決着
「さて、あとは貴様だけだザクロ」
『サクリだッッ!!……俗物めが……』
「どうするつもりだ? 切り札も失い、侵攻も鎮圧されつつある。どう転んでも貴様に勝ち目はないがな」
『我が妹を殺しておいてのうのうと……』
「クク……クハハ……何勘違いしてやがるんだ貴様は」
『?』
「俺はミナを殺したなんて一言も言ってないし、なってもいない。あいつのことはすべて片づけてからだ。そう、貴様を塵とするまでな」
『くく…クハハ……もうよい……もはや理性などいらぬ……すべては不要、世界には私一人でよい!』
「あーあー……」
みぢみぢとサクリの体が嫌な変化を始める。筋肉が盛り上がり、人の体から戦うことに特化した獣の体へと変貌していく
数分後、そこにはもはやすらりとした紳士はいない。ただただ、異形としか呼びようのない正真正銘の化け物がそこにいた
『fhgtくぉおえ;sdgbh:pfごhたえskdslfghkrf!!』
「言葉まで忘れたか……こりゃどーしよーもないな。罪人、吸血鬼大公。罪状は器物破損、傷害、および殺傷。公務執行妨害その他。以上の罪状から情事酌量の余地なしと判断、刑を執行する」
先ほど錫杖から解き放った2本の黒曜石の刀、玄白虎の刀身に文字が浮かび上がり、柄の金属部分が震えだす。同時に刀身に聖なる加護が付加され、目の前の鬼を殺そうと武者震いを始めた
『slkndcglboliof/\lkmgt;gal/sdjdn;』
「あーあ完全にバグってる……こりゃ骨が折れるぞ」
全方位からコウモリが集まる。先のミナとの戦闘で爆陽符は使ってしまった、携帯するときは一枚が限度なのだ。それ以上持っていると共鳴し懐で発火したりする
「クソッタレ……式神・蒼炎朱雀!!」
刀で地面を擦るように切ると、その傷跡からいつもより少し大きい蒼い炎の鳥が飛翔する。一羽がコウモリ一匹と衝突すると、かなりの威力で爆発、周りのコウモリ数百匹を道連れにする。あまりに爆発の数が多いので空気の躍動が辺りの民家の窓を叩く。
「おかーさーん、なんか外うるさくない?」
「そうかしら?」
住民のほうは全く気付いてはいないようだが
爆発に乗じて魁人が接近、サクリの背中に傷を次々と刻み込む。切り裂かれた傷口を邪を滅する祈りが焦がす。
怒りにまかせ裏軒拳をふるう化け物。巨大な体躯の割には動きが速い、魁人の回避が間に合わない程度には
ボグッ ゴシャァ
「おぐっ……ガッ…!」
近くにあったコンクリートの壁に強く叩きつけられた。コンクリートの壁が衝撃によって倒れ、魁人を下敷きにする。
『fvmlkft:pae:4548y7r9dp@gp:;c/..kahw!!』
化け物が勝ち誇ったように咆哮を上げる。
あら? もう終わり?
いや、ちょっと疲れただけだ。まだやれる
ふぅん。本当にそう?
……正直キッツイ
でしょうね
なんか眠くなってきた。なんか脳内麻薬出まくってる気がする
こんなとこで死なないでよ? 貴方は私が喰らうんだから
どういう意味で?
何想像してんのよ
いや、ノリで?
もう……でも嫌いじゃないわ
あ、そ。んじゃ、もうちょっとしたら終わるから待ってろ。お前のことはその後でケリをつける
ハイハイ
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バゴォォォン!
『?!』
ふいに瓦礫が轟音と共に吹き飛ぶ。そこには立ち上がるのもやっとといった様子の魁人がいた。目には生気がなく、腕がだらんと下され、生きているようには見えない。だが立ち上がって、化け物の前に立ちはだかる。
「ゥウ………ウォォォォオオォォオオ!!!!」
闇が、魁人の体から弾けた。闇は天へと立ち上り、上空にいたコウモリ全てが地に落ちる。
「呼び覚ましたか、魁人……お前に我がご先祖様とワシの加護があらんことを」
天を仰ぐ東次郎。その表情はなぜか嬉しそうであり、同時に寂しそうでもあった。もう孫は立派に巣立ち、自分の手助けなど必要ないと悟ったかのように
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『?』
「………鬼ノ転寝」
魁人が呟く。すると周りの闇が集まり、魁人の背後に鎧を纏った恐ろしい鬼が薄ぼんやりと現れた
『ぃtgjhにdぉ4p9!!』
化け物が巨大な剣を影から取り出し、魁人に切りかかる。それを右手の錫杖刀で受け止める魁人。
「失セヨ、恥サラシメ」
左手の錫杖刀で巨大な剣を数等分に切断、ついでに化け物の腕も輪切りにして切り落とす
『joiset0gb;gf/?!』
「理智ヲ失イ、力ヲ手ニ入レテナントスル? 貴様ナド人外ヲ名乗ル資格ハナイ。誇リ無キ獣ヨ」
『38yhてbgpのb;dlkcf。v、ん8!』
化け物が咆哮を上げると、辺りから雲霞のごとく下級吸血鬼が現れた。人型ですらない、ただの血に飢えた獣。己の食欲を満たさんと魁人だったものに食い掛かろうとした。
した、ということはしなかったということ。近づいた瞬間彼らは本能で悟ったのだ、目の前のモノが自分たちを統べるものであることを。くるりと振り向き、化け物のほうへと顔を向ける。そして、かつての主へとその牙を向けた
『?!』
下僕の裏切り。倒された切り札。力の差。もはや化け物に勝利の二文字はあり得なかった。かつての下僕の攻撃でズタボロになっていく化け物。心なき怪物が、絶望を初めて味わった瞬間だった。
その頭蓋を、一振りの美しい刀が貫いた
「疲レタな……もウいっカ……」
空を覆い尽くしていた巨大な闇は雲散して消え、代わりに眩しい朝日が地平線の向こうから顔をのぞかせた。魁人は希望の夜明けを確認すると、意識を手放した
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「さて……はじめまして、だな。こうやって正面きって話すのは」
『そういうことになるかな? 流石は彼女の血をひくものよ』
「俺の一族の始祖のことか」
『あぁ、本当にいい女だった。儂が心を奪われるほどのな。今でも鮮明に思い出す、彼女の口癖、足運び、その一撃まで』
「そうか。聞きたいことがある」
『なんだ』
「なんで俺の一族の中に入った?」
『そうさな……もう幾億月前の話か……儂は彼女とは相容れぬ存在。異種で交わるなど……さらに儂と彼女。殺すか殺されるかの間柄、だが…』
「貴方達は愛に走った?」
『彼女は一族を破門され、儂は元居た地を追放された。だが幸せだった。子どももできた。ひっそりと暮らしておった。誰に狙われるでもなく。子どもも健やかに育ち、一人立ちした。だが最後の敵がやってきた』
「寿命……か?」
『さよう。彼女が老衰で弱っていく姿は見るに堪えなかった。最後に感謝の言葉と、儂に対する感情を残して彼女は逝った。儂も後を追おうとした、だが死ねぬ。不老不死の体は死ぬことを許してはくれなかった。儂は旅をした。己を殺す旅を』
『どれだけ体を裂き、血を流そうと死ねぬ。切り裂いた部分と魂の一部をあちこち捨てまわりながら儂は旅を続けた。バラバラになれば魂のありどころが分割され、時の流れで消えると思っていた。だが現実は非常であった』
『体の一部と共に置いてきてしまった儂の魂の一部が、周りに災いをもたらすようになってしまった。災いをもたらしていることを聞いた時には、儂はもう首だけになってしまっていた』
『どうすることもできぬ。そう思っていた時だった。子どもに再会したのだ。子どもは私の魂の一部を体の中に封じ込め、体は各地に封印する旅をしていたのだ』
『儂は後悔した。子どもに親の尻拭いをさせていたことを。強大すぎる儂の力は、子々孫々に継がれることとなってしまった。罪を子々孫々に押し付けてしまった。儂の愚行だ……悔やんでも悔やみきれん』
「ひとつ、償える方法がある」
『……?』
「俺に力を貸せ。お前と同じように俺にも譲れない、守りたいものがある。それを守るのに力を貸せ。俺たちの一族全員と、この世界の人外をすべて守り切れるだけの力を」
『ふふ……面白いことを言う……まったく、骨の髄までお前は彼女の子どもなのだな』
「あぁ。そして骨の髄までお前の子どもでもある」
『フフ、そうだな……』