら読み進めている少女漫画の矛盾点を一々説明してくれる編集者に変身したりする。


「高校生で一流ホテルでお泊りとか本当に有りなの? 都合よくピンチに現れたり、学園祭だ、体育祭だって、イベントの度にトラブって、最後は仲直り。名探偵コ〇ンくん並の慌しさだね」

 それがメルヘンなんだと私は思うのだけれど、まっちゃんには生温く感じるようだ。実際に三次元で素敵だと思う相手もいない私たちには所詮は夢物語でしかないのだから仕方ない。今日までイベントが発生してもなにも起きなかったのが何よりの証拠だろう。

 それでも一応この学校にもアイドルとまでは言わないが、学園の王子さまらしき人物は存在する。

 同じクラスの藤堂貴志君がその人だ。

 彼は高身長のハンサム君で勉強は勿論、運動も得意なイケメンだ。清潔そうな容姿と明るくハキハキとものを言う姿は完璧で私は密かに彼の事を「出来すぎ君」と呼んでいる。彼の回りには何時も華やかな女子が群がり、他を寄せ付けない。何時いかなる時も傍を離れず魚群のように移動するから藤堂君の所在はすぐに分かる。藤堂君こそが正に学園の花なのだ。そんな彼と同じクラスになって毎日輪の外から眺めていると人気者も中々大変だと同情心が芽生える。


「みんなに気を配って藤堂君、疲れないのかな」


「もう慣れっこなんじゃないの」

 まっちゃんの言葉は最もだと思う。

 私たちは一度も言葉を交わすことなく一学期を終えて、季節はいつの間にか二学期に変わっていた。

 2年の二学期は何かと楽しい行事が目白押しだ。文化祭や球技大会、修学旅行も控えている。勉強に身が入らない生徒には大変ありがたいイベントが次々にやってくる。仕切りたがりの華やかなグループがサクサクと進行してくれるから、私たちは言われたことをサポートするだけで任務は完了だ。案の定文化祭では模擬店のやきそば係りに決定した。もちろん、買出しや、売り子など表立った仕事は回って来ない。ひたすら汗を流して手を汚す裏方さんだ。でもそれだって誰かがやらなきゃならない仕事だ。クラスでひとつのチームだからそれぞれが出来る事をやればいい。

 なんの取り柄もない私だけど食べることは大好きで、家でも良く食事の手伝いをしているので焼きそば如きは朝飯前に作ることが出来る。家から持ってきたエプロンに身を包んで三角巾で髪を止める。油の飛び跳ねもこれで完璧に防御し、母親に叱られる危険を未然に防いで準備万端だ。


「ひかり、このレタスは何に使うの?」


「……」

 まっちゃんがキャベツを片手に心底不思議そうに聞いてくる。

 ひとつ質問ですが、本気なんだね?

 冗談じゃないんだね?


「これはキャベツ。レタスじゃないよ」


「えー。嘘みたい。瓜二つじゃん」

 残念な事にまっちゃんは野菜音痴だった。

 これほどに野菜と縁遠い食生活をしているとは思わなかった。まっちゃんが買出しに行かなくて良かったと私は心から思った。

 鉄板に火を入れて温めればキンキンに熱くなって湯気が上がる。サラダ油を引いて一気に麺を炒めていく。こてで少し抑えるように麺の表面をカリカリに焼いて一旦取り出すと、次に野菜をさっと炒める。とにかく水分を飛ばして麺と絡めながら満遍なく解していく。手早く焼かないと野菜の汁が出てべっとりした出来上がりになってしまう。後はソースを絡めればあっという間に出来上がりだ。香ばしいにおいが辺りに充満する。


「わあーひかり、美味しそう!」

 ただ見ているだけのまっちゃんは褒め殺しの神様の如く私をおだてる。耳をピンと立てておねだりをしているみたいだ。興奮したワンコの尻尾が見える。仕方ないので紙皿に盛って出来たての焼きそばを手渡してあげる。


「味見してくれる?」


「うん。……美味しい! ひかりは天才だよ」

 こぼれる笑顔にまとわり付く汗も乾いていく。これ以上ないお褒めの言葉を貰って私も満足だ。


「何、もう出来たの!?」


「うん。完成です」

 となりのたこ焼きチームはまだ材料を切ってる最中で一向に作業が進んでいない感じだ。大阪人でもないのに何でたこ焼きなんだろう。クルクルと丸く焼くのはコツをつかむまで時間が掛かりそうだ。下手に手伝って収拾がつかなくなると大変だ。

 私とまっちゃんは片付けを終えると、後からやって来た売り子さんに任せて持ち場を離れ、模擬店の見物に出掛けた。

 


「みんなお疲れさま。たこ焼きは少し売れ残ったけど、焼きそばは完売しました。赤字にはならなかったよ」

 実行委員の藤堂君が告げるとクラス中が盛り上がる。


「私たちが頑張って売ったからだよ」

 売り子チームが得意気に声をあげると、うんざりしたようにまっちゃんが私を見る。


「この後ささやかだけど打ち上げをやるので残れる人は参加してください」

 藤堂君の声に一際歓声が響いた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。お祭りは今日でお終い。明日からまた試験に向けて勉強が始まる。今日ぐらい楽しんでも罰は当たらないだろう。


「あのたこ焼き本当に売れたと思う?」


「売り子さんが頑張って売ったんでしょう」


「男は本当におたんこなすだよ。買わされてきっと後悔しただろうね。中身半生だったよ」


「うーん。舞台裏を知ってると食べる気にならないよね」

 私とまっちゃんは現在学校の最寄り駅近くの甘味屋さんでふたり打ち上げをしている。クラスの打ち上げなんておこがましくて参加する気になれないのでふたりで労を労っているのだ。このお店の白玉あんみつは絶品で、まっちゃんと私の大好物だ。何かある度にふたりで入り浸っている。

 本日のイベントで告白されたり、告白したり、カップルになった幸せものは何人いたのだろう。蜜の滴る白玉を頬張りながら今日の出来事に話の華を咲かせる。これこそが私とまっちゃんの日常。ささやかな幸せを噛み締めてまた明日から変わらない毎日を過すのだ。



 祭りの後のもの寂しい朝、何時ものように下駄箱で上履きに履き替えていると声を掛けられた。


「お早う並木さん」


「お早う……」

 顔を上げれば今までろくに話した事もない人物がいて驚きのあまり固まってしまった。

 そこにいたのは「出来すぎ君」の藤堂君だった。なにか用でもあるのかと思ったけれど彼は朝の挨拶だけ済ますとさっさと教室に向かって行ってしまった。

 もしかして他の誰かと見間違ったとか? とにかく意味不明な朝の出来事だった。



 けれど、それからと言うもの、気がつけば何となく見られている気がする。

 今だってちょっと不機嫌そうに眉をしかめて、私のいる辺りを見ている。時には睨まれている気さえする有様だ。


 ---なんだろう。

 模擬店のあれがいけなかったのか。

 早く準備が出来たにも関わらず、たこ焼きチームを手伝わず、他の店の見学に出向いたことを怒っているのだろうか。

 困った。

 今更御免なさいとも言えない。

 そもそもそんな事でずーと怒り続けている藤堂君って、どうなんだろう。みんなに親切でやさしい藤堂君が日陰者のちょっとした手抜きを根に持っているなんて以外もいいところだ。

 考えたくないけど、気付いてしまったから嫌でも目に入ってしまう。

 嫌だなーと気分が沈む。

 

 これが私の(ラブとは違う意味の)ハラハラドキドキの学校生活の始まりだった。


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