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プロローグ・召喚まで

 とある高校に通う一生徒である高見慎一(たかみ・しんいち)は、ため息をつきながら寮を出て、その日も学校に向かった。彼が憂鬱なのはひとえに、これから学校でおこる事が予想出来るからである。


 教室に入ると、ドアの開く音に何人かの視線が慎一に注がれる。彼らは慎一だとわかると、明らかに見る目が悪意に、あるいは嘲りや哀れみに染まる。

 意識しないように努めながら、慎一は自分の席に座った。幸いにも場所は窓側の一番後ろだ。ぼうっと外の景色でも見ていればその内ホームルームの時間になることを、長い経験から熟知してしまっている。


 慎一は高校二年生になって、このクラスに入って一ヶ月たった頃からイジメをうけている。

 何故自分なのかと思う時もあったが、今にしてみれば大した理由はなかったのだろう。慎一自身の容姿にしても、背丈は170センチと平均的、顔はイケメンと言うには程遠く、さりとて不細工だったり不潔だったりすることもない、ごくごく普通の少年だ。


 詰まる所、たまたまクラスに不良グループがいて、たまたま慎一という控えめの男子がいて、たまたま不良たちのイジメ対象にされてしまったのだ。慎一はそう考えていたし、実際深いわけはなかった。


 何となしに外を見ていた慎一の耳に、覚えのある笑い声が聞こえてきた。絡まれるのをおそれて目だけ声の方向にやると、まさにその不良グループが話している姿が見えた。

 彼らの中心にいるのが、グループのリーダーであり慎一イジメの中心人物である大塚健史おおつか・たけしだ。髪を茶色に染め、大柄の男子で顔もそこそこいいときている。これで性格もよければいうところのない人物であったろうが、そうは問屋が卸さないようだ。

 現に慎一の視線に気づいた大塚は、視線を向けるとあからさまに鼻で笑い、こう付け加えた。


「うっわあ、根暗野郎がこっちみてるよ。キッモ」

「ほんとだ、こっちみんなよ。アハハハハハハハ!」


 その言葉に取り巻き筆頭の都木勇次タカギ・ユウジを中心に周りの連中も大笑いし、慎一をあからさまに侮辱することを次々に言い始める。気にしてもしようがなく、意図的に無視して慎一は彼らをやり過ごすことにした。


 不良グループからのイジメの内容は、最初は暴言を言われる程度で、それもごく一部からだけだった。

 当時の慎一は目だたず、おとなしい男子たちのグループにいて、少ないながらも言葉を交わす友人たちもいた。そのため標的にされても、不愉快ではあったものの、気にしなければどうということはないレベルであった。

 悪化したのは直接暴力を振るわれるようになってからだ。反応のない慎一を生意気だとでも感じたのか、人気のないところに連れて行かれ、暴力と罵詈雑言を受ける羽目になった。おまけに時を同じくして友人たちも慎一と関わらないようになっていった。自分たちにイジメの矛先が向けられるのが恐ろしかったのか、もしくは不良たちに脅されて離れていったのか、どちらかは定かではないが結果として慎一は完全にクラスで孤立した。

 そうしている間にもイジメはエスカレートし、ついには金銭を要求されるまでになった。今まで耐えていた慎一もこれ以上はまずいと考え、ことここに至って担任に相談した。担任の千葉洋子はまだ20代半ばの年若い女性教諭であったが、イジメの話を真剣に聞いてくれ、対策を練ると断言してくれた。話を受けてほっとしたものの、彼女に相談したことは完全に裏目に出てしまう。


 千葉の取った対策とは、臨時のホームルームを設けて慎一がいじめられてることを議題に話し合うというもので、早い話が学級会議のようなものだ。予想の斜め下の対応に、慎一は頭を抱えざるを得なかった。会議を開いても主犯が名乗り出るということはまず考えにくく、むしろいじめられる側が「教師にチクった」とさらにひどい目に遭うからである。

 千葉の学級会議は授業を潰して一時間行われたが、案の定解決することは何一つなく、話し合いもイジメの解決とは全く別のことを話して終わった。結局、何かイジメのようなことがあったら友達や教師にすぐ相談するという中身のない結論が出され、イジメの主犯については後で来るようにと千葉が伝えたが、もちろん大塚たちがそんなことをするわけもなくなあなあで流れてしまった。



 嫌なことを思い出したと、慎一は顔をしかめる。あの一件以降確かに直接暴言や暴力をふるうことはなくなった。しかし代わりにまた別の形でいじめられ続けていた。

 今も不良グループだけでなくほかの女子や男子のグループがひそひそと話しているのがわかる。


「今日も高見、一人ぼっちだね」

「そうするしかないんだし、しょうがないっしょ」


 時折聞こえよがしな陰口が否が応にも耳に入ってくる。

 陰口とクラス内からの完全なハブ、これが今慎一が受けているイジメだ。どうも大塚たち不良グループは、千葉という教師の目についたことを気にして、表ざたになりやすい暴力暴言から証拠の残りにくい無視や陰口に切り替えたようだった。すでにクラス全体が慎一をいじめるかそうでなければいじめを遠巻きに見る生徒ばかりとなっていたせいか、すぐさまイジメの方法は切り替わった。

先刻の悪意ある会話も、慎一をいじめるクラスの風潮に流された、女子生徒たちの会話だ。あからさまにこちらを見下す視線は腹立たしく、すぐにでも文句の一つでもつけてやりたいところだ。しかしそうしたところでさらに状況を悪くするだけであるので、結局怒りは納めるしかなかった。


 そうこうしているうちに教室のドアが開き、眼鏡をかけた童顔の女性教諭が入ってきた。彼女こそ先述した千葉洋子である。


「はいみんな、席について。ホームルーム始めるわよ~」


 友達と話していたクラスメイト達がそれぞれ自分の席に戻っていく。表向き、何の問題もないクラスの装いに千葉は満足していた。彼女にとってみれば、いじめは自分の努力の甲斐あって無くなったことになっているからだ。満足感だけではなく、いじめをなくすという大事業を成し遂げた達成感すら感じていた。

 勿論それはとんでもない思い違いであり、慎一からしてみれば千葉の満足そうな表情はただ自分の死刑を逆なでされることこの上なかった。思わず「あほ面」と脳内で罵ってしまう。


 逆に大塚は、表面では少しちゃらい普通の生徒を演じながら内心は間違いなく喜んでいた。何しろイジメの責任をとってペナルティーをうけることもなく、それでいて高見慎一というおもちゃを失っていないからだ。教師の注目を向けられたことには焦ったものの損はせず、危機を抜け出せたのは彼にとって良いことであった。クラスの連中全員も、いじめに参加するか傍観者になるかで、慎一に味方がだれ一人いないというのも愉快であった。


 慎一は千葉の連絡事項を聞き流しながら、状況の手詰まりを感じずにはいられなかった。クラスメイトは軒並み敵、教師は当てにならない。更に、普通ならば頼れるはずの家族も現在慎一とは疎遠である。

 生みの母親は、慎一が小学生だった頃に失踪。父親は数年前に別の女性と結婚したのだが、どうにも継母はきつい性格で、血のつながらない慎一と仲が悪かった。その上継母だけでなく実の父親とも仲が悪化、家に居づらくなってしまった。そのためにわざわざ寮のある遠い高校を選んだのだ。高校の話をしたときも反対されるでもなく、むしろ自主的に出ていくのを歓迎するような節もあり、家族間の関係は冷え切っていた。

 そんなわけだから、親に頼るのも難しくまさしく八方ふさがりであった。



「高見君、聞いてますか?」


 思いを巡らせていた真一に千葉が聞いてくる。教壇の方を見ると千葉はいささか眉をひそめていた。どうやらぼうっとしているのを見とがめられたらしい。


「ホームルームは大事なんですよ。今はクラスの問題も解決したんだし、あなたももっと――」


 返答もしないのを不真面目だととらえられたのか、千葉の説教が始まった。全部聞いていたらさぞ慎一のはらわたを沸騰させるだろう説教は、途中で遮られた。


「え?」


 疑問の声を上げたのは誰だったか。突如として教室の床・壁・天井のありとあらゆるところに奇妙な模様が現れた。模様は円形のふちをして、中に多くの幾何学模様と文字とも記号ともつかないしるしが書き込まれていた。平たく言えば、ファンタジー小説やゲームにありそうな魔法陣であり、現代日本の学校にはそぐわない代物だった。

 魔法陣は急激に光り始め教室全体を覆い尽くしていく。


「なんだこれ!?」

「と、とりあえず逃げろ!」


 状況を把握できずにうろたえる者、とにかく教室の外に出ようとする者、様々な者がいた。

 魔法陣の光は尚も強くなり、ついに教室を完全に満たした。そして光が収まると、教室にいた生徒教師合わせて四十一名は忽然と姿を消していた。


 このことは現代の神隠し事件として大きく補導され、警察や学者、果てはUFO研究家のような怪しげな肩書きの人物などがいろいろな角度から調査されたが、何が起きたのかを彼らが知ることはついになかった。


 四十一名は、異世界に勇者として召喚されたということなど、予想だにできなかったからである。

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