雷の覇者マリア
オークリッド王国、首都イグリアス、イノリア城、城門前。一人の人間がそこには立っていた。
「そこの者、何者だ。名を名乗れ!」
城門に立つ、見張りの兵が声を挙げる。
しかし、訪れた人間は何も言わなかった。それに苛立ったのか、見張りの兵は己が武器を突きつける。それに驚くでもなく、少し身を引いてから一言言った。
「俺は“七神”だ」
返ってきたのは、まだ、どこか幼さを残した少年の声だった。
それを聞いた見張りの兵は喫驚して、今まで以上に声を張り上げて言い放つ。
「もしそうだと言うのなら、証を見せてみろ!」
何かを答えるでもなく、無言のまま自らが着る薄汚れたローブの中から、腕を突き出してみせた。その突き出した腕の上部、肩の辺りにあった一つの紋様。×の先に丸が付いたような、そんな紋様。
それを見た瞬間、さっきまでの横柄な態度はどこへいったのか、恭しい畏まったものに口調を変え謝罪の言葉を述べた。
「もっ、申し訳ありません!直ちに王の御前にお通しいたします」
少しどもったような口調で言い切り、門を開けて少年を城の中へと招き入れた。
「そなたが、“七神”であるという少年か?」
少年は今、このイノリア城の主、ヴォルフス・イグマ・オークリッド国王陛下の御前にもかかわらず、先ほどの兵にしたのと同じような態度だった。こともあろうに少年は、この国で一番尊く偉い御方相手に首で頷くだけということしたのだ。
王の隣に控える偉そうな騎士の額にピキピキと青筋が立っていた。
「そなたの持つ、証を見せてもらえるか?」
やはり少年は無言で、腕を突き出した。
その態度に据えかねたのか、騎士が口を挟んだ。
「貴様っ!陛下にたいして失礼だぞ!」
「良いのだ」
国王陛下は寛大だった。
少年は、謝罪を口にした。
「俺は、礼儀を知らない。だから、敬語とやらも使えないが、不快に思ったのだとしたらすまない」
城に入ってから、一度も口を開かなかった者としては、饒舌だった。
「私は不快になど思ってはいない。だから構わん」
「分かった」
少しの間、沈黙が生まれた。その間、国王陛下は少年の紋様をじっと見定めていた。と思いきや、少年の方をまた見て話しかけた。
「確かにその証は本物のようだ。疑ってすまなかった」
と、国王陛下が謝罪を述べた瞬間、それはやって来た。
「お父様!“七神”の一人がやって来たってホント!?」
柔らかい亜麻色の髪をお下げにした、快活そうな少女。瞳は大きく、ほんのり桃色の頬が可愛らしい少女。国王陛下を父と呼ぶ少女。この少女は?……
「あなたがそうなのね?」
今更ながらに少年の存在に気づいた少女。
「私は、オークリッド王国王位継承権第一位の姫にして、第一皇女、マリアンヌ・フィーオ・オークリッド。マリアでいいわ」
にこりと、朗らかな笑みを少年に向け、名乗った少女。いや皇女。彼女の自己紹介にはまだ続きがあった。
「そして一昨日、私には新たな称号が追加された。七神が一人、雷の覇者マリア。というね」
彼女の笑みは、やはりとても魅力的だった。