アンジール革命軍
慎一は馬車に揺られながら、グリッジから渡された詳細な書類を見る。仕事を受けた翌日、あわただしく王城を出発した慎一は、その途上で相手の反乱軍の内容に関するレポートを改めて読み込んでいた。
反乱軍はアンジール革命軍を名乗り、元ベアウルコ侯爵の館を根拠地として活動している。アンジールは彼らの代表であるアルギスの出身地から取られたもので、それ以外の村からも人が集まっている。しかも国が差し向けた討伐軍が敗れた後は、今まで参加していなかった村が協力を申し出ているようで、勢力を拡大し続けているという。
討伐軍一千が相対したときの革命軍はたった五百であった。それがいまや二千を優に超えるまで膨れ上がり、ちょっとやそっとの増援では効かなくなっている。そして革命軍の軍指揮官がアレスであり、側近でもあり子供たちであるカンディスとイオシスがおり、この三人が文字通りの一騎当千の戦力となっている。
アレスは以前騎士団にいたことがあったが、兄の死にともない村に戻り両親の死後は村長を継ぐ。騎士のころの評判は高く、実力だけであれば騎士団長を超えるとまで言われている。武器は両手持ちの大剣で、特にパワーが優れている。
息子のカンディスは、剣ではあるがよりスタンダードな直剣で、どちらかというと速さに優れているらしい。討伐軍指揮官の首を取ったのも彼らしく、突撃するさまは風のようだとも書いてある。
娘のイオシスは魔法に優れているようだが、完全に後衛というわけでもなく杖を使った近接攻撃もできるようで油断はできない。といってもやはり基本は魔法で、火を使った攻撃を多用してくるらしい。
反乱軍は今勢いに乗っているが、それはこの三人によるところが多く、中には代表であるアルギスよりもアレスたちを慕うものも少なくない。だが逆に彼らさえ何とかできれば、戦力だけでなく士気も大幅にそぐことができる。これまでの実績を考えて、慎一にはその仕事が適任であると判断されたのだ。
それについてはまったく問題なかった。増援の騎士団もつくことであるし、慎一自身としても今までやってきたことを思い返して、汚れ仕事が回ってくるのは至極妥当だった。問題は、アレスたちを倒すための策だった。
(交渉の舞台を用意するからその場で殺せ、か……)
最初に計画を知らされたときには、思わず眉をひそめた。悪趣味だとも思った。さらに言えば、こういった仕事はもっと暗殺になれた人間が適任ではないかとも考えた。
だが王国としてはなんとしてもここで決着をつけたく、それを保証する戦力が慎一であった。他の勇者も候補に挙げられたが、人殺しの経験がなく使い物にならないということで却下された。
何度目にかになる熟読を終えて、慎一は書類を脇に置いた。
先日までは王国の侯爵が住まう館、今はアンジール革命軍が司令部を置く場所。そこに軍の指揮官であるアレスと、軍だけでなく賛同する民衆たち、その代表を務めるアルギスが部屋にいた。もともとは侯爵の執務室だったらしく、何百冊の本が入っている本棚と高級木材と腕のある職人の技術をふんだんに使った執務用の机がある。
「交渉の件、受ける気か?」
「受けなければ、王国は今度こそ全力でワシらを潰しにくるだろう。そうなればアレス、いくらお前や子供たちがいるとはいえいずれ支えきれなくなる」
「危険すぎるぞ」
「だとしても、だ」
王国の使者が伝えた交渉について、二人は明らかに怪しい気配がしてならなかった。だがここで行かないという選択肢はとれない。
「お前にもご指名が入っていることだし、だまし討ちに備えてカンディスとイオシスにも来てもらおう。名目上は話し合いだ、威圧してもいけないし、連れて行けるのはせいぜい二百かそこらだろう」
「もし本当に襲われたらどうする。いったん戻るのは当然として、その後も国と戦い続けるのか?」
「そのときはさらに他の村を引き込んだ上で、もう一度王国の部隊に勝ち、相手を交渉のテーブルに着かせる。これしかない」
アルギスの意見にアレスも賛成だった。同時にこれぐらいしか取れる策がないことに、さらに言えば今の状況に追い込まれてしまったことに、やるせなさがあった。
申し立てのつもりでベアウルコ侯爵の館に向かったあの日、一部の暴走で勝手に戦端が開かれ、侯爵の首がはねられた。結果、いまやアレスたちは国にそむいた逆賊として位置づけられてしまい、生き残るには正規軍に勝ち交渉という形で丸く収めなければいけない。アルギスも同じで、最悪代表である自分の命を差し出すことすら考慮に入れていた。
(セレミスは大丈夫だろうか)
アレスは村に残してきた妻に思いをはせる。彼女も反乱のことは知っているだろうし、何より自分の無事を願っていたのだ、さぞ心配しているだろうと思った。
「ではアレス、再度確認だが――」
アルギスはアレスと交渉の場所や時刻、連れて行ける兵力を打ち合わせ準備し、当日に備えた。
件の場所は野原に王国側が設置した臨時の野営場だった。周囲は林に囲まれているが見通しは悪くなく、日も十分差し込む立地だった。
このような所になったのは、双方が相手の根拠地に行くのを嫌がり、かつ形式上反乱軍が王国軍に出向く形にするためであった。
アンジール革命軍を名乗る農民たちが連れてきたのは、兵百。その中には代表のアルギスのほかアレス、カンディス、イオシスといった最高の戦力がいる。対して王国側といえば兵力は二百、相手にアレスたちがいることを考えれば少なすぎる程だ。
それぞれの代表者が話し合いのために用意された天幕に入っていく。慎一はその姿を林に身を隠しながら見ていた。その上その場にいるのは慎一だけではなく、精鋭の騎士団およそ六百がやはり見つからないようにしながら、目標を包囲すべく展開していく。
すでに慎一の手には二挺の散弾銃が握られている。仕掛けるときには接近すると予想されたので、近距離で当たりやすい銃にしたのだ。意味のない装弾機構に太目の銃身が、今の獲物であった。
部隊の展開が終わったのか、騎士たちの気配が動かなくなった。あとは事前に配られた小さい水晶がひかり、合図を送られるまで待機である。
数十分たったかというところで、水晶が赤く光る。作戦開始の合図だ。騎士の動きに合わせて、慎一も会場に突撃する。
(どうか、うまくいってくれるか?)
「何だ! お前ら、やっぱり」
「死ね、反逆者め!」
天幕の外にいた農民兵が、魔法で身体と剣を徹底的に強化された騎士の一太刀を浴びる。頭から股まですっぱりと切られ、断面から血を噴出しながら倒れた。
元から会場にいた王国兵たちも襲撃に加わり、革命軍は混乱に陥った。そしてついに先行した精鋭が天幕に入り、彼らと同じ数の断末魔が響いた。
「やはりこうなったか」
出てきたのは王国制式の甲冑を着た騎士ではなく、大剣を肩に担いだ大男と数人の人間だった。その中には金髪の女魔法使いと赤髪の若い剣士がいた。
「予想通りだったね、父さん」
「ええ、王国の連中も存外芸がないわね」
「侮るな……いくぞ」
彼らは気負う様子もなく会話を交わし、戦闘態勢に入る。瞬間、空気が重くなる。周囲で戦っていた人間の誰もが、重苦しいプレッシャーを感じる。
慎一はそんな光景を見て、武器を変更する。右手を口径の大きい対物ライフルにし、左手のショットガンはそのまま、牽制と確実な一撃を撃てるようにする。
(うまくいってくれって願ったのは、逆にまずかったかね)
眼前ではすでに標的は動き出し、王国側の兵士が紙切れのように切られ、潰され、焼かれている。革命軍はその強さに勢いづけられ、劣勢にもかかわらず士気が回復しているのが分かった。交渉と見せかけて暗殺するという計画はものの見事に瓦解し、保険であった慎一が、その火力を存分に吐き出さなければならない事態となった。
膝をばねにする。限界まで縮めて筋肉がギリギリと鳴り、それを解放すると、身体能力と合わせてすさまじいスピードが出る。もちろん、それを見逃すアレスではない。跳んできた慎一にあわせ、大剣が巨体にそぐわない速さで振るわれる。
慎一は寸前でもう一度地面をけり、アレスの間合いギリギリで今度は上に飛ぶ、と同時に散弾がアレスを襲う。
「オオッ!」
アレスは振り切った剣を無理やり眼前で横にする。散弾を全部は防ぐことはできず、何発か足をかすったがそれだけだった。
空から降りた慎一は、振り向きざま右ライフルを放つ。
「危ない!」
銃口の先にいたイオシスは、カンディスに押し倒される。カンディスの背中を銃弾が掠め、服とわずかばかりの肉の表層をそいでいった。
「あづ!」
「兄さん!?」
避けたことにいささか感心しながら、慎一はもう一度標的の三人を見据える。アレスはかすり傷程度で、特に支障はなさそうだ。カンディスは痛みは感じているようだが、それでも即座に起き上がりしっかりと剣を構えている。イオシスは不覚を取ったこと、そして父と兄を傷つけられたことへの驚きと怒りがあるようで、視線がいっそう鋭くなっている。
(強攻策か)
それしかないと決める。報酬の増額をグリッジに頼むことにして、銃口が再度、親子に向けられた




