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二千四年十月十四日

『十月十四日』


 数日後、学校で聞いてみた。だけど誰も知らなかった、名雪がした事が世間では何も報道されてないことを知った。


 自殺未遂のことは伏せられているとして何故か身近に伝えられた事故の事さえも知れ渡っていなかった。


 名雪の通っている高校にも長期の休みと連絡してあるらしい(名雪と同じ高校の旧友に聞いた)知っているのは名雪家と春香と付き人だけらしいその他は、知らないようだ。


 そして真実を知っているのは極少数、そこで疑問に残る俺は何を知っているのだ?


 名雪は、自殺した…それを知っている。理由なんて知らない、ただ…俺は、知っただけだ。



 その日の学校からの帰り道、そのまま帰宅せず制服のまま名雪家に向かった。


 中学生までの真っ黒な制服をネクタイ着装型にしたような高校の制服、去年までだったら濃い緑の制服だったのにこんな平凡すぎる制服は好きではない。


そもそも気に入っていたからこの学校に行こうと考えていたほどだった。制服が多少違うだけで中学から何かが変わったわけではない、生活も身近な事も変わってない


 遠い昔に毎日通っていた道を通り過ぎていく。前に来た時よりもその足は、軽く前に進もうとする意思が感じられた。


 名雪の家の前、そこで青木さんと出会った。掃除をしているような素振りをしながら手に持ったホウキで落ち葉を片付けるわけでもなく目の前に流れる川を見つめているだけだった。


「こんにちは」

「こんにちは」


 お互い無愛想な笑顔だったと思う、今回は、春香はいないから無理矢理な笑顔なんて作らなくてもいい昔からそうなのだと思う自分の意思よりもまず他人を優先するその考え方は、お互い…変わっていない姿だ。


「掃除していたのですか?」


「いえ、どうにも中だといづらくてね、掃除の真似事して少し呆けておりました。」


「いづらい?」

 軽く挨拶をするかのように頭を下げて青木さんは「はい」と答えた。


 この家に今住んでいる人はそんなにはいない、この家の主ともいえる恵の母親、家内の事を世話する人達が数名その中で指示を出す立場でいるのが青木さんだ。


「名雪はいますか?」


 今日、来た目的はそれしかないわけで嘘をついても仕方ないので聞く事にした。


「はい、先程診察から帰られまして今は、春香様と一緒にいますよ」


 予想していた事だが既に春香が来ているようだ。


 あいつは、部活とかどうしているのだろうか?俺は、部活なんて高校から入部さえしてないから平気だ、俺は練習とか嫌いだ。楽しみたいからこそ入る意味がある。昔、中学の頃に他人と争ってでもレギュラーになろうとしたくないせいかその事である友人と喧嘩してしまった、それから徐々に部活から遠ざかりしまいには、嫌いになってしまったのだろう。


「そうですか…あれからあいつ何か変わりました?」


「いいえ、特に変わった事は、ありませんが久しぶりにお嬢様の笑い声を聞くことができました。」


 それは良かった。笑っている姿を想像出来なかったが少しずつ変わっている事なのだろう


「名雪が何か思い出した事は」

「…」

 その返事は帰ってこなかった。まだ何もそして誰も思い出せていないからだろう


 長い沈黙から逃げるように家の敷地を進んだ時に青木さんに言われた。その言葉の意味は、俺自身は、何も知らなかった。



 「思い出さないほうが幸せかもしれませんね」




 玄関先でここに住んでいる人、早く言えば世話係りという人に迎えられた。


 青木さんは変わらず外でホウキを持ったまま立っていた。


 その人に案内されて恵の部屋へと向かった。今度は、勝手に歩き出そうとせずに素直に後ろについて行く事にした。


 前に訪れてから数回来ているが一人で来るのは久しぶり…いや始めての事で部屋の場所もなんとなくでしか記憶が無かった。


 案内をされてその後姿がとても凛々しかったのを覚えている。かっこいいや綺麗とでもなく気品があるとも言えないそんな姿だった。


「失礼します、お知り合いの方をお連れ致しました。」

 襖の前まで案内されて一度その人の顔をもう一度見つめた。視線が泳ぐ事も無く目の前の襖をじっとみている。その姿は、なんとなくだけど凛々しい姿と同時に無理をしている姿にしか僕の目には映らなかった。その人とは、今日会うのが初めてなのに不思議と初対面な気がしなかった。


「どうぞ」


襖の奥、名雪の部屋から声が聞こえた。


 どうぞと促されて立ち去ろうとする人にありがとうを言ってから俺は、その襖を開けた。


変わらないはずの光景なのに


「こんにちは」


 どうしてもそれが


「遅いよ!」


 虚像でも見ているかのようなこの場所には居てはいけないような辛さを感じた。



「これはどう?」

「えー…と」


 これは春香から聞いた事だが名雪は、普通の生活に関する事は体が覚えているが記憶に関する事それも名雪は自分の名前さえ覚えていなかった。


 どんな気分なのだろうな似たような奴はいるが全然違うことなのだろう。


 後から自分の名前を聞いても他人みたいな気がすると言っていた。


「今、姉様の呼び名考えていたの」


そう、知らない名前よりも新しく自分だという名前が欲しかった…というか春香が提案して考え始めたらしい


 そして初めて会った日から彼女たちは変わっていった。その姿を見るのが少し辛かった。


 俺は、春香に口止めしてもらい【付き人】としての不順な存在としてここにいる。名前に意味が無いなら俺は、そう名のることにした。嘘をついてでも気にしてほしくなかった。


何も知らない他人、知らない時から知っている人。


 俺からは、何も伝える事は無い、名雪に関わる事何一つ話してはいけない


 そうこれからは【付き人】として他人を演じ続ければいい


その事に関して春香は真っ向から反対してきた。それで少し喧嘩をした

喧嘩と言うよりはただ一方的に怒られているだけだった。


「なんで今更他人でいたいの」

「どうしてちゃんと自分を名乗らないの」

「忘れられたままでいいの」


 俺は、その言葉からこれでいいのだと思った。そのおかげで今日は一人で来る事になった。


そして俺は、あの病院で偶然出会った事にしてもらった。怒ることはしたが春香はどうしてか詳しくは事情を聞かない、そして俺は何も教えなかった、そうして俺はここにいるしかしなんなのか昔と比べて何かの溝が俺と二人の間に出来ているようだった。


 あの病院での事もある人の変わりで行く事になったとそんな嘘さえもついた。何も知らないのをいいことにあの時の会話も適当に誤魔化した、それに名雪は、その事をよくは覚えていてくれなかった。


「それで?どれが気に入ったのです?」


 名雪に聞く、実はどうでもよかった、固有を示すものに興味が無いから…いや無くしたから。


「色々、考えてくれたのですが…ちょっと」


【名前一覧】

と大きく題名が書かれた紙を見る。

 春野 夏姫 秋菜 …などなど似た名前がずらっと書かれている。


 受験勉強中に作ったのだと言う…勉強してない奴が言うのもなんだけど大丈夫か受験生よ?


「なあ春香…もしかしてだけど季節関係入れてない?」


「…えへへ」

春香は目線を合わせずに顔を背けていく。名雪も申し訳無さそうに苦笑いを浮かべている。


「それならなんかいい名前あるんでしょうね~?」


「…う」


 痛いところをついてくる。当り前なのだが何にも考えてはいないそれで一番頭に浮かんだ光景から考えてみる。


「…なら舞なんてどうだ?」


 きっと額に汗を浮かべていただろう昔、僕は、名雪が着物姿で綺麗な舞を踊っている姿を見せてもらったことがある。ただそれだけで安易過ぎる名前だったと思う。


「舞姉様か…いいかも」


 驚く事にその名前は気に入られたようだ。


名雪もさっきとは違う顔で反応してくれた


いつの間にか三人で以前のように明るく話しをしていた。


 以前のような冷たさを無くした名雪がそこにいた。それなのかまだ溝が埋まってない気がする。それが普通なのに違う感情に動かされているそんな気持ちでいた。


「舞か私は今日から名雪舞だね」


 笑顔で言ってもらえた。その笑顔でいてくれていることが嬉しかった。


 たとえこの名前が……名前から喜びと悲しみと出会いを生んだとしてもこの時の俺はまだ何も知らなくて久しぶりに心のそこから笑っていた。

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