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洞窟を抜けて

 夜になり討伐軍は野営の準備を行っていた。規模もさることながら、用意されているテントや寝床は勇者に配慮して質の良いものだ。流石に王城のベッドには比べるべくもないが、寝心地は野営用としては破格であった。寝床の設備に並んで夕食の準備も進んでいる。石で作ったかまどを使って火を起こし、温かいスープや肉が食べられるようにする。すでに調理に入っているところからは、肉の焼ける音や野菜と香辛料を入れたスープの匂いが漂ってくる。近くにいた騎士や勇者がつられて自然とつばが出てくる。


 野営地点の周囲には警戒のために見張りを立てている。しかし洞窟については見張りもゆるかった。兵士はもっぱら魔物が出る可能性の高い林や道路に注視しており、そうでないところに労力を割いたりはしなかった。もっとも、まだ王国領内ということもありそこまで厳重なわけでもない。さすがに以前大群に襲われた経験があるので気を抜きすぎたりはしないが、それも夕食時になり人が集まると兵士の目も減り、残っている者も食事のにおいと話し声に気をとられていた。


 慎一はまんまとその隙を付いて討伐軍から抜け出すことに成功した。少々拍子抜けではあったが、監視も減りかつ大勢が集まっているところで一人いなくなっても案外気づかないようである。野営地を出て洞窟に入り、光魔法と探索用オービットを起動させて中を進む。歩いて十分もしないうちに地底湖が目の前に現れた。あとはビットを先行させて、テオドールの魔法反応と覚えこんだ地図を頼りに、反対側の出口まで進むだけだ。装備品も濡れることを想定した軽いものにしており、それと酒の入った小瓶を一つ持っていた。

 そこで人の気配が近づいてくるのを感じた。慎一はすばやく岩陰に隠れる。もっとも慌てることはなく、というのもその人間がこちらを追ってきているのは、洞窟に入る前からとうに察知していたからだ。足音が大きくなるにつれて、声が聞こえてくる。しきりに何かをつぶやいているその声は不気味ではあったが恐れるものではなかった。


「……て…る、殺…てやる、高見め、殺してやるぞ……」


 現れたのは予想通り大塚であった。ハンサムだった顔立ちはいまや幽霊のようになっており、目からは正気が失われている。彼にとってここ最近の起きた一連の転落劇は、ここまで追い詰められる出来事であったのだ。落ちぶれた様子を見て、しかし慎一には何の感情もわきたたない。自分をかつていじめていた当人だが、今となってはただの策に必要なピースの一つであり、それ以上でも以下でもなかった。

 大塚はふらふらしながら慎一のそばを通り過ぎる。慎一は背後から駆け寄る。


「そこかあ……!」


 大塚はやっと気づいて振り返るが、そのときにはすでに踏み込まれている。聖剣を出すことすらなく、慎一の出した鳩尾打ちをまともに受け、呆気なくその場にうずくまった。


「ご……お……っ」


 苦しむ大塚の上体を起こす。痛みに耐えるために歯を食いしばっていたので、鼻をつまみ呼吸を阻害する。息継ぎのためにあいた口に小瓶に入っていた酒を一気に入れて、口をふさいで無理やり飲ませる。大塚は荒く息をつきながら、腹の痛みと酒を一気に飲まされたことで意識が朦朧とする。


(下準備完了、と)


 そして慎一は魔法を大塚にかけ始める。かける魔法は催眠魔法で、内容は次のようなものだった。

 『洞窟に入った高見慎一を追い地底湖付近で戦いを始めた大塚健史は、ついに慎一を追い詰める。あとは彼が大きく退いたところに合わせて天井を崩落させれば、高見慎一を崩落に巻き込んで殺すことに成功する』

 つまりは大塚が慎一を殺そうと差し向け且つ殺害に成功したと思い込ませるものだ。催眠魔法は得意ではなく、それどころかまだ学んで日も浅く初級程度しか使えない。しかし対象の意識を朦朧とさせることで判断力を奪い、魔法が聞きやすいようにすることが出来る。まして大塚の場合はもとから慎一に対する殺意がある。これを後押しすることでもあり、思うように操作するのは難しくない。

 催眠がかかったことを確認する。あとは手をたたけばすぐに先ほどの内容どおりに動いてくれるだろう。そこでもう一つ接近する人間の気配をビットを通して感じた。少し逡巡したが商人がいるのはいいことだと考え、慎一は大塚の前で手を強く打った。




 二人の騎士は洞窟の中を警戒しながら進んでいた。幸いにも一本道であり迷うことはないが、それでも未知の空間に緊張はした。彼らは上司から念のため洞窟を見て回るように言われ、嫌々ながらもこうして仕事をしている。魔法の光で周囲を照らしつつ歩いていると、奥から音が響いていることに気づく。二人は顔を見合わせ、より警戒して先を行く。進むにつれて音はどんどん大きくなり、そして騎士である二人は音の正体が戦闘であることに見当が付いた。さらに戦闘音に混じって、奇妙な笑い声も聞こえてくる。

 物陰に隠れながらそっと様子を伺うと、そこには勇者であるはずの二人、高見慎一と大塚健史が戦っているのが見えた。大塚は聖剣をフルに使い慎一を何度も切りつける。表情はまさしく狂人のそれであり、笑い声を上げて剣を振るっている。

 対して慎一は両手に拳銃を持って応戦している。しかし攻撃に押されるかたちになっており、攻めあぐねているように見える。割って入ってとめるか仲間を呼んで取り押さえるか騎士たちが迷っている間に、大塚の攻撃を避け避けようとした慎一が大きく後ろに跳び地底湖の端ぎりぎりで止まる。


「もらったぞ!」


 聖剣が慎一ではなくその頭上に向かって振るわれる。太刀筋に合わせて三日月状の光の刃が生まれ、天井を直撃し一気に崩落させる。真下にいた慎一は落ちてくる無数の岩石に飲み込まれ、崩れた岩とともに水面に落下した。轟音が鳴り響き、それが収まると地底湖は岩で完全にふさがれていた。


「ア、アハハ……アーハッハッハ、死んだ! ついに死にやがった! ざまあみろ高見、俺をコケにするからこうなるんだよ!」


 けたたましい笑い声を上げながら歓喜に打ち震える大塚。騎士たちは状況を判断し判断し、即座に勇者殺しの犯人である彼を押さえつけた。意外にも抵抗はなく、それどころか拘束しても笑い続けていた。


「ざまあ、みろ……ざま、あ……」


 一人が外に応援を呼びにいき、騎士団に事件が伝わる。さらに大塚が慎一を殺したという情報は他の勇者にも伝わり、仲間殺しという事態に討伐軍は非常に動揺した。結局軍勢は内部の動揺を収められず急遽帰還することになった。発端となった大塚は縛られた上で厳重に魔法を封じられ、監視役をつけて監禁された。

 慎一の捜索も行われたが、崩落した洞窟では思うように作業が進まず、すぐに中止された。リーデン王国魔人族討伐軍は、戦果をあげるどころか戦いすらしないまま王都への帰還を余儀なくされた。




「……演技とはいえひどい目にあった」


 崩落現場からさらに奥を進むと地底湖の対岸がある。慎一はそこで濡れた服を魔法で起こした火と風で乾かし、探索用オービットを出して早々に脱出ルートを探し当てていた。光源を作り洞窟を迷いない足取りでさっさと進んでいく。地図は完全に暗記しているし、テオドールがかなり高い出力で魔法を使っているおかげで、手間取ることはなかった。


 それにしても、と思う。大塚が恨みを持っているのを利用した偽装殺人作戦はうまくいったと考えてよかった。慎一を殺したと思い込ませ、その状況証拠を作るだけでも日数稼ぎとしては十分であったが、思いがけず証人も作ることが出来たので成果は十分すぎるほどだ。王国政府も調査は殺人を本線にするだろうし、偽りに気づくにしても数日では無理だと考えられた。


 洞窟を急ぎのペース進んで、優に一時間以上はたっていた。その間にいくつかの地底湖と分岐を挟み、とうとう目的の出口にたどり着いた。テオドールは相当な魔力を光魔法につぎ込んでいたらしく、手でひさしを作らないと近づけなかった。


「待っていましたよ、シンイチ」

「ああ、待たせた。とりあえず光を弱めてくれ、テオ」

「あっと、そうでした」


 明かりが小さくなり、まぶしくて見えかったテオドールの姿がそこにはあった。相変わらずのパンツスタイルに軽装鎧と片手剣を携えている。


「準備は出来ています、急ぎましょう」

「分かった」


 二人は洞窟を出て外に待たせておいた馬車に乗り込む。率いているのは訓練された馬型の魔物で、速力と持久力は普通より格段に優れている。テオドールは御車台に、慎一は幌に座り、馬車は洞窟からすばやく去っていった。




 王城に討伐軍の予期せぬ事件の知らせが届いたのは、事が起こってから五日たってからだった。時間がかかったのはひとえに身内殺しという予想外の、しかも重大な事件であったからであり、そのせいで情報の混乱と判断の遅れを招き伝達が遅くなってしまっていた。


「なんということだ! タケシ・オオツカめ、なんと面倒なことをしでかしてくれた!」


 王城の宰相執務室の中で、ルーガニオの怒声が響く。そのあまりの剣幕に、報告に来たグラッジが自分が怒られているのわけではないのに、思わず肩が震えてしまうほどだ。


「とにかく急いで現場の調査と聞き取りを始めろ。まったく、ただでさえ忙しいというのに……」


 現在ルーガニオの頭を悩ませている案件はもう一つあった。それは討伐軍が帰ってくることを、国民にどう説明するかだ。華々しく送り出しておきながら早々に戻ってきたとあれば、確実に不信を抱かれる。これを和らげるためにもいろいろ策を練らなければならないというのに、加えて最大戦力であった高見慎一が同じ勇者に殺されるという報告があがってきたのである。文句の一つや二つ、言いたくなるというものだ。


「ルーガニオ様、その調査ですが一つ問題がございます」

「なんだ? 申してみよ」

「はい。シンイチ殿殺害の犯人であるタケシ・オオツカですが、事件以来まともに会話が出来る状態ではなく、未だ詳しい状況が聞けずにおります」

「何だと……!?」


 その知らせにルーガニオが表情を凍りつかせる。今回のような事件で、当事者の話が聞けないのは極めて問題であった。

 結局捜査は難航し、最終的には大塚に対して自白作用を持つ薬草と精神にかかわる魔法の使用許可が降りた。そのおかげで王国側も情報が出揃い、事態の把握がようやくできた。しかしそのころには既に発生から半月がたってしまっており、完全に手遅れであった。




 ノリンジ王国はリーデン王国のすぐ北に位置する国で、リーデンとは宗教や交易路を巡って争ったこともある。慎一とかかわりがあるのは、リーデンからの初めての仕事が内通者の処分であり、その相手がノリンジの人間であったことくらいだ。


「あっさり逃げられましたね」

「確かにな」


 慎一とテオドールの馬車は脱走した日から、検問などを避けた険しいルートを取り、率いる魔物のおかげもあって予定より一日早く、五日後には北の国境を抜けてノリンジ王国領内に入ることが出来た。後方は警戒しているが未だ追っ手が来る様子もなく、リーデンからは遠く離れている。


「あとはもっと北に行って、ヴォローシカ帝国に入るだけか」

「最北の国ですからね、追跡の心配はないでしょう。シンイチはそこで傭兵の仕事をするんですよね」

「そのつもりだ」


 テオドールの顔はどことなく嬉しそうで、それは声色にも表れていた。慎一は横目で彼女の様子を見る。

 ヴォローシカ帝国はノリンジ王国のさらに北に位置する国であり、こちらもリーデン王国とは仲が良いとは言えない。付け加えるなら、ヴォローシカは魔人族との交流があると言われている。魔人族を敵視するシュタル教のせいか、真偽は確かめられなかったものの、行ってみる価値はあるように思えた。


「そろそろヴォローシカとの国境を越えますよ。念のためギルドのカードは用意しておいてください」

「分かった」


 今度の国境では検問で検査を受けて、正式に入国する。そうでないと帝国内でいらない問題を招くと考えたからだ。兵士によるの検査は簡単に終わり、テオドールはもちろん慎一の身分も傭兵ギルドの会員証で何とかなった。


「いよいよ、か」

「ですね」


 慎一とテオドールはついにリーデン王国からの脱出に成功し、ヴォローシカ帝国の街道を馬車で進んでいった。

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