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対大蜘蛛戦

 召喚された大蜘蛛は奇声をおさめると、眼前にいた慎一を、その複数ある赤い目で見下ろす。そして口を何やら動かした。

 殺気を感じ、大きく後ろに跳びのく。一瞬前までいた場所に、大蜘蛛が液体を吐く。ジュッという音を立てて地面が溶けた。


(強酸?)


 あたりはついたが、どちらにせよ直撃すれば悲惨なことになるのは目に見えている。一刻も早く倒さなければならない。


(それに)


 見れば生き残っていた剣士たちが、大蜘蛛と並ぶようにしてこちらをうかがっている。手間取れば窮地に陥るのは慎一に違いなかった。

 再び酸を飛ばしてくるのを察知し、横っ飛びしながらサブマシンガンの弾をばらまく。剣士たちはあらかじめ分かっていたのか、障壁魔法と強化魔法をかけておいた鎧で顔や露出部をかばい、銃弾の雨を防ぐ。それでも十分だった。左のブレードを解除し、障壁を破れる火力を持った大型の対物ライフルに切り替える。

 酸は慎一の反応速度についてこれず、見当はずれの方向に飛んでいく。武器を変更したのを見た剣士たちは危険を感じ、散開しようとする。


(そうはさせん)


 一人に狙いをつけ、マシンガンを乱射する。防げるとはいえ、高速で飛来する銃弾は恐怖であり、狙われた剣士はまっすぐ後ろに、実に素直な軌道で飛びのいた。そしてジャンプの着地際、ちょうど速度がゼロになった瞬間を狙って、左ライフルの弾が飛んでくる。誘導されたことに気づいた剣士だったが、ここに至ってはとれる策はなく、腹に巨大な空洞が穿たれた。


「くそ、エイスまで!」


 生き残った片方が、悔しげに叫ぶ。護衛対象を傷つけられ、魔法使い二人と仲間の剣士二人を失い、もはや彼らのプライドはズタズタだ。目の前の敵と、何よりふがいない自分たちに怒りと憎しみが湧く。

 だが慎一には関係のない話だ。剣士をまた倒したことで、戦闘の主導権は完全に手中に収めていた。残った二人と大蜘蛛に挟み撃ちされないためにいったん距離をとる、ということはせず残りの一人に襲いかかった。


(早いうちにこっちの二人は倒さないと、まずい)


 慎一は大蜘蛛に比べて、剣士の脅威度が低いことは直観的にわかった。とはいえ彼らがしっかり共同戦線を張ったりなどしたら、面倒なことになるのは確実だ。よって戦の定石通り、弱いほうから先に倒す、そしてそれは少しでも早いほうがよかった。

 地面を踏み込み、力の溜めは一瞬に、左へ思いきり跳ねる。ちょうど、まさに慎一に切りかかろうとしていた剣士の前に現れる。至近距離すぎたお陰で、怒りと驚愕に染まった表情がはっきりと見える。

 お構いなしにサブマシンガンを額に当てようとして、背中の気配が動いたのを感じ取る。左側に身をよじると、またしても大蜘蛛が強力な酸を飛ばしてきた。慎一がよけたことで酸は慎一の目の前にいた男の剣士の顔面を直撃する。


「――――!?」


 痛みが強すぎるせいで声もあげられず、その場に縮こまってのた打ち回る。酸でとけた顔は皮膚がただれ、赤く腫れ、じゅうじゅうと肉が焼けるような音が人間の顔から上がっている。


 慎一は男が戦闘不能になったのを見て、即座に最後の一人を殺すべく動いた。

 最後の剣士は突進する途中の態勢で動きが止まっていた。先ほど酸を受けた男と一緒に攻撃するつもりが、術者は死んだとはいえ、召喚した魔物が味方を攻撃したために呆然としてしまったのだ。

 であればマシンガンで十分だった。頭を打ち抜かれて、剣士は全滅した。


(あとは……)


ギィィィイイイ


 大蜘蛛がまた不愉快な音を響かせる。目標は完全に慎一に移っているようで、剣士の死体は気にも留めずこちらに向き直る。

 またしても大蜘蛛の口がうごめく。退避態勢をとる慎一。だが次の攻撃は予想外のものだった。

 酸をただ吐き出すのではなく、広範囲に散布させるように、散弾のごとく打ち出してきたのだ。横に回避しようとしていた慎一は無理やり力をこめ、大きく後ろに下がった。すんでのところで直撃は避けられたが、靴のすぐ先の地面が溶けているのを見て、ぞっとする。

 更に、大蜘蛛の散弾状の酸はあくまで時間稼ぎだった。体をもぞもぞとさせ、そして天に向かって絶叫を上げる。


ギィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ――


 すると大蜘蛛の背中から小さな、バレーボール大の球がいくつも空に向かって打ち上げられた。それらは何度か地面にあたってバウンドすると、静止するのも束の間、中から何かが出て来た。それはまさしく、大蜘蛛の体格をおよそ50センチほどにした生き物だった。それが複数、少なくとも50匹は卵を破って産まれ出てきた。

 慎一は知る由もないが、この蜘蛛型の魔物はもともと自身が危険な状態になると、卵に入った小型のクローンを作り、それを産んで敵に対抗するという性質があった。そして今慎一を強敵として認識し、負ければ死ぬことを察知したことで、その機能が発揮されたのだった。


 子蜘蛛たちは酸を吐くものや、あるいは大きさに見合わない俊敏さで直接取りつこうとするものもいた。慎一は右で弾幕を張りながら、左の武器を同じくサブマシンガンに変える。皮は厚くないようで、子蜘蛛の体から血のような液体が、銃弾が当たるたびに吹き出し殺していく。

 しかしいかんせん数が多すぎる。おまけに本体というべき大蜘蛛も酸を吐きかけてくるため、回避に意識を持って行かれる。


(いったん距離を離さないと――)


 そう思う慎一の目の前でもう一度大蜘蛛が身を震わせた。


(いかん!)


 何をしようとしているのかは分かったが、行く手を阻む多数の蜘蛛が邪魔で、両手の銃もそちらの相手をするしかない。

 その隙に、大蜘蛛はもう一度卵を吐き出した。数は先ほどと一緒、だが前の分が潰し切れていないので、数は単純に増えたことになる。こうなってはじり貧であることが、慎一の身にもひしひしと感じられる。このまま戦ったところで、最終的には数の圧殺が見える。もしかしたら監視役の騎士が参加してくれるかもしれないが、もとよりこの戦闘の目的が慎一の試験であるうえに、ここまでなって加勢してくれないことを見るに、期待は持てなかった。


(とにかく手数が足りない! せめてあと一人いれば違うんだろうが)


 原因はそれだった。通常複数人で相手すべきものを、単独でつぶそうとしているためこうなっているのだ。だがないものねだりしたところで状況は変わらない。銃弾で数を減らし、酸の弾を右に左によけながら、打開策を考える。


(手数、銃とそれを扱う人間がいれば増やせるってのに)


 そこまで考えて、思いついた。

 左手の射撃をやめ、自分が考え付いた武器をイメージする。弾幕が減り蜘蛛の攻撃は激しくなるが、後ろに下がりながら、右手でばらまきを何とか維持する。

 左手のサブマシンガンが淡く光り、形を変える。銃身や機関部はなくなり、代わりにできたのは持ち手の部分がついた箱だった。大きさは各辺が50センチぐらいだろうか、天板はどうやら開きそうになっている。


「行けっ!」


 板が開き、中から球体が三つ出てくる。それらは射出されるとその場で浮き、そして球体に付けられていた目のような部分が光り、光の弾を蜘蛛の群めがけて連射し始めた。


(成功したか)


 足りない火力を人を必要としない銃器で補う、すなわち自律攻撃のできるオービットを射出する。慎一の目論見は見事に成った。土壇場での急造であるため、うまく作動しないことも考えられたが、杞憂だったようだ。

 慎一は右手もビット射出機に変え、またしても三つの球状のオービットが現れ、地を這う蜘蛛を次々に打ち抜いていく。すかさずマシンガン二挺に戻して射撃を開始すると、まさしく面制圧の掃射と呼ぶべき様相を呈した。

 大蜘蛛は、目の前で自分が産んだ子がなぎ倒されるのを見て、恐怖を感じた。先ほどまで追い詰めていた敵が、見知らぬ武器を出してから戦況は逆転してしまった。

 これ以上相手はできない。そう考えたのか、今度は自らの退却のために酸をばらまこうとする。その様子を見てとった慎一は、武器をまたしても変える。変更時の一秒程の隙は、子蜘蛛がオービットに減らされ釘付けになっているので、突かれることはない。

 右には長銃身の狙撃用ライフル、そして左手には再度ブレードの発振器が握られる。酸を吹こうとする大蜘蛛、その頭についた目に瞬時に狙いをつけ、発砲。大蜘蛛はよけられず目を撃ち抜かれて、耳障りな叫びと吐き損ねた酸をまき散らす。

 慎一は上にジャンプして酸をよけ、目標の頭に着地する。彼に魔物の表情など読み取れないが、その眼はおびえているように見えた。

 左から青白い刀身を発生させ、頭と胴体の間を払う。断末魔を上げることすらできず、大蜘蛛は頭を失い、その巨体も支えを失ったように崩れ落ちた。


(さてと)


 大元は倒した。残りは大きく数を減らした子蜘蛛だけである。武器を握りしめ、処理に向かった。




 一分後、最後の子蜘蛛をオービットが倒し、戦闘は終わった。役目が終わると、ビットはすべて粒子になって消えて行った。

 周囲を見渡し、敵が残っていない確認すると、慎一は一息ついた。が、そこで本来の目的を思い返す。

 急いで内通者とその協力者を探すと、彼らはすぐ近くに転がっていた。身体には足の銃創だけではなく、顔や腕にも噛みつかれた跡があり、周りには何体か子蜘蛛の死体があった。痛みに耐えながら転がっているうちに、襲われたのだろう。念のため脈を確認してみると、ノリンジ王国の協力者はすでに脈が止まっていたが、内通者の方は脈も息もしていた。一応生かしておいた方がいいだろうと思い、簡単な治癒魔法をかけておく。

 そうしている間に、音を立てて近づいてくる一団があった。慎一の監視役である、王国の騎士たちだ。


「ご苦労だった、勇者シンイチ殿。任務達成の報告はこちらからもしておく。ところで目標は生きているのか?」

「内通者の方だけ、です。残りは全部死体ですよ」

「了解した」


 そう言うと残務処理は自分たちがやるので、先に馬車で戻るように告げられる。

 ちらりと、まだ息のある内通者が哀れに思えた。彼がこの先どうなるかはっきりは分からないが、少なくとも相当つらい目に遭うのは明白である。とはいっても、慎一に何ができるわけでもないし、そも擁護する義理もメリットもないので、慎一は騎士に軽く礼を言って、馬車に向かった。




「この度の仕事、お疲れ様でしたな。シンイチ殿」

「……ええ」


 刺々しさを抑えながら、グリッジにそう返した。王城に戻った慎一は、仕事が終わったことを直接報告するために、グリッジの部屋にいた。もちろん監視役からの報告もあるだろうが、報酬の受け渡しの件もあり、こうして顔を合わせているわけだ。


「ところで蜘蛛を操る召喚術師ですが、これは事前にはありませんでしたよね」


 慎一は疑問をぶつける。召喚術が使えるものがいるとは、まったく知らされておらず、そのせいで一度追いつめられている。

 もし情報隠ぺいを含めて試験だと言い張るのなら、これは単なるテストではなく勇者の処分も視野に入っていたと見るべきだろう。そうだとするならば、王国からの脱出をも考えなければならない。


「……その点については、深くお詫びしたいと思います。召喚術師の存在は、こちらも全くつかめていなかったのです。不十分かもしれませんが、報酬は二倍にいたします」


 グリッジは神妙な顔をして頭を下げた。慎一はその様子をじっと観察する。グリッジは動かない。

 しばし部屋が張り詰めた空気に覆われていたが、慎一が返答する。


「分かりました。そういうことで納得しておきます」

「おお、ありがとうございます」


 当然心の奥底では疑念は持っているが、見た限りでは本当のように見えるというのが結論だ。これ以上は別のアプローチが必要になると判断して、いったん場を収めることを優先させた。


「では、こちらが報酬の金貨になります」


 金貨が手渡される。枚数を数え、間違いがないことを確認して、懐に収めた。


「それとシンイチ殿には、休暇を与えたいと思ってましてな」

「休暇?」

「ええ、こちらに来てから働きづめでしょう? ほかの勇者の方々が行った遠征も、実は半分休みを兼ねたものでしたのでな。あなたにも明日から二日間、訓練もなしにして王都の観光でもどうですかな!」


 一瞬迷ったが、もらっておいて損はないだろう。慎一はグリッジの提案を受け入れる。

 こうして慎一は二日間、リーデン王国王都とその生活の探索にあたることにした。

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