不穏な影
どこか、薄暗闇の中。二つの影が話している。ひとつはもうひとつの影に跪いている。主人と銃僕の関係のようだ
「ふむ、もうそろそろ頃合だな。あやつは?」
「拘束されてます」
「フン、まぁ進入はできたということか。構わん。計画を実行する。アレを飛ばせ」
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ふと、月を見たくなるときがある。なぜかは分からない。感傷に浸りたいわけでもなく、ただ使命感のようなものが体を突き動かす。己の五体に流れる吸血鬼性のせいだろうか
「今宵も月が綺麗ね……ってキャラじゃないっつーの………もし魁人に言われたら、なんて乙女過ぎかしらね。もう[z――]年この世界にいるわけだし」
ただぼんやりと月を眺める。と、月に黒い点が浮かび上がる。それはだんだんと大きくなり、少し経つ頃には何かが飛んできていると認識できた。こうもりだ
「……そう。来たのね。私の愚弟が」
ミナの目が妖しい赤色で輝いていた
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「ホイ、ノースグランデ進化、ボルシャックウルフェウス。手札からHELL発動。とりあえず3匹は焼けるか。んで、シールド3枚墓地へ」
『ぬあぁ?! 待っt…』
「デュエルに待ったはありません。ホラ、ついでにWブレイクです」
『ぬぅ…シールドが……』
『『(シュール…)』』
魁人の休日も終盤。空は少々曇っているが、過ごし易い気候となっている。魁人の家に客人が二人。鴎森の長、黒天狗とその娘ウズメである。
ただいま魁人と黒天狗はカードゲームの真っ最中。ほぼ勝負は決まり、黒天狗の敗北となったようだった
魁人たちがいる部屋のテレビがお昼のニュースを放送している。局地的に凄まじい突風が吹いたとかで特集が組まれていた
実は言うと、黒天狗とウズメが飛んできたときに発生したものなのだろう。だが流石にもう少し風速を弱めてもらいたかった、なにせ辺りの家の瓦が数枚落ちるほどの突風だったのだから。ニュース沙汰となれば少々罪状が出てしまう
黒天狗はその後魁人によって、人間で言うところの自動車免許である妖術移動免許「風限定」免許から数点減点されていた。ウズメは親父のドライビングテクの影響で酔ったのかグデっとしていた
「20戦17勝。あんまり練りこんでないデッキだったが、割とイケたな」
『ぬぅ…引きが悪かったのだ……』
霊的に重要なひとつの森を任された長らしくない言い訳である。もっと威厳を持って欲しいものだが
「お茶入りましたよ」
「茶菓子も持ってきたよー」
「すまんなウズメ、ミナ」
『何故都合10枚は入っている水文明が来ぬ……』
自前で持ってきたカードボックスをゴソゴソやっている黒天狗に熟練者としてのアドバイスを言い、魁人は黒天狗に本題を急かした
「都合10枚しか入れてないから事故るんでしょうが。ロマンはキリのいいとこで諦めるが吉なんですよ。さて、教官。本題をお願いします」
『やはりチューターは入れるべきか……ワンダートリックをもう少し強化してほしいものだが』
「教官。本題をお願いします」
『ぬ? おぉすまぬ、意識が超次元に飛んでおった。で、どうだ、初めての長期休暇は』
「まぁ普段できないようなことできて楽しいですけどね。教官フルボッコにしたりとか教官フルボッコにしたりとかry」
『もうよかろうそれは……』
頭の横にマンガのような、落ち込んだときに出てくる縦線3本が浮いている黒天狗。面倒くさい。と、空気が張り詰める
「それだけじゃないでしょう? 寝てても気づきます、最近このあたりの霊力が若干ではあるが不安定になってきてる」
『フム。少し前から振れ幅は大きくなってはきておると思ったが、最近はその振れ幅が大きい。少し歪む程度ならたまにはあるが、近頃は頻発しておる。それも周期的に』
「日本の風土に適応できない外人外が無理やり適応できるように霊力をイジっているとは?」
『考えられん話ではない。低級な人外ならわざわざ霊力をいじる必要性はあるまい、おそらく神話に登場するような強大な力を持つ人外と考えてもよかろうの。
そして日本人外が最近殺気立っておる。調度ゆがみが頻発し始めたあたりから』
「それだけじゃありません。冒頭の悪霊の件ですが、最近ぱったりと出なくなったんです。何かに怯えるように…」
『危険を感じてどこかに身を隠したか?』
「でしょうね。歪みに驚いて頻繁に出没していた、ということか。あるいは…」
『フム……どれにしろ、警戒は怠れんの。』
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組織・地下牢獄
陰湿な印象を受ける地下牢獄。一番奥の牢の隅。小さな男の子がひざを抱えて蹲り、眠っている。と、そこに暗闇と同色の霧が立ち込める。
霧は凝固し、人の形となった。暗くて表情は伺えない、がその冷徹な雰囲気は顔を見ずとも怖気がした
隅っこの棺おけに近付き、蓋を開ける。そこには少年の姿の吸血鬼がいた。少し前に職務質問で補導され、つまみ食いやさまざまな迷惑行為が露呈し捕まったのである。あと数日で釈放だったはずだ
『おい、起きろ』
『うぅん……もう吸い切れないよ…』
『起きろと言っている、末弟』ゲシィ
『んぅ…んぉ、お兄様?! い、いちゅのまに…』
『落ち着け。これは幻影だ』
『(あれ? じゃなんで僕蹴られたの?)』
『首尾はどうだ』
抑揚のない低い声で詰問する人影。子供はあわてたように答える。
『は、はい! 順調です』
『ならいい。決起の時は近い、お前も準備を怠るな』
『は、ハイッ!』
人の形をしたものが再び霧となり、雲散した。微かに刺激臭が漂う部屋の中、子供は緊張が解けたのか糸が切れたように倒れた。そして数秒後、むくりと起き上がる。辺りをキョロキョロと見回し、キョトンとした表情で呟いた
『あれ? ここは誰? ボクはどこ?』
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絶え間なくグニャグニャと蠢いている空間。空の色も絶え間なくさまざまな色に変化し、天候も安定していない。辺りに生えている草木は急速に成長と腐敗を繰り返している。そんな混沌とした空間の中、スヤスヤと人影が眠っている。
ここは神浄魁人の夢の中、精神世界である。居心地よさそうにむにゃむにゃしている魁人に迫る巨大な影
『きろ………起きろ…』
腹の底にまで響いてくるような重低音が魁人の眠りを邪魔した。眼を擦り擦り、声のしたほうへ顔を向ける。底にはもやがかかり形がはっきりしないなにかが鎮座していた。まるで最初からそこにいたかのように
「………誰だ貴様」
『私はお前の中の鬼だ…』
「爆導札!!」シュババババババ ドコーンドコーン
問答無用で人外殺しの札を靄に投げつける魁人。まさに外道である
『何をする貴様! ちょお……って!……くっそ……』
「で?」
『ハイ…ジツハデスネ……』
仁王立ちをしている魁人の前には謎の靄が正座をしていた。していた、というよりはしているように見えるということだが。そして魁人と靄は知り合いであるように見えた
「俺に直々に話しかけてきたってことは何か始まるのか」
『あぁ。日の本の霊力の流れが変わり、混沌が流れ込んできておる。死の匂いが漂うてきとる。お前を想うとるあの女子がやらかすぞ。日の本にかつてない混沌が訪れるであろうな』
ふわりと宙に浮き、両腕を大きく広げ天を仰ぐ靄。心底楽しそうでいて、心底悲しそうにも見える。さまざまなものが渦巻くこの空間にその一連の動作はとても似合っていた
「知ってる。そしてどんなことになろうともお前を現出させる気もない。この件も必ず解決する。お前は俺が死ぬまで俺の体の中だ」
『そうでありたいな。フフフ……お前が死んだとき、お前の体は我が貰いうけるぞ』
「俺が死んだとしてもお前と一緒に地獄の底まで相乗りしてやるさ」
『ほぅ、年端も行かぬ青二才がほざきおるわ。我を抑えることで精一杯の童子が』
「黙れ。その童子の一族に延々支配されてるのはダレだ?」
『フフ……我は貴様の中から見させてもらおう、我の子孫が起こしたる戦争の結末を』
「とっとと消えろ」
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じめじめと暑い夏が続いている。セミが夏がまだ続くようにとでも言うように、外でしつこくやかましく鳴いている。扇風機が涼しい風というよりはじめじめしたぬるい風を魁人とミナへと向けて風を吹かせている
「長期休暇ももうすぐ終わり、か」グデー
「ほとんど寝てばっかりだったね」ポヘー
「どっか連れて行ったりしてやっただろうが」ゴロゴロ
「そりゃ遊園地とか森林浴とか夏祭りとかいろいろ楽しかったけど、ほとんど人外絡みで仕事してるのと変わんないんだもん……それに魁人が楽しんでる様子が見受けられなかったし」
「表情に出にくいんだよ、俺は。楽しかったのは事実だ。二人で何処かに出かけるなんて初めてのことだったし、こんなに長い間誰かと二人で過ごしたことなどなかったからな」
「え? ずっと一人暮らしだったんですか?」
「あぁ、身内も身よりもない。両親は陰陽師じゃなくて一般人のサラリーマンと主婦だったんだが、俺の小さいころに俺の一族を恨んでる化け物共に食い殺された。たまたま俺だけが生き残ったんだよ」
「その……頭領のおじいさんは?」
意図せずして地雷を踏んでしまったミナ。大して気にした様子がないのでもう少し踏み込んでみたくなった。彼の事が知りたい。何故? 口をついて出た言葉に自分で答えを出す前に魁人が答える
「仕事仕事でな。一般人として生きることを決めた両親の代わりとしてアホほど頑張ってくれてた。両親のことがあって、小さいころは組織の給湯室とかで過ごした。安全だからな。ニンフとかに家事を教えてもらって以降家を護ってきた」
「……………その…」
「……語りすぎたな。さて、そろそろ晩飯の時間だ。手伝え。野菜切るくらいならできるだろ」
大して気にした様子もなく立ち上がり、台所へと向かう魁人。その背中には悲しさや憂いなど一片も含まれていない。ひたすらに強かで、大地のように力強い意思が見て取れるようだった
「孤独……か」
化け物め、死ね! やーい、このひとりぼっち!
ヤダ、こいつ人じゃないみたい… 人じゃないんでしょ……
気持ちの悪いヤツ……はやく消えてくれないかしら
「………感傷に浸るなんてらしくねぇな」トントン
「(カエルのかわいいエプロンしながら物思いに耽ってる…シュール……)」カチャカチャ
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数日後。組織の入国審査所に男の外人外が訪れた。スーツでパリッとキめ、ロマンスグレーという単語が似合う男だった。彼の担当はミナを担当したあのニンフだ
『カテゴリーは何でしょうか?』
『吸血鬼だ』
『…ハイ、ここに来るまでに何かを運ぶように持ち掛けられませんでしたか?』
『無い』
『…ハイ、渡航目的は?』
『この組織の壊滅と世界全土を吸血鬼の王国とすること』
『え?』
ドゴォォォォーーーン!!
『この日本をまず我が一族のものとする!! 侵略を開始せよ!!』
空を覆うほどの大量の蝙蝠、昼は夜に呑まれ常夜の世界が広がる。紅い月が夜の闇を照らし、道という道に月と同じ色の液体が流れ、河を作る。
鉄の臭いが立ち込め、生命の欠片も無い生ける骸が命を求めてさ迷い、また新たなる骸を作り出していく。
死が満ちていく
『クックックックック……っはっはっはっはっはっははは!!』