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再びのジュッデンにて

 陽が赤くなる前に、慎一はジュッデンの街に入ることができた。門番に入れてもらえないかもと思ったりもしたのだが、たまたま慎一の顔を覚えていた兵士がいたこと、それに王家の紋章が刻まれた短剣を持っていたことで手続きはすんなりといった。しかし門番から聞かされたのは、絶望的な知らせだった。というのも山賊に襲われた翌日、近衛騎士団はクラスメイトを引き連れて早々にジュッデンから去っていったというのだ。

 探す余裕がなかったのか、それとも初めから探す気がなかったのかは不明だが、これで慎一は自力で王都まで帰らなければならなくなった。なぜなら騎士団に連絡を取るという方法が無理だからだ。ジュッデンは王国の直轄地ではなく、貴族のブロームンテ家の領土であり兵士もその部下である。貴族とて暇ではなく、いちいち報告を相手にするはずなかった。




 今は夕方から夜に変わろうとする時間帯、慎一の姿は酒場を兼ねた飲食店にいた。カウンター席に陣取りながら、目の前の料理を片付けていく。鶏のもも肉を香辛料と塩で焼いたものや、野菜をふんだんに使ったスープ、黒パンと久しぶりのまともな食事にみるみる皿が空になっていく。

 金を奪ってきたのは良い判断だった。おかげで夕食にありつけ、腹も舌も満足させることができたのだから。

 一通り食べ終わると、水を飲んで一息つく。そこに四十台と思しき店主が話しかけてきた。


「お客さん、いい食べっぷりだったねえ」

「腹がかなり空いてたもんでね。おいしかったよ」


 素直な感想だった。携帯食ばかりで舌が飽きていたというのもあったが、それを差し引いても満足のいく味だった。


「ちょっと聞きたいんだが、ここから王都まで行きたいんだけど……」

「なんだい兄ちゃん。出稼ぎか、それとも家族にでも会いに行くのか?」

「あー、まあそんなところだ」


 上手いこと店主が食いついてくれた。まだ店はピークではなく、客も少ないため話し相手になってくれたようだ。


「その様子だと王都までは初めてだろ」

「……その通り。地方の村から出てきたばっかりで、よく分からないんでね」

「だと思ったぜ」


 実際は王都から来たのだが、話を円滑に進めるために店主に合わせる。どうも話したがりらしく、ぺらぺらと知りたい情報を話してくれた。


 まずジュッテンから王都に向かうには街道を通るのが普通だ。しかしこの街道、魔物の襲撃が近年頻繁に発生しており、王国も手を焼いている。旅人や商人は護衛を雇ったりチームを組むことでこれに対抗している。よって王都まで行くには単独ではなく、戦闘可能な人間が最低数人必要になるのだ。

 しかし出稼ぎ目的のような人間は、そのようなコネは持たない。ではどうするかというと、傭兵ギルドに頼る。この傭兵ギルドはお金次第で護衛や魔物退治、果ては襲撃や戦争時の兵力としても機能するという。彼らに護衛をしてもらい、魔物に備えるのがセオリーだそうだ。


「とはいえ、兄ちゃんみたいな出稼ぎの人間にはやっぱり無理だな。安い金で雇える傭兵はたかが知れてるし、かといって信頼できる奴は金が足りねえ。素直にここで職を探すのがいいと思うぞ」


 店主はそういって慎一の服装を見る。確かに上も下もボロボロで、とても金があるようには見えない。へたをすればこの店に入ることすらできない装いだ。


「ありがとう助かったよ。できれば傭兵ギルドの場所も教えてくれないか?」


 お代の銀貨を出し、そう店主に告げる。


「ダメもとで行く気かい? まあいいがね」


 店主は気前よくその辺にあった紙に地図を描いて手渡してくれた。釣りを受け取り店を出る。


「向こうか」


 もうすぐ日が沈む。いささか急ぎ足で傭兵ギルドのもとに向かった。




 ギルドの建物は三階建ての大きな建物だった。入り口の横には剣が剣を壊している鉄プレートがあり、察するにこれが傭兵ギルドのマークだろう。

 中に入ると何人もの声やグラスのぶつかる音、せわしなく動く足音などなどが醸し出す喧騒にあふれていた。一回は酒場でもあるらしく、テーブルを囲って樽ジョッキで酒を飲みかわす男たちがいる。

 そして右手奥にはカウンターがあり、そのうち一つのプレートに依頼受付と書かれたブースがあった。幸いにも誰も並んでおらず、慎一は受付の人間に声をかける。


「すみません」

「あ、はい」


 顔を上げる受付の女性。まだ二十代になったかどうかという顔立ちで、内心こんな若い人もいるのかと驚いた。


「依頼を申請しに来たのですが……」

「かしこまりました。では当ギルドの会員証はお持ちですか?」

「いえ、はじめてなもので」


 そう答えると女性は得心いったようで、慎一の目の前に書類を並べる。


「では先に会員証の発行をいたしますので、こちらに必要事項を記入してください。あ、代筆の方がよろしいでしょうか」


 ちらと慎一の着衣を見て言う受付の女性。確かに、今の薄汚い恰好では学のある人間には見えない。大体慎一自身も、こちらの文字は読みはできても書きはできないのだ。


「お願いします」

「分かりました。ではお名前をお願いします」


 問いかけに一瞬、逡巡する。傭兵ギルドに所属するのに、果たして本名で良いものかと考えたのだ。とはいえ、よくよく考えれば傭兵として活動するのはまずないだろうし、構わないように思った。


「シンイチ、です」

「かしこまりました。シンイチ様ですね」


 とりあえず下の名前だけにしたが、怪しまれることはなかった。じつは傭兵には苗字のない人は多く、偽名の者すらいた。であるので、慎一も特別なわけでもなかったのだ。

 そのほか出身地やら髪や瞳の色やらを記録し、次いで得意な武器や実戦経験についても質問された。ちなみに武器については、勇者という身分がばれるのも考えたが、一応遠距離魔法ということにしておいた。全くの嘘ではないし、どうせ実戦になれば隠し通すのは難しいのだ。ならば最初から明らかにさせておくのがいいと判断した。


「では最後に、こちらに血判をお願いします。あ、もちろん魔力を通しながらですよ」


 女性が小さなナイフを差し出してくる。言われたとおりに小指を切って、魔力を通しながら血判を押す。


「これで書類はできました。今会員証を持ってきますね」


 女性は一旦席を外すと奥の部屋に行き、一分もかからず一枚のカードを持ってきた。


「こちらがシンイチ様の当ギルドのカードになります。紛失した場合は再発行できますが、金貨5枚かかりますのでご注意ください」


 カードはよくあるクレジットカードの大きさで、自分の名前や番号が書かれているのを確認する。

 ひとしきり確認してポーチにしまい込むと、再度受付に向く。


「ありがとうございました。で、依頼の申請ですが」

「はい、どのようなものでしょうか」


 慎一はこちらの希望を伝える。王都まで行きたいが、単身ではいろいろと危ないこと。そこで傭兵に護衛をしてもらいたいことなどなどだ。

 受付の女性はメモしていくが、いったん筆を止めて聞いてきた。


「ちなみに報酬はいくらぐらいのご予定ですか」


 そして逆に聞き返す。


「……どれくらいが妥当でしょうか?」


 報酬はは多すぎず少なすぎずがよいのだろうが、生憎慎一にそんな経験はない。ということでギルドの人間に聞くのが一番良いように思えた。

 やや苦笑しながら女性は成功報酬に金貨一枚で十分だと答える。傭兵の信用が気になるようなら、前払い報酬と成功報酬を分けるのも一つの手だと教える。それを受けてひとまず金貨一枚の達成時に、大銀貨一枚(金貨十枚と同等)を前払いとした。

 山賊から奪っておいて本当によかったと、内心安心せざるを得なかった。


 報酬額も決まり、期限や契約違反時の双方のペナルティ、ギルドの仲介マージンなどの説明を経て、書面が成立。最後に慎一の血判で完成となった。


「後は依頼を受ける人が出て来るのを待つかたちになります。その時は会員証右上の点が赤く光りますので、数日以内にはこちらに来てください」


 言われてよく見ると、確かにカードの右上に透明の丸い突起があった。


「わかりました。それでは、よろしくお願いします」


 受付に軽く頭を下げて踵を返そうとする。その横を一人の女性が急ぎ足ですり抜け、今まさにしまわれようとしていた契約書をもぎ取る。

 突然のことに呆気にとられた慎一だが、件の女性は気にせず慎一に向き直る。その顔は以前、一度だけ見かけたことのあるものだ。


「あの時の……」


 顔から察せる年齢は十代後半で同じぐらい、整った顔立ちでありそんじょそこらの姫君では相手にもならないだろう。腰まで伸ばし、首のあたりから編んでまとめている赤茶色の髪、深い海の底を思わせる青い瞳、大きく張り出た胸と引き締まった腰。

 そして何よりあの日、明らかに片手には余る大きさでありながら片手で振るっていた、片刃の直剣。


 森の中でまみえた傭兵であった。


 彼女は契約書を突き出しながら慎一に告げた。


「この依頼、私が引き受けます」




 あれから一時間後。受付の女性はひどく狼狽したものの、もう一人、いかにもベテランそうな40代位の係員が依頼受諾の手続きを代わり、その場で契約成立となった。いきなり現れたので、こっそりベテラン係員に信用できる傭兵か聞くと、太鼓判を押してくれた。それどころか件の傭兵は、ギルドの中でも上位の傭兵だと教えてくれる。


 今、慎一はギルドの一階、酒場を兼ねているところで軽食をとっているところである。もともと日が傾き始めたころに一食取っているので必要なさそうでもあった。しかし食べた時間が中途半端だったせいか、もしくは依頼のごたごたで思わずカロリーを消費してしまったせいか、小腹がすいたのである。

 コーヒーのような黒く苦みのある飲み物とサンドウィッチをぱくつきながら、同席者に目を向ける。


 そこにはカロリーを消費させた張本人である少女、もとい傭兵が夕食をとっている。彼女はれっきとした夕食のようで、目の前にはパンやスープ、魚などいくつもの料理の皿が並んでいる。食べ終わるまでは話をするにも落ち着かず、慎一はコーヒーをすすりながら待つことにした。


 ウェイトレスが皿を片付けていく。いま机の上には先ほどの依頼書とその写しが並んでいた。

 少女は食後のコーヒーをのみ、カップを置くと口を開く。


「改めまして、傭兵ギルド所属のテオドール・バリウスです。ランクはA、腕に自信はありますのでよろしうお願いします」


 そう言って、年相応の柔らかな笑みを浮かべる。この場にそぐわぬ雰囲気の美少女をチラチラ見ていた男たちは、それだけで顔を赤らめてしまうほどだ。

 だが慎一はそうではない。何せ美少女がどうこう以前に疑問が尽きず、そしてそれは今後の進退に大きく関わるからだ。


「……依頼主のシンイチです。今回は私の依頼を受けてくださり、ありがとうございます」

「あの、敬語は結構ですよ?」

「いやそういうわけにも……」

「敬語無しの方が気楽でしょうし、実際使う人は少ないです。私のはただの癖ですから、気にしないでください」

「……そういうことなら、そうさせてもらう」


 言葉を崩すと肩の力が抜けていくのが感じられる。思いのほか力が入っていたようだ。

 リラックスしたところで本題にはいる。


「早速だが聞きたいがある。なぜ俺の依頼を受けた? 俺のはせいぜいDランク、ギルド最高ランクであるAランクのあんたが受けるようなものじゃないはずだ」


 疑問とはまさにこれであった。

 傭兵ギルドにはランク制度というものがある。これは依頼と所属傭兵にそれぞれ割り当てられるもので、下から順にF~Aの六段階がある。これがあることによって、不適切な傭兵と依頼の組み合わせを減らすことができる。特に下位の者が上位の依頼を受けて失敗なぞすれば、依頼人は損失をこうむり、ギルドも仲介者としての信用を失ってしまう。逆に上位の者が下位の依頼ばかり受ければ、それは低ランカーの機会を奪うことになる。これを防ぐための仕組みだ。


 ところが、今回の王都までの護衛はDランク、対して受けたのはAランクのテオドールである。その点何故進んで受諾したのかが、慎一にはどうしても気になった。


「俺との面識も森の中でのあの一件のみだ、何か特別な交流があったわけでもない。というわけで皆目見当もつかない。そこを教えてほしい」


 じっとテオドールをみる。当人はしばらく思案顔だったが、正直に話すことにしたようで居住まいを直して慎一と向き合う。


「率直に言って、あなたの才能が気になったからです」

「才能?」


 怪訝な面持ちのシンイチに、はい、と告げテオドールは続ける。


「実は騎士団に追いやられた後、このまま何もなしというのは癪に思えまして。それで遠くからあなたたちの戦いを見ていたんです」

「……あれを見られてたのか」


 苦々しい思い出だ。大塚に邪魔されてせっかくゴブリンを狩れるところを台無しにされた。今思い返してもいい思いはしない。

 だが目の前の傭兵は違ったようだ。


「あの動きは見事でした。周りがただの力押しなのに、一人だけ立ち回りが飛びぬけていましたし」


 彼女は本当に感心しているようだ。失敗だと思っていることを逆に褒められ、何とも奇妙な気分を味わう。


「そしてギルドに戻ってみれば、ちょうど依頼を出しているところでしたので、ちょうどいい機会だと思って受けたのです」

「……つまり、あくまで俺を知るために受けたということ?」

「そうですね、自分でも変な理由だとは思いますが」


 そう告げるテオドールを注意深く見る。イジメを受け、無視され続けてきた慎一だ。悪意ある反応には敏感なのだ。

 だが、そういった反応は見られない。どうも彼女の言っていることは本当のようであった。そもそも考えてみれば、自分のような人間をはめたところで、傭兵ギルド最高ランクの人間が得られるものは、わずかな利益と莫大な負債だろう。であれば信じてもよさそうだ。それにギルドの人間からも太鼓判を押されているので、心配しすぎる必要はないだろう。


「わかった。あんたの言葉を信じる、テオドール」

「私のことはテオでいいですよ」

「じゃあ、テオ。王都まではよろしく」

「はい、シンイチさん」

「……むずがゆい。さん、は無しで頼む」

「分かりました、シンイチ」


 しかりと頷くテオ。慎一も信用できそうだとみて、わずかに口元が緩む。


「ところで、少人数での旅も初めてですよね」


 テオドールの問いかけに首を縦に振る。


「ああ」

「それなら明日の朝、必需品を買ってからにしません? 無いと困るものもありますし」


 願ってもない申し出だった。慎一にしてみれば、今後単独行動がないとも限らないし、ここでノウハウを積んでおきたかった。

 旅の経験者から直にアドバイスをしてもらえるのは、大変ありがたい。おまけにその人物が信用に置けるとなれば、十分好条件だろう。


「そのほうがいいな。時間はどれくらいかかる?」

「そうですね、大体二時間ぐらい見てもらえれば」

「だったら……ここに翌朝六時集合して買い出し、出発は八時過ぎにするか」

「ですね」


 話がまとまる。

 そんなところで今日は解散することになった。慎一はこれまた係員に勧められた、ギルドの二階に併設してある宿に泊まることになっている。もちろん貴重品や短剣は盗難防止のため、受付に預けているが。

 テオドールは近くの宿屋を拠点にしているというので、そちらに向かう。


「ではまた明日、ここで」

「ああ」


 テオドールが出ていくのを見送り、慎一も自分の部屋に上がっていった。

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