風の覇者ユート
「ぷっ、あっはははははは!」
マリアが笑いだした。唐突に、高らかに。
「?」
少年は、自分の行ったことがやはり間違っていたのかと、少し心配そうに、そしてまた不思議そうに、マリアを見ていた。
その視線に気付いたマリアは笑いを止め、目にたまった涙をぬぐいながら言った。
「ああ、ごめんなさい。別に、貴方は何一つ間違っていないわ。というよりむしろ、正しい行いをしたわ。自分のみは自分で守る確かにその通りだわ。……あはははは」
まだ、笑いの発作は治まっていなかったのか、マリアは笑いだした。
「姫様。何故、この者が正しいなどと……」
近衛騎士団長は(隠しているつもりなのだろうが)不満があるのがありありと分かる声色で言った。
「だってそうでしょ?近衛騎士団長。貴方だって自分の身に危険が迫ったら、自己防衛の手段として、相手を攻撃するでしょう?」
「しかし……その者は、白の子供なのですよ。僭越ながら申し上げますが、姫様がその者を信用する理由が、解りかねます」
近衛騎士団長とマリアの会話を聞いていた少年は、少し悲しそうに目を伏せた。
「私、その、白の子供っていうっ差別用語嫌いなのよね。正直なところ。だいたい、たかだか髪の色素が白いってだけで『凶兆の印だー‼』……なんて、馬鹿みたい」
マリアンヌ・フィーオ・オークリッド皇女殿下は、この世で蔓延る悪癖をぶった切っておしまいになられた。
そして、ほぼ突然に話題を変えて、少年に話しかけた。
「それにしても、貴方すごいわね。あんなきれいに、25射全て当ててしまうだなんて。貴方天才ね。貴方の弓の技量は最高だわ。これなら旅の途中も安全ね」
べた褒めだった。しかし、それに水を差す者約一名。
「姫様、なんとおっしゃいましたか?!」
またしても、近衛騎士団長だった。
「これなら旅の途中も安全ね」
「違います。その前です」
「貴方の弓の技量は最高だわ」
「そうです」
マリアは不思議そうに首をかしげた。
「だからどうしたって言うの?」
「何故、その者の弓の技量を褒め称えるのです。その者が放った矢が当たったのは、その者が風の力を使ったからでしょう」
「あら、貴方もやっと彼が七神の一人だと認めたわね」
「ふー、やれやれ」とでも言いたげに、マリアは近衛騎士団長に勝ち誇った様に言った。近衛騎士団長は何処か悔しそうにしていたが、その思いを振り払い会話を続けた。
「ならば、そのものを褒め称えるのは違うのでは」
どこまでも少年を忌み嫌う近衛騎士団長。大人気ないと自覚しているのだろうか。
「近衛騎士団長。貴方は見ていなかったのかも知れないけど、彼の放った矢は突然方向を変えたりしなかった。彼が神言を唱えたときにあった変化は、矢の早さだけよ」
そう、少年の放った矢は、速度を変えた以外の変化は見られなかったのだ。
沈黙が謁見の間に広がった。そこで鶴の一声ならぬ、王の一声がその場に放たれた。
「マリア、そなたから彼への会話はすんだか?」
「ええ。お父様」
「では、今度は私から質問させて頂こう。そなたの名を教えてくれるか?」
「あっ、聞くの忘れてた」
「俺の名は、ユートだ。そして、もうわかってると思うが、風の覇者だ」
先ほどまでうつむけていた顔をあげ、堂々とした態度で言い放つ。
「そうか。『愛しき風の子。……良い名だ。では、マリアンヌ」
「はい。お父様」
マリアは国王の前に跪く。隣にいたユートも、それに習って跪く。
「雷の覇者マリアンヌ、風の覇者ユート。そなたらにこの世界の命運は託された。仲間を集め、全ての神殿を巡り、魔神を討ち果たせ」
「心得ました」
「分かった」
国王からの指令に、二人は同時に返事を返した。
「二人とも、顔をあげよ」
二人とも、跪くとともに下げていた顔をあげ、立ち上がった。
「マリアンヌよ、“アレ”を」
「はい」
マリアは奥の方に行き、しばらくすると数人の人間を伴って戻ってきた。
「なんだそれは」
ユートは少し訝しげにマリアが伴ってきた者たちが持っていたものを見て言った。ソレは七種類の武器だった。剣、弓矢、槌、斧、籠手、槍、双剣。
「これはね、もう亡くなった方なんだけど、神の手を持つとまで言われた天才鍛冶師が、後に現れるであろう七神の為に作られた武器なの」
「ほう」
なるほどと言った風に頷くユート。
「ユートの武器は弓だよね。その武器に思い入れがあるなる強要はしないけど、もしないならこれを使った方がいいよ。世界で一番の武器と言っても過言ではないからね」
「ああ。別にこれに思い入れはない。拾ったものだ……だからそれを使わせて貰おう」
「じゃあ、はい」
武器を持っていた者の一人から弓を受け取って、笑顔でユートに渡すマリア。
「お前はどれを使うんだ」
「私はこの剣。七神になれた時の為にって、訓練とかは欠かさずしてたから、結構強いよ」
「そうか」
「他の七神に渡すために、これは私たちが持っていかなくちゃいけないから、私が二つ持つから、ほかの三つをお願いね」
そう言って、マリアは槍と双剣を持った。そして残った槌と斧と籠手をユートが持ち、王の配下から渡された、当面の路銀と食糧を持ち、旅の準備は整った。
「それではお父様、行ってきます」
マリアは笑顔でそう言い、ユートはいつも通りの無表情で会釈した。
そうして二人は王城を出て、旅立った。