計画を詰める
慎一は日が完全に落ちるまで時間を潰し、それから繁華街にある一軒の酒場に向かった。後方を警戒して尾行がいないことを確認し、店に入る。この酒場は少し高級なところで、個室もある。名前を店員に告げ案内されて一室に着いた。
「待たせたか」
「十分くらいですよ」
中には先客のテオドールがいた。相変わらずの戦闘用の服を着ており、傍らには柄に納められた剣もあった。慎一が席に座ると店員は去っていく。
「先に料理だけ決めておくか」
「ええ、あとその前に……」
そういいながらテオドール席を立って対面の慎一に手を伸ばし、手のひらを額にかざす。小さな魔法陣が現れその状態が数秒続くと、安心した表情で座りなおした。
「走査魔法をかけてみましたが、盗聴盗撮の類や催眠などにもかかってないようですね」
「それはよかった」
これから話す内容を考えると必要な措置であり、この手の魔法はテオドールのほうが適正が高いため、事前に調べてもらったのだ。
状況は整ったので先に腹ごしらえということで、店員を呼び適当に料理を注文する。酒は支障が出ないように控えておいた。頼んでからそう待たずに温かい料理を載せた皿が運ばれてきた。
「では、先にいただきますか」
「ああ」
味は少し値が張る店であるだけに、上品であった。材料もそうだが手間がかかっているのだろう。二人はしばし純粋に食事を堪能した。
食べ終わると本題に入る。内容は当然、慎一の王国脱出についてである。まずテオドールに頼んでいた準備を聞くと、ほぼ完了しているとの色よい返事だった。準備とはルートや長時間移動のための馬車の手配、脱出に必要な日数や糧食の計算だ。慎一と秘密裏に何度か話し合いをしていたが、大体の作業は終わっていた。
残る問題は、いつどうやって慎一が王国の監視から逃れて、脱出を行うかである。これについては慎一のほうから提案があった。それは魔人族討伐の途上にて、抜け出すというものだった。
「抜け出す、とは簡単に言いますが、具体的にはどうするつもりで?」
「ああ、それについては丁度よさそうな場所があってな」
慎一が懐から取り出したは一枚の地図だった。それには平面図だけでなく断面図も描いており、かなり複雑な地形であることが見て分かる。じっと見ていたテオドールだったが、当てはまるものが思いついた。
「洞窟ですよね、おそらくウーリ山脈の」
「そうだ、俺はここを使って王国から抜け出すつもりだ」
ウーリ山脈はリーデン王国と魔人族領の境をなす、険峻な山々だ。今までの遠征は町を基点にそう遠くないところで実戦を重ねてきたが、今回はそうはいかない。というのは攻め込む関係上、国境の町からも遠く離れなければならず、ウーリ山脈を越える前に野営が必須となるのだ。またリーデン王国の侵攻ルートは山脈のせいで限られており、比較的通り抜けやすいキュストリ回廊を使うのは確定であった。なので予想野営地点を中心に脱走ルートを考えるのは難しいことではなかった。もとより城からの脱走は監視のことも考えるとリスクが大きく、遠征のさなかで姿を消すほうがやりやすい慎一にとって、この状況はありがたいものだった。
「すると野営中に騎士たちの目を盗んで出て行く……のは分かるんですが、だとすると洞窟はどう使う気ですか?」
テオドールの疑問はもっともである。それだけであれば、発見リスクはまだあるとはいえ、闇夜にまぎれるなどすればよいだけの話で、なにも洞窟とは関係がない。
慎一は地図を指差して説明する。
「この洞窟、位置的にほぼ間違いなく野営地はこの入り口かその近辺だろう。そして見ての通り内部には地底湖がある。俺は野営地側から侵入するから、テオには反対側の入り口に待機してもらいたい」
確かに地図にはいくつかの地底湖が示されており、それを経由すれば別の出口に出ることができる。いなくなった後の捜索撹乱にもなるだろうし、脱出計画には時間はいくらあっても困らない。むしろ調整しているとはいえ日程はギリギリであり、余裕が出るのは喜ばしいことだ。
だが問題点がないわけではない。
「中で迷ったら下手するとそのまま出られなくなりますよ。外界と違って目標物も少ないし、何かあてがあるんですか?」
テオドールのいうとおりであった。洞窟は内部構造が複雑であり、もし道を見失ったらそれだけで生命の危機になる。この解決手段がなければ安易に受け入れるのは難しい。
それに対する慎一の解決策は魔法と自らの武器であった。攻撃に使っていたオービットを極限まで小型化し、武器の制限条件である最低限の殺傷能力と自律機能を発展させた広域探知能力を持たせることに成功した。攻撃力の低さと操作に思考を割く特性からおよそ戦闘においては使い物にならないが、今回の計画にはもってこいの代物だ。数も攻撃用の6機から24機に増やしたことでさらに効果範囲を広げられる。
「あと出口で待機中は魔法を使ってもらいたい。できれば魔力を多く使うやつでな」
「どうしてですか?」
「探索ビットに魔力に反応する仕組みを組み込んでるんだ。あまり微弱だと感知できないが、そうでなければ場所が分かるし合流地点の目印になるだろう」
「分かりました、光源魔法あたりを高魔力で使うことにしますよ」
大方の話はまとまった。あとは実行当日に合わせるだけであるが、慎一はさらに一つ、捜査を惑わす策を控えており念のためテオドールに話しておいた。
「……それは、確かにうまくいけば数日どころか最低でも一週間は稼げます。そうなれば確実に逃げ切れると思いますが……」
「もちろん、これはうまくいけばの考えだ。本線はさっきの言った洞窟からの脱出にする」
テオドールの反応はなかなか良いものだった。不確実性はあるもののリスクは少なく、リターンは十二分にある。慎一としても絶対とはいえないが、状況的に成功確率はそれほど低くないと考えていた。
二人は再び地図に目をやる。そこには地底湖と、そして天井のスケッチがあった。
十日後、正式に魔人族討伐軍が結成され、生徒全員と千葉教諭の勇者四十一人と各地から集められた騎士たちが王都を出発した。見送りのために盛大な式典が行われ、まるでパレードの模様を呈していた。その光景に騎士たちも、そして勇者たちも気が昂ぶり必ずや魔人族に勝ってみせるといきまいていたし、それは国民もであった。
もっとも、興奮とは無縁のものもいる。それはたとえば馬車の中でぶつぶつと何かをつぶやき続ける大塚健史であったり、あるいは王城から冷ややかに勇者を見る宰相グリーセ・オト・ルーガニオであったりだ。
特にルーガニオからすれば、熱狂する国民や式典で熱のある演説をした国王ですら、滑稽に見えた。彼としてはこの討伐軍はリーデン王国の悲願であり、勇者とはそのために必要な駒に過ぎない。ゆえに勇者たちへの尊敬などまるで持たず、自身の計画にまんまと乗せられて王都を出て行く彼らは、知らずに舞台で踊らされている役者に見えた。そんなわけだから、駒でしかない存在に声援をかける他の人間も心の中で笑っていた。ルーガニオにとっての最重要命題とは王国の発展であり、それ以外の何ものでもない。だからこそ曲がりなりにも勇者の一人である慎一に汚れ仕事を受けさせ、選別をかねて実力を試すようなまねをし、それをきっかけにさまざまな厄介ごとを押し付けたのだ。そんな彼がこんな茶番とも思える行事に熱意をこめるというのが、土台無理な話なのである。
慎一も昂ぶらないという意味では、あるいみ大塚やルーガニオと同類であった。乗っている馬車の他の生徒は自信に満ち溢れているのが見て取れる。付け加えるならば、慎一に対する不安の疑惑のまなざしも先ほどから感じている。いい加減慣れてきたので視線を受け流しつつ、テオドールと打ち合わせた計画を頭の中で何度も整理する。監視も緩むこの機会を逃せば、脱走はよりいっそう厳しくなる。というよりほぼ不可能になるだろう。なんとしても成功させ王国から逃げ出し、縁を切って自由になる必要があった。
討伐軍の一団は歓声を受けながら王都を出て行き、勇者と騎士団をつれて国境のウーリ山脈にあるキュストリ回廊を目指していった。道中の町で何度か宿泊したときにも盛大なもてなしをされ、ごく一部を除いて士気はますますあがっていった。
そして最後の町を出発し、その日のうちに討伐軍は回廊の入り口まで到着した。彼らは予定通り洞窟がある地帯で野営をすることになった。




