王都探索
王都の市場はにぎやかだ。商人や出稼ぎの労働者が大きな目抜き通りを行きかい、出店が所狭しと並んでいる。
「串焼き一本」
「あいよ!」
そんな中で慎一は出店で串焼きを買っていた。一本が銅貨5枚と手ごろな値段であり、お金も有り余っていたので、買ってみたくなったのだ。
「兄ちゃん、熱いから気をつけろよ!」
「どうも」
「はいはい、んじゃあこれがおつりな」
銀貨を渡し、釣りの銅貨をジャラジャラと受け取る。ちょろまかされていないか確認して、慎一は店を去っていった。
(急に休みといわれてもなあ)
休みを取ったはいいものの、とにかくやることがなかった。もちろん起床して自主的な訓練と体力作りはしたうえで、予定通り王都の探索ということで出かけてみた。しかし分かるのは非常に栄えているということぐらいで、慎一が知りたい王国の深い問題など知れるはずもなかった。先ほどから歩いたり買い食いをしているが、まだ昼になったばかりで時間を潰すあてはなかった。
「仕事漬けのサラリーマンじゃあるまいし……」
そうぼやかずにはいられなかった。何が悲しくて10代で休暇の使い方に迷わなければならないのか、などと思いながら歩いていると傭兵ギルドの建物が見えてくる。
「ちょうど昼だし、飯にするか」
買い食いしたとはいえ、朝からあちこちの街並みを見て歩き回ったのだ、腹は空いていた。重いものは入りそうになかったが、このまま昼食を抜かせば夕方には腹ペコがオチだろう。
中に入ると、ギルド独特の匂いが立ち込める。それは鉄や魔物の血や、あるいは野性味のある男性のそれだった。
食堂の席は込み合っていた。少し時間をずらせばよかったかと後悔したが、とりあえず席を探すことにした。見渡してもテーブルに空きはないようで、仕方なく相席をすることにした。
「ここ、失礼しますよ」
「ん? ああ、どうぞ」
選んだテーブルには長槍を持った青年が一人座っていた。慎一も断りを入れて対面の席につき、ウェイトレスに適当に注文する。
料理が来るまでの間が手持ち無沙汰になったので、眼前の男を観察する。年齢はまだ20代前半といったところだろう。優しげで整った顔をしており、奇麗にしていればさぞ女性にもてるに違いない。しかし服装は、手入れはされているのだろうが少々くたびれた感じがするもので、割と暗めの色で統一されている。
何より目を引くのは、背中にある槍だ。長さは男の身長を軽く超え、およそ2メートル強といったところだ。装飾は全くと言っていいほどされておらず、あくまで無駄を省いた実戦用の武器であることがうかがえた。槍先の輝きは何度も使っていることが伺えるのにもかかわらず、一種の威容すら持っていた。
そんな風に観察していると、無遠慮に見すぎたのか、件の男性が居心地悪そうに見ていた。
「ああ、すみません、じろじろ見てしまって」
「いや、別にかまわないよ。ずいぶん俺の槍を見ていたようだけど、そんなに珍しかったかい?」
謝罪すると男は怒ってはいないようで、むしろ彼のほうから話しかけてきた。
「そうですね、そこまで長いのははじめてみました。使い込まれていることも、大切に手入れされているのもなんとなく分かりますし」
「……よく見てるんだな。名前は?」
「……シンイチです」
名前を教えていいものか少し迷ったが、特に害もなさそうなので素直に言うことにした。
「シンイチ、か。俺の名前はロストク、見てのとおり槍使いの傭兵だ」
ロストクはそういって背中の槍を指で軽く弾く。軽薄そうな行動だが、優しげな顔立ちのおかげでいやなキザったらしさはなく、風格が漂っていた。
「ロストクさんは――」
「ああちょっと、さん付けはやめてくれ。むずがゆいし慣れてないんだ。君も見たところ10は変わらないだろうし、敬語もなしで頼むよ」
ロストクは頬を掻いて、いかにも気恥ずかしげにしている。
「そういうことなら、そうしよう」
テオドールといいロストクといい、傭兵の間では敬語は嫌がられるものなのだろうか。そう思いながら先ほど言いかけた質問を言う。
「ロストクは高ランクの傭兵だと見えるが、傭兵業で生活を成り立たせているのが、どれぐらいいるのかと思ってな」
「ということは、シンイチはまだ低ランクの駆け出しということ?」
ロストクの疑問に首肯する。相手はやや驚いたようだが、気を取り直して説明する。
「結論から言えば、傭兵をしている人間は皆それで生活を成り立たせているさ。ただしそれで食っていこうとするなら、最低でもDランクはほしいところだけど」
「というと?」
「下のEやFランクは本当に駆け出しが多い。小銭は稼げてもその日暮らしがほとんどだし、何より脱落者が多いからね」
そういってロストクは悲しげな目をする。彼も上位に上り詰めるまでに、多くの傭兵が低いランクから抜け出せず、大怪我をして戦えなくなったり、あるいは戦場で死んだりしていくのを見ていた。だから理論上は傭兵になればある程度は暮らしていけるものの、実際は全員が全員そうとは限らないのだ。
「つまり一生分の金を稼ぐならDランク以上になって、年衰える前に依頼を受けまくる。それ以上望むならより高ランクの依頼ができるようになる必要がある、ということか……」
慎一は逆に、小声で頭の中を整理しながら、万一があったときの計画を考えていた。傭兵で食っていくのは困難なようであるが、選択肢としてもっておく分にはかまわないだろう。
「シンイチはこれから、傭兵として生計立てていくつもりなのか?」
「いや、そうと決まったわけじゃないが、その可能性もあるということでな。現場の話が聞けてありがたかった」
「そんな大したものじゃないけどね。ただ念のため言っておくと、傭兵は決してほめられた仕事ではないから、そこは取り違えないほうがいい」
「……まあ、そのときは覚悟するさ」
あれこれ話しているうちに、ようやくシンイチの料理が運ばれてくる。二人は食事をしながらいろいろと話した。内容は主に慎一がロストクに尋ねるものだったが、中にはまったく関係のない雑談もあった。とはいえ、ロストク自身や仕事の話になると口が重くなり、そういったところはわきまえている人間のようだ。むしろそうでなければ、ランクを上げるのは難しいだろう。そういった意味では、ここでロストクの話とその態度から傭兵のより詳しい中身を知れたのは、慎一にとって僥倖であった。
「じゃあ、俺は先に失礼するよ」
「ああ、こっちこそ話をしてくれてためになった」
「ならよかった。もし仕事で会うことがあったら、できれば味方であることを願うよ」
ロストクは食べ終わると、そう言ってさっさとギルドを出て行った。慎一は時間を消費するためにも、もう少しここに留まることにした。幸いにして、結構話し込んでいたためかピークの時間は過ぎて、席に余裕も出てきている。席を占領しても文句は言われないだろう。
街で適当に買った雑誌を読んでいると、今度は慎一が声をかけられた。
「相席失礼しますね」
「かまわないが、ほかのところも空いてるぞ」
わざわざ自分がいるテーブルに来るとはどういうことかと思ったが、しかしかけられた声には聞き覚えがあった。案の定顔を上げてみれば、そこにあったのは赤茶色の髪と青色の瞳をもった少女であった。うっすらと涼しげな表情の中になんとなく笑っていることが察せられるのは、やはり彼女とそれなりに濃密な旅路を経験したからだろうか。
「なんだ、テオドールか」
「ええ、私です。どうにも、つくづく縁がありますね」
意外と早い再会であった。
「各地を転々とするといっていたはずだが?」
「その転々とする依頼の中に、王都に一度立ち寄るものがありまして。出立は明日というので、自由時間を使ってきたんですよ」
「自由時間があるからギルドというのは……いや、俺も人のことは言えないか」
慎一の知る中で、気の許せる人物であるテオドールに会えたことは、自分で思った以上にうれしいことのようだった。いささか気分が高揚しているのに気づき、水をあおる。
そこで思いつき、テオドールに聞いてみることにした。
「なあテオ。さっきロストクという槍使いの傭兵に会ったんだが……」
「ロストク? ああ、たぶんBランクの人ですね」
「やっぱり高ランカーか、ありゃ」
「知らなかったのですか」
「聞きそびれた。強そうなのはさすがに分かったが」
「らしくないこともあるもので」
テオドールの話によれば、ロストクは傭兵暦は5年程度と長くないが、あっという間にBランクまで上り詰めた男で、実力ならばすでにAランクに匹敵する。またそのため、近々昇格するのではないかといわれているらしい。
「彼とどんな話をしていたんですか?」
「傭兵で食っていけるかどうかってことを、ちょっとな」
それを聞いたテオドールはわずかに顔をほころばせる。
「……まだ選択肢として、の段階だ」
「私はいつでも歓迎しますよ」
「そうかい」
「ええ」
それからテオドールがしたという仕事の話を(もちろん支障がない範囲で)聞いて感心したり、逆に慎一の近況を話してテオドールの目がどんどん期待に染まったりと、さまざまな話をした。そして気づけばそろそろ王城に戻る時間になっていた。
「話し込みすぎたか」
「そのようですね」
席を立って背伸びをする。長時間座っていたため、体の各所から音がなった。
その様子を傍目にテオドールはこういった。
「なんとなくですが、シンイチとはまたすぐに会う気がしてなりませんね」
「流石にないと思うぞ。今日だって結構な偶然だったんだ」
慎一はテオドールに見送られて暗くなった道を、王城に向かって歩いていった。