ハルミスへの道
太陽が地平線から姿をあらわにし、夜の闇が払われていく。洞窟と、目の前に広がる大地と、そして目的地ハルミスの周辺でうごめく集団に日の光が当たり始めてきた。
外の状況を見ていた慎一の背後で、もぞりと動く気配がした。テオドールだ。
「お早う。体調は?」
「お早うございます、そうですね……」
その場で腕を回したり、ストレッチをする。そこに昨夜までの重さや鈍さは感じられなかった。
「問題ありません。完治しました」
「分かった」
体の動きや顔色から見ても、その言葉に偽りはない。であれば、今日の作戦に当たっての最大の障害は取り除かれた。二人は軽く体を動かして熱をいれ、朝食を携帯食料で手早く済ませる。朝なので胃が疲れてしまわないようお湯も飲んだが、過ぎてもいけないので適度にとどめておく。
身支度も済ませ、ここに準備は整った。後はハルミスに逃げ込むだけである。とはいえ、それが一番の問題だが。
二人は一度、見晴らしのいい丘の頂上から街とその近くをいまだうろつく魔物の群れを観察した。数は全体でざっと五千、やはり前日に斥候の騎士が報告したものよりはるかに多い。突破するには並大抵ではない労力と運が必要であった。
「突破は昨日と同じようにしますか?」
「強攻策でも完全な無策だと死にそうだ、無しで」
「それが聞けてよかったですよ」
前回の、テオドールを前方で切り込み役に、慎一を後方で支援役にすえる考えは、双方最初から破棄していた。成功確率はゼロではないが、突破しきるまでの長さが前回の比ではない。途中で一回でも躓けば、間違いなくどちらかが死ぬだろう。
夜の間、慎一はそのことを十分予想していた。そして、だからこそ、彼の武器の特徴を生かして対策は練っていた。
「テオ、進む先の魔物を減らせれば、進撃速度は落とさずにできるか?」
「数にもよりますが、もちろん」
「広範囲をつぶせる遠距離武器がある。それを使う」
「具体的には、どういうもので?」
説明は簡潔で確かにそんなものがあれば、役に立つに違いない。慎一の武器についても、テオドールは良く知っている。ありえそうだとは思ったが、いまいちイメージがつかめないので質問してみる。
慎一は右手に持ち手を召喚し、さらに目的の武器を作り出す。手に握られていたのは、一本の筒だった。取っ手が下に突き出ている以外は、まるで土管の形であり、慎一の腕よりさらに長い。おもむろにそれを斜め上に向けて、魔力を通して発射する。
シュパと、いつもと違う音を立てて射出された弾体は、白煙をたなびかせながら上昇してある地点から山なり弾道で効果をはじめ炸裂、いくつもの中身が飛び出す。その中身である子弾は、慣性にしたがって地表にたたきつけられ、爆発を起こした。要はミサイルになったクラスター爆弾であった。
これを撃ってテオドールの露払いとし、全身を容易にする考えであった。
「巻き込む危険もあるが、どうだ」
「避けますよ、これぐらいなら。ところで、左はどうするつもりですか?」
「連射式にする」
「決まりですね」
二人はうなずきあうと、ハルミス、その前をふさぐ魔物へ挑む。
魔物たちは不思議と平静を保っていた。これだけの数がいれば争っていてもおかしくないのだが、そういったこともおきていなかった。街には騎士団もいるが、防衛に専念しているのか、あるいは攻めるのを躊躇しているのか、昨日から行動は起こしていない。
その平静を破るように、何かが飛ぶ音が聞こえてきた。音の主は上空を煙をつれて飛んでおり、急にはじけると、重く黒い雨が降り注いできた。その雨は地面につくと同時に爆発して、多数の魔物が悲鳴を上げる。
混乱する魔物たちの中に、テオドールと慎一、二人の人間が突入してくる。神速というべき剣捌きが、慌てふためく魔物を次々と真っ二つにし、回転する銃身から放たれる銃弾が、魔物の体を引き裂いていく。彼らはまず、初期段階に成功したといってよかった。慎一の右手からは断続的にミサイルが放たれ、遥か前方に損害と混乱を与える。やわらかくなった群れの陣形を、テオドールの長剣が熱したナイフでバターを切るがごとく崩す。それでも果敢に彼女の側面を襲おうとする魔物は、慎一の左ガトリングで肉片に様変わりする。
この作戦は順調に進んでいった。ウルフやリザードマン、ポイズンスピアは即座に死ぬし、ゴーレムはもとより避けられるルートを選んでいる。また、昨日テオドールを苦しめた新種も、後背の安全確保はもとより、前面の圧力も減っているおかげで、警戒が割ける。実際に途中で針が一度飛んできたが難なくかわし、肉薄したところを剣で両断された。
ついにハルミスの城壁まであと少しまで迫る。ここを越えれば、大ジャンプでもして突っ込めばいいだけだ。だが、突如として進行先に魔法陣が現れる。それも複数、三つだ。
陣から出てきたのは、ゴーレムだった。ふたりを逃がすまいと巨体を震わせ、周りの魔物が死ぬのもかまわず、突撃してくる。進撃を緩めるが、そうしている間にも背後から魔物が迫ってくる。慎一にも、極めてまずい状況だとよく理解できた。
「シンイチ!」
テオドールの呼びかけに彼女を見ると、いつもは片手で構えている剣を両手で持ち、剣の腹を見せて、まるでバットを振るうかのような姿勢をしていた。慎一はそれをみて意図を察した。
前に軽く飛び、それにテオドールが合わせてフルスイングする。剣の腹を両足で受け止め、思い切り踏み切る。スイングの力も借りて慎一はカタパルトから射出され、ゴーレムの頭上を飛び越え、ついには重力に引かれて落下し、ハルミスの城壁に着地する。ついに帰還に成功したのだ。
だがおちおちしてはいられない。まだ相方が外に残されている。両手の武器を火砲に変え、ゴーレムに向けて三発撃つ。後ろからの攻撃に耐えられず、石の巨人はまたしても頭を砕かれ、その機能を止めた。
続けて、テオドールの位置をすばやく確認すると、砲弾を榴弾のような炸裂弾に切り替え、あたらないように左右の砲で攻撃を加える。慎一が抜けたことで前進に苦労していたようだが、支援を受けると一転、一気に城壁まで迫り、跳躍して慎一のすぐそばに着地した。
魔物は二人にまんまと逃げられた後、あっさりと下がっていき、街から離れて見えなくなっていった。慎一とテオドールは、ここでようやく張り詰めていた緊張の糸をほぐす。
「お疲れ、テオドール」
「そちらもです、シンイチ」
軽くお互いの手をたたいて、労をねぎらう。
その後、ハルミスの衛兵たちが来て、念のためにと身分などを確認したが、これはすぐさま解放された。城壁を跳んで越えてきたのみられていたようで、それほど怪しまれなかったのだ。
「後は戻るだけだな」
「戻ったらさぞ驚かれるでしょうね」
「……ところで、テオドール・バリウス」
唐突に愛称ではなくフルネームで呼ばれ、テオドールははっと振り返る。慎一は神妙な顔つきをしており、いかにも何かありますといった雰囲気だ。
人目を避けるべく路地裏に移動すると、慎一は口を開く
「お前に、傭兵として頼みたいことがある」
「と、いいますと?」
「俺はこの国に骨をうずめる気はない、ということだ」
「……詳しく聞きましょう、シンイチ」
慎一はうなずくと自分の考えを伝え、そしてある依頼をした。それは傭兵ギルドを通していないので正式なものではないが、結果だけいえばテオドールはそれを引き受けた。
二人が、拠点に選ばれていたホテルに戻るとたいそう驚かれた。丁度何かの指示を出そうとしていたところらしく、一箇所に人員が集まっており、自分たちの生存を知らせるには都合が良かった。今度こそ死んだものだと考えられていたのがまたしてもとなれば、中には気味悪がる人間もいたが、表面的には帰還を歓迎された。
魔物が退却したという情報は伝わっていたようで、生き残った傭兵は報酬を受け取り、あっさり帰っていった。仲間が死んだものは陰鬱な雰囲気もあったが、彼らにとって死人は日常茶飯事であり、引きずったところで戦いでの自身の死亡確率を上げる効果しかない。割り切るのは、高ランク傭兵であればこそ手慣れたものだった。
帰る者たちの中には、テオドールもいる。すれ違い際、先ほどの依頼について二言三言交わす。
「じゃ、よろしく頼むぞ」
「任されました」
傭兵たちが全員去ると、今度は勇者と騎士たちも軽く指示を出されて解散する。すでに日がかげっていることに加えて、死亡した騎士で遺体が回収できたものは弔い、抜けた戦力から部隊を再編成する手間があるからだ。出立は明日の朝ということで自由行動を言い渡され、勇者は緊張から解放されそれぞれ部屋に戻っていく。
慎一が自室に入ろうとすると、後ろに殺気を感じ回避行動をとる。飛んできたのは蹴りで、その犯人は大塚だった。いつものように取り巻きを何人か引き連れている。だがいつもとは違い、大塚は慎一に対して気に入らないという感情をあらわにしてぶつけてくるが、彼以外はどうも積極性にかけており、付き従ってはいるものの手を出す気はないように見えた。
「高見よう、お前何なの? チョーシのってんの?」
身長差を使って睨み付けてくるが、以前も同じ脅しを受けてそれをはねつけた慎一が、いまさら怖気付くはずもなかった。まして慎一は命の取り合い、人との殺し合いというさらに過酷な状況も経験しており、実力の伴わない脅迫などそれに比べればたいしたことはなかった。心の中で溜息をつき、子犬の威嚇としか思えない大塚をどけて部屋に入ろうとする。だが、その次に大塚が放った言葉は聞き捨てならなかった。
「そういえばさっきお前と一緒だったやつ、いい女だったよなあ」
ニヤニヤした笑いを浮かべながら煽る。慎一が振り向いたことに満足したのか、さらに言葉をつなげる。
「ウィンディの王女だけじゃそろそろ飽きてきたし、あれにも手を出しちゃおうか?」
「それは困る」
慎一の怒りに染まった顔を期待した大塚だったが、そこにあったのは期待の表情ではなく、きわめて平然としたものだった。逆に驚いた大塚を特に気にすることもなく、慎一は続ける。
「彼女に今ちょっかいを出されるのはいろいろと面倒になるし、自重してくれないか」
諭すように、あるいはたしなめるように言う。思い通りにならず、大塚の肩が震え始める。
「ただ、相手があいつな以上返り討ちか?」
「うあああっ!」
目の前にいるというのに視線を合わすことすらせず、テオドールのことを考える。慎一としては何気ない独り言だったが、大塚にとっては眼中にないと言われているかに思えた。
プライドに大きな傷をつけられ本能のままに殴りかかる。しかし慎一は姿勢を落として危なげなくかわし、代わりにがら空きの腹に一発パンチを打ち込む。
「ごぼっ」
一瞬大塚の足が地面から離れ、そして後ろに倒れた。
「だ、大丈夫かい!?」
「だからやめようって言ったのに……とりあえず運ぶの手伝って」
大塚は愚痴をこぼされながら取り巻きたちに担がれてその場を去っていった。
(余計な恨み作ったな)
意図したわけではなかったとはいえ、自分がしたことに後悔する慎一であった。