悲哀の決闘
さースパートです
「……始まったのね……」
常闇に支配された空を仰いだ少女は呟く、なんともいえない表情を浮かべながら。と、後ろに気配を感じる。少女のよく見知った男。この国に来て、この男には本当に世話になった。これから、恩を仇で返す事になるのだが
「みたいだな」
「魁人……」
「ミナ、お前この事件に何か深く関わってるな? 供述してもらおうか。お前を傷つけたくない」
武器を構えて脅すわけでもなく、魁人はただただミナが語りだすのを待っていた。空を仰いだまま、虚ろな目をしたままでミナは語り始めた
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「…………私の一族は過去、世界征服を目的としてあちこちで戮殺を繰り返していた。バカバカしいことだって自分で言ってて思う、でも昔は本気だったみたい。
数々の人外の集落が陥落していった。そしてアジアのほうに手を出そうと、当時黄金の国と呼ばれたこの国、日本へ渡航した」
「そこで俺たちに邪魔された?」
「正確には元居た原人外だけどね。特に鬼の一族はすごかったって昔の記述に書いてあった。多分だけど、魁人の中の鬼もその一族だと思う」
優雅に歩き回りながら、ミュージカルのごとく語りだすミナ。観客がいたら釘付けになっていただろう。
「戦線はお互い譲らず一進一退の攻防だった。そしてある日、けりをつけようと吸血鬼の王と鬼の一族の長が一騎打ちで戦った」
月明かりがまるでスポットライトのように振りそそぐ。
「勝ったのは吸血鬼の王でも鬼の長でもなかった。そう、最高のタイミングで横合いから思い切り殴りつけられたのよ。魁人の組織を始祖たちに。
吸血鬼勢力は頭を失い、撤退。鬼の一族も時の流れとともに衰退、現在に至るってわけ。仕方のないことだと思うけど、ね」
舞踊るように動き回り、ピシッっとキメる。悲しき宿命をあらわすかのように、その動きは悲哀を表しているように見えた
「俺が聞いているのは昔話じゃなくお前らの目的だ」
「早い話がね、世界を征服しようってこと。でも力がないとそれも叶わない、なら強くなるしかない。更なる力を手に入れようと一族は画期的な力を生み出した」
「それが私に宿った力、相手の異能の力を吸い取り自分の糧とする力、能力吸収」
「……なるほど。厨2設定はこの伏線だったわけか。言ってて恥ずかしくないか?」
「……………五月蝿いし台無しね。伏線にもなってないし」
今度は魁人が動き出した。力強い、雄雄しい動きだ。見ているだけで心が躍るように思える
「ともかく、俺の鬼は渡すわけにはいかん。俺にもお前にも危険すぎる。さっき俺の中の鬼が昔話の鬼の一族といっていたな。それは違う」
「? どういうこと?」
「俺の中の鬼は……すべての天魔を統べる鬼、天魔の頂・皇鬼。お前ら人外を創り出した魔の王だ。お前らのような木っ端一外に扱いきれるモンじゃない」
くるくると指先で杓杖を弄んでいる魁人。普段彼が漂わせないような異様な雰囲気。それは彼の中の鬼の気配か、それとも……
「あり得ないわ、私たち人外は人間の想像が偶然を重ねて具現化したもの。つまりは、忌々しいけど、人間が私たちの産みの親のはず」
「人の信仰だけで化け物が実体を持って襲ってくるわけないだろうがバカかオマエ」
「……………」
「細かいことは知らん。ただこいつが動くだけで未曾有の大災害になることは明白だ。一度外に出れば全世界の怨念が集まり、人外ですら耐えられない闇をもたらす」
「へぇ……でも確証はないんでしょう?」
「俺も少し昔話をしようか。過去に機械と人外を混ぜ合わせたヨモツモノと呼ばれる化け物が出現した。
奴らは無差別に暴れまわって日本中の人外や人間が大量に死んだ。大本は潰されたみたいだが、爪あとは大きかった。死にもの狂いで隠蔽した、そしてわかった。
どうやらヨモツモノはこいつの垢を土台にして作られた悪霊らしい、ヨモツモノの残骸を調査したところ霊痕が一致した。
こいつの一部が封印されている場所に荒された形跡があった、どっかのボケが利用しようとしたらしい。結果見る限り頓挫したらしいが」
「ずいぶんと面白い話ね。それで?」
「どうしても鬼が欲しいか。お前は吸血鬼、いや人外や化け物でもなくなる。世界を滅ぼすただの力の塊になるだろう。それでも、欲しいのか」
くるくると回して弄んでいた杓杖をパシッと掴みなおし、魁人はミナに問うた。最後の一縷の希望を乗せて
「それでも私は貴方の鬼を頂く。もう後戻りはできない」
「そうか。容疑者、吸血鬼ミナ・ロリエス・ハーカー。お前には様々な罪状の疑いがある。逮捕状だ。手を頭の上に置き地面に伏せ動くなさもないとぶっバラす」
「やってみなさい。出来るのならばね」
魁人が杓杖を両手に持ち構える。ミナが自らの影の中から細身の刺突剣を取り出す
対峙する二人の人でなし。あの日と同じ紅い月の夜。二人は月夜に出会い、月夜に別れる
背景に建っていた民家の庭に月下美人が咲いていた。夜露が月下美人の葉から『ぴちょん』と地面に落ちる。時は満ちた
「おらぁぁぁぁああ!!」
「せぇぇぇええええ!!」
ゴキィィンン!!
鈍い金属音が夜の闇に響いた
「式神・蒼焔朱雀!!」
魁人の十八番、たくさんの蒼い炎の鳥が吸血鬼へと飛翔する。いつも使う蒼朱雀よりかなり大きい
「この程度! 切り裂き啜れ『吸血剣モーラ』!!」
高速の連続刺突で炎の鳥をひとつ残らず撃墜する。切り裂かれた蒼い鳥は夜の闇へと消えていった
「ほぁ~、見切られてるか。さぁすがぁ」
「何のために貴方の傍にいたと思ってるの? 監視されてたのは貴方だってこと」
「あ、そ」
軽い。あまりにも軽薄な態度。だがミナは知っている、軽薄な態度、そして少なすぎる口数は彼にとって切羽詰っている証拠でもある。いける。じり、と横へと足を運ぶ
「足元注意だ」
ぱちん、と魁人が指を鳴らす。ミナの足元には見覚えのある符が数枚
「(しま…)」
「爆ぜろ」
ぼごぉぉぉん!!
身体能力をフル活用して避ける。爆発系の攻撃は点攻撃のように限定的でなく、面で攻撃してくるので厄介だ。避けきれない
爆風の中に小さな光の粒子が混じっている。それはミナの服に付着、そして焦がす。結構なダメージが蓄積された
「ッ……!」
「パイ○ドラ……もとい、浄化結界の破片を練りこんでおいたガチ使用の爆導符だ。日本神話の化け物退治ってのは大体が不意打ちとか奇策で化け物を殺してる。
そんなもんだ、世の中ってのは。喜劇だな、悲劇だな。そうは思わないか? ミナ・ハーカー」
コイツ本当に主人公する気があるのだろうか
「本気で殺すつもり? 短い間とはいえ貴方の傍にいた女の子を」
「ここに来てオナサケをかけられるほど俺はいい人じゃない、さっきの警告が最後通知だ。悪いが俺は10を守るためなら手段を選ばない主義でな。仕事は仕事、情など一切持ち込んではいけない」
「……なるほど、私という1を切り捨てるってこと。それじゃあこっちも本気で行くわよ」
「来い」
「征きなさい!」
空を覆い尽くしていたコウモリの大群の一部が、黒い雨のごとく魁人に向かって降り注ぐ。
錫杖を回転させ迎え撃っていた魁人だったが、圧倒的物量によってアッという間に囲まれる。程なくして魁人がいたところに黒いコウモリでできたボールが出来上がった
「何分持ちこたえられるかしら? 吸血コウモリの大群相手に……次会うときはミイラになってるでしょうね。フフ…」
次の瞬間。黒いボールの内側から眩いばかりの光が弾けた。コウモリ達は黒こげになって次々と地面に堕ちていく
「あのショタよりかは歯ごたえがあると思ってたが、なるほど。こりゃ噛みごたえは十分だ。太陽の光を封じ込めた呪符、『爆陽符』。
面白いだろ? 作るのに一月は必要だし、ほっとくと自然発火したりで色々面倒くさいんだがな」
「ッ…!」
「おらッ!!」
錫杖の浄化の力が宿った斬撃がミナを狙う。先端に重みがあるため軽く振るだけでかなりの威力となる
「舐めないでッ!!」
レイピアで応戦するミナ。なぜだ。なぜこうも差が開かない? 身体能力その他もろもろ、劣っているところなどない、むしろ優勢にあるはずなのに。
ギィン!
レイピアの刃と2本の錫杖の棒の部分がぶつかり合う。ギギギ、という耳障りな金属音が辺りに響く。火花が散り、擦れあっている部分の金属が摩擦熱で赤くなっている
「やっぱ正面からじゃ旗色悪いな。んじゃ、こいつでどうだ」
ミナの背後に落ちていた札が浮かび上がる。それは一瞬で人の姿となり、鍔ぜりあっている錫杖の一本の頭を掴み、引き抜いた。
戦いの最中立回りながら魁人はあちこちにワナを仕掛けていたのだ
「分身抜刀術『陰陽』!!」
ミナの背中に、下から切り上げる鋭い一撃が加えられた。仕込み刀である。漆黒の刃は黒曜石に祝詞を込めながら削りだしたもの、人外が触れればたちまち両断される
「コイツが俺の切り札、双牙刀・玄白虎だ」
今度は正面の魁人が残った一本を抜刀、レイピアを弾き飛ばし、隙だらけのミナの腹に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす
「っあ?!」
「霊封ノ結界!」
魁人が複雑な印を凄まじい速さで切ると、辺りに散らばった呪符が立方体を作り上げ吸血鬼を閉じ込める
「なァめるなぁ!!」
溢れ出る闇がミナの体から噴出、結界を一瞬で無に帰す
「リン・ピョウ・トウ・シャ・カイ・ジン・レツ・ザイ・ゼン!!」
間髪入れず魁人が袖の下から金剛杵を大量に取出し、空中にばらまく。それらは言の葉を受けて光の槍になり、ミナへと飛んでいく。先ほど武器を弾かれてしまったのでミナには身を守る手段がない
「ッ?!」
「終わりだ」
6方から光の槍が吸血鬼に突き刺さる。眩い光の柱が空へと上っていった
「……………ミナ…」
式神から渡していた刀を受け取る。漆黒の刃はミナの鮮血をすすり、黒々と美しく輝いていた