第4話 無茶振り
みな唖然としてしまった。口が半開きである。
ここまでの話でも、スケールが大き過ぎて理解できなかったのに・・・・・宇宙を救えとは・・・・・。
やっぱりまだ夢でも見ているのか・・・・・と、莉子に平手打ちされた右頬にそっと触れてみて、やっと現実なんだと再確認する事ができた。
僕らは、何処にでもいる普通の高校生なのに。
その僕らに宇宙を救えは、いくらなんでもムチャ振りでしょー。
「宇宙を救えって言われても、オレたち普通の高校生で何も出来ないけど」
皆の気持ちを代弁するように、四人の中で最も責任感の強い浩二が言った。
「みなさんは、もう既に普通の高校生では有りません。私たち電子生命体と融合することで、かつて、この光の宇宙を支配していた、電子生命体の総てのテクノロジーが使用可能となります」
「融合って、また分解されて、あなた達とグチャグチャに混ぜられるってことなの」
青ざめた顔で莉子が訊いた。よほどグチャ混ぜが嫌らしい。
「イイエ。電子生命体との融合は意識レベルでの融合となります。シンクロ、と言い換えた方が分かりやすいかも知れませんね。具体的にはあの椅子に座って頂くだけで大丈夫です」
ハルのその言葉に、莉子がホッと小さく息を吐いた。
「そんなに凄いテクノロジーが有るのなら、あなた方が自分で使って宇宙の穴でもなんでも閉じればいいじゃない。穴を閉じる作業なんてそんな土木工事みたいな事、私、やりたくありませんわ!」
莉子は元気を取り戻してきたようだ。だが、ボケまで取り戻さなくてもいいんだけどな・・・・宇宙に土木工事は無いと思うぞ。
「残念ながら今の我々には、そのテクノロジーを使うことはできないのです。厳密に言えば維持する事は出来ても利用することが出来ないのです。今の我々はただコードの繋がれたコンピューターのような物です。我々を起動し、プログラムを走らせ、エンターキーを押す『決断する誰かが』必要なのです。そのために無くてはならない存在が、決断する遺伝子を持つ、あなた達有機生命体なのです」
「あら、私たちは命令するだけって事かしら。まぁ、それならやってあげてもいいわね」
莉子が調子に乗ってきた。無くてはならない存在、というハルの言葉に俄然やる気になったらしい。
「ただし、我々のテクノロジーを自由に使いこなすためには、そのテクノロジーのレベルに応じた、シンクロ率の高さが必要となります。それは皆さんの遺伝子の資質に左右されるのです。実は、原始的な有機生命体の持つ遺伝子が、最もシンクロ率が高く、知的生命体である人類の平均シンクロ率は、通常30パーセント程度にとどまります。そして、皆さんのシンクロ率も例外では有りません」
ハルが僕の目をキュッと強く見つめた。
「しかし、マスター! あなたのシンクロ率だけは100パーセントを超えているのです! これは奇跡的な数値です! 原始的な生物に近い遺伝子の資質を持つ人類。確率的には限りなくゼロに近いことなのです」
「えっ?・・・それって喜んでいいことなのかなぁー」
僕は原始人に近いってこと? そういえば尾骨が尻尾のようにぽっこり張り出してたなぁ・・・・・視力も両目とも2.5だし・・・・。などと、自分の身体の特徴を改めて思い起こしてみた。
「やっぱり大和は原始人だったのね。それともミジンコなのかしら、フフフ・・・・・」
莉子、お前なー幼馴染をつかまえて、いくらなんでもミジンコは無いんじゃないか。
せめてダンゴムシ程度にしてくれ。
「あの椅子に座って、宇宙の穴を閉じに行って。闇の宇宙人やっつければいいんだろ。すっげー楽しそうじゃん。やるやる、やりたい!」
隼人はゲームでも始める感覚なのか、楽しそうにそう言った。
おいおい隼人、これはゲームじゃなくて人類の、いや、この宇宙の運命がかかってるんだぞ。そんなに安請け合いするな。
「そういえば椅子は七つ有るみたいだけど、君も含めて今は五人じゃない、その人数で大丈夫なの?」
僕は、部屋の中央付近にある、同心円上に配置された椅子に目をやった。
「イイエ。ワームホールを閉じるには最高レベルのシンクロ率が必要です。そのためには有機生命体の遺伝子は全部で六つ必要です。つまりあと二つ必要になります」
「あと二人は、この火星の住人からまた誰か選ぶってことなの?」
僕のその質問に、一瞬ハルの顔色が曇ったような気がした。
「イイエ。人類程度のシンクロ率が後二つでは、最高レベルのシンクロ率にはとうてい到達出来ません。極めて低い確率ですが、我々が始まりの特異点へ到達するまでに、マスターのように高い知能とシンクロ率を兼ね備えた有機生命体を後二体、発見しなくてはならないのです」
高い知能と言われてちょっと嬉しかったが、今はそれどころではなかった。
「それって、どれくらいの確率で発見出来るのかしら」
「およそ五千万分の一です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハルが答えると少しの沈黙があってから浩二がつぶやいた。
「五千万分の一って・・・それは不可能ってことじゃないか・・・」
「イイエ。確率はゼロで有りません。マスターが私と遭遇する確率もそれに近いものでした」
ハルは再び、僕を強く見つめた。
「総ては必然、神の織りなす運命の糸は、必ずや私たちを、まだ見ぬ二体の有機生命体の元へと導いてくれるはずです!」
と電子生命体は、電子生命体とは思えぬ人間らしい発言をした。
(ひょっとすると、電子生命体は意外とロマンチストなのかも知れない)
そんな僕のどうでもいい考えをよそに、莉子が次の質問をする。
「私たちがその始まりの特異点まで行って、穴を閉じる事に成功する確率はどのくらい有るのかしら?」
「向かう先々で闇の生命体の反撃に遭うこと想定すると・・・およそ一億分の一です」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ハルがそう言うと、また少しの沈黙が続き、その後で隼人が震える声で質問した。
「まさかさぁ、ゲームオーバーになったら、死ぬってことじゃないよね?」
ハルは答えた。
「一個体としての遺伝情報及び、個体を形成している総てのマテリアルは消滅するでしょう」
「それって死ぬってことじゃん! 仮に、途中でケームオーバーにならなかったとしても、オレらが暮らすこの銀河から、始まりの特異点まで到達するまでに、寿命がつきてみんな死んじゃうんじゃないのー」
隼人は早くも半泣きだった。
「この銀河系から始まりの特異点までの距離は約四百億光年。通常の航法では有機生命体が生存したまま到達することは不可能でしょう。しかし、私たち電子生命体のテクノロジーは驚くほど短期間での到達を可能にします。それがワープ航法を進化させた『スーパーマクロドライブ航法』です。この航法では、空間の距離を縮める通常のワープに加えて、時間を早送りすることでワープ航法の数千倍の距離を一気に移動することを可能にしています」
「すげぇ! ワープにタイムマシンを組み合わせたみたいなもんかぁ」
泣きながら笑っている隼人は、なんとも情けない表情になっていた。