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勇者の武器、その結果

やっとあらすじまで終わりだよ……

 水晶球の乗った台が置かれ、王女であるウィンディがその前に立つ。


「では、これより勇者様の武器召喚の儀を執り行います。……ではまず一番前の方、こちらへどうぞ」

「お、俺?」


 呼びかけに、たまたまだ先頭にいた男子生徒が、まるで授業中に教師に指されたように困惑する。ウィンディが頷くので、戸惑いながら水晶球の真ん前に立つ。


「勇者様、目を閉じながらこの水晶に手をかざして、『我が手よ来たれ』と言ってください。そうすれば、紙があなたにふさわしい武器を選び与えてくださいます」

「え、えっと、はい」


 男子生徒は指示に従い、目をつむった状態で両手を水晶にかざした。


「わが手よ来たれ!」


 緊張のあまり、つい大声になったしまったようだ。なにせファンタジーの勇者になれるという期待と、目の前に絶世の美少女がいるのだから、緊張するなという方が難しいのかもしれない。

 声が響くと同時に、水晶が光り始めた。瞬く間にその光は大きくなり、その場にいた全員がまぶしさに目をつむってしまった。


 しかし光はそう長く続かなかった。顔を覆っていた手をよけると、男子生徒の前には一振りの巨大なハンマーが浮かんでいた。ハンマーは光をまとっており、神々しさすら感じさせる。

 国王や宰相、それにその場に居合わせた魔法使いたちは、それが伝承にあった勇者の武器であることを肌で感じていた。何しろ神話級の魔力と神の加護が、魔法に触れたことのあるものとして認識できたからである。


「おめでとうございます。これがあなた様の武器ですよ」

「これが……」


 空中のハンマーを受け取ると、彼は目を輝かせながら自分の、勇者としての武器を味わっていた。


「ちなみに消したり呼び出したりは、心の中で武器を思い浮かべながら『消えろ』『来い』といったようなことを思えば、自由にできますよ」

「本当ですか!? じゃあ……」


 男子生徒が振るうのをやめて一瞬動きを止めると、ハンマーは跡形もなく消えた。もういちど念じると当然のようにハンマーが手の中に戻ってきた。


「本当に自在なんだな~」


 男子生徒は感心しきりだ。

 そんな姿を見れば当然、他の生徒達は大きく影響される。クラスメイトが武器を召喚したのを目の当たりにして、興奮がさらに高まったのが見て取れた。


「次はどの方から、召喚なさいますか?」


 ウィンディの呼びかけに前にいた生徒が水晶球へとびついていった。




 そうして、クラスメイトのほぼ全員が武器の召喚を終えた。また担任である千葉も同じように、武器の召喚を行っていた。彼女自身は抵抗感があったのか、ためらいがちに進んだ。そんな彼女の武器は杖で、王国の魔法使いがその場で調べたところ、回復魔法に特化した代物であるようだった。

 それを聞いた千葉はいささかうれしそうであった。なぜなら、自らの力で生徒を守ることができるからである。


 武器召喚の儀式も順調に進み、残りは二人だけ、イジメ主犯の大塚健史とその被害者である高見慎一だ。

 慎一が先に行こうとするも、大塚に強引に押しのけられる。


「うわっ」


 姿勢を崩したものの、何とか尻餅をつくという無様は避けられた。しかし、その間に大塚は悠々と儀式を始めていた。


(しまった……)


 一番最後は良くも悪くも注目されてしまう。それは避けたかったのだが、場所が悪かった。一番後ろにいたせいで順番争いにことごとく負けてしまい、結局この時点まで残ってしまっていた。

 慎一が後悔している間にも、儀式は進む。大塚が手をかざした水晶球から光があふれ、一時おいてから収束していく。


「おお、これは」

「なんと美しい……」


 召喚されたのは一振りの剣であった。

 形状はまさに正統派ともいうべき両刃直剣で、刀身は武器でありながら明かりを反射して神々しい光を放っている。柄や鍔には黄金があしらっており、美術品としても一級品であることは明白だ。

 そして何より、剣自身が放つ雰囲気が異様であった。神々しいのは光だけではなく、その光を放つ剣自身もであり、気づけば王国の魔法使いたちの何人かは、自然とひざまずいてしまっていた。


「おお、これはまさしく……」

「伝説の中だけの存在だと思っていたが……」

「間違いない。あれこそが勇者の中の勇者、すなわち真の勇者の証である『聖剣』だ……」


 魔法使いたちの言葉に王が反応する。


「お主ら、それは本当か!?」

「間違いございませぬ。かつて同じように世界の危機が訪れた時、その時の勇者が召喚したとされる伝承のものとそっくりでございます」

「むうう、確かに。この魔力といい、本物であろうな」


 しばし皆が聖剣の雰囲気にのみ込まれていたが、それも収まる。と同時に、剣は石を持つように勝手に動き、自らを呼び出した主である大塚の手元へおさまった。


「こいつはすげえな」


 剣を握ると大塚の目の色が変わる。なにせ握っているだけで、内側から力が湧いてくるような感覚さえ覚えるのだ。まさしく物語の主人公になりきった気分に、大塚は浸りきった。


「おら!」


 いい気分のままに、ひゅんと一振り、剣を縦に振るう。型も何もない振り方だったが、聖剣の雰囲気と大塚の見てくれの良さから、あたかもおとぎ話の勇者の一場面のようだ。

 それを見ていた女子生徒たちや、果ては王女であるウィンディですらも顔を赤らめて大塚を見つめる。彼女たちには熱っぽい視線が込められており、今の一瞬で惚れ込んでしまったのであった。


「あ、あの、勇者様。お名前を――いえ、失礼しました! その、剣の使い心地はいかがですか?」


 動揺のあまりウィンディが失言する。彼女を知る王たちは、それも無理からぬことであると温かい目で見つめる。宰相などは、いっそ勇者と王女を結婚させて国の発展の礎になってもらうのもよいか、と考えを巡らせた。


「すごくいいぜ、王女さん」

「それは良かったです! ……できればウィンディと、お名前でお呼びください」

「そうか? 俺は大塚健史、タケシが名前だ。よろしくな、ウィンディ」

「はい、タケシ様……」


 頬を赤らめる王女は同性ですら見とれるものだった。大塚はそんな彼女に実に良い笑顔で返す。


 だが、やり取りをはたから見ていた慎一は、この展開にうすら寒いものを感じずにいられれなかった。というのも、王女はともかく、大塚の笑みは見覚えがある代物だ。

 以前、慎一が脅迫や暴力を受けていたとき。慎一を踏みつけながら、やれどこの女と寝ただのなんだのと、聞いてもいない自慢話を訊かされた時のものであった。実際大塚の目に情欲がたぎっているのがわかった。暴言暴力、果てはクラスを巻き込んだシカトといういじめを受け続けた慎一だからこそ、察することができたのかもしれない。




「では、召喚の儀はこれまでということで――」


 満足そうにうなずく王が儀式を終わらせようとする。聖剣を持つ勇者がいたこと、そしてその勇者が娘によさそうな少年であったことに、すっかり終わったものと勘違いしてしまった。

 しかし、まだ慎一が残っている。慎一がそう告げる前に宰相が指摘した。


「まだ一人残ってますぞ」

「うん?」


 首を向けた国王は、慎一を視界に収めると手をたたいた。


「そうであった、そうであった。すまぬな、つい忘れてしもうた」


 ほれ、となおざりに水晶球の方を指さす。早く武器を召喚しろと言いたいのだろう。

 慎一は小さくため息をついて、歩み出て手順通りに手をかざす。


「わが手よ来たれ」


 呪文を唱え、水晶球が光り、光が収まっていく。

 そして慎一の目の前にできた武器は、二本の短い棒であった。


「は?」


 魔法使いの一人が疑問の声を上げる。あげざるを得なかった。

 件の棒は導かれるように慎一の手のひらに収まり、それ以降はうんともすんとも言わなかった。


「これが、勇者の……?」

「そもそも、武器かどうかすら怪しいぞ」


 これまでクラスメイト達が呼びだしたのは、槍・槌・剣・ナックル・魔法用の杖といった、一目で武器とわかるものばかりだった。だが慎一のはどこからどう見てもただの棒、とても戦いに使うものには見えなかった。

 棒の長さは、握り込むと両端が手のひらから出る程度。太さは慎一が握り込むのにちょうどいいくらいで、ご丁寧に滑り止めまでついている。慎一の見立てでは、棒というより何かの持ち手の類に見受けられた。

 ところが肝心の、持ち手の先の部分がない。メリケンサックかとも思ったが、握る部分だけしかないのにメリケンの用途をこなせるはずもない。完全に不明であった。


「何あれ、ただの棒じゃねえか」

「まあ、お似合いかもな、あいつには」


 クラスメイトの陰口が聞こえてくる。今や生徒たちからは一層の蔑みの目を、王国の人間からは失望の目を向けられている。

 特に国王の失望感は大きかった。なまじその前が聖剣持ちという人材であったので期待したのだ。その結果が何の道具すらわからないものでは、期待との差もあって落胆しようというものだ。


「おい、お前たちはこれをどう思う」

「申し訳ございませんが、皆目見当もつきませぬ」


 そう言って王国の魔法使いたちに尋ねたのは宰相だ。しかし、聞かれた彼らも首をかしげるほかなかった。


「ま、まあ、勇者の方が召喚したことには間違いございませんし。訓練でいろいろ試していくうちに、分かるのではございませんか?」

「……そう考えるとしよう」


 これ見よがしな、大きなため息を国王はつく。そこに込められた落胆の気持ちはだれもがうかがいしれた。

 慎一は流石に憤りを覚えずにはいられなかった。勝手に召喚され、勝手に期待され、勝手にあからさまに失望されれば誰だっていい気分にはならない。だがここで声を荒げたところで、意味がないどころかかえって立場を悪くするだけなのは、十分理解できていた。ゆえに、ありとあらゆるマイナスの視線を受けとめながら、黙り込むことに決めた。


「まあよい。勇者の方々もそろそろ疲れたじゃろう。晩餐会を用意してある。これからのこと、戦い方や魔法の訓練、そしてこの世界のことについての講義などなど、詳しいことは食事をしてからにしようではないか」


「それでは皆様、ご案内します」


 いつの間にかいたメイドに連れられて一同が玉座の間を出ていく。

 大塚はすぐ傍に、いまだ熱っぽい視線を注ぐウィンディを隣に侍らせながら、歩みの遅い慎一の近くに寄ってくる。


「やっぱり高見は、底辺がお似合いだな」


 慎一にしか聞こえないように嫌味ったらしく告げると、さっさと追い抜いて行った。

 

 異世界に、勇者とっして召喚されたのにこの始末。相変わらず慎一はここでもカーストの最下位に位置しそうだ。早くも嫌気がさしてきたが、かといって現状どうしようもない。

 慎一は手中の棒をしまい、暗い自分の未来を思ってため息をつくばかりだった。

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