大規模討伐作戦、からの危機
「いよいよ、勇者の諸君にも本格的な魔物との戦闘をしてもらう」
慎一の休暇から数週間たったある日、いつものように食堂に集められたクラスメイトにジョアンが告げた。
なお、慎一の休暇二日目は書物屋めぐりをして丸々つぶれてしまった。とはいっても観光する気も、する場所ももとよりなかったわけで、情報の仕入先とアンテナを広げるのもいいと思っている。そう考えれば決して悪いことではなかった。
「今回向かうのは、悪しき魔人族との前線である西部国境だ。今までより強い魔物の登場が予想される。諸君は勇者としての実力と、それを十全に引き出すための訓練をしてきた。全員気を引き締め、そして自信を持ってかかるようにしてくれ」
いままでゴブリンのような弱い魔物ばかりを相手にしていたクラスメイト一同は、そのことを聞いて色めきたった。彼らにしても、最近の実線は物足りないレベルであり、ましてや勇者の武器の力が十分についた今では、完全に格下いじめの様相を呈していた。そんな飽き飽きした戦いからついに脱却できるということで、彼らの士気は大いに盛り上がった。
「なお、今回の護衛は近衛騎士団だけではなく、傭兵も使う予定だ。これで護衛を万全にするので、諸君は全力を見せ付けてやるといい」
「はいっ!」
力強く返事をする生徒たち。
(どう考えても妙だな)
慎一は素直に受け入れられなかった。戦力的に考えれば傭兵を雇うよりは、自国内の騎士団を動かしたほうが信用が置けて良いに決まっている。
実はこの傭兵の雇用には、ギルドに対する示威行為という目的もあった。慎一が以前知ったように、リーデン王国の主流の宗教であるシュタル教では、魔人族を悪とみなし時として与することもある傭兵は、蔑視されている。しかし、現実問題として魔物には騎士団だけでも対応できないところもあり、さらに魔物から取れるさまざまな素材はギルドが流通を握っている。それゆえ嫌われながらもリーデン国内では傭兵業が成立していたのだ。
しかしここで勇者という戦力を知らしめることで、決して傭兵が今後も有利な立場ではないということをはっきりと示し、上位傭兵と同等の力を持つものがいるとギルドに思い知らせる。これが本当のところの目的であった。
(それにしてもこれは予言達成か、テオ?)
傭兵と共同ときいて、そう思わずに入られなかった慎一であった。言葉にはしていなかったが、正直慎一の立場はほとんど透けていただろうし、そうと知ったらこの依頼は受けそうでに思える。奇妙な縁だと思いながら、ひとつ息をついた。
「やっぱり案の定じゃないか」
ぼそりとした慎一のつぶやきは、周りの人間には聞こえなかったようだ。王国はやはり力を誇示するために、ランクの高い傭兵を雇っているようで、その中にはテオドールの姿もあった。
彼女も当然ながら慎一の存在に気づいており、目が会ったときにはなにやら意味ありげな視線を送ってきた。とはいえ彼女も傭兵である以上不必要な接触をすることもせず、こちらからも話しかけたりはしなかった。
傭兵とは、戦場となる西部国境地帯で合流し、そこまでの道中は実に安心できるものだった。慎一もクラスメイトの話を聞いていたが、興奮しきりの血気盛んな印象であった。しかし足をすくわれそうな感覚も傍から見ていると感じられた。
目的地に到着し、陣形を整える。基本は勇者を中央にすえ、その左右を傭兵や騎士が護衛しリカバリーできるようにしている。
「前方に魔物が現れた! 戦闘準備!」
ジョアンの指示に、勇者が一斉に武器を構える。それぞれ形や用途はばらばらだが、どれもが強い力を放っているのが感じ取れる。
「これが勇者……」
「噂は、本当だったのか?」
はじめて見るその存在に、傭兵の中には動揺するものもいた。彼らもランクはBと十分高い位置だが、それでも勇者の、まして40余人が集まる光景に圧倒されてしまっていた。
現れた魔物はストーンウルフとリザードマンがそれぞれ5体だ。ストーンウルフは額に石を持つ狼で、すばやい動きと仲間との連携、そして口から吐き出される魔法攻撃が脅威だ。リザードマンはトカゲを二足歩行にしたらこうなるのではないかといった姿で、知能が高く、傭兵から奪った武器や自作の棍棒を持って戦ったりする。
どちらも訓練してを始めてから一ヶ月そこらの兵士では、本来ならば逃げるのが最善策とされる魔物だ。
「よし、かかれえ!」
しかし、号令とともに飛び掛る勇者たちは違う。訓練期間こそ短いが、そもそもの基盤や武器の性能が飛びぬけて高い。また成長も早く、今では十分な実力を一人ひとりが備えている。
哀れにもストーンウルフは散開する前に魔法攻撃でずだぼろにされ、リザードマンはいきなりの高火力攻撃に戸惑っているところを前衛組みに囲まれ多勢に無勢、後は殺されるだけとなってしまった。
慎一は一応後衛の魔法攻撃組みに参加していた。発振器による擬似レーザーブレードや、拳銃・散弾銃などの接近よりの銃で近接対応も考えていたが、特に必要ないと判断してスタンダードなライフル銃を召喚していた。周りの生徒で、慎一の武器の正体を知らなかったものがぎょっとしていたが、何か言いたげではあっても、言ってくることはなかったので無視をした。
先の攻撃では、射撃の準備はしていたものの、周囲の魔法職がことごとく攻撃魔法を詠唱していたので、撃つことはしなかった。
(この先も同じ調子かね?)
ひとまず、ここでまえにあったように意外な強敵にあって窮地に陥ることはなさそうだ、慎一はそう思った。
それから何度か戦闘はあったが、すべて一瞬で決着がついた。理由としては、まず魔物が小規模な集団で出現したこと。そのおかげで各個撃破のかたちとなり、袋叩きにすることができた。加えて勇者の火力は常軌を逸しており、完全に圧殺の様相になっていた。
「いいなあ、やっぱりこうじぇねえと。なあ!」
「ああ、俺たちは強い、強いんだ!」
「私たち、いままでがんばった甲斐があったよね」
「そうだね!」
そんな会話も聞こえてくる。危ない気もするが、実際最前線の魔物だというのに圧倒しているのは事実で、余裕が生まれても仕方のない状況であった。女子も男子も浮かれきっている。慎一ですらこのときは、安定した進行だという感想を持っていた。
面白くないのは護衛の傭兵たちだ。わざわざ高ランクを集めていざ仕事に来てみれば、そこに自分たちの取り分はなく、ただ少年少女の一団が難なく魔物を倒していくのを見ていくだけである。おまけに騎士団も得意げな顔をしており、これでいい気分になれというのが無理な話であった。
状況が変わったのはそれからまもなくだ。騎士団が周囲に飛ばしていた偵察役が戻り、団長のジョアンに耳打ちする。するとジョアンの表情から余裕が失われ、見る見る厳しくなっていった。
「諸君、今日のところはここまでだ! 一度ハルミスまで戻るぞ!」
ハルミスは、彼らが今日出発した国境の都市で、前線の拠点要塞もかねている。
「何でですかあ、いいかんじだったのに」
「そうだそうだ!」
勇者から不満の声が上がる。高揚感に身を浸らせすぎたのか、言葉遣いも乱暴になっていた。
しかし、彼らの訴えも一理あった。それは予定では日が傾くまで実戦だったはずだが、今はまだそれよりだいぶ早かったからだ。
「指示を聞けえ!」
ジョアンの一喝に、びくりとして声が立ち消える。戦う人間としての一喝であり、それは大きくとどろいた。
「現在、こちらに魔物の大群が迫っているとの知らせが入った。時間的余裕はまだあるが、安全のため帰還する。異議はないな!」
反対の声が上がらないのを確かめて、ジョアンの指揮で一団は一路街への帰路をとった。最中は先ほどの渇にびっくりした者も多く、会話もない静かな移動だった。
一時間弱歩いてハルミスがの門が見え、これで一安心というときに、またしても偵察役の騎士がジョアンのもとに来た。ただし今度は鎧を血まみれにし、自身も重傷を負い、息も絶え絶えの様子をしていた。
騎士が地面に倒れこむ。慎一のそばで何人か息を飲み込む音がした。
「どうした、何があった!」
倒れた騎士の上半身を起こし、催促する。荒い息を吐きながら、その騎士は報告した。
「……監視、していた、魔物の群れが……こちらに来ています。……知らせに、戻ろうとしたところ、ゴーレムに遭遇し、もう一人は死亡しました……。数は、最低千、すぐに、来ます」
そこまで言って、騎士は気絶した。報告された内容を聞いた生徒や護衛に動揺が広がる。
現在ここにいるのは、勇者四十一人、騎士約三百、傭兵五十といったところだ。到底四桁を数える魔物とぶつかっていい戦力ではない。さっきまでの勇者たちの戦いは、あくまで数の暴力あってのことであり、こちらが暴力にさらされる側になれば、崩壊は即座のものだろう。
「全員、駆け足! 急いで戻るぞ!」
号令がかかり、一斉に街まで走り出した。クラスメイトのほとんどは恐怖に駆られて青ざめており、必死の形相をしている。
それをまとめているのが周りの騎士たちだ。ともすればすぐに散らばってしまいそうな勇者たちを、何とか抑えて陣形を保っている。
そして傭兵は、護衛の位置につきながら周囲の警戒をいっそう強めていた。ここで逃げれば信用がた落ちになるのでできないが、かといって自分の命あっての商売でもある。そういった事態に対応できるように、彼らなりの知恵もあった。
果たして必死の思いで急いだものの、彼らは魔物の群れに捕捉されてしまった。群れの一部は足の速いストーンウルフや、その上位互換であり額に三つの宝石を持つクリスタルウルフで構成され、先回りして街への通り道をふさいでしまった。
「ああ!?」
「畜生!」
「ひるむな! このまま突っ込むぞ!」
ジョアンのこの判断は決して間違いではなかった。ふさがれたとはいえ、勇者の火力や腕利きの傭兵、清栄たる近衛騎士団がいるのだ。多少の犠牲はあっても、十分突破できたはずである。
だが彼は勇者が死の可能性に、思った以上に弱いことに気づかなかった。そもそも慎一のように、あっという間に殺し殺されの環境に慣れるほうがまれなのだ。大多数の他の勇者は違う。
おびえて足がすくむ生徒が何人もいた。その結果陣形は大幅に崩れ、後続が滞留し、突進力は喪失した。
先行していた護衛はあわてて戻るも、今度は背後から狼が襲い掛かってくる。そのため、ジョアンを含めた騎士団の一部はここで犠牲と混乱を招いてしまう。
そうしている間にも、魔物たちの本隊と呼ぶべき群れの大半が、足を止めた勇者たちに突撃してくる。陣容はウルフ系だけでなく、リザードマンや石でできた巨人のゴーレム、体長一メートルはある蜂ポイズンスピア、更にはかつて慎一とテオドールが相手したこともあるホーンベアも混じっていた。
かたや指揮の頭を失った勇者たちは統率などもはやなく、混乱状態の先頭集団に逃げ込もうとするもの、その場に留まってしまうもの、あるいは一目散に逃げ出すものなどに分かれた。
傭兵と後方に残った騎士は、迎撃を選択する。そして慎一といえば、勇者の中で数すくない迎撃参加者であった。
「なんだってこう、お前とは共闘することが多いんだと思う、テオ?」
「とても強力な縁があるからじゃないですか、シンイチ?」
「それはなんとも……」
「私はうれしいんですけどね」
「俺ももっと楽な戦いだったら、嬉しくなれたな」
そしてその中にはテオドールもいた。傭兵の中でも数少ないAランクだ。頼りになるのは間違いない。
だがここで騎士の一人が口を挟んでくる。
「な、なぜここにいる!? 勇者たちは早く逃げるんだ。というより貴様、なぜ傭兵と親しげに――」
「壊乱状態の今じゃ、迎撃に参加しないと全滅が見える。後半は余計なことだろ」
騎士の混乱した質問はさっさとかわし、戦闘準備を整える。まずは大蜘蛛の時のようにオービットを六個出して、それを自身の頭上に位置させる。そして左腕の武器ははマシンガンそれも大型の機関部に、握りの部分と肘のところで固定するバンドのついた、銃身を六つ束ねて回転させるガトリングガンに変更した。サブマシンガンと比べて重く動きが重くなるが、その分弾幕の濃さと一発あたりの破壊力が高い。
右は対物ライフルに変える。本来なら片手で扱える代物ではないが、重量と重心の不安定なそれを慎一は軽々と扱う。
「……上のはなんです?」
「自律攻撃のできる砲台」
「なるほど」
テオドールの質問に答えながらも、目線は前、迫り来る群れを捕らえ続ける。テオドールも戦闘の準備は整っており、片手剣を構え全身を引き絞り今か今かと待ち構えている。
「じゃ、お互い生き残ろうか」
「ええ」
そして決死の迎撃集団に、魔物がついに食らいついてくる。