反乱、慎一の立場
リーデン王国の辺境の村、アンジール村。その村の長の家に十人の人間が車座になっている。集まっているのは近隣の村々の皆一様に渋い顔をして何か悩んでいる様子だ。
「では、領主のベアウルコ侯爵は税を下げるつもりは無いと?」
彼らの中で一番年長の男性、アンジール村村長のマルギスがいう。禿げ上がった頭と深くしわの刻まれた顔が、今までいくつもの苦労を抱えてきたことを物語っている。
「ああ、確かな情報だ。このままでは俺たちは遠からずして、食料不足で餓死することになる」
答えたのは四十台ぐらいの鍛え抜かれた体をした男だ。腕の太さは普通の平均的男性の腿に匹敵するのではないかと思えるほどで、何らかの武術に精通しているのは間違いない。
男の言葉に、落胆の溜息が流れる。望みがもともと薄いからといって、請願が受け入れられるのをまったく期待していなかったわけではない。いざ拒否されればそれなりに失望するものだ。
「なんということだ……いくら魔人族との戦いが続いているとはいえ、領主は私たちを殺す気か!?」
「シュタル教の協会に頼んで、もういちどお願いするとかはどうだ?」
「あいつら、ここいらは信者が少ないからってあんまり友好的じゃない、むりだ」
「マルギス、どうするつもりだ?」
全員の視線が、マルギスに視線が注がれる。しばし沈黙した後、腹を決めたようで膝を打って顔を引き締め、言った。
「蜂起する。もはやそれしか手段がない」
一同はざわめく。それは最終手段であるからして、とったが最後戻れないものだ。失敗すれば自分も家族もただではすまないだろう。
しかしそれ以外に策はないとも思えた。全員は蜂起に賛成し、各村から男衆を集め戦力として出すことを決める。
「だが、目的はあくまで税を下げてもらうことだ。領主の軍と争うのではなく、あくまでベアウルコ侯爵に圧力をかけるように動くことだ」
「わかっているさ」
「こちらの部隊の指揮はアレスに任せようと思う。いいな?」
「……ああ」
答えたのは、先ほどのひときわ体格のいい男だった。
「アレスなら間違いないな」
「軍にいたころはそうとう腕の立つ戦士だったと聞いているし、頼むぞ」
肩をばしばしとたたかれながら、信頼のある言葉を投げられる。アレスはそれをきいても眉一つ動かさず、一人神妙な表情のままだった。
その日の会議はそれでお開きとなり、マルギスやアレスも自宅へと帰っていった。
アレスが家に戻ったのは、日が沈みきる前であった。村長の家でありながら質素なつくりであり、中も余計なものはほとんどおかれていない。
「帰ったぞ」
「お帰りなさい、あなた」
長い金髪をなびかせながら帰宅を迎えるのは、妻のセレミスだ。すでに三十を過ぎ二児の母親でもありながら、若々しい外見を保ち、二十代でも十分通用する類まれな美人だ。かつては多くの男が求婚したが、何の因果かアレスと結婚し今に至る。自分には過ぎた妻だと思うときもあったが、セレミスの愛情は深く今も昔も夫を陰日なたに支えてくれている。
上着を脱いで席に着き、今日あったことを報告する。
「近く、近隣の村の男たちを率いて、領主に税を下げてもらうよう要求しに行く。その指揮を俺が執ることになった」
「……そう」
セレミスは少し残念がりながらも、夫の手をとって言った。
「責任もあるでしょう、村のことも考えれば仕方のないことだと思うわ。それでも、私にとってはあなたがいてくれることが何よりなの。だからどうか、無事に帰ってきてね」
「分かっているさ。約束しよう」
アレスも握り返し、しばしお互いの体温を感じていた。そこに二人の子供が帰ってくる。
「ただいまー」
「ただいま」
「おかえり、二人とも」
間延びした挨拶をしたのは長男のカンディス。まだ20にもなっていないが父親譲りのいい体格で、アレスに教わった剣術に目覚しい才能を発揮している。燃えるような赤い髪が特徴的だ。
もう一人は母親と同じように長い金髪をしながら、それを馬の尻尾のようにまとめている少女、長女のイオシアだ。こちらもカンディスと負けず劣らずの戦いの才能を持ち、特に魔法に優れている。
二人とも一時期は騎士団なりの中央の軍隊に入るのではないかとされていたが、土地を離れることを嫌い、今でもこうして村の農作業を手伝ったりしている。
「父さん、戻ってたのか」
「……話し合いはどうっだったの?」
「……ああ、思ってる通りになったよ。カンディス、お前も18だし参加しなければならないだろう。イオシスは母さんと、しっかりこの家と村を守るんだぞ」
濁しつつもほとんど結果を言う。隠したところで何になるでもなし、そのほうが楽そうだった。
アレスの答えに、カンディスはやる気十分といった様子で、腕をぶんぶん振舞わす。セレミスはそんな息子を落ち着かせながら、夫と同じように無事に帰ってほしいと内心で願う。今まで苦しいときはあったがそれでも幸せな生活を送ってきたのだ。村長一家としての使命とはいえ、家族には無事でいてほしかった。
ところで一方イオシスは顔を伏せいていたが決心して、父親に頼み込む。
「その部隊、私も参加できない?」
アレスとセレミス、それにカンディスは予想外の申し出に目を丸くして、イオシスを見る。彼女の目にはありありとした気力がみなぎっており、以前から決めていたことがうかがえた。
「本気か?」
「冗談でこんなこと言ったりしないわ」
「いやしかし、いくらなんでもイオシスは……。腕が立つといってもやはり女子なのは」
「父さん、私だって戦える!」
「イオシス!」
そこから始まったのはすったもんだの大論争だ。女子を戦いの表に出すわけには行かないというアレスやカンディスに対して、女性でも前線で戦うものはいくらでもいると反論し、セレミスが村を守るのも務めだというと、自分が部隊に参加するほうが戦力になり結果的に貢献できると主張する。事実、カンディスやイオシスは並みの騎士以上の力をつけており、領主に圧力を加える過程で間違いなく役立つと思われた。
夜中まで続いた問答は、結局イオシスの熱意に負けるかたちでイオシスも軍勢に加わることになった。
「三人とも気をつけてね。絶対、無事で帰ってくるのよ」
「分かってるよ、母さん」
「母さんも村にいる間、体を壊さないようにね」
「……そう思うなら、そもそも参加しないでほしかったわ」
朝、村から集められた男たちが領主、ベアウルコ侯の館へ向かう直前。セレミスは家族との別れを惜しんでいた。彼女は子供たちを抱き寄せると、その体温を感じる。数分か、抱きしめるのをやめるとセレミスは子供たちを送る。
変わってやってきたのが夫のアレスだ。
「そう心配するな。アルギス殿が実質的にリーダーになって、取りまとめてくれるそうだ。悪いことにはならないさ」
「なら、いいのだけど……」
それでも不安な様子の妻をアレスはそっと抱きしめる。体格の関係で、妻の体はすっぽりと隠れてしまう。
「今回のことが終わったら、村も楽になるだろう。そのときは一緒に、二日でもいいから旅行に行こう」
「ええ、待ってるわ」
二人はお互い抱き合いながらキスをする。ふれあいは一瞬で、アレスはすぐに部隊をまとめて出発し、セレミスはそれを見送った。
結果から言えば、彼らが村に戻ることはできなかった。
領主の館に直談判しにいった農民たちは、館の前でベアウルコ侯爵自身が率いる軍と対峙する。当初は矛を交えずに交渉を行っていたが、侯爵の軍が農民たちを挑発して一部が激怒。怒りに震えた彼らは静止の指示も届かない状態で館の中になだれ込む。もちろん最初こそ威勢の良かった農民は、すぐさま正規兵によって押し返されそうになったが、農民を救援しようとしたアレス・カンディス・イオシスによって瞬く間に散らされてしまった。
アレストしてはここでそこで退くつもりだったが、侯爵の兵が押されたのを見て再び勝手な攻勢に出てしまい、館へ突入してしまう。そして暴走した農民兵によって、逃げ出そうとしていたベアウルコ侯爵とその家族はその場で殺害された。
かくしてアレスたちは直談判をしにきた農民ではなく、領主を殺害した反乱軍として認知されることになった。
そしてその報はリーデン王国の王都にも伝わり、近々反乱軍討伐の部隊が組まれるとうわさされていた。
「『ベアウルコ侯爵領にて反乱』『反逆者の卑劣なだまし討ちと残虐な処刑』ねえ」
王都傭兵ギルド、慎一はそこで暇つぶしがてら最新の記事を読んでいた。見出しにはでかでかと反乱軍のことが出ており、当然だが内容は彼らがいかに悪辣なのかを語るものだった。
「宣伝戦略……まあ王国が発行しているのに、この事を中立に書く必要性がないか」
感情的な記事から事実を読み取るのはなかなかに苦労する。討伐部隊がすでに向かったといった情報はあったものの、それ以上はこれといったものもなくそこそこで切り上げることにした。
鐘の音が聞こえ、時刻を知らせてくる。慎一の自由時間も終わりだ。さっさと踵を返して王城に向かう。城は相変わらず大きく威容をたたえており、しかしずいぶんとなじんでいたのを改めて感じる。
(すぐにでも出て行きたいが、無理だな)
テオドールに協力を頼みはしたが、まだハルミスの一件からあまり日数もたっていない。準備にも時間がかかるだろう。考えなしに飛び出したところで、王国領内で捕捉されるのは明らかだ。
いっそ慎一がずっと無能のままであれば、王国のほうから放り出したかもしれないが、武器は完全に覚醒し有用性は示された。いまさら手放すとも考えられない。そのためテオドールとの連絡も細心の注意を払い、なるべく会わないようにしている。今のところ監視はないが、怪しまれているとみて動くべきだった。
王城に戻り部屋への道を歩いている途中、グラッジに鉢合わせる。彼はまた話があるといって慎一を別室に連れて行く。前例があるだけにまた何か依頼かと思い、その予想は当たっていた。
「ベアウルコ侯爵領でおきた反乱軍、その指揮官を殺害してもらいたいのです」
だがその内容にはいささか驚かされた。まさか反乱軍がらみに、仮にもという枕詞はつけなければならないが、自分という勇者を動かすのは流石に想定外であった。
「……せめて理由を聞かせていただきたい。反乱にはもう討伐軍が向かっていると聞きましたが、それではだめなんでしょうか?」
「討伐軍は、相手の指揮官と側近が中心となった部隊の攻撃を受け、敗退しました。ですが逆に彼らさえいなければ、残った討伐軍だけでも十分勝てるでしょう」
まさかの答えに慎一はさらに驚いた。そして思い悩む。
「近隣の騎士団の中から精鋭を同じ任務にあてるので、共同で当たってください。もちろん報酬もしっかり用意してます」
「具体的には?」
「前金で金貨五枚、後金で金貨二十枚です」
「……肝心の目標の強さと、あと側近がいるとかおっしゃってましたけど、その情報はありますか?」
「ええ、こちらに」
グラッジは紙束を渡してくる。そこにあるのは指揮官一人と側近二人の似顔絵と情報だ。指揮官は四十ぐらいの大男で名前はアレス、側近はカンディスという赤い髪の青年とイオシアという金髪でポニーテールの少女だった。
詳しく読むとそれぞれが強い上に連携も強固で、討伐部隊は彼らの攻撃で指揮官を討たれ敗走するところを農民兵に追撃された、と記述があった。具体的にどういった戦い方をしているのかは、調べ切れていないようで、それでもアレスとカンディスが剣を使う前衛、イオシアが魔法を主にした後衛であることは分かった。
「この仕事、受けてくれますね?」
疑問系でありながらグリッジから無言の圧力を感じる。もとより今の慎一に断るという選択肢はなく、グリッジにこの仕事を受諾する返事をした。