<1-1> 「目を覚ますと首と手足に枷」
最新の本文修正日は2015年6月11日です。
荒野で馬並みの犬に追掛けられ、辿り着いた岩陰に隠れた俺ですが、先程周囲を見渡し愕然としてしまうのであった。
もしかして誰かに誘拐されてどこかの荒野に放置されたのかと思い立ち直るも、今は当面の脅威の犬がこちらに来ないか岩陰から周囲を見張っている俺であった。
どうやら完全に諦めたのかな? と、思いつつ手元を見る。
左手に持ったリュックサックを手に取り中から携帯電話を取り出し、画面を見て確かめる。
しかし、画面のアンテナは表示されていない。
また、着信やメールが無いことに「ホッ」とする。
そんな自分に笑いがこみ上げる。
こんな状況でそんな物を気にしている自分にである。
ふと、あることを思い出す、携帯のGPS機能だ。
ここがアメリカなら使えるはず? あれ、使えたかな?
‥‥‥。使えなかった。
携帯の電源を切り、リュックに仕舞う。
そして、リュックに仕舞っていた昨日のコンビニで朝飯として買ってあったものを出し、パンを食べジュースを飲む、飲んだ‥‥‥。一気に飲みきってから思い出す。
あと残った水分は、もう一本買った500mlの水だけなのを。
気分を取り直しさっき見た石畳の道路を見渡す。道路があるっていうことは何処かに通じているはずである。
犬が追掛けてきた方向は論外であるから反対側を見る。
見ると地平線の向うまで続いている様に見えた。
その方向に歩き出して暫くすると、日差しが痛い。もう上から虫眼鏡で当てられている様に暑くて痛い。
丁度、道端の岩陰を見つけそこに避難し、太陽の出ている間は歩くのを諦めてしまう。
俺は避難した岩陰に隠れ、太陽が沈むのを待ちながらウトウトと寝てしまう。
少し寒くなり目を覚ますと月明かりで周りが明るい事に気づく。満月なのかなと夜空を見上げると、半月になった月と7割がた欠けた少し小さい月が夜空から地面を照らしていた。
その夜空に浮かぶ二つの月に、俺は現実逃避し最後の水分であるペットボトルの水を一口飲む。次に肌寒いので洗濯する予定だった汗臭い作業着の上着を着る。
そして、徐に石畳の道を確認し、引き続き同じ道を進んで行く。
暫くして、もう一度夜空を確認するとやっぱり月が二つある。
また、歩き出しながらさっきの馬並みの犬のことを思い出してみる。
「あんな犬、地球にいね~! ‥‥‥。月が二つありえね~!」と、思わず叫んでしまう。
大声で叫んでから周りを確認するが建物の明かりも見えないし人影も見えなかった。
そこで、趣味で読んでいる携帯小説を思い出す。
大抵は召喚されると最初に召喚者が「ようこそ御出でくださいました」と言いながら可愛いお姫様が出迎えたり、すごい能力がいきなり持てたりして一人でいても難なく町や村に向う事を‥‥‥。
試しに「ステイタス」と、誰もいないのに恥ずかしながら叫んでみる。
ええ、当然何もなかったですよ、思いつく言葉を一通り叫んでみたが何も起こらない。
じゃあ、魔法ならどうであろうと思い付き、先程と同じように「ファイアーボール」等、思いつく言葉を一通り叫んでみたが、これまた何も起こらない。
これで、いきなり魔物とか襲って来たらどうしようかと思うと、必然的に足取りが速くなる。
そんな感じで早足で歩いていると段々疲れて休む。休んではまた思い出し早足で歩き出す。
それを繰り替えしながら歩いていると、やがて夜空が明るくなって太陽が上り始める。
俺は太陽が上がりきる前に周囲を確認し日陰になるであろう岩陰をさがして、そこで休むと久々に長距離を歩いた為に疲れて寝てしまう。
大抵、ここら辺で誰かが寝ている俺を起こすはずであるが、夕方まで誰も来なかった。
二日目の夕方には水はもう無く、空腹もそろそろ限界になってくる。
周りを見渡すとサボテンのようなもの以外植物は草だけである。
草は枯れているがサボテンは緑色をして瑞々しい。それに同じような色で分厚い葉が伸びている。
決心して棘に刺さらないよう分厚い葉っぱを引き千切り、偶に缶詰などの蓋を開ける為に使う安物の10得ナイフをリュックから出す。
その10得ナイフの刃を出して分厚い葉っぱの表面をそぎ落とし、それを口に入れてみる。
決して旨くは無いが瑞々しく乾いた口の中にひと時の潤いが蘇り、味はきゅうりと同じでシャキシャキしていて歯ごたえがある。
残りの皮を剥き完食し、暫く様子を見るが腹が痛くなることは無いようだ。
もう2、3個、同様に食べ終わると人心地ついて満足するが、喉の渇きが満たされた訳ではない。
そうするとサボテンの太い幹が気になってしまう。確か、サボテンの幹にも水が大量に含まれているのを思い出す。
周りを見渡し手ごろな石を探す。
重さ10kg程の石をサボテンの幹に投付け倒そうと試みる。
同じ所を狙って何度も石を投付けると、そこから折れてサボテンの幹が倒れて周りに砂埃が舞う。
そして、倒れたサボテンの幹の小口を覗くと、白い固めのスポンジの様な断面で指でつまむと柔らかい。
指でコネながら中身を取出し握ると水が滴り落ちてくる。
そのスポンジ状の中身で手を拭き、改めて新しい所を指で掘って掴み、口に当てながら絞りその水を舐める。
その滴る水滴は先程の分厚い葉っぱと同じ味がして、思わず全部絞って飲み干してしまう。
そんな状況に「我ながらサバイバルしてるな~」と、暢気に考えていると涙が出てきてしまう。
とりあえず自分が生き残れることに安心したのである。
いつまで腐らないかは分からないが食料と水の確保は出来そうなので残りの分厚い葉っぱの棘を切り、リュックの中のコンビニ袋に何枚か詰めリュックに仕舞い、また石畳の道を歩く俺であった。
こうして2日目の夜を過ぎる。
ここに来てから3日目の朝を迎えても、誰にも会えないし、町の明かりも見当たらなかった。
何時ものように手馴れた感じに岩陰に隠れ貪る様に睡眠を取る。
時々、目を覚まし余り眠れなかったが再び眠り、また夕方に目を覚まし石畳の道を歩く。
しかし、そろそろ俺の体と精神が限界である。
歩いては休み、休んでは歩きを繰り返しながら4日目の夜明け前、とうとう目の前の方にずっこけて倒れてしまう。
いきなり召喚されて放置プレイの上、野垂れ死にするのかな? と、冷めた自分がそこにいた。
そして、意識が朦朧としてきて、意識が無くなった俺でした。
☆ ☆ ☆
しかし、決して阿佐賀は孤独ではなかった。彼に見つからない距離から監視していた者が居た。
「遅いな~、連絡して4日もなるのに、まだこないな~‥‥‥」
相棒の馬並みの犬を従え当日の事を思い出す彼の頭には三角の耳と体中体毛が生えている。
顔も見た目は犬であり、皮製の胸当てと腰にも皮鎧が付いている。
相棒は彼の聖獣であり従者というか兄弟に近い間柄であり、その証拠に聖獣が彼の顔舐め甘えている。
「今回は50点だぞ! 知らない人から物を貰って!
その人の物を食べては駄目だって言ったろ?!」
聖獣はシュンとなり伏せをする。
監視者は阿佐賀が召喚される前からあの付近に居て監視していた。
そして、召喚後に自分の聖獣を使い阿佐賀の生死の確認をさせている間に、彼は第一報をある所に何かの術を使って連絡したのである。
それから4日目、未だに誰も来ない。
監視者は少し驚いていた。普通の人は何処かも解らない場所に来ると暫くは動かないし、やがて昼夜問わず歩き出し行き倒れるのが普通である。
道路に着いた阿佐賀は周囲の様子を伺いつつ暫く歩き、大胆に寝たのである。
そして、夕方に起きて夜の行軍である。
2日目の夜に阿佐賀が倒していたサボテンのような植物は荒野の聖木であるガジュマムの聖木と呼ばれたものであった。
荒野の民が聖なる木として崇めていて、年に数本を祭りの時にしか採る事を許されない聖木である。
勝手に採り、荒野の民に見つかると殺されることがある。
当然、阿佐賀は知らないが監視者は慌てて阿佐賀が立去るのを確認し、急いでガジュマムの聖木の倒れた方と根元の小口をナイフで綺麗に切断した。
倒れた方を相棒に咥えてもらい根元に乗せる。
そして、またまた不思議な術を使い根元と折れた部分を接着してしまったのである。
最後に、ガジュマムの聖木を少し揺らし旨くついた事を確認する監視者。
その監視者は穴を相棒に掘って貰い、ガジュマムの聖木の欠片の証拠を隠滅してしまうのであった。
監視者は証拠隠滅が終わると相棒に言い放つ。
「驚かせるよな~、アイツ!」
「ガァフッ」
監視者の言葉を理解しているのか、監視者の相棒は彼に返事する。
そうして、4日目の夜明け頃に阿佐賀が倒れ、朝になる頃に彼を救出しようか迷っている監視者。
突然、監視者の後ろから、今度は馬並みの狼に乗った狼が姿を現した。
「ごくろうねぇ、ぼくぅ~、本隊は直ぐそこよ! 見つかった彼は何処?」
そんな言葉をかけた彼女も全身灰色の毛だらけ、顔は狼風で少し胸が膨らんだ皮製の胸当てをした軽装の各種鎧を纏った姿であった。
「あのね、お姉さん! おいらはもう17歳だ! 既に成人しているよ!! それにおいらには父ちゃんが付けてくれた『モルギス』って名前があるんだ!!」
監視者は自分の名前を言い放ってから、自分に声をかけて来た彼女の姿を見てゾッとする。
彼女はモルギスとは遥かに身分が違う種なのである。
同じ聖獣持ちでも彼女は彼らが崇拝する族長を守護する森狼種の獣人族であるからだ。
モルギスは声を裏返させながら阿佐賀が倒れている方向うを指差す。
「あちらに、ご、ございま、ます! ‥‥‥。異変は何も、な、無く。今朝倒れますた。それでは、わた、わたすは、帰還しま、ま、ます」
森狼種の獣人族の彼女は、彼女の相棒から飛び降る。
硬くなっているモルギスの肩を軽くたたいて、彼女の相棒に阿佐賀の状態を見に行かせる。
「あら、そんなに硬くならなくてもいいのよ~。ここは森じゃないし、それに同じ傭兵でしょ? 後、今までごくろうさま、帰って報告よろしくね」
そう言うとモルギスに手を振り彼を見送る。そして、自分の相棒の様子を見る彼女。
彼女が視線を動かすと相棒がこちら側に何か合図を送っている。
その様子に彼女は急いで走って阿佐賀のそばに寄ると、彼の額に手をやる。彼女は自分の「肉球」から高熱を感じる。
直ぐに彼女も彼に何かの術で手当てする。
手当てが終わると、犬笛みたいな笛でどこかに合図を送るようだ。
暫くすると、阿佐賀が辿って来た道を11台の数種類の馬車が一列になってやって来る。
彼女と阿佐賀の手前で止まると先頭の荷馬車の中から十人の男達が出て来る。
彼らは阿佐賀の服を脱がし、彼らの着ている物と同じ服装を阿佐賀に着せてしまう。
次に、阿佐賀に首と手が一緒になっている分厚い鉄製の板の枷を取付る。
最後に、同じ鉄製の板の足枷を取付け彼を皆で担いで先頭の馬車に乗せてしまう。
それを後ろから見ていた男は顎鬚を指でつまみながら別の男に何か言い放ち、その別の男が阿佐賀の脱がした衣服と荷物をどこかへと運んでしまう。
そして、顎鬚を指で摘んでいた男は自分の馬車に乗って出発の合図を出すのであった。
☆ ☆ ☆
額の上が何故かひんやりして気持ちが良くて目を開けてみる。
何故か前側に倒れた記憶があるのに仰向けで革製の氷嚢みたいな物が額に乗せてある。
そして、なぜか手足が動かないことに気付く俺である。
首が固定されていて、横や上に旨く上げられない。首を横に向けると少し所々赤錆びた鉄の板に、自分の手首から上が見える。
そして、その枷が床に固定されている鎖を見る。
今度は足を動かしてみるが同じ様に動かせなかった。
それに周りからギシギシ音がしていて、どうやら何所かに輸送されているようだ。
バツゲームを受ける謂れがないのに何故首と手の枷?
なんか悪い事をしたのかと考えを巡らせるが思い当たることは‥‥‥。
上司が連絡が取れない俺を捕まえに来た?
‥‥‥。そんなあほな。
どうもまだ、体がだるく頭も痛いし重い。
旨く考えられない自分の様子を見に黒い影が俺を覗き込む。
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
何かを言っているが何を言っているのか解らない。
しかし、覗き込んだ顔を見て思わず喉を手でナデナデしたくなる衝動に駆られてしまう。
そこに現れたのは公園にいた赤茶虎の雄猫の顔であった。
とうとう可愛そうな俺を神様がパラダイスに連れて来てくれたのか? と、考えるが段々眠くなってきて、意識が遠のいて行く俺であった。
次話へつづく