別冊ファイル 夏祭り
またある日、二人は縁側で玉露とトマトジュースをすすっていた。お茶請けに羊羹が置いてある。トマトジュースに合うかどうかは不明だ
「ミナ、今日何日だっけ?」モグモグ
「え? 27日ですけど」チューチュー
「そういえば明後日だったな……せっかくだし手伝いついでに遊びに行くか」
「?」
夏祭り編
「ミナ! 夏祭りだぞ! 夏祭り! という訳で出かけるぞ」
「どこへ出かけるの?」
「とりあえずお前の浴衣作ってやる。まずはハベトロットとアラクネの服屋だな」
「てかどれくらいするの、浴衣の相場って」
「俺の浄衣新調ついでだ、奢ってやる。せっかくこっちに渡って来たんだ、それっぽい気分くらいは味合わせてやる」
「(デレ乙///)」
「じゃあ行くぞ」
「どの辺にあるの?」
「行った時のお楽しみだ」
「………期待してますからね?」
「俺の愛馬が光って唸るぅ!」ドルルン ドドドドド
「どこかへ向かえと轟き叫ぶぅ!」
ヘルメット+甚平+プロテクターつけた男とヘルメット被った美少女はどこかへと出かける。これから二人にとって楽しいことが怒りそうだ
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大型単車を走らせること数十分、二人は閑散とした商店街へと来ていた。閑散とした、というよりは正直廃れている。見える範囲の店は全て閉まっており、少し内装を除いてもボロボロで人がいる形跡が見えない
「ここですか?」
「あぁ。今日も賑わってんな」
「イヤミですか?」
「………あぁ、そうだった。こっち来い」
魁人が向かったのは商店街入り口のところにある宝くじ売り場のようなところ。ここにも誰もいないが、魁人はお構いなしに窓口に話しかける
「初見さん一名ご案内、通行証発行を頼む。ミナ」
「なんですか?」
「本部で最初に外人外滞在証明書と身分証明発行してもらったろ? 出せ」
「は、はい」
人外にも身分証明は必要になる。UMは手広くやっているのだ。先ほど言われた二つをミナは魁人に渡す。それを魁人は窓口らしきものの上に置く
「これが証明書ね」
『了解いたしました。ゲートをくぐったところでお待ちください』
突如ミナの頭の中で声がする。こいつ、直接脳内に?!
「なにボーっとしてんだ。いくぞ」
「あ、待ってくださいよ!」
ゲートをくぐると、そこは人外の賑わう騒がしくも、おどろおどろしくも、懐かしい商店街でした
「さて、服屋行くぞ」
「えぇ~もうちょっと見て回りましょうよ!」
「女は服選びで時間かかるんだからいいだろうが」
「あぁ~ダガシヤのダガシ~…ニクヤのコロッケ~……ツケモノヤのシショクー……」
「お前本当に吸血鬼か?」
ズルズルとミナを引き摺りながら魁人は目的地へ向かう。着いたのは清潔感溢れる服屋だった。ショウウィンドゥには廃マネキンでできたゴーレムがポーズをとり、客の購買欲を煽っている
「あ、久しぶりー魁人クン! 寂しかったよー?」
店の奥で布を触っていた従業員らしき人外が出てくる。上半身は女性、下半身はクモの人外、アラクネである。その昔、機織りの技術を神に自慢したばっかりに神の怒りに触れ、この姿にされてしまった哀れな人外である
「確かここに最後に来たのは制服の浄衣作ってもらいにきたときだったか。本当に久しぶりだな」
「(どんだけ人外にフラグおっ建ててんだよこの朴念仁)」
ミナのイライラは消えることはなさそうだ
「それで? 今日は何かな?」
「浄衣の新調と…こいつの浴衣作ってやってくれ。浄衣は3着で頼む」
「はいはーい、わっかりました! ハベばあちゃーん?」
「なんじゃアラクネ、わたしゃブドウは大好きだよ?」
奥から出てきたのはおばあさんの姿をした人外である。ハベドロット、糸紡ぎの達人外である。手は豆だらけ、糸をなめる唇は分厚く醜いが、この人外の作る衣服には不思議な力が宿るといわれている。
UMの職員の服は彼女たちによって作られており、魁人がヴィーヴルにブン投げられても平気だったのはこの服のおかげである
最近若干ボケかけていると話題である
「相変わらずだな婆さんよ」
「ぉんや、久しぶりだねェ神浄の。その隣のは小指かェ?」
「いや、後輩だ」
「魁人の組織の後輩でミナといいます、よろしくお願いします」
「そんじゃまそっちの娘、ミナちゃん? かな? こっち来て~サイズとか使いたい布とか探すよ~」
「あ、ハイ! お願いします!」
「敬語はいいよ、おんなじヨーロッパ文化圏出身だし」
「大雑把過ぎない? けどまいっか、お願いね?」
「ハイハーイ、んじゃ魁人クン、彼女借りてくよ~」
アラクネがミナを連れて店の奥へと入っていった
「あまり入れ込むと別れがつらくなるよ?」
「戯言をほざけクソババァ」
ハベドロットが呟いた一言に魁人は悪態をついた
「この柄カワイイー!」
「でしょ?! それ私が染めたんだー! あ、こっちの色とかどう?」
「キャー! いい!! あぁ~迷っちゃうなー…」
きゃいきゃいと女の子女の子している二人の人外。周りにはたくさんの浴衣の記事が置いてある。どれもが美しく、気品漂う中にも個性が際立っている
「………んでさ、ちょっと聞きたいんだけど。魁人クンとはどこまで行ったの?」
「」ガタン! ガシャーン!
唐突な爆弾発言にバランスを崩し、陳列棚を盛大に倒してしまったミナ
「大丈夫?」
「あ、あなたが変な事言うから…」
「ふ~ん、やっぱりか…………あいつも罪つくりだなぁ…」
「え? ってことは貴女も…」
「うん、魁人クンのことは好きだよ? もちろん、異性として、異種とわかっててね」
「(クッ、ストレート……これはヤバイか…?)」
「んじゃさ、いいコト教えてあげるよ。魁人クン、女性に興味を持てないの」
「……どういうこと?」
「魁人クンね、スゴく強いでしょ? 体の中に鬼を封じ込めてるの」
倒れた陳列棚を立て直しながらアラクネは続ける。表情はうかがえないが、諦めたような雰囲気が漂っていた
「その鬼って言うのが凄まじく強い鬼でね、強大な鬼の力を封じ込める為には何か対価を払わなければならない。魁人クンに課せられた対価は、ざっぱに言えば性欲の封印だった。でもね、」
一呼吸おいてから彼女はまた話し出す。何かを悟ったような表情だ
「わたしはそれでも彼の愛情を受けられたからいいかなって」
「どういうこと?」
「昔はね、今ほど人と人外が仲良しこよしってわけじゃなかったの。渡航二日目で私は殺されかけたのよ。そこで彼が助けてくれた。
そしてあまつさえこんな素敵な仕事にも就けるように手配してくれたりさ。たぶんここ日本にいる人外はほとんどが魁人クンに助けられてると思うよ」
「………なんでライバルである私にそんなことを?」
少し思案するように顎に手を当ててアラクネは言葉をつむぐ。
「う~ん、私誰かを出し抜いてとか騙すみたいなマネキライなんだよね。みんな平等にチャンスはあるわけだし、結局最後に選び取るのは魁人クンその人だしね」
外見的年齢ほとんど変わらないような感じがするが、とても大人びている。憂いある表情が、妖艶な美しさを際立たせていた
「…………」
「それに多分、魁人クンは誰とも結ばれずに死ぬつもりだと思う。もし自分が死ぬ様なことがあれば鬼ごと自分の魂を地獄へ連れて行くでしょうね。魁人クンはそんなやつ。一人で抱え込んで、一人で解決しようとする。
周りの気も知らないで。でもさ、恋するだけならいいじゃない。魁人クンに出会えて、好きになれただけで私は十分だよ」
「そんな…」
「何をほざいてる人外共。俺はそのときそのときで最善の選択をする。足りないものを俺が補うだけだ」