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大群の脅威

 雲霞のごとく迫りくる魔物たち、ましてその内容がことごとく凶悪なものならば、恐怖にすくんでしまうものがいても誰も責められないであろう。実際、騎士団や傭兵の中にもそういった人間は少なくなかった。まして実戦経験に難を抱える勇者は言うまでもなかった。彼らはもともとはただの高校生であり、殺し合いとはまったく関係のない環境にいた。この世界に来て何度かあった魔物との戦いも、周りの人間が常に有利な状況を作ったうえで戦ったものであり、このような死の危険が差し迫った場において、まともに戦力として機能しろというのは過大な要求である。


 そういった意味では、今戦場を駆け巡る慎一はまさに異端であった。数えるのがいやになるほどの敵を相手にしながら、地を蹴って跳びまわり、両手の銃と頭上に滞空させた球形オービットが火線を形成する。

 左のガトリングガンは銃身を回転させながら、けたたましい音をさせて無数の弾をばら撒き、先行して突進してきたストーンウルフが、魔法を作動させるまでもなく穴あきの肉片と化す。正面からは危険だと察知して、今度は回り込もうとするが、慎一はそれを許さない。後ろに一回、大きく跳んで下がることで側面を狙おうとしていたクリスタルウルフが、再びガトリングの射界に収められ、絶命する。


 それでも、中には処理しきれず、死角から突っ込んでくる魔物もいる。数匹のポイズンスピアが耳障りな羽音を鳴らしながら、慎一に毒針を打ち込まんと飛んでくる。しかし、ある程度近づいたところで、六本の光線レーザーがポイズンスピアを襲う。体に大穴を明けられたポイズンスピアは、断末魔をあげることも許されず、地に撃ち落とされた。

 光線の主は、慎一の頭上にあるオービットだ。ビットは近づく敵の動きと魔力に対して自動反応し、攻撃するように設定してある。これにより慎一は後輩の安全を確保することで前面の敵に集中でき、更には三機を後ろのカバーに、残り三機を前の魔物に振り分けて火力補助にもしている。ビットには、実はその操作に思考の一部をとられるという欠点はあるが、今回のように単純な引き撃ち志向であれば問題にならなかった。そもそも大蜘蛛と戦っていたときのように、その場からの移動やビットの設定を変えるということがない限りでは、ほぼ関係がない。前方に何機か回したりするとき以外は、慎一は両手の火器に集中できた。


 慎一は迫る魔物を弾幕で次々とすりつぶしていく。だが、中にはそれだけでは倒せない魔物もいた。茶色くごつごつとした人型、最低でも5メートルはあろうという身長、顔に当たる部分についた目と思しき二つの赤い石。すなわちゴーレムである。

 ゴーレムは流石に体が硬く、またガトリングで撃っても表面を削るのが精一杯であり、有効打はならなかった。幸いにして動きは遅いが、かといって無視してよいわけでもない。なぜなら、今も近くでは傭兵や騎士が死に物狂いで戦っており慎一がゴーレムに押されでもしたらただでさえ大きすぎる負担が、尋常でないレベルになってしまう。

 巨体を動かしながらこちらに歩み寄るゴーレムに、慎一は右手の火砲で狙いをつけ発砲。撃ち続けているガトリングとオービットの発射音をかき消すほどの轟音が響き、砲弾が砲身から吐き出される。慎一の体は、わずかに反動を殺すために腕が後ろに動いた程度で、勇者の強化能力の高さが見て取れた。放たれた砲弾はまっすぐにゴーレムへ高速で飛来し、その顔面に直撃、硬いはずの石でできた頭が握りつぶされたりんごのごとくはじけ飛んだ。頭を失えば動くことはもはや不可能で、ぐらりと巨体が倒れ、数匹のリザードマンとストーンウルフが血と肉のカーペットになった。

 そして、見ればもう一体石の巨体がいた。右腕の照準をすばやく合わせ再度轟音、今度も砲弾はゴーレムの頭部を粉砕し、あっけなく倒された。


 ゴーレム二体があっさり撃破され、魔物たちがひるむ。突撃をやめ、引き下がろうとする。もはや人間大の要塞と化した慎一に近づくのは危険だと、ここでようやく判断した。

 それを察知した慎一は、こう着状態を作る。銃口は火を噴き続けるも、それ以上無理な攻勢には出ない。もとより殲滅するなどできない話で、魔物が自分たちから下がってくれるなら、願ってもないことであった。彼らがその判断を覆さないよう、攻撃は続けるがあおったりはせず、じりじりとその戦意を喪失させていく。


 ふと、後方から急激に接近してくる気配がする。ビットを差し向けるか迷ったが、魔物の肉が裂かれる音と剣の振るう風の音を聞いて、何よりその独特の跳躍と走りを織り交ぜた足音で、それが誰かが分かった。


「シンイチ! 無事でしたか!?」


 来たのは果たして、テオドールであった。きれいな顔はいまや土や血で汚れに汚れ、体には擦り傷がいくつかある。そして何より、その手に握る剣と防具が血にまみれており、魔物と激戦を繰り広げていたことは容易に想像がついた。


「見ての通り、特別怪我はない。そっちは?」

「少しすりむいた程度です。疲労も、まあ何とか」


 そう言って、荒れた呼吸を整えている。

 そもそもテオドールは近接型であり、体を激しく動かさなければならないのはもちろん、一歩間違えば自分が死ぬ状況で冷静に判断し戦わなければならない。肉体だけではなく精神も疲れるはずであり、今回のような絶望的状況では、疲労困憊になっていないのが不思議なぐらいだ。


「状況分かるか? こっちは目の前だけでもきつくてな」


 いまだに、火線を浴びながら魔物は布陣している。一度は下がったものの慎一の命をあきらめたわけではないようで、気を抜けば横や裏を取ろうとする動きがところどころ見える。


「肝心の勇者たちは大半が町に逃げ込めたようです。騎士団と傭兵は最低半数は死んだかと。街の外に残ってるのは、私たちを含めて迎撃に当たった人ぐらいです」

「すると引き時か」

「周りの魔物がいなければ、という条件文が必要ですがね」

「それなりに減らしたのにまだいるんだからな。数千ではきかないぞ、この数は」


 おどける慎一には、実は街の入り口が見えていた。自分たちとその間にいる大群さえいなければ、すぐにでも駆け込みたいところである。

 テオドールは慎一の後背に、背中合わせになりながら構えを取って警戒を続けている。完全に戦況は膠着したが、数を頼みにできる魔物と違い、慎一たちは少しミスをすればそこで終わりだ。時間がたてばたつほど集中力は削れ、死が近づいてくる。


「シンイチ、提案があります」

「なんだ」

「私の前が、数で言えば手薄です。二人で突っ込んで包囲網を突破、群れを大回りしてハルミスに逃げ込む。どうです?」

「厚さは?」

「二百体」

「よし、行くか」


 言うが早いか、慎一はくるりと後ろを向き、両手を軽マシンガンに変える。高速戦闘、ましてこちらから攻撃を仕掛けるので思考の邪魔になるビットは消去する。テオドールが切り込むのに合わせ、慎一も群れに突撃する。


 先頭のリザードマンは動きのない展開が続いていたせいか油断していたようで、あっさりと二体分の首が宙に舞う。仲間をやられたことに憤る間もなく、また首が飛ぶ。

 テオドールの剣はすばやく、正確で、連続する。この程度の魔物であれば、一振りで複数たおすぐらいは造作もないことだった。テオドールの攻撃を前に、あっけなく群れが引きちぎられていく。

 それに続く慎一の仕事はとにかく支援だ。相方が前を切り開くことに集中できるよう、左右の敵をマシンガンで掃射を加える。無論、ゴーレムや盾持ちのリザードマンにはスズメの涙の威力だが、降り注ぐ弾丸の雨は行動を抑制するには十分であった。二人の連携攻撃を前に魔物たちは有効手段を持たず、縦深な陣を敷いていなかったこともあり、包囲網は完全に破壊され、突破された。


「よし、後はさっさと回り込むだけで――」


 テオドールが方向転換しようとしたとき、どこからともなく針が飛んできた。すでに長時間の孤軍奮闘を重ね、さらに包囲を破る突撃役をかってでた彼女は、疲れもいよいよ溜まってきていた。その上、突破してきたばかりの魔物たちの動きに目をとられていたため、反応が一瞬遅れた。

 それでも剣でぎりぎり払いはしたが、針はわずかに頬の切り傷があるところをちょうど掠めた。するとテオドールの体を強烈な悪寒が襲った。体の臓器が氷になったかのような寒気を感じ、全身から力が勝手に抜ける。


 彼女の異常に慎一はすぐに気がついた。にわかに動きが鈍り、ついにはその場に崩れ落ちたのをみて急いで様子を見る。顔色は真っ青で、体が震えているのも分かる。だがその間にも魔物は二人をしとめるべく迫ってくる。


 一瞬、見捨てるかとも考えた。彼女がここで死んでも、包囲を突破できた今、慎一一人で街に到達できる確率は十分であった。


(ここに来て面倒な!)


 脳内で愚痴をはきつつテオドールの剣を手早く鞘に収めて、彼女を米俵のように右肩に抱え込む。男性にはない柔らかさを感じるが、それに感じ入っている余裕はない。すぐ背後まで来ていたストーンウルフの牙を間一髪でかわすと、左手のマシンガンが火を噴く。頭に風穴を開けられたウルフは血を流して死んだ。

 慎一は全力で地を蹴り続け、群れを大回りしようとしたが、それはあきらめざるを得なかった。すでに群れ全体が動きこちらを再包囲せんとしており、このままでは逃げ切るのは無理であった。

 仕方なくテオドールを抱えたまま、ハルミスとは逆方向に逃げていく。その先にはそれほど離れていないところに山岳地帯が控えている。何とかしてそこに逃げ込むことにした。




 日はとうに沈み、夜の闇があたりを暗く覆い尽くしている。慎一はあれから、魔物の追撃を振り切り、洞窟に隠れることに成功した。今は外を警戒しながら、夕食を作っているところだ。

 傍らにはテオドールがいまだに横になっている。上から防寒着をかぶせて、少しでも楽なようにしていた。あれから意識は途切れ途切れで、毒に効くとされる薬草もすりつぶしてのませたが、回復したとは言いがたい。それでも顔色はだいぶましになっており、呼吸も安定している。まず大丈夫だろうと考え、とりあえずの安静にしておく。


「あれ、ここは……」

「起きたか」


 テオドールが目を覚ましたようだ。気だるげに身を起こすと、周りに目をやりぼうっとしていたが、そこで自分がどうなったのか把握した。


「私は、確か針が当たって、急に気分が悪くなって、そこからは……」

「俺がお前を抱えてこの洞窟に逃げ込んだんだ」

「……そうですか。これじゃあランクがなきますね。ともかく助けてくれてありがとうございます」


 そういいながらも、彼女の声には悔しさがにじんでいた。

 そこをつつくようで悪い気もしたが、確認のために聞いておく。


「ポイズンスピアの毒だと判断してこの薬草飲ませたが、気分はどうだ?」

「ええ、だいぶ良くなりました。まだ完全ではないですけど」

「ならいいさ。針を飛ばしてくる種がいるなんて、知らなかったぞ」


 回答に安堵するが、逆にテオドールは疑問があった。


「……実はそのポイズンスピアですが、針を飛ばしてくる個体なんてのは今まで確認されてないんですよ」

「……一度もか?」

「ええ、それに毒が強すぎます。針が傷をかすったからといって、戦えなくなるほどではないはずなんですが……」

「本来はどのくらいなんだ」

「そうですね、私も傭兵ですから毒には耐性をつけているので、仮に直接一刺しされても問題ないようにしていた……はずなんですが」


 テオドールの話を信じるならば、針は飛んでこないし、仮に飛ばしても掠った程度ではあそこまでひどいことにはならない。


「突然変異でもあったか」

「あるいは、何者かが変異させたのかもしれません」

「できるのか?」


 初耳の情報に疑問をぶつける。テオドールはうなずいて説明をした。

 時に魔物を使役する召喚術士、その中にはごく少数ではあるが、使役の延長として魔物の思考の操作だけではなく、体そのものを変異させてしまうものがいるらしい。もっとも、これは理論上であって実際にそれほどの魔力と魔法の才能を持った人間は確認されていない。

 しかし、そもそも今回の大群の襲撃は不自然な点が多すぎる。まず大群が待ち伏せをしていたこと、次に彼らがあたかも軍隊のように機能していたこと、そしてこの確認されていない新個体である。作為的なものは感じずにはいられなかった。


「なら納得だ」


 得心のいった慎一は、より警戒を強める。


「とりあえず飯にしよう。食欲は?」

「いつもほどではないですが、あります」

「ならよし」


 夕食は、慎一は携帯食料、テオドールは適当に食べられるものを煮込んだ粥だ。米ではなく小麦だが、胃に優しいならば変わりないだろうという判断だ。


「味、あまりしませんね」

「不調の人間に、味の濃いもの食べさせるわけにもいかんだろう。明日には治ってもらわないとこっちも困る」

「……また強行突破ですか」

「それしか方策がない。街の中から救援が来るでもしなければな」

「同じ意見です」


 今いる洞窟はあくまで待避所だ。いつまでもいることはできないし、早いところハルミスに戻らなければならない。そのためには群れの突破を必要とした。もしかしたら退いているのではという考えもあったが、希望的観測に過ぎないので、脇においておくことにした。

 夕食をとり、テオドールは再び横になる。少しでも体調を取り戻すことが、明日の二人の生還に貢献する。


「今日は俺が不寝番をしとく、お前は回復に努めてくれ」

「……すみません」

「気にするな、一日寝ないぐらいどうというとはない」

「……ありがとうございます」


 しばらくして寝息が聞こえてくる。ちゃんと寝入ってくれたようだ。

 慎一は洞窟の外に気を配りながら、夜をすごした。

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