二千四年十月二十五日
春香が七日ぶりに家を出た。彼女はどうしてなのか体調が悪い時誰にも会いたがらなくていつも家の前で門前払いされて帰る事になっていた。だからこうやって会うのもぴったり一週間ぶりなのだ。そして行き先は俺と同じ舞の家だ。
あれから舞は少しずつ自分一人でチャットゲーム【WOR】をやろうとしていた。ただ俺がいないとあまりやれなかった。左腕を痛めているせいなのかもしれないし会ってまだ数日の人に対してまだ戸惑いがあるかもしれない。だから俺がいるときできるだけ代わりにキーボードを打ち込んでいた。時々俺の言葉でやってみたりしていた。それを舞は許してくれた。感情さえもはっきりしていないせいなのかもしれない。
「何か楽しそうだね」
春香が隣で歩く俺に向かってそう言った。
「そうかな」あの日から俺は名雪家に通うのが楽だった。ただの他人だからというかそれが今の俺なのだと演じることが苦にならなくなった。
「何か良い事でもあったの?」
そんな春香に俺は舞と【WOR】をやりだしたことを説明した。
「少しでも元気になれるきっかけになってくれるといいけど…」
一通り説明をして春香を見ると、かなり不機嫌な顔をしていた。
「どうした?」
俺は、調子が悪くなったのかと考えていたが違うようだ。俺の言葉を無視するように歩いている。会話が無いまま俺たちは名雪家に来ていた
春香と共に部屋に入った。ここまで来る中で元気な調子で安心した。多少何か不機嫌な様子があったが無視するぐらいの気力があれば大丈夫だろう。
「こんにちは」春香が元気に庭の掃除をしていた世話係りの人に挨拶をしていた。
「春香ちゃん、元気になったんですね」
ちゃん、と春香につけられている中で俺には
「付き人さんもこんにちは」
ここでは俺の名前を知っていてこの呼び名で呼んでくる人は少ない、青木さんも俺を付き人と呼んでくれている。俺が久しぶりにここに来たあの日とは空気が違ってきていた。舞が明るくなった、俺が他人のようになった、ただそれだけのことだ。
「こんにちは、毎日お掃除お疲れ様です」
ここに来る時十中八九この人は掃除をしている。「日課ですから、あと私がやらないと誰もやらないので」笑いながらも何か疲れているような声だった。敷地は広くこの家で飯炊き以外のことは今この人だけがやっていることを青木さんに聞いた。毎日本当に大変そうだ。
「長話もなんなので掃除に戻らせてもらいますね、舞様はお部屋にいるはずですから早く行ってあげてください」
そしてさっさと又掃除に戻っていった。俺たち二人は気にせず舞の部屋へと向かって行った。
部屋へはもう間違えることなく着いた、ただその部屋には舞の姿がどこにも無かった。
締め切られた障子の先にある庭にもその姿はいない、PCの電源は付けたままだゲームの画面が開いたままだった。
「あれ?どこかにいっているのかな?」春香は、首をかしげて聞いてきた。
俺は問われても答えられない、知らないからだ。
十分程俺たちは待っていた。それでも舞は一向にその姿を現さないままであった。何も話しかけようとしない俺に春香は「何かあったのかな」そう心配そうに呟いた。
「探してみよう、俺は庭のほうを見てくるから」少し心配になった舞があまり出歩かないからなのか。それとも実は俺のほうが心配性なのかもしれない。「私は、道場を見てくるね」と俺は、それと逆に向かい二人は分かれて探し周る事になった。ドタバタと廊下を駆ける。途中会った青木さんに聞いて庭のほうにいるのを教えてもらった。
教えてもらった場所は知っていた、春香にも出会わなくてそのまま向かった。
ほどなくして庭から竹林を見ている舞を見つけた。
「どうした薄手の服だと寒いだろ?風邪ひくぞ」
声を落ち着かせながら彼女の隣に腰を下ろした。答えが返ってこないまま静かな時が流れる。ふと僕は思い出していた。かなり昔の頃ここが好きだった。二人が遊んでいるのをここで感じていた事を今になってわかる風の囁きが竹を震わしその音がまた風を呼ぶそれが好きだった。永遠に変わらない出来事のようで、それがいつか忘れてしまうようで
「ねえ、聞いていますか?」
俺の肩を掴まれて舞に揺さぶられた。よく聞こえなかった、呼ばれて揺られて意識が戻り目覚める。
「結婚ってなんですか?」
聞き違いかとなのかと最初思った。
「なんだって?」
俺は内心かなり慌てていたと思う。
「だから結婚です」
怒鳴った調子な気がする、こんな姿を見るのも俺にとって始めての事だった。そして普通の事を伝えるだけならあんな事にはならなかったと思う、でもこの時僕は何も予想できなかった予想さえしなかった。
「好きになりたい人同士、家族になり夫や妻となることだよ」それは運命を知っていた僕の諦めの言葉だったのかもしれない。
俺の言葉は微妙に変な言い方となってしまった。「それならしてもいいよね」嬉しそうに言う、その言葉だけじゃなくて、その顔つきからもわかるほどだ。
「誰と?」聞かなくてもわかっていたはずだった。
「フィル…いえフィークさんと」
は?え?誰?どなた?僕の予想を完璧に裏切られた。
WOR内のプレイヤーの一人だった。
前日に「しょう」という方が結婚式をしていたらしい、ネット内だけの結婚だったけどよくよく考えるとゲームをしている女の人は少ない…なのに相手側は女性だと言うがプレイヤーの総人数の半分が女性と明記されている時点であんまり深く考えていたくない。それにするのは舞であるから気にすることでもない。
「なんで?彼と?」まずそれが知りたかった。わけを聞くと彼が好きになったから好きだからもっと好きになりたかったかららしい。
ある意味世間知らずな舞に何を言ってここまで好きにさせたのかわからないけど俺の知らないところで進展していくのが何故か気に入らなかったもしかしたらこれが親の心境なのかもしれないなど逃避していた。
詳しく話を聞きたかったが春香が俺達を見つけてしまった。気が付くと日が落ちて夜になっていた。部屋に戻る中、昔と変わらない音が心地よく響いている。
この夜、彼女がWORで名前を変えたのを聞いた。蘭という名で俺の手を借りずに姿を変えた。記憶の底で覚えていたのかもしれない僕に教えてくれた彼女が好きだった花の名を…。