訓練二日目、急展開
翌日、勇者たちは宿の大部屋に集められていた。これから今日一日、行動を共にする班のメンバーを発表するためだ。ざわつく生徒たちだったが、ジョアンが前に出てきたことで静まり返る。
「それでは本日の予定を改めて言うぞ。今日は諸君らには五・六人で一組の班になり、そのグループ単位で実戦訓練を行ってもらう。当然だが我々騎士団も数名ずつ各班の護衛につくので、安心してもらいたい。
では班のメンバーであるが、今から前に掲示するので各自確認すること。一時間後には宿を出て、昨日の森にそれぞれの班ごとに出発するので、そのつもりでな」
言い終わると前方に班分けの紙が張り出される。生徒たちはいっせいに詰めより、だれと一緒なのかを確認しては、喜んだり残念がったりしている。
ちなみに、あたり前といえば当たり前だが、名前はこの世界の文字で書かれている。勇者の恩恵なのか、会話は今までのように普通に通じるし、文字も読むだけならば母国語のようにわかる。とはいえこの文字体系、純人族共通のものらしいが、日本語ともアルファベットともにつかぬため、書くのは勉強が必要ではあったが。
慎一も自分の班員を確認する。生徒が団子状態になっているので後ろの方からしか見えなかったが、初級魔法の「遠見」を使えば悠々と見ることができた。そして満たないように、慎一は早々にげんなりせざるを得なかった。
(なんでよりによって大塚と一緒の班になってるんだ)
そう、慎一の所属する班にはどういうわけかタケシ・オオツカの文字があった。前日のゴブリン横取りの件もあり、さすがに同じ班に入ったりはしないだろうと考えていたのだが、予想は大幅に、それもかなり悪いかたちで外れることとなってしまった。
恨みがましく視線でジョアンに抗議をする。しかしジョアンは目が合うと、何ともばつの悪そうな顔をして、目線をそらしてしまった。その様子から騎士団長にも事情はあるのだろうと察し、それ以上は責めるのをやめる。
もう一度自分の班を確認するも、タケシ・オオツカの文字は変わらずそこにある。しかもよく見れば取り巻きの一人である都木勇次の名前もあり、ここまで来ると笑いすら出てきそうな気分であった。他二名は男子生徒で決して友好的ではなく、せいぜい大塚に比べればましといった程度にすぎない。
「全員確認できたな? それでは予定通り、一時間後に訓練始めるので支度するように!」
そう言ってジョアンは部屋を出ていき、生徒と教師もぞろぞろと出ていく。多くは前日の期待感をさらに大きくさせて、そして慎一は今にも頭を抱えたくなるほどの不安要素を抱えて。
現在、慎一たちの班は昨日と同じように森に入り休憩を取っていた。時刻はすでに正午を回っており、ちょうどよく開けたスペースがあったので昼食をとることにしたのだった。
「いやあ、いくら勇者とはいえ俺ら強すぎでしょ」
「だよな。ゴブリンぐらいならまじ瞬殺だったし」
大塚と都木は自分たちの戦果を話して盛り上がっている。他の二人の男子もそれに同調して話を合わせる。
実際午前中に彼らが討ち取った魔物は、普通ならば訓練を始めてまだ一か月もたたない少年どころか、中堅の傭兵ですら一対一では相手どるのは危険とされるものだった。例えば、身長二、三メートルで怪力を持つ巨人のオークや、鋭い牙と巨体とそれに見合わぬ猛スピードで突撃してくる黒いイノシシなどである。他にも囲まれると死亡率が跳ね上がるゴブリンの集団も難なく倒してしまっている。今の大塚にとってはまさに向かうところ敵なしといった感じであり、実際にそうなっていた。
なおも獲物の自慢話を続ける大塚だが、端で一人固いパンと干し肉を食べる慎一を見て、話のタネにする。
「あ、でもどこかの誰かは、全くの成果ゼロだったけ。誰かとは言わないけど」
「大塚君、それほとんど言ってるようなものだって~」
爆笑が巻き起こる。慎一はそんな嘲笑を受けながらも、憮然とした表情のまま黙々と食事を続ける。
だが成果ゼロという点に関しては、反論しようもない事実だった。午前中の戦いにはもちろん慎一も参加していた。しかし他の勇者の魔物処理が素早いことに加え、あからさまに妨害したり横取りしたりしてきたため、止めをさせた魔物は一体もいなかったのだ。
「あれあれ、反論の声が聞こえないぞ?」
「これはつまり、自分が役立たずってことを、やっと自覚したってことかな~」
「お前たち、いい加減にしろ」
なおも慎一を煽ったが、さすがに看過できないと護衛についている三人の騎士のうち、一番若い騎士がたしなめる。大塚たちは叱責を受けたことで白けてしまったらしく、再び今日の戦いぶりについての話――大塚の自慢が中心だ――を始めた。
「大丈夫かー?」
先ほどの騎士が慎一を心配して、声をかけてきた。他の生徒には聞こえないようにしゃがみこみ、小声で話す。
「大丈夫ですよ、これでも」
「本当か? あまり無理はするなよ。お前も大事な勇者の一人なんだからな」
親切そうに話す騎士とは以前顔を合わせていた。というのも、この騎士こそ短剣の戦い方を教え「筋がいい」と褒めた人物だからだ。班員こそ最悪だったが、この比較的友好的な騎士がいることは慎一にとって不幸中の幸いであった。
「そうだ、いいものをやろう」
そう言ってごそごそと道具入れを漁る騎士が取り出したのは、一本のボトルだった。何となく予想がついたので、周りにばれないように気を配りながら聞いてみる。
「……もしかして酒ですか」
「その通り。夜にこいつを一杯やれば、憂さ晴らしぐらいにはなるだろうぜ」
にやりと笑う騎士は、まるで悪だくみをするガキ大将のようだった。
「まだ飲める年齢じゃ――」
「ここじゃ酒を飲むのに年齢制限はないんだよ。ほれ、遠慮なく受け取れ。持ってるのがばれたら怒られちまう」
まだ17歳だというのに飲めるわけがない、そう思って酒瓶を返そうとするも強引に押し付けられてしまう。騎士はさっさと他の二人の騎士のもとに戻り、慎一の手には行き場をなくしたボトルが残った。
ううむとうなりながらも、いつまでも出しておくわけにもいかない。仕方なく酒は腰につけたポーチに押し込む。幸いポーチが大きかったため、何とかばれずに収めることができた。
「そろそろ休憩は終わりだ。各員、準備しろ!」
パーティーリーダーである、この中では最年長である初老の騎士が言う。これから午後の分の戦闘訓練を行うのだ。
今度こそ一体ぐらい魔物を仕留める、と心に誓い慎一も準備を始めた。
昼休憩が終わって一時間たったが、相変わらず慎一は戦果をあげられずにいた。しかし午前と違うのは、その理由が魔物とめっきり合わなくなったためであることだ。
巡り合わせが悪いのかどうかわからないが、ゴブリンの一匹すら会えない状況で、大塚や都木などは戦えないことへの不満が募り始めていた。
「なんでちっとも魔物が出てこねえんだよ!」
「大塚君、不満たまってるねえ。俺もだけど」
「くそ、こうなりゃ何でもいいから出て来いってんだ」
その願いが届いたのか、ふと前方、森の奥深くにゴブリンが一匹だけいるのに大塚が目ざとく見つけた。ようやく標的が見つかったことに舞い上がったのか、仲間を置いてそのまま駆け出す。
「ひゃっほう! ゴブリンみっけー!」
「待て、いきなり走るな! はぐれるぞ!」
騎士の制止も無視してさっさとゴブリンのもとに向かう生徒たち。
その場には、とても盛り上がる気分にはなれなかった慎一と騎士たちが残されたが、放っておくこともできず後を追いかける。
「よっしゃあ、ぶった切ってやる!」
大塚は早くも剣を使える期待感に胸を躍らせていた。だがゴブリンに近づくと様子後おかしいことに気づく。先ほどから一歩も動く様子がないのだ。
数メートルの距離になってようやくその理由がわかる。見つけたのは木に寄りかかったゴブリンの死体だったのだ。
遅れて慎一や騎士も到着し、死体を確認する。
「外れだったか……」
「なあに仕方ない、こういうこともあるさ。まあとりあえず元の道に」
戻ろうか、そう言おうとした若い騎士はそれ以上言葉を続けることができなかった。彼の首からは一本の矢が生えており、のどを貫通していた。何が起こったのかを把握できないまま、驚愕の表情で慎一に酒を渡した若い騎士は絶命した。
「え、何?」
男子の一人が思わず疑問を上げる。突然目の前で起きた出来事に頭の処理が追いついていないようだ。しかしそうしている間にも状況は進む。がさがさと音を立てて現れたのは30人は下らぬだろう、山賊であった。