二千四年十月二日
『二千四年十月二日』
秋の葉が目立つそんな静岡のとある街、天候は快晴、高校一年となる俺は休日のある日電話で呼ばれてこの施設内にいる。前日に話は戻る
「潤様でしょうか?」
「ええ、朝比奈 潤です」
電話の相手は誰だか知らないが番号は十年近く見ており自宅の番号と同じくらい記憶している。
「本人様のみにお伝えする内容ですので質問させていただきます」
「はい、どうぞ」
言葉だけでもこの電話がどれだけ重要な情報なのかを示しているが正直苛立ちを覚えている、僕は、この電話を何時間も待ち続けていたからだ。
「朝比奈様と当家のお嬢様とのご関係を教えてください」
胸がドクンと揺さぶられる。どう答えようか悩む。でも答えだけは決まっている。それが彼女との一つの約束だからだ。
「五才の頃からの幼馴染です」
口に出して嘘を付く、胸が信じられないぐらい故動で揺らいでる。
「お嬢様は、今どんな状態でしょうか?」
「世間の発表ではただの事故、本当は現在意識不明の重体で病院にいるはずです。」
少し間を置いて
「確認しました、申し訳ありませんが周りを確認し誰も居ないことを確認してください」
「はい、自宅に一人です。お話をお願いします。」
そう、部屋には、一人の人間と犬一匹、自宅には、誰もいない
「お嬢様が目を覚ましました。」
それだけの事なのに後に続く言葉が無いのか、それとも必要無いのか長い間が生まれた。
「どんな様子でしたか?」平然を装って…いや沈黙に耐え切れなくなって聞いた。
「後悔はしませんか?」
そんな謎の質問をしてくる。胸の高ぶりは益々酷くなるばかり、怒鳴ってしまいそうな衝動にも襲われる。
「しないとは言い切れません、でも聞かないと収まりが尽きそうにありません」
「わかりました、体は無事です、怪我自体も発生時には酷くはなく跡も残ることは無いはずです。
「そうなのですか、それならよかった」
「ただ」胸がまた一層強く波打った。
「覚えては、いませんでした。」
僕は、絶望という文字が体に刻まれていくのを感じた。
◇◇◇
俺は、その施設内の静かな廊下を一人孤独に進んでいる。
本当なら全力で走ってしまいたいようなこの長く、薄暗くはない廊下だけどとにかく気味が悪かった。
そのせいなのか俺の眼には、やけにはっきりとは目の前の道が見えなかった。
それはどこまで自分がわからなくなっているのを知らないぐらいに自分の今をよくわかろうとさえしないそんな気分にさせられた。
今、わかっているのは歩いている事それは踏み出している自分の足音で理解できる。
それ以外のことと言ったら今日は、通っている高校が休みとか理由があってここに来てるとか右手に果物が入ったかごを持っているとしか考えつかなかった。
さて俺は、ここに何のために来たのだろうか?
呆けるように考えながら歩いていた。その進行方向に少し騒がしい人達がいた。車椅子に乗った老人が何事か叫んでいるのだ。その人に看護婦らしき人とお婆さんが付き添っている。
まるでその叫び声は悲しみを帯びた声だった
俺は、それを聞きながらそれでも不思議におかしく見えないだってここは、そう確か病院だ、ただ普通じゃない所だからここではこれが普通なのだろう。
思い出した。見舞いに来た…そう来てしまったのだ。
入り口から大分通り過ぎてしまった受付へと踵を返した、あのお爺さんは俺が歩いていた方向へと車椅子で運ばれていく、付き添いのお婆さんは顔がぐしゃぐしゃになっていた
今から会う奴がどうなっているか想像して少し怖くなった。不安になりながらも短い道を戻り少し緊張しながら受付に尋ねた。
「すいません、いいですか?」
「どうぞ、面会ですか?」
「はい」
僕は口に出して初めてある人に会おうとしていたのだと思い出した。
「面会の方のお名前は?」
「えっと名雪恵さんをお願いします。」
名雪恵 俺と同じ年齢の幼馴染、ここに運ばれたのを知ったのは数日前らしいが実の所なんでここに運ばれたのか全く知らない。俺が彼女と再会するのが幾日ぶりかさえ今日の俺は、思い出せない。
しばらく受付の人はカタカタと機器を操作してその結果からか少し困った顔をしていた。
「どうしました?」
「その患者様は、親族の方か又は許可を受けている方以外は面会はできない事になっております。」
ちょっと困ったことになった、会いに来たはずだけど会えないのでは意味は無い。
「あなたのお名前と証明できるものありますか?」
「あ、はい…名前は」
僕の名前を言って財布から学生証を出してしばらくまた待つことになった。諦めて帰ろうかと考えていたら
「はい、確認致しました。部屋の場所は、左側の・・・」
どうやら俺は、許可を受けているらしい、そういえば知らせをもらったからこそ今日ここに来たのだ。きっと事前に連絡されていたのだろうな俺が会えるように…。
受付で面会の許可を頂いて教えてくれた病室へと足を進める。
歩くのにしたがってさっきの奇声が聞こえなくなっている。病室へとお爺さんは戻っていったのかもしれない
部屋の場所は、思っていたよりも静かな所ようだそれが何かの救いなのかもしれない、色々考えながら歩く足は重りでもつけているかのように前に進みづらいそれでもいつかは、目的の部屋に辿り着く俺は、望まなくてもきっと会うんだろうな。
面会の部屋はそのまま病室となっていた。表札は無く個人部屋のようだ聞いた部屋番号と同じなのを何度か確認して軽くドアをノックした。
コン コン
「失礼します」
ドアのノックの音が白い廊下とその先の人の耳に届いたのだろう。
「どうぞ」 とドアの先から聞き慣れた声が聞こえた。
僕は、その声を聞くと途端に胸が高鳴った、それを抑えるのに少し時間がかかった
落ちつきながらそのドアを開いた。僕は、開いたその先に広がる風景に全身の力が一瞬失った。
白い患者用のベッド
白くてその上には何も置かれて無い小さなテーブル
光が入りこんでいる閉めきられた窓
人形と変わり無い者の姿それしかない
ベッドにいる人形は、俺の顔を見て「あなたは誰ですか?」とそんな顔をして俺を迎えてくれた。
「こんにちは、元気か名雪」
俺が今できる精一杯の笑顔で言った。一歩離れた他人の言葉を俺は口に出していた。
それを見て忘れたい記憶が思い出された。10日ほど前に彼女は、自殺をした。幸いにも発見が早く未遂に終る事となったがそれから数日、目覚める事は無かったそうだ。
目覚めは、多くの代償を支払う事になった。
それを聞いておきながら僕は、忘れようとしていたのかもしれない。
「こんにちは、はじめまして」
目の前の恵は、僕に向かってそう答えた。俺は、その言葉に胸を何かで貫かれた気がした。
見舞いの果物をテーブルに置こうとした、その時に自分の指先が震えているのがわかってしまった。
その震えを必死に止めようと言い聞かせた、「忘れているだけだきっと思い出すはずだから今はその震えを止めて落ちつけ」だが震えはなかなか止まらない、動揺しすぎているのか俺の手首から指先までうまく動かなかった。
そ震えのせいなのかテーブルに置こうとした果物を床に落としてしまった。
目の前の幼馴染はは、僕にそんな初対面な挨拶をしてきた。
ただそれだけのことなのに遠い存在になったのを意識して、それに対して自分の心が複雑に壊れたものになっていくのを理解してしまったのだ。
震えた手で落ちた果物を拾おうとした時彼女の口から
「大丈夫…ですか?」
普通に心配してくれたのだろうけど僕は彼女の言葉一つ一つが俺の胸に突き刺さるのを感じずにはいられなかった。
大丈夫なわけない、忘れたなんて嘘だろ、ただの冗談だろ。
色々な言葉が頭を巡り口に出そうとしても俺の口は別の言葉を言っていた。
「果物ここに置いておくからな」
声が掠れているのが自分でわかってしまう。震える手で時間をかけて果物を拾い終えた。
落ちてしまった果物をテーブルに置いて初めて顔を合わせるようにその幼馴染の姿を見る。
その顔には笑顔さえ彼女の表情にはない、もしかしたら心配する顔さえ思い出せないのかもしれない。
無表情ならそれでいい今だけを限定するのならそのほうが一番楽だ、無愛想な作り笑顔を見せられても苦しいだけだ。
「じゃあ…さようなら」
言葉がうまく出てこない。「また来ます」 とも言えないまま名雪に背を向けてしまった。
俺は、その場にいる事が辛くなり逃げるように病室を出ていった。その時は一度も振り返らず名雪がどんな顔をしていたのかは知らない部屋を出て名雪に背を向けながら扉を閉めた。
「俺はいったいなにをやっているのだろうな」
誰に告げたのかもわからず声を出した。
閉めたドアに背を預けて目の前にある窓の外を眺める。
その先に見えるのは不可思議な感情の光景が映し出されていた。
この時間から考えると多分学校帰りなのだろうか、男女の中学生が一緒に歩いている。
いったい毎日の日々で彼らは何を考えて何を話しているのだろうか?そしてどれだけ隣の人の事を知っているのだろうか?そして自分にとってどんな存在なのだろうか?
中学生の二人組みが少しずつ見えなくなった時、窓のガラスに薄く自分の顔が映し出されていた。
外の形に興味を無くしその自分の姿を凝視する。そして…それに作り笑いを浮かべてみた…でもガラスに映る顔は無表情のままのようで少しも変わっている気がしない
俺は、もう一度力をこめて笑顔に変えてみることにした。なんでもいい、自分が落ちつけるならなんでもしてみようそう思ってやってみた。
「ほら笑えた…」
窓の反射する姿には、老け顔に似合わない笑い顔が映されている。
口に出してどんなに笑った顔をしていても僕の心は無表情に包まれている。それを見た途端に眼に映った窓の自分自身に嫌気が出てきた。
僕のこんな存在を消してしまいたくなるように。憎い相手を消してしまいたいように。
ガシャン パリ カシャ・・・
何処からかガラスが割れたような音が廊下中を駆け巡った。
そう感じた瞬間、左手からの痛みが神経を伝って頭に響く。
目の前には割れた窓ガラスが残っておりその映る俺の顔がグシャグシャになっていた。
そして足元には割れた少ないガラスの欠片が散らばっている。
「いた…いな」
左腕に感じる痛みが走ることによってやっとこのガラスを割ったのが自分であることをしった。
殴った時に血は出てはいなかったが手を戻したときに割れた部分に手が触れたらしくて血が流れ出してきている。
そんな時に受付の側から看護婦と医師が俺に向かってくるのに気が付いた。警備員らしき姿もいるような気がする。
「君、そこで何をしている」
医者らしき人物が逃げ腰で言ってきた。
その医者の声が震えているのは誰が聞いてもわかりやすかった。そして怒鳴られたそれに俺はなんとも思っていない。
後悔も罪悪感さえも俺には、無い
「…ん?」どうでもいいように目を向ける。
「なんだ…お前は?」
逃げ腰の医者が聞く
僕の…名前ですか?名雪に忘れられていたこの無の俺の名前か?そんなもの名前に意味なんて何も無いのに?
名前なんて所詮個を示すもの証明のような事だろ?だから意味なんて無い。
そして俺の名前は、昔から彼女の傍に居た【付き人】それで十分だろ?俺の存在意味なんてそしてそんな意味も今じゃもう…
ガラ
そんな時、扉が少し開かれようとしている音が鳴った。鼓動が騒ぎ出していく、だってこの場でこんな音を出す扉なんて一つしか知らない、ついさっきまでそのドアに背を向けていた少しだけ音が鳴るドアすぐ後ろでその音はまた鳴っていた。
ガラ ガラ
小さな扉の隙間が生まれた。
その10㎝ぐらいの隙間から名雪が俺を見つめている。
「…あ…あれ?」
それを少しだけ見て我に返り目の前の医師に深く頭を下げていた。そして
「すいません」
そう目の前の医者に言った。
僕は、名雪に心配を掛けたくないから深く頭を下げた。
俺の左腕の感覚が消えていて窓にべったりと付いた自分の赤い血が綺麗に見えた。
そしてその原因はきっと俺達、二人にあるのだ。
俺はもう一度あの声を聞いた。
「大丈夫…ですか?」
心配そうに聞いてくる、名雪の姿に恐れさえ忘れてしまったのだろうか?手に血を流している老け面の他人を心配するなんて
俺は、その心配する言葉にさえ返事を返せないでいた。大丈夫ではないから、そう言ったらきっと困ってしまうだろうから、俺の口は硬く閉ざしていた。
そして俺達二人は、普通でさえないのだ。からこそまだ一緒にいたかった。
俺は、こうして始まりを迎えることとなった。幼馴染の姿が変わった。ただそれだけのことそれなのに俺は、名のれなかった、怖かった。だから僕は、嘘をついた。
君が思い出してしまうその時まで嘘をつくことにした。