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山賊

「お前たち、逃げろ!」


 初老の騎士の叫びに素早く反応したのは慎一だ。自身も何が起きているのかすべてわかったわけではないが、ここにいればあの騎士と同じように殺されるのは予想できた。

 悲しみや恐怖、驚愕にまみれながらも頭は逆にクリアになっていく。今自分がやるべきことは一刻も早く元の道を戻り、ジュッテンに待機している騎士団長にこのことを報告することだ。

 必死に走る慎一を追い越すのは大塚たち生徒だけだった。おそらく二人の騎士は足止めのために残ったことは容易に想像がついた。そして大塚たちの顔は必死の形相だった。無理もないことで、今まで魔物相手に無双していたところで、いきなり仲間の人間が殺されたのだ。むしろ慎一の冷静さの方が異常かもしれない。


 どんどん小さくなる四人に背中に追いつこうとするも、もともとのスペックが違うのでどうにもならない。だが大してしないうちに追いつくことができた。

 そして慎一たちの前には20人程度の、さっきとは違う賊が道をふさいでいた。誰もがにやにやしており、それでいながら武器をいつでも使える態勢でいる。

 対峙というには勇者たちはかなり気圧されすぎており、その場から動けない。

 そして最悪なことに、先に出くわした30人についに追いつかれ、完全包囲されてしまった。


「頭領、こいつら噂よりたいしたことなかったですぜ。こっちが武器を構えるだけでビビッて動けなくなりやがった」

「やっぱりな。最初見たとき、どう見たってそこいら辺にいるガキと変わらなかったぜ」


 賊の副官らしきネズミのような小男と、フルプレートメイルとヘルムにに身を包んだ頭領と呼ばれた大男がそんな会話を交わす。

 彼らはおびえて動けずにいる勇者たちを見ると、自分たちの立場が上であると確信した。余裕からか、頭領はヘルムを外した。中にあったのはひげをたくさん生やし、縦に傷を負った歴戦の戦士といった男の顔であった。

 だがそんな中にあって一人、慎一だけは恐怖だけではないことに気づく。


「念のため言っておくが、さっきの騎士がお前らを助けに来たりって展開はねえぞ。その証拠に、ほれ」


 頭領が何かを地面に投げ出す。それは先ほど、自分たちを逃がすために残ったはずの、二人の騎士の首であった。それを見た男子生徒の一人などは、こみ上げる吐き気を抑えきれずその場に胃液をまき散らした。


「吐きやがったぞこいつ!」


 ガハハハハハハ、と山賊たちが大笑いする。


「う、うわああああああああああああ!」


 次々と襲いかかる事態に耐えきれず絶叫を上げたのは大塚だ。そして誰も予想できなかった行動をとる。ちょうど手の届く距離にいた慎一の襟首をつかみ、ジュッテンへの道をふさぐ男たちへ投げ飛ばした。


「なっ!?」


 まさかそんなことをするとは想像もつかず、慎一は数人の山賊を巻き込みながら勢いよく地面にたたきつけられた。

 そして、それによって包囲網に穴が開いた。大塚は強化した身体の力の全開でもって走り、離脱していく。続いて都木、男子二人も走り去っていく。


「あわてるな! お前ら全員は逃げたやつを追え、俺はそこで転がってるやつを始末する」


 指示を受けて賊は四人が走っていった方向へ急ぐ。

 完全に出遅れた慎一はそこでようやく体を起こした。かなり強く投げられたせいか、骨折はしていないものの体の芯から痛みが噴出してくる。


「よう、小僧。今から楽しい楽しい処刑の時間だぜ?」


 そして目の前にはヘルムをかぶり直した大男が立っていた。反射的に飛びずさりながら、初級魔法の白い魔力弾を放つ。これは魔力で作った球を相手にぶつけて、その物理的ダメージと爆発ダメージを与えるものだ。

 むろん騎士を討ち取った男に聞くとは思っていなかったが、少しでも距離を稼ぐためのあてずっぽうである。だが魔力弾は鎧にあたると爆発せず、まるでもともとなかったかのように消えてしまった。

 慎一の顔が驚愕に染まる。


「おうおう、驚いてるな? そりゃ驚くよなあ? 魔法無効化の鎧なんてまず見ねえもんな」


 男の語り口は実に楽しそうなものだった。


「つーわけで……これから鬼ごっこでもしようか。自由に逃げてもらっていいぜ、しばらくしたら俺が必ず見つけ出して、その首を剣で切ってやるからよ」


 そう言って腰から抜いた剣を指でもてあそぶ。

 一瞬悩んだ慎一だが、どの道戦闘する選択肢は取れない。森の中にかけていき、頭領の男をまくことにした。


 慎一は何分かわからないが森の中をとにかく走った。しかしとびぬけた体力があるわけでもない彼は足が痛くなり、ひとまず崖のそばにある木に背を預けて息を整えていた。


(なんだあれは、まるで戦車じゃないか)


 浅く呼吸をしながら、さっきの大男のことを思い浮かべる。馬鹿でかい身長に魔法無効化というふざけた仕様の全身鎧、まさしく動く鉄の塊、戦車のようであった。あれに対抗するのは無謀に思えた。


(でも今のまま逃げ切れる保証もない。というより、捕まって殺される可能性の方がよっぽど高い)


 もとよりあっさり捕まえられる自信があるからこそ、こんなことをしているのだ。森の歩き方も地理も分からない慎一が逃げ切れる確率は限りなく低かった。


(何か、何か策はないか……)


 手持ちの武器は支給品の短剣に、水や火を指先で起こす程度の初級魔法に、当たっても役に立たない魔力弾。


(あと一応これもか)


 そう思って手の中にあの使い物にならない二本の「持ち手」が召喚される。

 これらを使ってあの大男を倒す、最低限でもしばらくの間は動けなくする必要がある。知恵を振り絞り必死に考える。しかしどうしても有効打が思いつかない。焦る心を落ち着かせようと、無意識に腰の短剣に手が回るが、その時こつんと手にあたるものがあった。


(そういえば、こんなのもあったか)


 それは最初に殺された騎士が渡した酒の瓶だった。そして慎一の頭にひらめくものがあった。それは場合によってはあの男を殺すことすらできるかもしれない策だ。


(そうだ、これと……あとは火、火が必要だ)


 しかしまだ足りない。その策には火が必要なのだが、慎一の使える火炎魔法は指先に火をつけるものだ。それは取りも直さず指先がふれる距離にまで近づかなければならないということであり、そんなことをすれば先に慎一の頭が落ちることになる。

 思いついた策はすぐに行き詰った。何の気なしに、いまだに手の中にある「持ち手」を見る。


(……こいつが焼夷弾のうてる散弾銃とかなら良かったんだがなあ)


 そう思った瞬間、二本の「持ち手」が淡い輝きを放ち始めた。


「な、なんだ!?」


 あまりの驚きに声を上げてしまう。輝きは一秒そこらで収まり、慎一の手にはついさっきぼんやりと思い浮かべた散弾銃が二丁収まっていた。


「……え?」


 突然すぎて頭が追いつかない。今まで散々あれこれと試してきたのに、ここにきていきなり真価を発揮したのだ。


(……俺が考えた銃を作る武器だったのか?)


 だが出来上がった散弾銃にはおかしな点があった。銃身・機関部・グリップはそろっているのに、引き金がついていなかったのだ。これでは撃てそうもない。


(いや、もしかしたら)


 左手の一丁はいったん木に立てかけ、右手のを両手で構える。そして銃に魔力を送り、「撃て」と念じる。

 弾ける音を立てて発砲した。射出された弾は、イメージ通り散弾のように分裂し着弾と同時に小さな火を出した。そして撃った時の反動は全くと言っていいほど感じなかった。武器が正式な発現をしたことで、ついに慎一も勇者の身体能力を手に入れたのだ。

 今、必要なものがすべてそろったことに自然と口角が上がった。


「聞こえたぜえ。待ってろよ、今殺しに行ってやるからよお」


 賊の頭領の声が遠くから聞こえてきた。何分もしないうちに慎一のもとに来るだろう。先ほど撃った銃は持ち手に戻したうえで一旦消す。もう一丁を左手に下げ、右手で酒瓶を出しながら、木の陰で息をひそめ迎撃態勢をとった。




 頭領たる大男はゆっくりと慎一がいる場所に歩いていく。二ヘラと笑いすら見せている態度には、どんな策をとっていようと踏みつぶせるという考えがあった。

 実際彼は魔法無効化という鎧を手に入れてからはまさに無敵だった。騎士や傭兵になる気はなかったので山賊の頭をやっているのだが、もし彼がもっと高潔な人物であれば国に手厚くもてなされたであろう。


 とうとう慎一が隠れる木まで五メートルというところまで来た。すると突然飛び出し、右手の何かを投げつけた。


「うおっと」


 勇者の腕力で投げられたそれは高速で飛来したため、よけることはできなかった。慎一の狙い通りそれは頭にあたったが、何も起こらないことに男は不審に思った。


「なんだ手前――」


 そして男に相対する慎一の手には件の散弾銃が握られていた。ここでヘルム越しに酒のにおいに気付く。

 だがそれは遅すぎた。

 銃が発砲される。危険を察知した男は後ろに跳ぶが無意味であった。拡散発射された弾のうち数発が鎧に当たり、一発は酒にまみれた頭部に着弾、発火した。


 ここで男にとって不幸だった、そして慎一にとって幸運だったことが二つある。一つは男自慢の全身鎧に耐熱魔法がかかっていなかったこと。もう一つはたまたま貰い受けた酒が、北国から仕入れたアルコール度数の高い代物だったことだ。


「うがああああああああああああ!?」


 一瞬にして男の頭が炎に包まれた。熱で皮膚が焼けて炎症を起こし、激痛が襲いかかる。痛みに思考が取られ、ヘルムを外そうとするもままならず、顔を焼かれ続ける。

 慎一が狙ったのはまさにこれであった。戦車や装甲車に対する有効手段の一つとして挙げられる火炎瓶、それを発火装置と燃料を分けて再現したのだ。

 のた打ち回る大男をよそに慎一は次の準備に取り掛かる。左手銃を持ち手ごと消し、右手に散弾銃を再度召喚させる。ただし今度は焼夷弾ではなく通常使われる、人体に傷を与えるタイプの散弾をイメージする。


「あが、あぐっ、あひいいいいいいいいい」


 男はようやくヘルムを外せた。しかしひどい惨状で、顔は完全に焼かれており、水ぶくれを通り越して炭化している部分すらあった。悲鳴を上げながら地面をのた打ち回る姿には、先ほどまでの余裕など全くなく、ただただ惨めなばかりである。

 だが慎一の目的は山賊の頭領の苦悶ぶりを楽しむことではない。銃を構えて男のそばにより、いまだ動き回る巨体の背中を足で押さえつける。


「ガアッ!?」


 声を上げ反射的に振り向く男。彼の目に入ってきたのは、自分を地獄に突き落とした奇妙な筒と、それを構える獲物だった(・・・)少年だった。


(悪魔だ)


 それが彼の最後の思考だった。ゼロ距離で散弾をたたき込まれ、顔面と脳に重大な損傷を負い、頭領と呼ばれた男はようやく痛みから永久に解放されたのだった。




 銃声を最後に森に静寂が戻った。慎一は死体となった男を見下ろしていると、息が上がっていることに気づく。数歩後ろに下がって、深呼吸して荒い息を整える。

 そしてもう一度眼前の死体を見た。顔は火傷と銃創でひどい有様であり、これを自分がやったのという実感がじわじわと足元から登ってくる感触がした。しかし、一体全体どういうわけか、殺人を犯した罪悪感も死体に対する嫌悪感も沸かず、まるで日々のルーチンワークをこなしたときのような事務的な達成感しか抱かなかった。


(俺、どっかおかしいのかな……)


 考えてみれば山賊に囲まれた時もそうだった。あの大塚でさえ死の予感に恐怖し足が震えていたというのに、慎一はそんなことを観察する余裕があり、あまつさえ包囲網を抜けるの方法を考えていたのだ。


(いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない)


 頭を振って思考を切り替える。目下の障害であった頭領は既に殺し、であれば今やるべきは一刻も早くジュッテンに帰還することだ。

 だがこの日の慎一はタイミングがとにかく悪かった。道の方へ歩を進めようとしたとき、何重もの人間の足音と雑談が聞こえてきた。残りの山賊が戻ってきたのだ。


(まずい!)


 即座に踵を返し走ろうとしたが、間一髪足らず見つかってしまい追いかけられる。


「まだいたぞ、こいつも捕えろ!」

「ま、待て、頭領がやられている!」


 そんな声が聞こえて、もしかしたらおびえて止まるかもしれないと、一瞬淡い期待を抱いた。


「そんな分けねえだろ! とりあえずお前らは回復魔法かけてろ。残りの奴、あいつをつかまえるぞ!」


 だが追跡がやむことはなかった。こうなると慎一には逃げの一手しかない。


(頭領一人にあれだけ苦労したってのに、何十人にも囲まれたら打つ手がない!)


 実際先ほどから矢が何度か体をかすめている。今は散発的だから何とかよけられるが、囲まれでもしたら一巻の終わりだった。

 だがそう長く逃げることはできなかった。慎一の目の前には渓谷があった。幅は間違いなく100メートル以上、落差は優に数十メートルもある。上流で雨でも降ったのか、底には濁った急流がごうごうと音を立てながら流れているのが見える。


(追い詰められたか)


 これではとてもではないが前には進めない。


「待てコラァ!」

「逃げんじゃねえぞ!」


 しかし背後には山賊が迫ってきている。彼らにつかまれば死あるのみだ。もはやここに来て選択の余地はなかった。


「畜生が!」


 叫び、急流に身を投げる。数秒にも数分にも感じられた浮遊感を経て、慎一は川に飛び込んだ。


「がほっ!」


 必死に顔を水面に出す。微かに効く視界の端に崖の上から覗き込む山賊たちが見えたが、それもすぐに見えなくなり、慎一は濁流の中をもがきながら流されていった。

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